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2007年8月 5日 (日)

教会と私のイロンな事情

先日のブログで紹介した吹田聖書福音教会での30代前後の男性の集まり、ヤングメンズミーティングを今日開くことができました。今回は上記のタイトルで、私の事情を振り返りつつ教会の事情を知ること、教会に対して、どのように関わるべきかなど話し合いました。参加者は17名で、ゲストのOさんが自分の体験と、教会の中のいろんな人から聞いた意見を紹介してくださいました。以下は私が作った今日の資料の抜粋です。

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ヤングメンズミーティング 2007 Part.2
教会と私のイロンな事情〜教会の中における私の信仰〜

日時:8/5(日)14:00~16:00  
対象:20~30代中心の青年壮年男子(既婚、未婚は問いません。)
ゲスト:Oさん

『それは、からだの中に分裂がなく、各器官が互いにいたわり合うためです。もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。(コリント12:25〜27)』

「イロンな」はお気づきのとおり「色んな」と「異論な」をかけています。
私には私をとりまくいろいろな事情があります。それは、きわめて霊的な信仰のことであったり、家族や友人に関することであったり、仕事のことであったり、またまた教会との関わりであったりするかもしれません。

一方で、教会は、その建物と牧師と一部の役員の方々を指すものではなく、そのようなイロンな事情をもった人々の集まりです。

吹田聖書教会には、どのような人々がどのような事情を抱えながら集まっているのでしょうか?いろいろな年代別の集まり、奉仕グループ、役員、小グループがありますが、それぞれ、どのような問題を抱え、また経済を含めた教会の実際的な運営に関して問題はないのでしょうか?

神様はなぜ、今このようにして吹田聖書福音教会の群れに私を加えて下さっているのでしょうか?
教会のイロンな事情は、私の事情と関係はあるのでしょうか?
もしかして、教会のイロンな事情は、私の事情かもしれないし、私の事情は教会の事情かもしれません。教会の痛みに私が関わろうとしたときに、私の痛みが癒されるという可能性はないでしょうか?

私は教会の一部であり、教会の痛みは私の痛みであること、私の痛みは教会の痛みであることを、神様への信仰をもって宣言し、共に歩むためにヤングメンズの私(たち)がまず知っておくべきことはなんでしょうか?

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今回で、教会でこのミーティングのお世話をさせていただくのは最後となりました。礼拝も残すところあと2回。
とても寂しいような気がします。初代牧師の故・高木慶太先生、今のお二人の牧師先生、壮年会のみなさん、医療関係のグループのみなさん、壮年クワイアーのみなさん、子ども達の教会学校の先生、妻を励ましてくれた育児グループの奥さん方・・・本当にお世話になりました。

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