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2007年12月24日 (月)

イブ礼拝:That's what Christmas is all about

今日はPeninsula Bible Churchのクリスマスイブ礼拝に出席しました。私たちを含めて、日本人5家族総勢20名(お子様も含む)が参加してくれました。賛美→お祈り→聖書朗読→賛美・・・の繰り返しで、いつもの礼拝のように聖餐式や献金などのはじめての方が戸惑うところ(といっても、両方とも信者でない場合は無視していればよいものなのですが・・・)がなかったので、よかったです。来て下さった方が、アメリカの教会の礼拝の雰囲気を楽しんでもらえたのであれば幸いです。
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そのあと、時間のゆるす3家族で我が家に集合し、ポトラックパーティをしました。今日、来て下さったyukikukanさんのご家族は私と同じころにスタンフォードに来られた方で、いわば同期生として助け合って来た仲間です。またもう一方のKさんご家族は、2ヶ月前にスタンフォードに来られたばかりの方で、私がはじめて(少しだけですが)お手伝いさせていただいた方です。今日はyukikukanさんとKさんは初対面でしたが、3家族それぞれの持ち味のディナーを楽しみ、子ども達ははじゃぎまわり、とても賑やかで楽しいイブを過ごしました。

ところで、今日の礼拝の後半にある青年が前に出て、カジュアルな雰囲気で話はじめました。その話の最後の部分で、彼は少し涙ぐみながら、このように言っていました。
「神はあなたのことを本当に愛しているので、この世に赤ちゃんとして生まれて下さったのです。それこそがクリスマスの意味するすべてです。」
単純なメッセージ。とても単純すぎるメッセージです。
私にとっては、もう何百回と聞いていることですが、しかしあと何百回でも聞きたいメッセージです。
実際に、聖書66巻の壮大な物語は、結局、次の聖書の一節に要約されると言われています。

『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネの福音書3章16節)』

しかし、メッセージが単純であるということは、全知全能の神のメッセージに人間の余計な解釈を入れないということと、誰もが受け取れる救いを提供したいというキリストの努力を無にしないという意味において非常に重要なことです。
「信じる者は救われる」という言葉はキリスト教の代名詞のように使われますが、この言い方は、「イエスキリストを信じて○○すれば救われる」と言ってしまう余地を与えてしまいます。なので本当は、「信じるだけで救われる」と言わなければならないのです。

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