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2007年7月

2007年7月30日 (月)

荷物の発送、フェローシップ申請

今日は当直明けで、大学の研究室で眠い目をこすりつつ、フェローシップの申請の最終調整をして、国際速達便で送付しました。毎年100名くらいの応募があり、4〜5名しか選ばれないそうですので、当たる確率は少ないのですが、選考基準からは研究の趣旨や、私の立場(小児科医としての経験があり、雇用されて間もないポスドク研究員)こそがファンド対象のような気がするので、ちょっと期待しています。

お昼、うなぎ専門店でうな丼を買って(今日は土用の丑)、いったん家に戻り、引っ越し。海外に送るための段ボールが次々と持って行かれるのを見て、これらの18箱を今度見るのはカリフォルニアだと思うと、いよいよ秒読みだな、という気がしてきました。残りの荷物や日本に置いておく家具の引っ越しは、妻が値切って値切った上で、引っ越しのサカイにお願いすることになりました。

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ますます軽症化する深夜小児救急−2

もう一つは、喘息発作の児が多いこと!しかもリピーターが多いのです。喘息の発作を起して夜に何度もセンターを受診しているのに予防的な治療のステップアップがなされていないのに閉口することがあります。
その理由としては、
1:センターがあるので、発作を起きても夜間に受診すればよいとかかりつけ医が思っているので、ちゃんとフォローされていない、治療のステップアップがなされない。(これは喘息日記をもったお子さんがこの地域にはいないことから推測しえます。)
2:センターがあるので、発作を起きても夜間に受診すればよいと親が思っている。毎月かかりつけ医にかかってお金を出して薬を使い続けるよりは必要なときだけ薬を使いたい。それを考えると、たとえ発作がおきたときに連れて行く方が手間的にも経済的にもお得。(開業医の先生が、治療のステップアップを提案しても、”センターに行けばいいでしょ”と親が拒否をする。)
の二つが考えられます。

これは、どちらも本末転倒です。喘息の発作は起せば起すほど、治りにくくなりますし、重症度が高くなるということを親は勉強していないし、もしかしたら、かかりつけ医が説明していないかもしれません。

急病センターの取り組み自体は、賛成ですし、私も運営会議へ参加したり体制の改革にも協力してきました。しかし、急病センターがしっかりしすぎることで、幼い子を持つ親の子どもの病気や健康に関する知識や関心が薄れたり、かかりつけ医とのコミュニケーションの上で障害を生じているのではないかと危惧しています。
私に関してはしばらく聴診器を置くことになりますので、3年後、私が帰国したときにこの地区の小児救急医療がどのようになっているか、見守りたいと思います。

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ますます軽症化する深夜小児救急-1

大学病院からの派遣バイトで私は月1〜2回、地域の一次救急を一手に担う急病センターに出務しています。
ここへは、大学病院の勤務医師、開業医が出務し、近隣の二次救急が入院を受け入れてくれるシステムになっており、近い+便利+安心の3点がそろった急病センターになっています。私も小児科医とはいえ、子をもつ親として、有り難く思っています。経営は赤字だそうですが、予想していたよりも少ない赤字らしいですし、若い家族が安心して住めるということから、税収という意味でもこのあたりの自治体の行政に少なからず貢献しているのではと思ったりします。

さて、小児救急のコンビニ化が言われて久しいですが、このセンターも例外でなく、とくに最近になって深夜に発熱でやって来る患者さんで走り回ったり、笑顔で診察を受ける子ども達が多く目立ってきました。お子さんの病状が心配だから深夜に連れてくるというよりは、ぐずぐず言って(親が)眠れないから連れて来たという受診が増えて来ています。また台風の時はともかく、オリンピックやワールドカップサッカーなどのテレビ中継の時間帯に、10分の1程度までに受診患者数が落ち込むようなこともあります。おそらく、本当に受診の必要が無い児がテレビという”ふるい”にかけられていることと、本当は受診したいけど、お父さんがテレビに釘付けで、しんどい子ども達が待たされていることがあるようです。(そのような子ども達は中継が終わるとすぐ連れて来られます。)
このような光景を見ると、地域の子ども達と不安な父母のためにと思って勤務している自分の気持ちを踏みにじられたと思うことがあります。本当は、親の不勉強、怠慢、エゴ(たとえば、「明日から旅行やから今晩中に治せ!」など)のために「小児救急をしっかりやってもらわないと困る!」と言っているのに『子を思う親の気持ち』という美しいベールで包まれると純粋な小児科医は「なんとかしないと!」と思ってしまうのです。それでも、私は小児科医として、たとえ嘘でも『美しい親の愛情』を信じたいと思うのです。騙すなら最後まで騙してほしいのです。だから、私は言いたい。「当センターには、待ち合い室にもテレビはあります。子どもがしんどそうならば、ここまで来てスポーツ中継を見て下さい。(大声で応援は出きないでしょうけど・・・。)」

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2007年7月29日 (日)

出発日の変更

先日のブログに書きましたように、フライトをキャンセルするはめになり、途方に暮れていましたが、幸い2日ずらせば、同じフライトを確保することができました。20日のキャンセル待ちもしていましたが、こちらは確保できなかったので、本日の日付で8/22の渡米が確定しましたので、引っ越しも20日にずらすことにしました。大学への勤務は15日までなので、少し余裕ができました。

私はクリスチャンとして、私のために罪の無い人生を送り、十字架にまでかかって下さったような愛の神様を信じているので、何か、自分の前の扉が閉ざされたようなときは(それが、あきらかに自分の責任でないかぎり・・・今回は私の責任ですが。)、きっと神様がもっと良い別の扉を用意して下さっているのだと思っています。
ここで言う「良い扉」というのは決して、人間の目から見た「良い」(たとえば、出世するとか、お金を儲けるとか)ものではなく、もしかしたら、つらい、嫌なものかもしれないけれど、それは私の上にある神様の計画にとって「良い」ものです。自分のために命を投げ出して下さった神は他にいないし、そのような神が私を大事に思っていないはずはなく、私に良いものを与えてくださるはずだと信じています。(ローマ8:32)
キリストは”一羽の雀も神のゆるし無しには地に落ちることがない”(マタイ10:29)と説かれました。これは、クリスチャンが「地に落ちる」ような経験をしないということを言っているのではなく、どのようなことであっても神のゆるしのもとで起きているということを教えられていると思います。

だから、この予期せぬ出発日変更、しかも変更せずに行ける方法を模索してもダメだった変更ということで、これも神がゆるされたこと、計画されたことと思います。ノアの箱船も、その扉を閉めて大雨を降り始めさせたのは神でした。すべての生き物を載せ終えた後も、ノアは本当にこれでよかったのか、これが神の計画なのか、もう扉を閉じてもよいのか迷っていたのだと思います。そこで、神がこの計画が自分からのものであり、神の責任においてなされることであることを示すために箱船の扉を自ら閉められたのだと思うのです。

だから今回のことも、なぜか、自分の渡米に関して神様の介入があったような気がして少し嬉しく思っています。

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2007年7月28日 (土)

親族による壮行会

今日は私の両親の企画で、私の大学院卒業祝賀会兼壮行会をしてくれました。弟と妹の家族も全員集合し、特に父は満足気でした。生後2ヶ月の甥っ子も私がプレゼントしたスタンフォード大学のロゴ入りのナイキ製のロンパースとキャップをかぶせられて、記念写真を撮りました。

弟の娘さんたちと我が家の長女と次女が歌と踊りを披露し、最後は童謡のカラオケをして、楽しいひとときを過ごしました。孫が5人勢揃いする日は3年後の予定ですが、赤ちゃんを取り巻いてとった5人の孫たちの写真はいい記念になったことでしょう。

今日、両親からもらった餞別は新しいデジカメを購入するのに使うつもりです。アメリカでの思い出を撮りまくってブログにアップしていきたいと思います。
下の動画は、minoriの歌&踊り。
「DSCF0712.AVI」をダウンロード

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2007年7月27日 (金)

読書感想文:若き数学者のアメリカ

引っ越しの準備をしていると去年の夏に購入していた文庫本を見つけました。
『若き数学者のアメリカ』藤原正彦著(新潮文庫)です。




若き数学者のアメリカ (新潮文庫)


Book

若き数学者のアメリカ (新潮文庫)


著者:藤原 正彦

販売元:新潮社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

『国家の品格』で有名な藤原氏が1970年代に若くして助教授としてアメリカに留学したときの体験記を綴っています。渡米途中で立ち寄ったハワイで、アメリカへの敵対心を燃え上がらせ、ラスベガスで撃沈され、ミシガンで大成功を収めたと思ったら、うつ状態に・・・。フロリダでの「リハビリ」の最中、コロラド大学で助教授のポストを獲得し、地元住民や学生達とアメリカを謳歌するといった内容です。著者は数学者ですが、さすが、故・新田次郎、藤原ていの次男だけあって文章も読みやすいです。

若い藤原氏の極端なものの考え方、無茶な行動、学者としてのアツい意気込みが、微妙にアンバランスで、そのアンバランスを保ちながら情熱と気合いでアメリカ生活を駆け抜けたという様子が生き生きと描かれています。”すごいな〜優秀だな〜。”と思いつつ読んでいると、いきなり、”なんでそんなアホやねん。”という行動が書かれていたりして結構楽しめます。

アメリカで成功している日本人の研究者はエネルギッシュな方が多いと思いますが、藤原氏も例に漏れず、アツく、エネルギッシュと思いました。ただ、この本を読んで、「エネルギッシュ+バカさ加減」が必要なのかもと思いました。

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2007年7月25日 (水)

フライトのキャンセル!?

フライトのキャンセル!?

8月20日の出発に向けて、引っ越し準備を取り仕切ってくれている妻、nori-tan。
今日は、彼女の指示を受けて、引っ越し業者に提出するパスポートやVisaのコピー、旅程票のプリントアウトをしました。そして、はじめて気づいたのです。
nori-tanがnari-tanになっていることに!!!
名前が一字でも違っていたら、搭乗できないので、あわてて、○天トラベルに電話すると、無愛想な対応で、「全員分、キャンセルするしかないです。キャンセル待ちになります。」とのこと・・・。
他の旅行会社の時は、名前の訂正が出来たのだけど・・・と思いながらも、言われるままキャンセルに。

他の旅行会社も含めて、調べ上げ、日程を1日ずらしても、一番良いルートは名古屋→サンフランシスコ直行便のキャンセル待ちだろうということで、再度、同じ飛行機の予約を取り直すことになりました。
とりあえずは7月29日までキャンセル待ちになり、それ以後になれば、私が単身で先に渡米することも含めて計画を練り直す必要がありそうです。

引っ越しの荷物を明日送る予定にしていたのも急遽取りやめになり(フライトの予約確認ができない限り送れないとのこと)、せっかく頑張ってくれたnari-tan×→nori-tanに申し訳ないことをしました。
それにしても、OとAを間違えるなんて・・・しかもそれに気づかないなんて・・・。基本的なことに不注意だった私に大いに反省。

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2007年7月24日 (火)

私と長女の成績票

長女は小学1年生なので、初めての夏休みです。
夏休み前の子どものイベントとしては、通信簿をどうやって親に手渡すかが関心事だったように思いますが、長女も妻も数日たっても「見ていない」とのことで、探してもってきてもらいました。

すると、すべて「よくできている」欄に○が付いていました。パチパチ・・・・。

”優秀やん!”と私が感心すると、「そんなん、”できている”と”がんばろう”だけやったら、みんな”できている”やろ?」と素っ気ない妻。”でも、全部"できている”というのはエラい!褒めたらなあかん。ようやった!”

ところで、ビザの申請で必要と思って発行をお願いしていた私の大学院の成績証明証を今日、もらってきました。
評価の対象となる3項目がすべて10点満点でしたので、結果はオールA (=Excellent:A~Dの4段階評価)でした。
論文だけでなく、セミナーの要約なども評価の対象になっていたので、論文も妥協せず、セミナーもまじめに出席して、いっぱいレポートを書いてよかった〜。卒業後も論文を書くチャンスはいくらでもあると思いますが、博士論文は一生に一回、成績が一生残って、就職先への提示も求められることを考えると、論文はもちろん、大学院が求めているレポートなどの課題も手を抜かずに頑張った方がよいと思います。

さて、この成績票、妻に喜んでもらえるように手渡すにはどうしたらいいでしょう??

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2007年7月23日 (月)

国際免許証を取りました。

アメリカでのとりあえずの自動車の運転のために門真運転免許試験場まで、国際免許証を所得してきました。
大阪府の場合、手続きに以下のものが必要です。

運転免許証
パスポート
写真1枚(6か月以内に撮影した無帽・正面・上三分身・無背景のもの、大きさは、縦5センチメートル×横4センチメートル)
黒又は青のボールペン
手数料 2,650円

今日は、平日ということもあり、空いていて、申請まで15分くらい、30分で交付されました。
とりあえず、小さな一歩前進。

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2007年7月22日 (日)

NOVAのポイント消化法

いつでも好きなときに予約がとれる×→とれない、英会話NOVAですが、グループレッスンでポイントが消化しきれないという方で、お茶の間のテレビ電話回線までの出費はいらないというNOVA会員の方におすすめの方法があります。

それは、「ルーム&マルチメディア併用法」です。

ここで言う「マルチメディア」とは教室に備え付けのテレビ電話を使用するレッスンのことです。
こうすれば、これまでのルームレッスン4単位に加えて、マルチメディアで4単位の予約が可能になるので、ルームの予約が入らなくてもマルチメディアで入れることができ、被害が少なくなる可能性があります。
ただし、施設利用料金が1000円/回かかりますが、ポイントを捨てないといけなくなるリスクのある場合は『肉を切らせて骨を切る』と思ってトライしてみてもいいのではないでしょうか?

マルチメディアで強化レッスン(文法、リスニング、語彙、発音など)で弱点を補強すると、普通のレッスンに飽いた方(私などテキストを3周くらいしています。)は違う教材でのレッスンになります。これでも、グループとマンツーマンができますが、マルチメディアで”ラッキープライベート”(グループで申し込んでいたけど、たまたま一人しか予約がないケース)はまずありませんので、マンツーマンをおすすめします。特に文法などは次から次へと例文を消化していかないと意味がないので、グループで他の人が考えているのを待つ時間が無駄になります。インストラクターのレベルの低さでも悪名高いNOVAですが、レベル3対象の強化レッスンにはそれなりに賢そうな先生がついている印象があります。

また、マルチメディアというやりにくい環境の中、マンツーマンで、強化レッスンを40分はそれなりに疲れますが、その後でルームでレッスンをやると、なんともスムーズに会話が弾みます。

私はこの方法で、ポイントを消化し、残すところ、1ポイントのみとなりました。この1ポイントも残り3枚のVOICEチケット(フリーディスカッションのチケット)の有効性を保つ為に残しているのみです。予約を消化させず、利益を得て来たNOVAのやり方に対抗するには、少しもったいないことには目をつぶって、このようにマルチメディアの強化レッスンをマンツーマンで入れながら(ルームレッスンでのマンツーマンはテキストに飽きてくるのとインストラクターに3ポイント消化させる価値がないのでおすすめしません)ポイントを消化するという方法もありますので、NOVA会員でお困りの方、お試しになってください。

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2007年7月21日 (土)

依頼原稿まみれ

「多忙は怠惰の隠れみのである」
ほぼ日手帳に書かれてある言葉です。

一方で、”怠惰は多忙を生み出す”とも言える場合もあるんじゃないでしょうか?

新生児医療の機関誌の学会報告、論文100選にのせる紹介文、学会雑誌からの依頼原稿など嬉しい依頼が多い
私ですが、今週末は腰を据えて、これらの依頼へのレスポンスやグラント申請に取り組むことを宣言します!

ということで、今日のブログは短めですが、今日もみなさん、お元気で!

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2007年7月20日 (金)

minoriの理想の引っ越し先

図書館からアメリカ紹介の本をたくさん借りて来て、日夜アメリカ研究中の長女minori。少し前までは楽しみにしてみていた本ですが、最近は異国の地に対する不安も芽生えて来ています。

昨日、アメリカ地図を開いて、
ーminori、みんなでどこに引っ越しするか知ってるか?
「知ら〜ん。」
ーアメリカに住むんだったら、海に近いところと海のないところのどっちがいい?
「海のあるところ。」
ーそしたら、このへん(東海岸)とこのへん(西海岸)とこのへん(南部)やな。(図の水色)
「うん。」
ー次。いつも暑いところと冬めっちゃ寒いところと、中くらいのところは?
「中くらいのところ」
ーそしたら、このへん(西:カリフォルニア)かこのへん(東:ノースカロライナあたり)やな。(図の紫)
「うん。」
ーそしたらな。日本に近い方か遠い方、どっちがええ?
「近い方。」
ーそしたら、カリフォルニアのこのへんや。ここに行くんやで。minoriの行きたいって思ったとこや!(図の赤で囲ったところ)
「え〜ほんまに〜!」

誘導尋問みたいですが、少しは引っ越しに対する不安が和らいだのではと思います。

Photo

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2007年7月19日 (木)

論文100選に選出されました!

上司の「業績」を上司の「おかげ」にする

昨日、ビザの面接では、「スタンフォード大のポスドクで行きます。」と言ってから、面接官の態度が変わり、〜もう何も聞くことはありません〜 みたいになり、書類も不備がなかったので、ものたりないくらい早く終わってしまいました。今日も、他のラボの研究員の知り合いに久しぶりに会って、ポスドク留学の話をすると、”それってすごいやん。”と驚かれました。「こんな上手くいったのは上司の業績のおかげですよ〜。」というと、”たとえそうでも、それを上手く使って、自分で見つけてくるのがエラい。それと、本人がちゃんと良い仕事をまとめたという事実がないとポスドクなんかで採ってくれないよ。”と言ってくれました。そうか、スタンフォード大でポスドクというのは、そんなすごいことなのか、そんなすごい人たちとこれから一緒に仕事をするのか・・・。自分のラッキーを喜ぶと同時に、いいようもない不安が湧いてきました。

”自分の”成果を”大学の”成果にする

ところで、私の論文が、大学の全学部の年報(国際版)に紹介されることになりました。
(後日記:100選ということなので、「大したことはないけど一応・・・」と思って、指導教官に報告すると”ウチの大学で全学部で100選ならば、医学部でベスト10じゃないの!? しかも、臨床教室で論文が選ばれるなんて、珍しいよ。”とひどく喜んでいただけました。確かに数えると医学部からは去年は12個なので、あながち大げさな話ではありませんでした。)

自分と指導教官の業績と思っていた論文が、教室の業績として医局の廊下に貼り出され、今度は大学の業績として年報に掲載されるということで、ただ単に卒業しただけでなく、大学にも貢献したと認められたことを嬉しく思いました。今度はスタンフォード大からお墨付きをもらえるような論文が出せるように、この3年間、「すごい人たち」を見習いつつ努力したいと思います。

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2007年7月18日 (水)

J1-Visa 面接(無事終了)

昨日列挙した書類を持って、アメリカ総領事館(大阪)にJ1-Visa の面接を受けに行ってきました。長女は学校、次女は保育所に預け、妻と二人で4人分のビザ申請をしてきて無事に受理されました。
大阪の総領事館は交通量の多い、梅田と淀屋橋の幹線道路沿いにあるビルで、警護車両のようなものがいつも駐車されているので、すぐにわかります。(この道は車でよく通るのですが、つい最近までは裁判所と思っていました。)
予約の30分前に到着する(近隣には有料駐車場400~500円/時間が結構あります)と、ガードマンのような制服を着たおじさんたちが入館に際しての説明しており、「どうぞ順番にお座り下さい。」と言って、植え込みの縁に座らされました。常に10数名がこの植え込みに腰掛けていて、玄関前に数名待機しているという混み具合でした。(入館までに20分)
飛行機に乗るときのようなボディチェックを受け、3階へ(ここは5分程度)。 
ここで、簡単に職員からのチェックを受け、私たちは2〜3の署名漏れを指摘され、列から外れてサインをし、10名くらい後ろのところへ並び直しました。(待ち時間30分)
そこには、新幹線の切符売り場のようなブースがあり、日本人職員から書類が揃っているかどうかチェックを受けました。不備があると隣のテーブルで書き直し、再び元のブースに戻るようなことをしている人が2、3人いました。私は滞在目的の欄の一カ所が抜けていたので、その場でResearchと書いて、給与の出所を聞かれ、3年の滞在予定なのにDS-2019の有効期限が1年であることを聞かれました。スタンフォード大の方針で1年ごとの発行しかしないそうですが、そのことを伝えると、「面接でも聞かれたらそのように答えて下さい。」と言われました。(この審査は4人分で10分弱)

次に階段で2階に下りて、おなじようなブースで面接と指紋の採取がありました。ここには30名くらい順番待ちをしていました。(待ち時間45分:私たちは本を読みながら並んでいました。)

やっと、面接でしたが、税関のような制服を着たおじさんがいると思いきや、どのブースもクールビズみたいな軽装の感じの良いアメリカ人スタッフばかりでした。面接は人によって英語であったり日本語であったりしましたが、私のときは英語でした。何をしにいくのか?どんな研究をするのか?と先程の書類審査での質問と同じ質問がありました。「スタンフォード大のポスドク? いいね〜。娘さん達、かわいいね〜。」みたいなフレンドリーな会話をしながら、昨日心配していた成績証明書のことも言及されず、面接じたいは2、3分で終了しました。

1階で預けていた携帯やiPodを返してもらい、ほっとして、退館しました。

ということで、全体の所要時間は2時間ちょっとでした。立ちっぱなしで少し疲れるのと空調の関係で喉が渇いても飲食物持ち込み禁なので、入館前に水分を摂っていて正解でした。トイレは3階の書類審査の会場にありますので2階で待たされる前にすませておいた方が無難です。

書類審査で、書き直しを命じられ、なんとか取り繕って書類審査で面接への許可が下りても、そこで却下される人もいましたので(私が見たかぎりでは2名なので、20人に一人くらい不許可になっていたように思います。)、面接に下りれたからOKというわけではなさそうです。まあ、少なくとも、今シーズンに関しては、横柄な職員もおらず、気持ちよく面接を終えることができました。子どものパスポート申請から、いろいろ協力してくれた妻に感謝です。

7月21日記載:
本日(3日後)、速達で私のJ1-VISAと家族のJ2-VISAがパスポートに貼付されて送られてきました。顔写真入りのお札のような複製できないような立派なものでした。(申請費用の100ドルも仕方ないなと思いました。)
DS-2019、 財政証明、Offer Letter、No patient care letter、学位証明などの書類も一緒に送りかえされてきました。DS-156,DS-157,DS-158, I-901はあちらで保管されるようです。

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2007年7月17日 (火)

J1-Visa: 間に合わなかった書類・・・

いよいよ、J1-Visaの面接が明日に迫りました。なんとか一通りの書類を揃えました。アメリカ総領事館のホームページを参考に書類をそろえましたが、私の分として用意したのは以下のとおり。

1.パスポート
2.DS-156オンライン入力式ビザ申請書
3.カラー写真: 5cm x 5cm。背景は白で、最近6ヶ月以内に撮影されたカラー写真1枚
4. ビザ申請料金(100ドルを日本円で)支払済のATM領収書
5.DS-157「非移民ビザ補足申請書」
6.返信用封筒として宛先を記入したエクスパック 500 (EXPACK 500)
7.クリアファイル
8.DS-158「連絡先および職歴書」
9.DS-2019
10. I-901 SEVIS費確認書
11.財政証明(給料が出るので不要かも?)/Offer letter(給与の証明書の代わり?)
12.学位証明書(成績証明書がまにあわなかったため)
13.No patient care letter(受け入れ先のボスの手紙)
14.面接の予約票

財政証明は念のためのものですが、これを得るのに近所の銀行の姉妹店では即日発行は無理!と言われ、口座がある銀行まで車を30分以上走らせるはめに・・・。
もう一方の財政証明は即日発行してくれたものの、なぜか日付が未来日になっていたとの連絡が入り、忙しそうな病棟(NICU)を横目に見つつ、夕方に再び改訂版をもらいに行ったり・・・あっちこっち動き回っていました。

さて、心配なのは12.成績証明です。私は卒後11年目なので、10年以内の成績証明は関係ないと思っていましたが、よく考えると大学院は今年、卒業でした・・・。先週末にそれに気づきましたが、大学院はテストも授業もないし、成績もクソもないだろうとタカをくくっていましたが、今日、念のため教務掛に問い合わせると、大学院にも成績証明はあるそうで、日本語なら翌日、英語なら1週間で発行されるようです。どちらにしても、明日には間に合いませんので、苦肉の策として、代わりに以前もらっていた博士修得証明書をpdfにしてあったので、プリントアウトしておきました。これでゆるされることを期待して明日、面接に行きます・・・・明日の報告(失敗談?)を楽しみにしてください。

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2007年7月16日 (月)

詩人 minori

長女minoriは今、「詩」にはまっています。もともと言葉遊びが好きで、おやじギャグも好きなmonoriですが、この連休中に祖父母宅にステイさせてもらったときに雨の中、家で20篇ほど詩を書いたようです。minoriのおじいちゃんが彼女の作った詩をファイルして持って来てくれました。

「ポチャンポトリ」 
                    文:minori
そらからあめがふってきた
みずたまりができた
あっちからも こっちからも
「ポチャンポトリ」ときこえてきた
みずたまりがいっぱいになってきた
くるまがみずたまりをつぶす


「どうろ」
        文:minori
あたらしいどうろはピカピカしてて
だれもとおったことのないどうろだよ
いちばんめのくるまがあたらしいどうろをはしったよ
つぎからつぎへくるまがとおる
いつかしたらふるくなったよ
ふるいどうろはせんがいったり
タイヤのまがったしるしがいっぱいあるよ

なんでもない、当たり前の日常を自然体で言葉にすると、何でもない日常が、とても素敵に鮮やかに描き出されるのだな〜と思いました。私は、こうみえても、ちょっとやそっとのことで、驚かないのですが、この小さな詩集には脱帽しました。6歳にしか書けないよう素直な表現を、たくさん本を読んで得た語彙と、図鑑を眺めたり、外で遊んで見つけたことを本で確認したりして得た知識で飾り付けて作り上げた詩であることが、詩集のあちこちから伺いしれます。私は滅多に人のことを羨ましがらないのですが、まさか自分の子どもの才能を羨ましく思う日がこんなに早く来るとは思っていませんでした。

親バカと言えば、それまでですが、私からみるとこれは”金子みすず級”の出来映えと思います。





わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集


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明るいほうへ―金子みすゞ童謡集


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金子みすゞ童謡集


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2007年7月15日 (日)

ほぼ日手帳〜私の使い方〜

今年は私にとって変動の年ですが、そのような私の良いペースメーカーになってくれているのが「ほぼ日手帳」です。今、最もよく売れている手帳の一つですが、忙しい医療関係の人にはご存じない方も多いので、説明します。
”ほぼ日”とはコピーライター糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」という非常にポピュラーなウェブサイトの略語で、この手帳は、この”ほぼ日”がプロデュースしているグッズの一つです。(ぼぼ日ストアには、つい買いたくなるグッズが並んでいますが、いいなと思ったものは大抵売り切れています。)
私がこの手帳を知ったのは、深夜番組で糸井さんがゲストに出演していて、”ほぼ日”の紹介の一端として、この日記のことを紹介していたからですが、どこを開いても開きっぱなしにできたり、紙が薄い割に丈夫だったり、カバーにバリエーションがあったり、ボールペンを挟むと手帳がロックされるなど・・・かなりの工夫がなされていたので早速ロフトにいって購入したのでした。(注:この手帳はインターネットかロフトの限定販売です)

私の使い方は、写真にあるように、その日の大きな予定やノルマを上に書いて、時間ごとのスケジュールを書いていくという普通の使用法に加えて、右横の本に絵を描いて、今日の聖書通読箇所(今年は英語で挑戦しています)を書いて、その箇所で印象に残った聖句を下に写し書きするということをしています。余ったスペースには、今日やり遂げたこと、出来事、思ったことをツラツラ書いて、時にはイラストも書いています。このようにすることで、スケジュール帳+日記+デボーションノート(”デボーション”とはクリスチャン用語で、ある一定の時間をお祈りしたり、聖書を読んで”神と共に過ごす時間”を意味します)として使用しています。

私のオプションは・・・
カバー:ナイロン・シャンパンゴールド
カバーオンカバー:ビニールのカバーですが、これをすることで、絵はがきで手帳を飾ることができます。
メモ帳:手帳に書ききれない覚え書き用に
・・・という感じにしています。
下敷きはオプションにしていません。私は筆圧が高いので、手帳がゴワゴワになっていますが、このゴワゴワ感が増して行くのを楽しんでいます。

読み返してみると、本当にこの半年だけで、精神的につらかった1〜2月、論文がアクセプトされて喜んだ3月、留学が早々に決まって、卒業も出来て、さらにactivateした4月・・・という具合にいろいろあったことが分かります。また聖書から書き出した箇所も自分の気に入った文言ばかりなので、『hide-tan版 聖書ダイジェスト』になったりしています。あと半分がどのように埋まって行くか楽しみですが、唯一、ほぼ日手帳がアメリカでは手に入りにくいことと、買っても日本の祝日になっていることがちょっと気がかりです。外国産の手帳が日本でも売れているような昨今、ほぼ日手帳も国際化を目指してアメリカバージョンなどを発売していただけないものでしょうか・・・?Dscf0680Dscf0677

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2007年7月13日 (金)

ゲストハウスも一流!?

スタンフォードには何でもあるんじゃないかと思うくらい、なんでもあります。スタンフォードショッピングセンターの中にはアップルストアもあります!・・・マックユーザーの私には、そこにあるということが嬉しいのです。ちなみにスタンフォードはマックユーザーが多いらしいです。私が所属するラボも「公式パソコン」はマックです。もちろん、スタンフォードの校章入りのiPodケースもあります。
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私はStanford West(写真はそこへ下見に行った時のものです)という大学公認のアパートのwaiting listに載せてもらっていますが、なかなか順番が回ってこないようです。そこで、SJAメーリングリストの方から教えていただいたStanford guest houseにしばらく滞在すべく、Webで予約問い合わせをしています。質のいいホテルという感じですが、ホテルよりは安く泊まれるみたいです。さすが、世界各国からゲストがやってくる一流大学のスタンフォード。ゲストハウスでさえ、それ相応のホスピタリティと気品があってびっくりです。

ところで、ありそうで実はない「スタンフォードグッズ」があります。これは学内のBookStrore (本屋さんとはいえ、あらゆるものが手に入る)でお土産を買うときにリサーチして確認したのですが、それは、次のうちどれでしょう?

iPodケースがあるのだから絶対あるはずだと思いましたが、無いらしいです・・・。

A. ロゴ入りのマウスパッド
(ちなみに他の選択肢のものはすべてありました。)

あれば、きっと、おみやげ用に売れると思うのですが。

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2007年7月12日 (木)

セントレアから出発!?

留学した先輩方からは、「それはやめとけ」とよく言われることですが、家族でえいやっ!で渡米することになりましたので、昨日、1ヶ月以上も前ですが、航空券の予約をしました。夏休みということで、関空からサンフランシスコ行きは満席、成田は前回、乗り継ぎにかなり待たされるので新幹線を使ってひどい目にあったことから、考えあぐねていたところ、実は名古屋からサンフランシスコ直行便が出ていることがわかりました。それなら大阪から新幹線で1時間+名鉄で38分なので、関空に前日に宿泊するのも、名古屋に宿泊するのもさほど変わらないことがわかりました。

ということで、私たちは意外や意外、中部国際空港セントレアからの出発となりました。今から前日の夜は、みそ煮込みうどんか、名古屋コーチンか、ひつまぶしか・・・大いに迷っています!

成田からの出発であれば、免税店の電化製品屋さんで炊飯器を買って(これがまた安いのです!)積み込んで行こう、と思っていましたが名古屋の免税店は小さいようで、タバコとお酒と化粧品くらいしか売っておらず、この計画は潰れてしまいました。炊飯器は向こうで何とかするとして、電子レンジでお米が炊ける容器でしばらく過ごそうと思っています。
さて、7月もそろそろ後半に入り、これから、本格的に引っ越しの準備です。

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2007年7月11日 (水)

利根川博士のセミナー(その2)

「私は、自分のことを免疫学者とも、神経科学者とも思っていません。私は分子生物学者です。」

昨日の講演の最後に利根川博士が言われた言葉です。
中西所長がされた最後の質問で、

ー先ほど、新しいテクノロジーを駆使して、解明できることについて述べておられましたが、若い人に向けて何かメッセージはありますか?

という問いかけに対して、

『テクノロジーというのは、確かに大事です。とは言っても、科学とは、新しいテクノロジーが出来たからそれを用いて何かを解明しようというのではありません。何を解明したいかというクエスチョンがはじめにありきで、それを解明するために必要なテクノロジーがなければ新たに開発しないとならない。また、本日述べたような新しい手法は、人には応用できませんし、人ではどうなのかを解明するためのテクノロジーがさらに必要になることでしょう。そのような必要が生じたときに神経科学者だけで協議していては、解決が得られないこともあります。他の分野の科学者や技術者にその必要性をアピールしていかないといけないこともあります。だから、私は自分のことを免疫学者とも神経科学者とも思っていないのです。私は分子生物学者なのです。』

という回答をしておられました。確かに最近の生物科学では、解剖学者、神経科学者、生化学者、生理学者という隔てはなくなってきています。どこのラボでも様々な手法を用いないと物事が解明できないからです。昨日の利根川博士の話からは、その垣根もさらに無くなるのかもしれないです。だから、「私は単なる医学研究者ではありません。私はサイエンティストです。」と言える人が、今後、医学の分野でブレークスルーを生み出し、ノーベル医学・生理学賞のようなものを受賞するくらいの働きをするのではないかと思わされたことでした。

*下記は私が以前読んだことのある本です。利根川博士の半生が語られています。





私の脳科学講義


Book

私の脳科学講義


著者:利根川 進

販売元:岩波書店

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2007年7月10日 (火)

利根川博士のセミナー(その1)

今日、大阪バイオサイエンス研究所(OBI)で開かれた利根川進博士のセミナーに出席してきました。「記憶のメカニズム」についての講演で私の専門外のもので、しかも英語でしたが、”記憶というものは自分と世界を結ぶものであり、自己アイデンティティの確立に必要である”という記憶を研究することの重要性から始まり、記憶の種類を説明され、その後で最先端のテクニックを使用した分子生物学的手法を駆使した記憶研究を分かりやすく説明してくださいました。

記憶は海馬におけるグルタミン酸受容体(これは、OBIの所長であられる中西重忠先生がその多くを発見されています)の働きが重要ですが、海馬のある部分のみでグルタミン酸受容体の働きを欠如させたり、記憶回路の解析のために海馬の一部における神経伝達を阻害したりして、記憶のメカニズムに迫るというエキサイティングな内容でした。

質疑応答の時間には中西先生が「若い人、英語でも日本語でもいいから質問しなさい」と言って下さいましたので、思い切って、博士に英語で質問しました。すると、「やはりそこに気がついたか」みたいな笑みを浮かべ、私に近寄って来て熱く語って下さいました。

利根川博士はご存知の通り、1987年ノーベル賞の受賞者ですが、当時、アメリカの高校で担任から知らされたときはとても驚き、憧れていたことを思い出し、今日お話が出来たことを大変光栄に思いました。(ちなみに、OBIはこれまで私の知る限り3名のノーベル賞受賞者を招待しており、以前はアーロン・チカノバー博士の時も質問をさせていただきました。あとで、私の下手な英語での質問がウェブ配信されていて恥ずかしい思いをしましたが・・・。)こんな偉大な業績をもった方と同じ真理に向かい合い、同じ場所で議論できることは研究者の特権です。偉大な研究者ほど、若いときのインスピレーションを大切にし、若い人とのディスカッションを楽しんでいるような気がします。また、若い研究者はそのような先輩に鼓舞され、先人に学びながら新しいことにチャレンジします。世代を超えた良い関係が保たれているのもサイエンスの世界です。私も含めて、今日、講演を聴きに来た若い研究者たちが感激していた様子は大きな鳴り止まない拍手が物語っていました。(アンコールがあるのかと思ってしまいました。)

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2007年7月 9日 (月)

仕事と教会〜姿勢は同じ〜

クリスチャンとして社会でどう生きるか?

これは社会人となったクリスチャンにとって大きな課題です。クリスチャンとは、キリストの十字架による罪の赦しと、復活による永遠の命を信じ、内に神の霊(聖霊)を宿す人なので、本来は”クリスチャンはこうしないといけない”ということは無いのですが、クリスチャンとなってしまうと、聖書に反することような道徳的に間違ったことや他宗教の慣習が仕事に入り込んでくることで以前は悩まなかったようなことで悩むことがあります。とくに社会的に未熟で多くのことを期待される若い世代は、とくにそうです。
キリストを通してでなければ救いはないと固く信じているので、自分がクリスチャンであることが、キリストのイメージダウンになってはいけない、自分の至らなさが、誰かの永遠の滅びにつながってはいけないと思うので、仕事面でも責任感が強い人が多く、燃え尽きてしまったり、理想とのギャップでうつ状態になる人もいます。
だから、私の教会(500人規模)ではそんな若い社会人男性(30代まで)を中心にした集まり(通称ヤングメンズ)が3〜4ヵ月に1回あり、お互いの信仰や心の葛藤などを話し合ったりしています。対象となる人の半分くらいの毎回20名くらいの参加者がその会に来て下さいますが、これは、驚異の出席率で、その必要性をひしひしと感じています。実は、私はその集まりのリーダーを務めていますので、渡米にあたり、私の後継の方を確保するのが当面の課題なのです。

渡米前の8月はじめに再度、ヤングメンズの召集をかけるのですが、いつも私がたよりにしている元ロックミュージシャンの○さんに声をかけたところ、

「それじゃ次回はhide-tanさんの壮行会ですね!ぱっとやりましょー!・・・ところで、アメリカに研究しに行くって、論文を英語で書いたりするんでしょ? すごいわー。世界を相手に頑張ってるhide-tanさんも普通にこうやって肩組んでしゃべったり、スーパーに弁当買いに行ったりするんやな。」

ーそりゃそうですよ。確かに世界的なレベルで研究したいと思っているけど、その日常は地道な作業ですし、赤ちゃんの前ではひざまずいてお世話しないといけませんよ。○さんも世界を目指してください!

「僕は、この大阪のしかもこの地域で精一杯ですわ。ここで神様に仕えますわ。」

ー僕も地域で、人の役に立ちたいと思っていますよ。神様に仕えるのも同じでしょう。世界のために祈りながら、時には海外の宣教団体や慈善団体に寄付したりしながら、体は吹田で頑張るわけでしょう。結局、仕事も信仰生活も一緒ですよね。

・・・よく考えると当たり前のことですけど、大切な姿勢というのは教会も仕事も一緒なんだな〜と言いながら思った私でした。


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2007年7月 8日 (日)

目標は”日本人のV先生”

今日(昨日)は、学会最終日で私の上司であるM先生の恩師であられるK先生の招待講演と、そのM先生の発表&座長のシンポジウムがありました。まず、招待講演に出席し、M先生の業績もまじえた内容でとても勉強になりました。そのあと、すぐにシンポジウムに急行しましたが、途中で私の一年目のときのオーベン(直接指導してもらう上級医)の先生に9年ぶりくらいで再会し(今は遠くに在住)、懐かしく話し込んでしまい、M先生の講演を聴くことができずじまいでした。それにしてもシンポジウムは大盛況で、議論も白熱し、そのようなシンポジウムをオーガナイズされている上司の姿を誇らしく思いました。

シンポジウムを聴きながら、いつか、自分も招かれて話せるようになりたい。専門の分野で学会から頼りにされる人になり、臨床だけでなく学問でも貢献したいという思いが湧いてきました。元オーベンの先生からは「人生長いし、これからさらにトレーニングを積めばいいよ。」と励ましてもらいましたが、それも一理、いつまでも受ける側ではいけないというのも一理、かといって今すぐ与えられるものもないし・・・・。

私の研究/臨床分野では世界的に有名な、というか、世界一、しかも一番中の一番、神様みたいにあがめられているハーバード大学のV先生がおられます。大学院生になるときに”頑張ってV先生を越えるような仕事をしなければ。そうでないとこの分野でブレークスルーは生み出せない。”と心に誓っていたのに、最近は自分の無能さと根性の無さに意気消沈していました。しかし、今日のM先生とK先生のお二人の姿を見て、

それじゃあ、自分はどのような形で役に立ちたいか?

と考えた時、やはり、V先生のように子ども達から学び、多岐にわたる研究を行い、オピニオンリーダーとなって、この分野の医学の発展に貢献したいと思います。”V先生のようになりたい”とは”神になりたい”と言っているようなもので、気が狂わない限り、誰もそんなことは言わないと思うのですが、あえて私は”「日本のV先生」争奪レース”に名乗りを上げたいと思います。そしていつか、海外から「日本人のV先生」として招待されるようになりたいです。

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2007年7月 7日 (土)

完璧な赤ちゃん?

学会2日目は、基礎研究の講演で頭をフル回転でした。ふりすぎて闇の中に飛んで行くという場面もありましたけど・・・。数年前には、「こんなことを言っている先生もいるけど・・・」と言っていたことが、今、案外ホントらしい・・・ということになり、それを受けて、何十年も使われて来た細胞の名称も変わりつつあります。今は他に名称をつける人がいないので、「一応、これまでのように○○とおよびします・・・」という講演をされている先生がいたのが印象的でした。

さて、お昼過ぎに学会会場を出て、夕方、NICU(新生児集中治療室)に行くと、またまた病気の赤ちゃんが何人も入院になっていました。普通の市民病院だと何年に1回、経験するかどうかという稀な症例が毎週のように次から次へと入院して来ますので、毎週違った文献や教科書とにらめっこしています。

そんな赤ちゃんがいる一方で、バイトで産科医院などの健診をしていると、「頭の形が左右対称じゃない気がするんですけど・・・」「こんなところに小さなホクロが・・・」「なんか髪の毛がうすいんですけど・・・」など、どう見ても健康な赤ちゃんの病気とは言えないようなことを心配げに尋ねてこられることが多々あります

NICUに入院している重症の赤ちゃんのことを思うと、「ええやん。ちょっとくらいイボがあっても。まったく左右対称の人なんていないし、私もあなたも完璧な体じゃないでしょ〜。」と心の中ではつぶやきつつ、「いやいや、このお母さんにとっては本気で心配なことなんだ。このままほっておくと、こんなことがつまずきになって育児不安や育児放棄につながらないともいえないんだ。」と思い直して、医学的には問題がないことを「大丈夫。生えてきます。僕の毛が薄くなったら、もうあかんけど。」なんてユーモアを交えながらお話しています。赤ちゃんの元気であることの大きさの前では、少々のことなど気にならないはずなのですが、赤ちゃんの健康を当然のこととして思うのは仕方ないですもんね。一方で、小児科、新生児科医師が我が子に健康面での問題が生じたときには意外と冷静に思えることが多いです。それは「自分たちだけが例外ではない」ことをよく心得ているからではないでしょうか。

見方を変えると、面白いことに、お母さん、お父さんになった当日から、自分のことはさておき、我が子には完璧であってほしいと思ってしまう親のエゴのようなものが頭をもたげてくるのかな〜と思ったりしますが、生まれたばかりの我が子はやはり汚れの無い、天使のように思えるのは仕方ないですね。でも、我が身を振り返っても、最愛のパートナーを見つめてみても(「恋は盲目」という状況でなければ)やはり完璧とは言えないのですし、そんな二人から手品の様に完璧な子が生まれてくることはありません。それは、見た目にもそうですし、内面的にもそうです。

だから、人というのは、「やがては朽ちていく体をもった罪人」として生まれてくることが定められていることが完璧ではない赤ちゃんを診ているとわかります。神様は赤ちゃんを創られたときに、完璧に創られていない自分を見て、完璧な存在である神様を見上げるようにされているのではないかと思います。だから、自分のそのような姿を認めたときに神との出会いが実現できるでしょう。そしてキリストの十字架で自分の罪や汚れを取り除かれたことを信じたものは、来るべき日には責められる点のひとつもない聖い朽ちない体を着ることになりますし、それまでも、少しずつ神の似姿に変えられていく歩みが可能になっていくのではと思うのです。

”だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られたものです。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(新約聖書 第2コリント 5:17)"

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2007年7月 6日 (金)

国内の学会、行き納め。

当直が明けて、今日から日本小児神経学会という学会に参加しています。海外からの有名な先生の講演を楽しみにしていましたが、その後の”新生児けいれん”のシンポジウムでは様々な議論が白熱していて、とても勉強になりました。

重症の脳障害を呈した赤ちゃんの”けいれん”をどのように診断し、どういった治療を行うべきか?

産科と小児科の狭間で取り残されがちだった新生児医療も、この20年ほどで、ようやく新生児科医と呼べる医師が増えてきたとはいえ、新生児神経学は、世界的に見ても取り残されて来た分野であり、このような比較的”一般的”な命題に対しても、その答えはおろか、真剣に問いが発せられてさえいなかったのでは? と(自戒も含めて)思いました。しかし、このようなセッションが学会内でもたれたことで、小児神経科医と新生児科医が同じ目標に向かって向き合うきっかけになったような、そのような歴史的に大事な瞬間に立ち会えたような気がしました。

今回で留学前の国内の学術集会は「行き納め」になりますが、熱い議論の輪に加えていただいて幸いでした。このようなディスカッションが共同研究へと発展する中で実を結べば、新生児神経学という分野でも日本人医師はきっと世界をリードできることでしょう!

私にとっては「このまま留学したら、置いてけぼりになるのではないか?」と思わされ、出国前に後ろ髪をひかれるような気もしますが、そういった気持ちもなんだか心地よく感じたりしています。

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2007年7月 4日 (水)

留学と結婚〜その似て非なるもの〜

少し前、上司に「留学は結婚みたいなもんで、タイミングも重要なんじゃないでしょうか?」と言って笑われたことがあります。結婚適齢期によいパートナーがいるかどうかが重要なのと同じ様に、留学を考えた時期に研究の興味(好みのタイプ)があって、向こうもこちらのことを気に入ってくれたときに成立するという点ではそうなのかな・・・と。

そうすると、一つ自問したくなるのですが、
ーもし私がフェローシップなどを持っていて、自己資金で留学するとしてもこのラボを選んでいたか?
  ーきっと選んでいたと思います!

研究内容、研究環境、家族の暮らす環境、ボスやラボの雰囲気・・・・実際に働いてみないと見えてこないこともあると思いますが、見学して来た限りでは最高の条件でした。家賃が高いことをのぞいては・・・でも、それもアメリカという国では”安全を高い家賃で買っている”と思うよりないですね。それに周りのすこぶる良い環境も空の青さと太陽の輝きも含めて”広い庭”と思えば納得できます。

フェローシップやグラントをこれから当てにいって、なるべくラボの負担を減らすべく努力しないといけないのですが、そういったことも、苦しい財政から十分な年俸を提供してくれるボスの心遣いがあるので、頑張りたい!と思うのです。だから、自己資金を持たずに就職活動をしたのは”相思相愛”を確認する上でよかったのかもしれません。

さて、「結婚は相手を愛する覚悟をすること」ということを聞いたことがあります。研究テーマに興味があるからそのラボに入るという「恋愛感情」から、このラボにいるからこのテーマに興味をもっているという「意志を働かせた愛」に変えて取り組んでいかないといけない時期がくるのかもしれません。まあ留学は神の前に誓ったりしないので、それほどの縛りはないのでしょうけど・・・。

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ビザ申請(その2)

詳細は妻のブログに譲りますが、何とかJ1-ビザの面接予約までこぎつけました。DS-2019を受け入れ先から発行してもらい、DS-156なるものをオンラインで作成し、そこから得られた番号をもとに駐大阪・神戸アメリカ総領事館のウェブサイトから予約を入れるというやり方でした。開いているところに予約を入れようとすると「いっぱいになりました。他で予約を取り直してください。」と表示されましたので、結構みなさん、どんどん予約を入れられているようです。3時間待ちとかいう話も聞くので、予約を入れた7月18日は一日仕事になりそうです。

面接さえパスすれば出発日を固定できるので、一気に準備が進むはずです。それまでに財産証明(私の場合、向こうで給料をもらえるので不要ですが、念のため。)やNo Patient Care Letter (医師でもある私が、今回の渡航では臨床に携わらないことを約束する手紙〜受け入れ側が発行:スタンフォード側は要らないんじゃないかと言っていますが、要るような気がします。でも出さないで済んだドクターもいるようです。)も準備しておこうと思います。

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2007年7月 1日 (日)

頭が痛いときの頭の痛まない話(その2)

ところで、まだ頭痛の少し残る私にDr.Hが「3年も留学して、そのあとどうするの?」としきりに心配してくれました。
私の答えは「それはわからん。」でした。
私にとっては、3年後は3年後。帰国して大学がどのような体制にあるかも分からないし、自分自身も何を考えているかわからない。今は帰国したら新生児の研究をする大学院生の指導に当たりたいと思っているけれど・・・。

留学するときに医局に帰ってくる場所がないかもしれない、という心配は、当然といえばそうでしょう。しかし、こういった心配は実は、私の頭を悩ましていません。

医局崩壊が言われはじめて久しいと思いますが、今言われている崩壊というのは、地域医療統括部門としての崩壊ではないでしょうか? しかし、聞こえは悪いですが、”医師を医局に縛るもの”は主に3つあると思います。

①地域(自分がその医局の関連病院のある地域で勤務したいか)
②臨床(その大学病院および関連病院で他では経験できないような専門性の高い医療を行っている)
③研究(自分がしたい研究がその臨床教室で行われている)

有能な医師がなぜ、大学病院を敬遠するのか?・・・だから、私が大学病院に勤務できているのですが(笑)

「さおだけ屋はなぜつぶれないのか」で有名な山田真哉氏は、ほぼ日のインタビューの中で、

”売れるものをつくる方法は
低価格か、差別化か、のふたつです。”

と述べています。結局、医局として有能な医師、医学者を引きつけるには①は地域性はどうにもならないし、最近の傾向からは大学の役割が小さくなりつつあるので、②と③でどのようなビジョンをもって、ハイレベルの仕事をしていくかということしかないでしょう。上記で言う「差別化」です。
②臨床ならば、ただ重症例や稀な疾患の診断や治療にあたれば良いというのではなく、それをどのように診療していくか、それを発信できるかということになると思います。新鮮な鮎でも水煮にしてしまえば食することはできても塩焼きのような美味しさが無いのと一緒で、ただ診ていればよいではいけないのです。
③研究に縛られている医師が医局を離れて行くケースがあるのは、臨床教室が興味の湧く研究をしていないからです。これは、研究で差別化を図れば、外からもどんどん人を呼び込める可能性があるというポジティブな面と、一つの医局でフォーカスできる仕事は限られるので、去る人が出る可能性があるというネガティブな面があります。しかし、社会の中での使命を考えると、何をするかはリーダーの自由ですが、何か差別化を図ってクオリティを追求するべきです。

逆に言うと、医師の中には大学病院の臨床や研究に「縛られる」ような使命感をもった人がいてほしいですし、大学の臨床教室は歩むべく方向を定めて、早く、「とにかく戻って来て〜」という時期から、お互いのニーズにマッチしたメンバー選びができるように差別化を図らないと時間も資金も、能力も、そして医師としての人生も!もったいないです。私が「3年後はわからん」と言っているのは、そのような期待の現れであり、臨床教室が差別化を図る為に私を必要としてくれるか、教室が差別化を図ったために私が不要になるのかのどちらかであってほしいと思うからです。

未だにスピッツを聞き続ける「夢見る少年」の私の関心は、”自分が幼い命に対する情熱を失わないでやっていけるかどうか、そして、その情熱を注ぎ込める場所を見つけられるかどうか”ということなので、広い世界、どこかにあるだろうと思うのです。しかし、「夢は大きく、仕事は小さなことから忠実に」。一晩寝て体力が回復したので、再びグラント書き、論文に戻ります。




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頭が痛いときの頭の痛まない話(その1)

昨日、先日このブログでご紹介したお二人と一緒に正弁丹吾亭に行って、家族共々ごちそうになりました。Dr.H&S子さん、ありがとうございました。

残念なことに、心斎橋についたころから頭痛と吐き気に催され、なんとか辿り着いたときには顔面蒼白だったようで、お布団を借りて、料亭の中で寝込んでしまいました。ごはん食べに来て、いきなり寝るなんて、今から考えると笑ってしまいますが、座って、話をすると吐きそうになるので仕方ありませんでした。Dr.Hは薬を買いに行ってくれ、私は寝込んでいるので、その間は私の妻のS子さんで、「女だけの話」が出来たようで、それはよかったのかもしれません・・・。最後あたりになって私の顔色も戻り、なんとか話せる状態になって、いろいろ話せてよかったです。

S子さんの左手には美しいダイヤが煌めき、幸せそうなお二人を見ていると、私どもも幸せな気分になりました。結納も格式張った方法でされたようですし、親族のいるところと生活の基盤が離れているために結婚式と披露宴を別々にされるとのことで、大変そうですが、「できることなら結婚式は盛大にやったほうがいい。」と思います。親の顔を立てるという面もありますが、「あんなに大変な結婚って一生に一回でたくさん!」と思ったり、「あんなにたくさんの人の前で愛を誓ったんだから、ちょっとやそっとのことで離婚なんかになったら恥ずかしい」と思うことで、結婚生活の危機を乗り切る助けになるのではと思うからです。
普通、30歳を超えてしばらくすると、花嫁、花婿という自分が恥ずかしくなり、式も披露宴もほどほどに、という傾向が増してくると思うのですが、Dr.Hの場合はもともと凝り性なところもあり、結構、はりきっています!

私の妻曰く、「ほら、あんなかわいいお嫁さんもらうとなったら、張り切るわ〜」。

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