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2007年7月29日 (日)

出発日の変更

先日のブログに書きましたように、フライトをキャンセルするはめになり、途方に暮れていましたが、幸い2日ずらせば、同じフライトを確保することができました。20日のキャンセル待ちもしていましたが、こちらは確保できなかったので、本日の日付で8/22の渡米が確定しましたので、引っ越しも20日にずらすことにしました。大学への勤務は15日までなので、少し余裕ができました。

私はクリスチャンとして、私のために罪の無い人生を送り、十字架にまでかかって下さったような愛の神様を信じているので、何か、自分の前の扉が閉ざされたようなときは(それが、あきらかに自分の責任でないかぎり・・・今回は私の責任ですが。)、きっと神様がもっと良い別の扉を用意して下さっているのだと思っています。
ここで言う「良い扉」というのは決して、人間の目から見た「良い」(たとえば、出世するとか、お金を儲けるとか)ものではなく、もしかしたら、つらい、嫌なものかもしれないけれど、それは私の上にある神様の計画にとって「良い」ものです。自分のために命を投げ出して下さった神は他にいないし、そのような神が私を大事に思っていないはずはなく、私に良いものを与えてくださるはずだと信じています。(ローマ8:32)
キリストは”一羽の雀も神のゆるし無しには地に落ちることがない”(マタイ10:29)と説かれました。これは、クリスチャンが「地に落ちる」ような経験をしないということを言っているのではなく、どのようなことであっても神のゆるしのもとで起きているということを教えられていると思います。

だから、この予期せぬ出発日変更、しかも変更せずに行ける方法を模索してもダメだった変更ということで、これも神がゆるされたこと、計画されたことと思います。ノアの箱船も、その扉を閉めて大雨を降り始めさせたのは神でした。すべての生き物を載せ終えた後も、ノアは本当にこれでよかったのか、これが神の計画なのか、もう扉を閉じてもよいのか迷っていたのだと思います。そこで、神がこの計画が自分からのものであり、神の責任においてなされることであることを示すために箱船の扉を自ら閉められたのだと思うのです。

だから今回のことも、なぜか、自分の渡米に関して神様の介入があったような気がして少し嬉しく思っています。

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