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2007年10月 7日 (日)

日曜礼拝シリーズ:永遠を決める決断

この日曜日も教会に行って来ました。メッセージはヘブル書11章30~35節から「遊女ラハブの信仰」についてでした。(写真:礼拝中のようす)

遊女ラハブについて:
モーセのリーダーシップと神の奇跡により、出エジプトを成し遂げたイスラエル民族ですが、その後は神の教えに逆い続け、約束の地であるカナンに入るのを恐れたために荒野で40年間彷徨う生活をしていました。
モーセが死んで、指導者がヨシュアに変わり、さあ、約束の地に入るぞ!という前に、イスラエル民族は城壁に囲まれた大きな街、ジェリコに2名のスパイを送り込みました。しかし、このスパイはすぐに街の住民に気付かれてしまい、追われてしまいます。そしてその二人を命をかけて守ったのが遊女ラハブでした。彼女は二人を匿い、逃がしましたが、そのときに二人にジェリコの住民がイスラエル民族とその神を恐れているという情報を流し、家族を助けるように求めたのでした。
(参照:ヨシュア記2章9~13節

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メッセージの概略:
出エジプトからすでに40年が経過していたのですが、ジェリコの人々はイスラエル民族の出エジプトの奇跡と、その後の民族の動きを知り、非常に恐れていました。しかし、その話を聞いてイスラエルの神の前にひれ伏すという正しい反応をしめしたのは遊女という職業で暮らしていたラハブだけでした。彼女は上記のような勇気ある行動を取り、家族の命を救うように求めました。そして彼女は命を救われただけではなく、後に彼女の子孫からダビデ王が起され、さらには、イエスキリストの系譜に連なるという大変な栄誉を得たのでした。
遊女ラハブから学ぶべき信仰の原則は以下の4つです。
1:ラハブは神についての真実を注意深く聞いていた。
出エジプトの出来事からは40年経過していたにも関わらず、また他の人々は同じことを聞いていたのに違った反応をしていたにも関わらず、彼女はどのように反応すべきかを自分で結論づけたのでした。
2:自分が家族から周りからどのように扱われていたかとか、自分の置かれた状況がどのようなものであるかということに自分自身を支配させなかった。
3:彼女は実際に行動を起こした。
4:家族の命を守るために懸命になった。

hide-tanからのメッセージ:
遊女ラハブについて、彼女が神についての情報にどのように反応したかということと同じくらい大切なことは、彼女が神に対してアンテナを張っていたということではないかと思います。彼女はイスラエルのことに対して、注意をしていたために彼女はスパイを家に泊めることになったのかもしれないし、アンテナを張っていたからこそ、神は彼女の信仰を見て、そこにスパイを送り込ませたのかもしれません。または、彼女が遊女だったからこそ、スパイはその身を隠す為にラハブの場所を選んだのかもしれません。つまり、彼女の信仰と置かれていた境遇に神の計画が完全に一致したのです。彼女が神の計画にとって大切な存在であったことは、その子孫からキリストが生まれたということからも明らかです。私は(退屈な!)マタイの1章を読んで、はじめてそのことを知ったときに遊女の信仰が全人類に対する、私に対する神の救いのために必要であったことに感動しました。
今の世界(特に日本)も、ジェリコに似ていると思います。人々はイエスキリストが私たちの罪のために十字架において死に渡され、死を克服してよみがえったこと、そしてそれを信じるひとは永遠の命を与えられていることを知っています。ですが、そのような神の大きな愛を聞いても、それに反応する人はほんの少数なのです。遊女ラハブは非常に注意をしていたからスパイに出会えたのかもしれないのですが、今の世の中には、聖書もありますし、キリストによる救いに関する情報はあふれかえっていますので、私のようなクリスチャンを含めた「スパイ」に会える確率はふんだんにあります。とくに情報社会&契約社会であるアメリカでは、条文の隅っこに書かれているような契約の決まりも「知らなかった」では済まされないように、神に関する情報も知らなかったではすまされないような世の中になっていると言えます。(ローマ人への手紙1章19~21節には神によって創られたものを見れば神の存在は明らかであり、私たちに弁解の余地はないと述べられています。)

遊女ラハブの決断と行動は人類の救いという神の計画に組み込まれました。
これを読んでるあなたの決断ーあなたの命を自分の命に代えてでも救いたいと思う神の愛に対する決断ーが同じようにあなたの人生と永遠に祝福をもたらすことを願っています。それは、必ずしも命がけの行動ではなく、ただ単に心の中で「神様。私はあなたに関して、聖書の中に書かれていること、私を愛し、私のためにキリストを通してくださった救いを信じ、感謝とともに受け入れます。」というだけです。


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