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2007年8月13日 (月)

無駄なページ

留学先に実験ノートを持って行くわけにはいかないので、今日、当直中にせっせとコピーを取りました。

ひたすら遺伝子解析をした日々、ひたすらサブクローニングを繰り返した日々、ひたすら動物モデルを作り続けた日々、ひたすら投与実験をくりかえした日々などが呼び起こされます。ミーティングの議事録なども考えさせられることもあり、ここで「やろう」って書いてるけどやれずじまいやな〜と思うことも・・・。また、無駄になった実験が多くあるのにも気づきました。これからもいくつも無駄な実験をしていくのだと思いますが、成熟するにつれて、そんな無駄も少なくなって行くのでしょうか?それとも無駄なデータの中に真理を語るデータを見つけなければならないのでしょうか?

実験ノートを見直すと、様々な実験での苦労が思い出され、せっかく頑張ったのに論文にできなかった研究があった証拠も見いだされます。プログレスの内容も、データのまとめ方も稚拙である一方で、難しい実験にもトライしていたりして、数年前の自分が恥ずかしいような、愛おしいような(?)、尊敬するような、複雑な心境です。
実は最近は1、2年生のころのようにいちいち実験ノートに書いていませんでしたが、これからはなんでも書きまくろうと思いました。

私の人生にも無駄なページがあるのでしょうか?この留学は無駄にならないでしょうか?
天国に行って神様に会った時に自分の人生を振り返って、私が言うことは次の二つのどちらかだと思います。「神が用意して下さった人生に無駄なページなど無かった」というか「私にとってこれらの無駄なページは必要だった」というかです。
神に従って歩む人生であれば、どんな無駄もたんなる無駄にならないことを私は知っています。

”神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ8:28)"

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