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2008年1月

2008年1月31日 (木)

良い論文?

今日のジャーナルクラブは院生のchrisが初の担当。彼は、よく論文を読んでいるので、そんな中から選りすぐりの論文のはずなのですが、なぜこれを選んだのかな??と思っていたところ、最初のFigureのデータから???という内容だったので、ボスが「もうこれ、読まんとこ!」

".....&%$#@!?"

目を白黒させているchrisに「冗談、冗談。違う意味で”良い論文”だから続けましょう。」
掲載されている雑誌は、まあまあの雑誌なのですが、データの並べ方出し方、論理の進め方まで問題だらけでした。

最後のボスの感想。「まあ、でも”良い論文”だし、最後の仮説は面白い。(これは結論がないことを示唆しています)ただ、これを査読したのはいったい誰や?という疑問は残るけどね。」

(以下、PHD Comicsより。この漫画の作者はスタンフォードでPhDをとって、主人公は自分をモデルにしているようです。)

Phd010908sPhd011108s
Phd011408s_2

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2008年1月30日 (水)

ボスと90分1本勝負!?

幸い、ウチのボスは、めちゃめちゃビックなボスでもなく、自分もラボに詰めているようなYoung Fucultyでもないので、1〜2日のちょうどよい周期でラボにやって来てディスカッションをしたり、よく自分のオフィスに人をよんで新着状況を確認したりします。

しかし、私はいつも着いたらすぐに培養室か顕微鏡室に向かうことが多いので、なかなか話すチャンスがなく、2週間くらいミーティングが抜けていました。
今日、ついにボスから、
「hide-tan、手が空いたら午後はずっとオフィスにいるから最近の実験の様子と今後の計画について話に来て」と呼び出され、午前の実験を終え、昼休みに最近のデータを集めてミーティングをしました。
いつものことながら、あれやこれや、実験の問題点、微妙に食い違う今後の予定を調整すると1時間半が経過しました。私の報告サマリーも最後の一段落まで来たときに、
「ごめん。hide-tan。ランチがまだだから限界!!」

あ。そう...それは失礼しました。有り難うございます、と研究室に戻りましたが、ちゃんとミーティングで話し合ったことの確認のメールが来ました。

おなかが減っていてもちゃんとミーティング内容を覚えていたのね....。

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2008年1月29日 (火)

キッズの申し送り

身も心もリフレッシュして研究室にもどった私。

培養細胞のお世話をしたり、免疫染色をしたり、染めた細胞の数をカチカチ数えたり、機嫌良く今日の予定を終えて、早めに帰宅。

帰ると、妻のnori-tanも子どもも機嫌が悪く、妻がESLに出掛けている間、ayumiとminoriを交互に叱り、言い聞かせ、している間に二人ともすねて寝てしまいました。せっかく子ども達との時間をこういう風に過ごさざるを得なかったことがちょっと残念で、現実の子育てはこんなもんだな〜と思い、自分の至らなさにもちょっと反省していました。

nori-tanが帰って来て、これまでの経緯を聞き、二人とも機嫌が悪かった理由がわかり、(それなりに)納得。病院で勤めている時もそうでしたが、「申し送り」がうまく出来ていなかったのだと分かった次第でした。

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2008年1月28日 (月)

Men's Retreat (帰り道で): Eternal Friendship

Men's Retreatの3本柱といえば、以下の3つ。
1:集会とセミナー
2:レクリエーション
3:夜の交わり

このうち、3のことだけ触れていませんでしたが、私はrickと日本人Nさんとの3人で快適なキャビンで過ごしました。毎晩、遅くまで、いろんな雑談とともに、なぜ自分はキリストを信じているのか、日本とインドにおける宣教のことなどを話し合いました。なんで、インドで生まれたrickとアメリカで祖国のことを話し合ってるんやろう・・・と冷静に考えれば、ちょっと不思議ですが、これも留学の醍醐味なのかもしれません。

さて、帰宅の道のりでrickからNさんがはじめて教会に来た頃の話を聞いたりしました。
彼とNさんは10年近くの親友で、Nさんがクリスチャンになったことを喜ぶさまを見て、たしかにクリスチャンどうしの友情は永遠に続くものなんだと思いました。

私の好きなFriends(by Michael W. Smith)という歌の一節を思い出しました。

And friends are friends forever
If the lords the lord of them
And a friend will not say never
cause the welcome will not end
Though its hard to let you go
In the fathers hands we know
That a lifetimes not too long to live as friends.


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2008年1月27日 (日)

Men's Retreat (2日目):勝ち試合を応援して下さる神

(写真:宿泊したキャビンのバルコニーからの眺め)
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2日目の夜の集会での説教の要旨:

『兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その機会を肉の働く機会としないで、愛をもって、互いに仕えなさい。(ガラテヤ書5:13)』

私たちは、どのように振る舞えば神の子としてふさわしいのか、どのような人になりたいのかということは心ではわかっています。でもどうやって??
聖書には人は神のイメージに基づいて作られているとあります。なのに私たちは神様の素晴らしさからはほど遠く、簡単に悪い習慣、悪い性質に陥ってしまいます。この聖句にある”肉”とは、神から離れたところにある私のすべてを指します。キリストを信じてキリストの御霊(=聖霊)が内に住まわっておられるクリスチャンにはいつも肉と御霊の間に戦いがあります。

そこで、この法則を学べば常に御霊にあって肉に勝利します!...というようなものはありません。クリスチャンの生活は日々戦いの連続なのです。

『なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、 ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。 キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。(ガラテヤ書5:17-24)』
ある人が本当にクリスチャンであるかどうか、わかるのは、その人が御霊の実を結んでいるかどうかできまります。そして、その実は「良い人になろう」という個人の努力によるのではなく、御霊とともに歩むことで、御霊様ご自身があなたの人生にこのような実を結んで下さいます。 御霊は神の愛を理解させ、キリストに目を向けさせて下さいます。 なので、御霊とともに歩むとは、自分の生活の中で常にイエスキリストの存在を認め、キリストとともに歩む人生を過ごすことです。

そして、日々このように祈ればよいのです。
”自分の力では、罪との戦いに勝利し続けることはできません。私を助けてください。”

あなたは今日も罪を冒し続ける生活をしているでしょうか?
戦いは確かにこれからも続きます。しかし、罪の問題を十字架で解決してくださった今、私たちは神との間に平和を保ち、肉との戦いにも勝利しているのです。
そして、キリストはあなたの傍らでこのように言ってくださることでしょう。

「あきらめずに歩み続けなさい。あなたはすでに私とともにこの戦いに勝っているのです。」

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Men's Retreat (番外篇):Geocaching!

Color_geo150Geocachingというものをご存知でしょうか?
私ははじめて耳にしましたが、面白そうなので、Men's Retreatのフリータイムに参加してきました。

Geocahingとは、Cache(=隠したもの、貯蔵物)と呼ばれる”宝箱”(中身はガラクタ)を隠し、それを第3者が見つけるゲームですが、それをグローバルに、インターネットとGPSを駆使して探し出し、見知らぬ人とのコミュニケーションを図るアウトドアゲームです。

Cacheの登録の仕方
1:Cacheと呼ばれる箱にいろんなグッズ(あまり高価でなく、子どもが喜びそうなもの)とGeocaching.comの注意書き、ログ手帳をいれてどこかに隠す。(埋めてはいけない。もちろん立ち入り禁止場所はNG)
2:隠した場所をGPSでマークし、正確な場所をGeocaching.comに入力する。(ログインIDが必要ー無料)
3:Cacheには隠した場所の手がかりになるような楽しいネーミングをする。
4:難易度、キッズにも辿り着ける場所かどうか、Cacheの大きさなども入力する。
(写真:こんなお道具箱みたいなのが典型的なCacheだそうです。)
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Cacheの探し方
はじめての方は、自分でCacheを登録する前にみんながどんなところに、どんな風に、どんな物をどんな入れ物に入れて隠しているかを学習したほうが良いみたいです。
1:遊びに行きたい地区にあるCacheの場所をGeocaching.comで確認し(ログインが必要ー無料)、
プリントアウトしておく。
2:GPS器機(携帯型のカーナビやGPS携帯電話でOK)にCacheの場所を登録し、目的地に向かう。
3:GPSはその機種にもよるかもしれませんが、20フィートほどの誤差はあるそうですので、Cacheの登録地点に着いたらみんなで手分けしてCacheを探し当てる。
4:それらしきものがあれば、開封し、中にGeocachingグッズが入っていたら当たり。ログ手帳に名前(登録IDなど)と日付、コメント(TFTC!=Thanks for the cache!)などを記入する。
5:中のグッズから気に入ったものを取り出し、代わりに自分のグッズ(おもちゃやバッジ、シールなど)を入れる。(どこかでゲットしたグッズを入れても良い)
6:正確にもとの場所に戻しておく。(移動させるのと次の人が見つけられなくなりますからね。)
(写真:こんな吊り橋の下にCacheを発見。)
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こんな感じです。世界中でやっているので、日本でも楽しめると思いますよ。大人も子どもも一緒になって楽しめるアウトドアレクリエーションとして、GPSやインターネットという新しいおもちゃで宝探しという古典的な遊びをして、他の人達とつながることができる楽しい遊びと思いました。

さて、Men's Retreatの会場であるMt.HermonはRedwoodの森に囲まれた静かなところで、散策やハイキングにはもってこいの場所です。Geocacheは必死で山を登るコースではないと思い参加しましたが、3個のcacheを見つけるのに、結局3時間半歩き倒し、足はガチガチに張りましたが、木々に癒され、心地よい疲れを経験することができました。

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Men's Retreat (2日目朝):律法の役目とは?

ああ愚かなガラテヤ人。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前にあんなにはっきり示されたのに、だれがあなたがたを迷わせたのですか。(ガラテヤ3:1-2)

Men's Retreat 二日目午前のメッセージ要約:
悔い改めてクリスチャンになったからといって、すぐさま罪からまったく自由になるということはありません。クリスチャンとして十字架の恵みを知った上で同じ罪を冒してしまったとき、人はその罪悪感から「あれもしてはいけない、これもしてはいけない」という律法主義に陥ってしまう可能性があります。
そもそも旧約聖書のひとつの柱となっている律法とは、私たちが本来到達すべき基盤を示したものです。それは、私たちの罪深さを映し出す曇りのない鏡のようなものであり、誰も神の基準に到達しえないことを示す役割があります。つまり、律法は良いものですが、私たちを良くするものではないということです。

それでは、なぜ、律法があるのでしょう?それは、私たちが律法を全うすることで救いを得ることは不可能であることを教えるものであり、私たちをキリストに導くチューターのような役目があるのです。律法は、キリストのもとにひれ伏すことで全うされるのです。

キリストに出会った今、わたしたちクリスチャンは再びこの導き手である律法に頼る必要はありません。キリストは『完了した』と十字架上で言われたように、神の救いは完了し、キリスト・イエスにおける信仰によって律法(=あなたが満たすべき神の到達基準)は成就したのです。

あなたがたはみな、キリスト・イエスを信じる信仰によって神の子どもです。(ガラテヤ3:26)


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2008年1月26日 (土)

Men's Retreat (1日目):神の恵みについて

『兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その機会を肉の働く機会としないで、愛をもって、互いに仕えなさい。(ガラテヤ書5:13)』

Men's Retreatは、私たちの教会(Peninsula Bible Church)主催の男達だけの2泊3日の研修会です。なぜか信仰的な話をするのが苦手なキリストにある兄弟達が一同に集い、共に聖書と信仰について話し合う機会になっています。

私たち3人のグループは、エコノミーキャビンに宿泊しましたが、期待以上の設備で、とても快適な部屋でした。(写真)
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さて、今年のMen's Retreatのテーマは「恵みに生きる信仰」(正確には"The Importance of Power of Living Grace") でした。主な聖句は上にあげたガラテヤ書5章13節のガラテヤ書を通じてのメッセージでした。今日の集会のメッセージは主に次の3点でした。

1:神はすでにそのままのあなたを無制限に愛して下さっている。神があなたを愛する為にあなたができることは何も残されていない。
2:自分の罪をぬぐい去るためにあなたが出来ることは何も残されていない。キリストはあなたの罪を引き受けて十字架にかかって下さった。
3:キリストの十字架だけでは救いには不十分とする考え、自分の良い行いを救いの条件に加えようとする考えは、人のプライドに訴えかけるものであり、自分が救いに一役買っているような気がして魅力的である。しかし、これは神に対する高慢であり、キリストによる救いを不十分とする冒涜である。

つまり、神のこのような素晴らしい恵みに顔を背けることは神ご自身から顔を背けることです、神の恵みを受け止めなさい、というのが初日のメッセージでした。

集会の後は、毎年恒例らしいのですが、みんなでカフェに繰り出し、おちゃめにジュースやアイスクリームを頬張りながらチェスやポーカー(おもちゃのお金をかけ合っていました)に興じる兄弟たちでした。

恵みによる信仰生活〈1〉聖書が教える恵みの原則

感想:
Amazon.co.jpのhide-tanによるレビュー参照

恵みによる信仰生活〈1〉聖書が教える恵みの原則

著者:高木 慶太

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Men's Retreat (出発篇):FPについて

今日からMen's Retreatのため、インド系アメリカ人のrianと在米10年の日本人Nさんとともにモントレー近郊まで移動しました。その車の中で、Foster parents(以下FPとします)の話になりました。こちらでは、養子を育てている人がとても多いのですが、FPは養子とは違って1年契約でカリフォルニア州と契約して協力するプログラムのようです。以下、耳学問で得た知識ですので、詳しく知りたい方はこちらのウェブサイトを参照してください。

目的は、主にドラッグの常用などで養育能力がないと認められた親に対して、更正(”治療”と呼ぶべきでしょうか)プログラムを施行している1年間、お子さんを引き取るシステムです。1年後子ども達は更正した実の親のもとに戻る(半数)か養子になるか(FPが引き取る可能性もある)、養子が見つからなければ(大抵は見つかるそうです)、次のFPに引き継ぐかになるようです。

1:養育費用や医療費はすべてカリフォルニア州が負担
2:FPになるには厳しい審査がある(家の経済状態にゆとりがあること、家族が増えても大丈夫なくらいの十分な居住空間があること、FPの面接審査を経ること、など)
3:FPには、子どもの情報(実の親を特定する情報以外)が提供される
4:実の親は、毎月相応の額を子どもの養育費として納める必要がある(納めないと養育できないと見なされ親権がなくなる)
5:基本的に子どもとの面会は出来ない。特例として州の職員が仲介して面会をする場合はあるが、親はFPに関する情報を一切提供されない。
6:プログラム開始1年の時点でドラッグフリーでなければ子どもから完全に引き離される。ただし、ドラッグフリーになっている場合は半年の猶予で経済状態が安定するまで待ってくれる
7:新生児には全例?血液検査で薬物反応のテストがされ、陽性の場合、赤ちゃんは母と一緒に帰宅できずにFPに預けられる
8:預けられる子どもはFPの家族の中で最年少になるように配慮される

これは、かなりよいシステムだと思いました。日本でも虐待などによって親と引き離されるケースがあると思いますが、このようなプログラムに興味を示す人がいるのではと思いました。私も言語の違い(養子の場合なら日本語で育てても問題ないと思いますが)や経済状態(毎月赤字なので)などからも審査で跳ねられることでしょう・・・。

〜と、ここまで読んで、ウチもあかんわ。がっかり・・・と思っている方に〜
私たちはワールドビジョンチャイルドスポンサーシップに4年くらいたちますが、こちらは結構、赤道直下に住むricky(仮名)くんの成長を時折、楽しみにしています。(ワールドビジョンジャパンは寄付金控除が適用される日本では数少ないNGO団体です。)

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2008年1月25日 (金)

簡単にはできない税金の話

今日は、スタンフォードで働く外国人対象のTAX information workshopsに出席してきました。広い会場は満員で、雨上がりということもあり?熱気ムンムンでした。F1ビザが7割、J1ビザが3割くらいで、エンジニア系が8割、その他が2割くらいでした。
国別でみると、ヨーロッパ系、中国人、インド人、南米人などが多数を占めていました。

今日はイントロで、税金を支払うべき立場にある人はどんな人かという概論でした。また税金を免除されるべき人(そうでない人も)が提出すべき実際にどんな書類にどんな手続きをしないといけないかの詳細は書式が今年用に出回る来月以降になるようです。

基本的にスタンフォードの職員としては、外国からの雇用者に対しては情報を提供するのみで、実際に責任をもって指示をすることはできないという前置きがありました。税金の仕組みや、国との協定がころころ変わるからなのでしょう。とにかく詳しくは、IRSのウェブサイトをチェックする必要があります。

なので、仕組みを簡単に説明できないというのと同時に、立場上、簡単にできない税金の話をなんとか理解の糸口を与えようとしてくださるセミナーだったと思います。

(写真:引っ越しするjuryから、こんなテーブルを譲り受けました。玄関が少し華やぎました。)6230

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2008年1月24日 (木)

センセーショナルな?失望

今日のラボミーティングで、「ボスが今日の4時からセミナーがあって、とても役立ちそうなので、参加するように」というアナウンスがあって、参加してきました。

演者の方のラボのホームページを確認すると、臨床医であれば、そういうことができれば・・・と誰しも思うような面白いコンセプトの研究をしていました。こういうことに本気で科学的にアプローチできれば、それはユニークで面白いと思いました。ただ、予習に・・・と思って取ろうとした文献が雑誌がマイナーすぎて取れず、??と思いながらも、ボスがあれだけすすめるのだから・・・と、実験を途中で切り上げて、出席すると会場は満員でした。

内容は臨床的に面白いものだったのですが、ふんふん、それで・・・?というところで、期待していた科学的なメカニズムに触れられることなく、終わってしまいました。考え方や生命に起きうる現象としては、意義深いものではあるのですが、現象論だけで終わった講演に対して、テレビの”科学”番組を見せられたような気がして、がっかりでした。

さすがのスタンフォードの学者/学生もセンセーショナルなタイトルにつられて来てしまったのかもしれません・・・・。質疑応答を聞かずに立ち去る人がいつもより多くいました。

私としては、ただ科学的にどうこうということだけでなく、メカニズムを探求する姿勢もなく、リスクを伴いそうな治療法を「臨床応用できる」という無責任さにも失望してしまいました。

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2008年1月23日 (水)

科学者である理由

“One of the great tragedies of our time is this impression that has been created that science and religion have to be at war.” - Francis Collins
(私たちが生きているこの時代において、大きな悲劇とよべるもののひとつは、科学と宗教が仲違いしているという印象を作り出してしまっていることだ)

スタンフォードでちょっと変わったセミナーがあります。
タイトルは、God and the Genome 。Francis Collinsという2000年にヒトゲノム解読を宣言した科学者です。クリスチャンである彼は最近、"The Language of God"という本を出したそうで、今回は信仰と科学の関わりについて話して下さるそうなので、できれば聞きに行きたいと思っています。(セミナーの案内はこちら

聖書は科学的でないから信じられない、と思われる方も多いと思います。
実は、私もそうでした。次第に神が本当に神なら、自分が頭で理解できないことや科学的に起こりえないということも実現可能なはずと思うようになり、部分的に信用していた聖書のことを大部分、そして、ある出来事を通して、すべてが本当だと思えるようになりました。

ところで、そもそも科学者として研究する人々はなぜ研究をしているのでしょうか?

それは、突き詰めていくと、まだ解明しなければならないことがあるからではないでしょうか?
まだまだわからないことがあるからではないでしょうか?

世の中に科学者が存在するということは「まだ科学的にわからないことがある」と世界が言っている証拠です。それは裏を返せば、科学的にすべてのことを証明することができない、つまり聖書に書かれていることが本当だとも嘘だとも科学では証明できません、と言っているのだと思います。そして、それは科学者として正しく、謙遜で、賢明な立場なのだと思います。

私は立場的に科学を突き詰めれば、聖書に書かれていることもすべて科学的に説明可能なのだろうと思っていますが、同時にそこまで到達するまえに私はいなくなるだろうし、世の終わりも来るのだろうと思っています。いのちについて、宇宙について、すべてについての答えを得て、科学のお役目は終了!という時代は、SFの世界でしか不可能だと思います(下記 Douglas AdamsのコメディSF参照)。それでも私がひとりの科学者として研究をしているのは、神が創られた世界の仕組みを解明して、人々の健康に役立てたいと思うからです。

”奴ら(クリスチャンのこと)って進化論も信じないで、よく研究ができるよな〜”みたいなことを私がクリスチャンと知らずにもらしておられた方がいたのですが、私はこのように考えているので、毎日わくわくしながら研究というものに取り組んでいるのです。

逆に、なんだかわからないけども宇宙ができて、地球ができて、そして人間が生まれたと考えるよりも、秩序と目的をもって宇宙やいのちが創られて存在するのだと考える方が物事を科学的に解明できるのだと確信しつつ、生命の神秘をひとつひとつ紐解いていけるのではと思うのです。

The Language of God: A Scientist Presents Evidence for BeliefBookThe Language of God: A Scientist Presents Evidence for Belief

著者:Francis S. Collins
販売元:Free Pr
Amazon.co.jpで詳細を確認する


Life, the Universe and Everything (Hitchhiker's Trilogy)BookLife, the Universe and Everything (Hitchhiker's Trilogy)


著者:Douglas Adams

販売元:Ballantine Books (Mm)
Amazon.co.jpで詳細を確認する


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2008年1月22日 (火)

Palo Altoの夜空

夜遅くまで残ったり、休日は夕方から研究室に行くことが多い私。
アパートがラボに近いため、夜空を楽しみながらテクテク歩いて帰るのが日課になっています。

このあたりは、夜に煌々と灯りがついている繁華街とは離れていますので、星空も綺麗なのですが、サンフランシスコ空港とサンホゼ空港の間に位置するので、常に飛行機が2〜3機飛び交っています。空高くに月が昇り、星と星の間を縫うようにして飛ぶ飛行機を見ながら、このような月や星が夜空になかったら、なんて暗い夜になることだろう、夜空に月や星が輝いていなかったら、私たち人間の心はどのようになっていただろう・・・とふと考えてしまったのでした。

遠い昔から人は夜に空を眺め、月の光がやさしく地を照らし、美しく散りばめられた星を見て、神の愛を感じたのではないでしょうか?

O Lord my God, When I in awesome wonder,
Consider all the worlds Thy Hands have made;
I see the stars, I hear the rolling thunder,
Thy power throughout the universe displayed.
Then sings my soul, My Saviour God, to Thee,
How great Thou art, How great Thou art.
(words & music by Carl G. Boberg and R.J. Hughes)

さて、昨日は、雨で夜空を楽しむどころではなかったのですが、Insight for the LivingというPodcastで、Chuck Swindollの説教を聞きながら歩いていると、「雨が降っていますね。・・・まあ、雨の音は気にせず、Ray Stedman(私が通う教会をはじめた牧師)の過去の著作の一節を聞いて下さい。」と語りかけられました。ちょっとした偶然に少し嬉しく思ってしまいました。 

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Martin Luther King Jr. Day

・・・でお休みの今日は、家でゆっくり過ごし、夕方から研究室にでかけ、chrisが午前中に仕込んでくれた細胞と私が昨日夜な夜な処理しておいた細胞のピックアップに行きました。

今日は、Martin Luther King Jr. Dayということですが、昨日、minori(7歳)にキング牧師の話をしました。人種の違いによって今も差別があることに驚いていたようすでした。

(写真:アトランタにあるキング牧師が牧師活動をしていた教会内部とキング牧師記念館にあるお墓。2006年の学会で訪れた際に撮影。)

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キング牧師―人種の平等と人間愛を求めて (岩波ジュニア新書)

買ったきっかけ:
アトランタ旅行の際に予習しました。

感想:
キング牧師の生涯について、やさしく丁寧にまとめられていました。

おすすめポイント:
キング牧師の生涯にご興味をもたれた方の入門書としてぴったりです。

キング牧師―人種の平等と人間愛を求めて (岩波ジュニア新書)

著者:辻内 鏡人,中條 献

キング牧師―人種の平等と人間愛を求めて (岩波ジュニア新書)

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2008年1月21日 (月)

日曜礼拝シリーズ:海辺からの呼ばわる声

聖書箇所:
ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。(マルコ1:16〜18)

これまで私たちはマルコの福音書から、荒野で叫ぶ洗礼者ヨハネの声天から届く父なる神の声を聞いてきました。今日は、海辺から呼ばわるイエスの声を聞きたいと思います。

ここで、イエスはシモンとアンデレという二人の兄弟に声をかけ、「あなたを人間をとる漁師にしてあげよう」と呼びかけています。イエスは彼らに「私についてきなさい」というメッセージとともにこのような微妙な(比喩的な)ニュアンスの言葉で声をかけています。渡り鳥のような移動を常とする生き物の中にはちょっとした気候の変化をにわかに感じ取り、行動をおこすものもあります。私たちへの神からの呼びかけもそのようなものかもしれません。静かにあなたに語りかけるイエスの声は。あなたの人生を大きく帰るよびかけかもしれないのです。

このような呼びかけを受けたときに私たちは安心して従えば良いのです。イエスは私たちは呼びかけるだけでなく、私たちを教え導き、私たちをよりよい形に作りかえてくださいます。あなたは自分自身で自分を作り替えようとか自分で何か変化を起こそうとか思う必要はありません。あなたがイエスに従う決心をしさえすれば、あなたを作られた神ご自身があなたを変え、あなたを用いて神の良い業を行って下さるのです。そして、彼は私たちが考えるよりさらに大きな変化を、あなたを通して世界に起こしたいと思っておられます。

もう一度言いますが、あなたは自分で何かをしようとする必要はありません。しかし、神は「ついて来なさい」と言って、あなた自身を必要としてられるのです。

そして、イエスは私たちがどのような人生を歩んで来たかということを知っておられるので、”人間をとる漁師にしてあげよう”というように、私たちの背景を反映させた語りかけをしたり、私たちの得意分野を用いようとしてくださることがあります。しかし、この聖書箇所には”網を捨て”とあるようにイエスの弟子になるためには、これまでの人生で大切と思って来た「何か」をあきらめる必要があるかもしれません。しかし、神は私たちが捨てなければならない何かをはるかに凌ぐよりよい恵みを与えて下さいます。

ドイツの有名な神学者Dietrich Bonhoefferは、学者としてのキャリアを捨てて、ナチスに対抗すべく教会の活動に加わりました。当時の教授陣は、”教会の混乱のための犠牲となった”ことを嘆き、彼自身はついには第二次世界大戦が終わる直前に絞首刑にされたのでした。彼はキャリアを捨てて、神の計画に従いました。彼はいのちを捨てなければなりませんでしたが、彼自身、その著書”The Cost of Discipleship"で神からいただく恵みには二種類あり、その一つが「犠牲を伴う恵み」であると記しています。彼は最後までキリストにつき従い、本当のいのちを得たのでした。

今、私たちは海辺から呼ばわるイエスの声を聞いているのではないでしょうか?
「私について来なさい。」という声を。

hide-tanの注:
これは、神様からの救いを得るためには職業を捨てたり、いのちを捨てたりする必要があると言っているのではなく、クリスチャンとして、神からいただく報酬の素晴らしさを知っている人に対して向けられたメッセージです。キリストの救いを受け、永遠のいのちを得るためにはキリストが十字架で私たちの罪の身代わりになって死んで下さったことを信じればよいのです。キリストの弟子となり、時には犠牲を払ってまでも神の御心にかなった生き方をすることで、さらに豊かな報酬を受けることができるということをすすめているメッセージです。

子どもがある人の子どもであるためには、ただ生まれてくるだけでその親の子どもですよね。
この親から生まれて来たという事実は変わりません。”信じて救われる”ということは、このように新たに生まれることを意味します。一方で、その子がその親の子らしく育つためにはその親に習わないといけません。もしかしたら、これを読んであられる方の中には、自分の親へのイメージが悪い方もおられるかもしれません。また自分が親として子どもに対して関われていないことに気づいたり、多くを背負わせすぎているようなことを反省している方もおられるかもしれません。

しかし、天の父なるまことの神様は、完全な方です。私たちを形づくった方なので、私たちのすべてを知っておられます。そして、まったく欠けの無い愛で私たちを愛してくれています。キリストを信じたときには人は間違いなく神の子として生まれます。しかし、神は私たちすべてが、ただ生まれるだけでなく、神の子として、”神の目から見た”豊かな人生を生きることをのぞんでおられるのです。それは神の、子を愛する親としての性質の現れです。

なので、イエスからの「私について来なさい」という声は、「我が子よ。私はあなたを子として愛し、育てたい。あなたの人生が良いもので満たされるように、私に習いなさい。」と言って下さっているのだと思います。だから、海辺から呼びかける声は、私たちの心に重くのしかかるものではなく、とても嬉しく光栄な呼びかけとして高らかに私たちの胸に響くのです。

The Cost of Discipleship


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2008年1月20日 (日)

我が家でラボパーティ

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ラボのフルメンバーが揃って予定されていたラボパーティが先月、ボスの風邪でお流れになってしまい、今月に延期されていましたが、はたまたグラントの締め切りが3つ重なったので、かねてからしたいと思っていた手巻き寿司パーティを提案したところ、ほぼ全員が、配偶者や婚約者ともに来てくれて総勢16名のパーティになりました。今回は、子ども達も動員して準備しましたが、さすがにこれだけの人数のお世話をするのは大変でした。nori-tanありがとう!

メニューは手巻き寿司、みそ汁、肉じゃが、お好み焼きでした。デザートは市販のどら焼き。

料理にはみんな満足してくれ、福笑いなどもして楽しいパーティでした。
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好評だったのは、妻nori-tanによる巻き寿司の実演→実践でした。みんながそれぞれ思い思いの具材で巻き寿司を作り、余った巻き寿司を持ち帰ってもらい、一石二〜三鳥でした。ボスのkasonもトライし、私の家でのボス(nori-tan)が職場のボスを指導するという場面もありました。

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2008年1月19日 (土)

板挟みのプレイバック

ポスドクの中でもただ一人、私にはmasterの院生chrisという「子分」がついています。

子分といっても、指導しているというよりは一緒に考えながら実験をしている感じで、毎日エキサイティングに新しいことをどんどん学んでいるというわけでもなく、しかも実験の方針を決定するときには私の意見が優先されることが多いので、ちょっと可哀想に思うことがあります。

おまけに研究の予定は私が立てるので、彼は毎週、それにあわせて動く必要があるわけで、自分のテーマを持ち、自律的に動いているPhDの院生と比べても少しストレスがあるかもしれません。逆に私から見ると、このテーマにめちゃくちゃ思い入れがあったりするわけではないので、彼のためにと思い組んだ実験であっても、平日の日中以外の実験予定を告げると大抵は断られるためにますます忙しくなっている感じです。

臨床でいうと、病棟が忙しくて手の回らないところに重症患者さんの搬送依頼があって、研修医が頑張ってくれることと研修医のトレーニングのためにと思って無理して引き受けたところ、「僕、この科じゃないし、今日は飲みに行く予定がありまして」とサクッと帰ってしまうローテーター研修医の背中を見つつ、頑張る指導医のような忙しさをイメージされると医療関係の方にはわかるやすいかもしれません。愚痴っぽくてすみません・・・。

またボスは、実験の提案を私ではなくchrisに直接言うことも多いので、そんなときに私とボスの意見が違って板挟みになっていると気の毒に思う事もあります。そのような場合はなるべく私がボスに確認に行って板挟みを解除するようにしているのですが、私も院生時代に複数の上司の意見が違って困ったこともありました。(私の場合は、最終的に自分のプロジェクトにより思い責任を負ってくださっている上司の意見を尊重しようと決めていたのでよかったのですが)

院生のみなさん!
上の意見が食い違った場合は食い違ったもの同士で解決してもらいましょう。自分でfixしようとすると板挟みがますますキツくなり息詰ります。ただし自分なりの意見はしっかり伝えましょう。

院生を指導される方々!
自分と他の指導教官の意見の違いがあるときは自分達で解決してあげましょう。院生には意見の相違について自分自身の考えを述べさせて、できるだけ尊重してあげましょう。

とか、間違っているかもしれないのにエラそうにいってすみません・・・。

って、今日は謝ってばかりのブログで、これまたスミマセン。

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2008年1月18日 (金)

耳からタイムスリップ!?

先日のスティーブ•ジョブズの基調講演でアップルが、今回、タイムマシンというソフトウェアを使い、自動的にデータを転送&バックアップするタイムカプセルというハードディスクが発表されました。

さて、今日も細胞培養室で二種類の細胞をいじりながら、iPhoneで、私が毎週通っている教会初代牧師のメッセージを聞いていると、「ベトナム戦争や公民権のことについてどのような立場をとったらよいのか迷っているのではないでしょうか?」というくだりがありました。確認すると、1966年の音声ファイルでした。しかしマイクから直接録音していたためか、音声がクリアで、語る内容も(ベトナム戦争とか時事的なことをのぞけば)今の時代にも適応できるような内容でした。礼拝説教ですから、会衆の笑い声も入っていたりして、一緒に笑いながら、40年前のクリスチャンたちと場を共有しているようで不思議な気持ちでした。

古い音声ファイルを聞いても、必ずしもそのような気分になるとは限らないですよね。でも、すでに亡くなられているRay Stedmanさんの声は力強くユーモアがあって生き生きしているからか、あるいは、キリストイエスにあって、今も生きているからそう思うのか、妙に親近感を覚えたのでした。ステッドマン先生、天国でお会いしましょう!

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2008年1月17日 (木)

夜遊びでご機嫌?

水曜日の夜、私はいつものごとく、教会に出向きクワイアーの練習をしました。
今度の曲もとても美しい曲なのですが、残念ながら他の予定と重なって、歌えそうにありません。

でもこれは練習も楽しめるようなよい曲です。

その間、子ども達は、Pioneer Clubでゲーム→聖書の学び→クラフトなどをして楽しんだようです。
子ども達のクラスは18:45~20:30で、私の練習は19:00~21:00なので、まずPioneer Clubに預けて、練習の休憩時間の20:30に礼拝堂に連れて来て、21:00に帰宅するという具合です。

子ども達にとっては夜に父親とお出かけする、ひとあじ違ったレクリエーションというのが新鮮で良いのかもしれません。

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2008年1月16日 (水)

iPhoneのようにアップデート!?

「今からBio Storeに行くけど、白衣着ていった方がいいかしら?」
今日、フェローシップの申請を終えてご機嫌のjury。朝の顕微鏡の写真の撮り方から始まって、PDFファイルの作り方を教えたり、オンライン申請の直前まで何度もボスに来てもらったりして大騒ぎしていたのですが、その大騒ぎの余興で、こんなことまで聞いてくるのでした。

『白衣着ていきな。そのほうが賢く見えるで。』と適当に答えると、
「hide-tanいつもいいこと言う!そんならいっぱい着ていくわ。」
『3枚まで着ちゃうと今度はアホに見えるけどね(笑)』

ところで、昨日のブログでも書きましたが、今日はスティーブ・ジョブズの基調講演があり、私は実験を一通り終えた夕方から(というか最後の実験をiPhoneでウェブ配信を見ながら終えたのですが)食い入るように見てしまいました。新しいMac Book Airが発売されました。軽量薄型のボディで、今までどうしても一部のウィンドウズマシンに対して劣らざるをえなかった重さの問題が、これで解決を見たという感じです。また、iPhoneで採用されたマルチタッチパネルはこのノートパソコンのパッドに仕込まれています。めちゃめちゃ便利! 一方で、iPhoneが早くも新型に変わるのでは?と心配していた私ですが、ソフトウェアの無料アップデートがアナウンスされました

iPhoneの機能中でも重宝していたGoogle Mapですが、自分の現在地がわからないという点だけがネックになっていました。(それでもたいていの通りには名前がついているアメリカではさほど困らないのですが)多くのインターネットのホットスポットの位置からiPhoneの位置を割り出し、表示してくれるそうです。

iTunesでは、映画がレンタルできるようになりました。それほど何回も見ないのに、容量を食う映画のダウンロードは躊躇していましたが、これならレンタルも便利になります。家で見ていた映画をiPhoneやiPodに入れて外出先で見れるというのは魅力的なのかもしれません。

そのほかは、アップルのサイトを参照していただくとして、今年もため息の基調講演でした。

さっそく、iPhoneをアップデートさせましたが、自宅が瞬時に表示され、Web Applicationもデスクトップに保存しました。ますます進化するiPhone。私も、iPhoneのように瞬時にとはいきませんが、ひとりの人間として、夫+父として、そして研究者として、自分自身をアップデート(もちろん、アップグレードも)していきたいと思いました。

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2008年1月15日 (火)

久々の人混み〜お祭りの前日

昨日の午後は、サンフランシスコに行って来ました。(詳しくは昨日の妻のブログ参照)
目的は、California Academy of Scienceでしたが、移転工事のため閉鎖中でした。今年の9月にリニューアルオープン(新しいサイトはこちら)するそうですので、秋までのお預けです。
『地球の歩き方 サンフランシスコとシリコンバレー '06~'07』にはゴールデンゲートパーク内のプラネタリウムが閉鎖中とのことでしたが、全館閉鎖されていました。ご注意を。

子ども達には内緒だったので、子ども達には何を逃したのかもわからないのですが、恐竜の展示や月の石などを見せたいと思っていた親の方ががっかりしていました。つい最近まで、開いていたのか、家族連れが私たち以外にも来ては引き返し、したいたので、他の子ども達が気の毒でした。
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そのかわり!今日から始まったMac Worldの準備の様子を隣のMoscone Centerで見つけました。そういえば、そういうシーズンなんですね。町中にiPodの広告が貼られ、会場周辺にはMac Worldの旗がひらめいて祭りの前日のようでした。去年はここでiPhoneが発表され、びっくりしましたが、また世界をアッと驚かす発表があるのでしょうか・・・?JobsのKey Note Speechはいよいよ明日です。

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2008年1月14日 (月)

日曜礼拝シリーズ:あなたに届く天の声

今日はバプテスマ(洗礼)式があり、礼拝メッセージもそれにちなんだ内容でした。

聖書箇所:マルコの福音書1章9-15節
”そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来られ、ヨルダン川で、バプテスマのヨハネからバプテスマをお受けになった。
そして、水の中から上がられると、すぐそのとき、天が裂けて、御霊が鳩のように自分の上に来られるのをご覧になった。
そして天から声がした。「あなたは私の愛する子、私はあなたを喜ぶ。」(9-11節)”

説教の概要:
筆者マルコはイエスは神の子であるということを、この書物の前提として、イエスの宣教の最初のこの出来事を通して書き記しています。

この箇所は、子なる神イエスキリストに聖霊なる神が下り、父なる神の声が宣言するという三位一体の神が一同に現れる素晴らしい瞬間を記しています。父なる神は、「これは私の子である」と宣言されましたが、新約聖書にパウロはこのように書き記しています。

”あなたがたはキリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。(ガラテヤ3:26)”

人は自分が本当にしたいことと、他人が自分にしてほしいと思われることのバランスの中に生きています。それは、自分が他の人から認められたいという思いがあるからです。他人から認められるということはそれなりに意味のあることでしょう。しかし、神から認められるということはどうでしょう?それはこの世でだけではなく、永遠に意味のあることなのです。

キリストへの信仰により、彼につくものは、イエスがされたのと同じ経験をします。
だから、キリスト・イエスを信じたあなたが最初にする経験はこのようなものです。
すなはち、天が開けて父なる神がこのように宣言されるのです。「あなたは私の愛する子。私はあなたを喜んでいる。」と、そして、聖霊なる神があなたのうちに住まわれます。
神はご自分の創造物を喜ばれる方です。神は不必要な人を創ったり、もともと捨てる目的であなたを創ったりするようなことをなさいません。あなたが神の前に出たとき、"You are enough."(そのままでいいんだよ)と言ってくださるのです。

さて、神の子であるキリストは、このバプテスマの経験をしたのちに荒野でサタンの試みに会わねばなりませんでした。そして、最後にエルサレムでは、大変な苦しみの中で十字架に貼付けにされました。キリストは神の目的を達成させるために苦しみを経験しました。

私達も神の子とされたのち、イエスのような苦しみを味わうことがあると思います。それは、神があなたを愛しておられ、神の子としてふさわしく歩むための神の計画です。それは神があなたを子として扱うからこそのことなのです。

クリスチャンであるあなたは、神の子として歩みたい、神の計画を成し遂げたいと思っているでしょうか?毎日、聖霊の語りかけに耳を傾けているでしょうか?

マルコは旧約聖書のすべてはイエスキリストにより完成されることを記そうとしています。あなたの人生がイエスキリストを指し示すような歩みをし、あなたの人生をキリストによって完成させていただきましょう。あなたの物語を神の偉大な物語に加えていただきましょう。

「あなたは私の愛する子、私はあなたを喜ぶ。」

この言葉とともにキリストイエスにある新しい人生を永遠に意味のある人生をともに歩んでまいりましょう。

hide-tanの感想:
キリストに語られたこの言葉が自分にも向けられているという特権をあらためて確認しました。
「あなたの物語を神の偉大な物語に加えていただきましょう」というくだりは昨日、私がminoriに話したことが自分にも返って来たという気がしました。私の物語をイエスキリストの物語にしていただくためには、自分の人生の主人公はキリストでなければなりません。人生を終えるときに、「hide-tanはキリストのためにエラい頑張ってた」というよりは、「キリストがhide-tanの人生の中に生きているように思った」と言われるクリスチャンになりたいと思いました。
(写真:サンフランシスコのユニオンスクエア)
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2008年1月13日 (日)

今も続いている物語

イエスは幼子たちを呼び寄せて、こう言われた。

「子どもたちを私のところに来させなさい。止めてはいけません。神の国はこのような者たちのものです。まことにあなた方に告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません。」 (ルカの福音書18:16-17)

長女minoriは今年から「イエスさまはいつもいっしょ~366日のみことばメッセージ~」(いながきひさこ著)という本を毎日読んで、毎日少しずつ聖書のメッセージを読んでいます。”聖書は神様の本なんやで。毎日神様の言葉を聞いて、思ったことをここに書いてごらん”と私がすすめたのをきっかけに「今のところ」毎日実行してくれています。「私(minori)が寝てから」という条件つきで盗み見をゆるしてもらっていますが、みことばにたいするストレートな反応に日々関心しています。 minori "聖書ってな。神様がいろんな人に「こう書きなさい」って言って書かれた本なんやで。” hide-tan"そうや。1600年かけて、40人のいろんな場所、時代、お仕事の人によって別々に書かれたのに一つの物語になってるんやで。そうやって書かれた本やのに、ひとりの人について書かれてるんや。” minori"それって神様のこと?” hide-tan"そうや。イエス様のことや。すごいやろ?ところで、歴史って、英語でHistoryっていうねんけど、これはHis storyから来たことばって言われてるんやで。だから人間の歴史はイエス様の物語でもあるんや。その物語っていうのは地球が創られたところから、ノアの洪水の話やモーセの話や、ダビデ王の話、そしてイエス様の十字架や弟子の活躍、最後は天国がやってくるってことまでやけど、今もその物語は続いてるんやで。” minori"ということは、聖書は今も書かれているの?” hide-tan"聖書はここで終わってるけど、イエス様の物語は今も続いていて、minoriもその物語の中におるんやで。” minori(少し嬉しそうな笑みを浮かべて)”へ〜。そうなんや〜。” hide-tan"だから、神様はminoriの人生にも計画があるはずやで。神様がminoriに何をやってほしいか、きっと教えてくれるから神様の声を聞くんやで。・・・どんなことをしてほしいかわからないこともあるけど、今、神様がminoriにしてほしいと思っていることはなんやと思う?” minori"この本を読むこと” hide-tan"そうそう、この本に書かれていることや、聖書をよんで神様の声を聞くこと、お祈りしたり、この本に書き込んで神様に話しかけること、そして教会に行って、他の神様の子ども達と仲良くすることやで。” minori”うん、わかった。” 私自身はそれほど頻繁に聖書の話をするわけではないので、教会学校などで教わったことが多いと思うのですが、みことばに養われ、そしてこれからも養われようとしている我が子に励まされ、感謝した出来事でした。
イエスさまはいつもいっしょ 366日のみことばとメッセージイエスさまはいつもいっしょ 366日のみことばとメッセージ
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2008年1月12日 (土)

研究者たるもの政治家であれ(?)

フェローシップ申請に必要な書類が、まだ学内のフェローシップオフィスから届かないので、メールで催促し、やっと手に入れたと思いきや、所属部門と申請金額という大切なところが間違っていました。所属部門の方は向こうの完全な勘違いですし、金額はちゃんと訂正書類を提出したはずなのですが、前のバージョンを記入されていたのでした。

今日中に送らないと締め切りには難しいので慌てて電話をすると、フェローシップオフィスの女性はかなり不機嫌な様子。私が訂正版を提出していなかったもう一方を見ていたようで、私にも少し落ち度があったようでした。しぶしぶ新しいものを作っていただけることになり、Fedexの最終配達の1時間前にオフィスに取りに行きました。

そこで、実験用具のオーダーのキャンペーンでもらったHARIBOのグミキャンデーを持って行くと、不機嫌だったはずの担当者はご機嫌に。こんなもの持って行ったら余計怒りを買うかも?でもあの体格と年齢と風貌から考えると、こんなキャンデーが好きかも?と思いながら思い切って持って行って正解でした。

同じくフェローシップ申請であたふたしているjuryに話すと、「それは、いい考えだったね。」と褒めてくれ、”政治家になったらよかったかな”と返すと、みんなから『とはいっても、研究者には政治家的な素質も必要でしょ。』という結論になり、確かにそうそうと思ったのでした。
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ところで、このグミキャンデー、意外においしく、ラボのみんなや家族に好評でしたよ。

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2008年1月11日 (金)

カップ麺でつなぐ実験

今日も忙しい一日でした(というか今も実験中なのですが...。)

午前中は動物実験を行い、午後からの動物実験は院生のchrisにお願いして、小学校の授業のお手伝い(今日は書道を担当。)をし、ラボに帰ると、頼んでおいた実験は半分だけしてくれていたのですが、その半分がちゃんと処置を加えられていなかったことが判明。気がついてよかったのですが、計算外でした!
それで、朝の実験の続きと午後の実験の分とをやらないといけなくなり、もともと予定していた細胞培養の実験がずれ込んでしまっているのです。
日本の大学院時代もそうでしたが、こんなときに役立つのがカップ麺です。「もう腹減った、帰りたい。」という誘惑から一時解放してくれて、これをやっておけば、一日早くデータが出るという実験を追加することができます。こちらでもカップヌードルは安く売ってますので、重宝しています。

ということで、カップヌードルは貧乏研究者のちょっとした味方、その帰りを待っている奥様方のちょとした敵なのかもしれません。ただ、ウチの場合は、なぜか「カップヌードル持って行き!」と手渡してくれます。...ということは、もしかして、我が家にとっては奥さんの味方なのかも??
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2008年1月10日 (木)

うんざり→びっくり→大満足

昨晩も、最後の最後にボスに呼び出され、フェローシップの最終訂正を行い、そして、今朝また2度目の最終訂正を行い、やっとフェローシップ申請を行いました。最後の最後まで修正、修正、で論文を書いているようで、同じ文章、同じ画面をにらめっこしているうちに、だんだん気分が悪くなり、とうとう”I am sick of it!"とラボのみんなにぼやいてしまいました。午後2時の締め切りの3時間前に終了。ほっ・・・。

今日はその合間に、フランスから細胞が届きました。ボスもその共同研究者の方に「大陸間を越えて、生きた細胞が届くなんてすごい!」と感嘆のメールを送っていました。たった1枚のディッシュを注意深く、特別に高価な培養液(メディウム)にいろいろ試薬をいれて注意深く、メディウムを交換しました。

夕方からは、私はクワイアーの練習、子ども達は同じ教会でPioneer Clubという様々なアクティビティのクラスに参加しました。歌と踊り、ボランティア作業、クラフトなどをしたようです。日曜日の教会学校にもう少し遊びの要素が増えたような内容のようですが、娘二人とも大満足で、大喜びでした。たくさんのアクティビティがあって、年会費50㌦+実費と結構お得です。(写真:Pioneer Clubの入会でもらったTシャツを着て、今日のクラフトを手にはしゃぐ娘たち。)
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2008年1月 9日 (水)

ミニミニ文化交流

今日は、午後に仕事の合間をぬってminoriの小学校に行き、日本の紹介をしました。

紹介のために授業をするような感じと思い、とくに妻nori-tanもかなり準備し、私も昨日、リハーサルをしていましたが、結局、地図&国旗コーナー、水墨画コーナー、おにぎり&みそ汁コーナーのワークショップを手伝うという形式でした。私は水墨画を担当しましたが(やったこともないのですが)、みんなそれぞれ個性的な絵を描いていて、楽しみました。あらかじめ準備しておいた、漢字・ひらがな・カタカナでそれぞれの子ども達の名前を書いたカードを渡すと喜んでいました。

nori-tanのおにぎり&みそ汁コーナーも好評でした。

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2008年1月 8日 (火)

フェローシップ申請で気付いたこと

長い長いクリスマス休暇からあけた院生たちが戻り、今日、やっとフルメンバーが揃いました。

今日は、朝からポスドクのフェローシップの申請のための書類を揃え、フェローシップ担当オフィスに届けに行ってきました。とりあえずは、ほっとしました。

午後は実験と申請書類の参考文献の整理を行い、夜、7時ごろから電子申請のPDFファイルを作成していきました。合計40枚。今回のフェローシップは、書類が大変だった分、いろいろタメになりました。

<プラスになった点>
1:過去の研究内容の整理と、今やっている実験の意味付け、そして今後2年間でなすべき目標を設定できた。
2:自分のキャリアゴールを考えるきっかけになった。そして、なんとなく自分がこうなりたいことと、ボスが私に期待していることとのギャップも・・・。
3:アメリカにおける研究資金調達の典型的な方法(フェローシップ=給与助成と言っても、今回の書類はボスが書くグラント=研究助成とかなりオーバーラップしていました)を練習出来た。
4:自分達の研究の背景を知らない人達に、バックグラウンドからはじまり、自分達の研究の重要性を訴える文章の練習ができた。

<思わぬ副産物>
1:ボスがこのポスドクのトレーニングで私にどのような達成目標を掲げているのか。
2:ラボの研究資金と今いるポスドクの給料の出所。
3:ボスが私の研究に置いているウエイト(%Effort)。
4:ボスの正確なミドルネーム。(今頃!)
5:しっかりした推薦状とはどんなものかがわかった。

申請には、ラボにはどんな人間がおり、どんな機械がどこに設置されており、どのような部屋があり、動物はどこでどのように扱うのか、コンピュータはどれくらいあるのか、などこと細かく書いて行く必要がありました。確かに、効果的な研究資金の提供ということを思うと、このような詳しい説明もいたしかた無いのかもしれません。

これらをレビューする人は米国における研究状況が手に取るようにわかるのではないかと思うくらいです。

もしかして、グラントやフェローシップなどの申請のこういったデータを集めると、アメリカの研究環境勢力図をマッピングするために役立っているのかもしれません。・・・そう考えると、”アンケートに答えてハワイに行こう!”みみたいな企業のキャンペーンにも似ているような気もします。

寝不足が影響したのか、陳腐な結論に至ってしまいました・・・。


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2008年1月 7日 (月)

日曜礼拝シリーズ:荒野で叫ぶ声がする

聖書箇所:マルコの福音書1章1〜8節

”神の子イエス・キリストの福音のはじめ。
預言者イザヤの書にこう書いてある。
「見よ。わたしは使いをあなたの前に遣わし、
あなたの道を整えさせよう。
荒野で叫ぶ声がする。
『主の道を用意し、
主の通られる道をまっすぐにせよ。』

そのとおりに、
バプテスマ(=洗礼)のヨハネが荒野に現れて、罪の赦しのための悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。”

礼拝説教の内容:
ヨハネはキリストの来臨に備えるために現れました。
彼は、そのための手段としてバプテスマ(悔い改めの印として、水に浸かる儀式をすること)を受けることを薦めました。洗礼はもともとは異邦人が聖別されるために必要なものであり、ユダヤ人には必要はないとされていました。しかし、ヨハネは、ユダヤ人であるからと言って自動的に神の民と呼ばれるのではなく、たとえユダヤ人であっても神に立ち返る必要があるのだということを伝えたかったのでした。
しかし、このようなことを宣べ伝えることは、当時のユダヤ寺院の権威に逆らうことでありました。それだけでなく、バプテスマを受ける人々にもリスクが伴うことでした。しかし、ユダヤ全土から人々が訪れました。当時、人々はそれほどまでに神の言葉に飢え渇いていたのです。そして、確かに今日でも、信仰を持つことにはリスクが伴います。世間から家族からの反対にあうこともあるかもしれない。それは、この世の法則に逆らうかもしれないからです。しかし、私達もこのユダヤの民と同じように神の言葉に飢え渇き、聖書に書かれてある神の声に聞き従うべきなのです。

ヨハネは人々の心を新しくするために現れました。それは、さらに良い世界の知らせを伝えるためでした。当時はローマの圧政から逃れたいとの一心で、メシア待望の機運が高まっていました。しかし、それは今を生きる私達の間でも、メシアのような人が現れることを期待していないでしょうか?映画のヒーローなどが救い主のように描かれているのはそういった人々の思いの現れではないでしょうか?

そして、私達は自分の人生の問題における”メシア”を期待しているのではないでしょうか?

人生の問題を解決するためには、社会的な成功を成し遂げたとしても、それだけでは十分でないことが多いのです。私達は、自分の周りに問題があることを認識しても、自分自身がその問題の一部であることを知らないことが多いのです。私達にはメシアが必要であり、私達は自分の問題のもとになっている罪の問題から救っていただく必要があるのです。

ナルニア国物語の作者であるC.S.ルイスは、”人々は自分の人生が権威あるものに干渉されるのを嫌う、これは自分の問題だ、ほっといてくれ、と言う傾向がある”と述べています。自分の人生は自分で支配したい、自分の人生の王は自分でありたいと思っているのです。

ここで描かれているバプテスマという行為ほど自分を低くして、神の前に立ち返ることを象徴するものはありません。バプテスマによって救われるというものではないのですが、それは本当に象徴的なものです。

私達は今日も、洗礼者ヨハネの荒野で叫ぶ声を聞いています。悔い改めとは、神の前に自分の罪の荷を下ろすことです。そのような悔い改めには痛みが伴うかもしれません。深い悔い改めは、心の奥深いところにある傷にキリストが届いてくださることを可能とします。罪の問題を解決してもらい、癒していただきましょう。

そして、神はあなたを目的をもって作られたということを認識しましょう。
そして、そのような神に対して「私は準備できています。あなたの目的の為に私を用いて下さい。」と申し上げましょう。

黙想:私達も荒野の声に聞き、悔い改め、神の王国を私の心に築いていただきましょう。
”もし私達が自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私達をきよめて下さいます。(ヨハネの手紙第一 1章9節)”

hide-tanの感想:
今日のメッセージは、私の新年のテーマ”Be Ready!"(1月1日記事参照)にも対応するものだったように思いました。今を生きるクリスチャンにとっては、キリストの再臨に備えるために自分の心を神の言葉に向けておくこと、それが、『道をまっすぐにする』ということなのだと実感し、帰宅後すぐに聖書に向かった単純な私でした。

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2008年1月 6日 (日)

気前のよいayumi

次女ayumi(4歳)は他の人(とくに長女)のものをよく欲しがるのですが、その反対に気前のよいところもあります。
(写真:ディスカバリーミュージアムでClifford, the Big Red Dogの特別展示がありました。)
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今日はSan Jose Children Discovery Museumに行って来たのですが、駐車場の細かいドル札がなくて困っていると、「これ!これ!全部使い!」とおばあちゃんからのお年玉20ドルを袋ごと渡そうとします。そして、「あっあかん、あかん。これは抜いとかな。」と手紙だけを抜き取り大事にしまうayumi。結局は両替をしてもらって現金は返したのですが、今度はSan Jose Japan Town日本食スーパーで「ほんだら、みんなにおやつ買ったるわ!」と私にお饅頭、妻に大福を買ってくれました。「ayumiはいらんからお姉ちゃん選び。」と言っていたayumi。お姉ちゃんのminoriが買うお菓子を見て、方針変更。...やっぱり自分もお姉ちゃんと同じものを買ったのでした。

そして、「ありがとう。おいしかったよ」という私たちの言葉に大満足のayumiでした。
(写真:Clifford the Firehouse Dogの原画)
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2008年1月 5日 (土)

雨天ウォーキング?

今日は、朝から風雨が凄く、細い木が1本倒れていました。今年、日本で台風を経験しなかった私達にとっては、ちょっと新鮮でした。これからますます雨期シーズンが本格化するようで、週間天気予報では、来週、太陽が照るのは水曜日くらいだろうとのことでした。ただし、この風雨は太平洋からの温かい風を伴っているので気温は少し上がりました。

さて、昨日のフェローシップ申請は、結局、オフィスに電話で交渉したところ、なんとか月曜日の午前まで締め切りを延ばしてもらえました。私が、怖そうな担当者にカクカクジカジカと言い訳をしているのを見て、隣の席のjuryも15日締め切りのフェローシップについて電話をし、8日の学内締め切りを 10日にしてくれないかと頼んでいましたが、はじめからそんな要求は通るはずもありません。"No! 5-working days!!"と叱られていました。

今日は用事があって医学部のメインの建物に行ったのですが、狭い廊下にところ狭しと研究室が並んでいて、しかもどこもアクティブに実験している様子で、さすがスタンフォード大学は、質だけでなく量でも圧倒している様子がわかりました。小児科や新生児科や産科の研究室もあり、どんな研究をしているのか興味津々でしたが、誰に声をかけるということも出来ず、そんな暇もあるはずもなく、広い建物内を彷徨っているうちに、とうとう迷ってしまいました。

結局、病院本館の裏の方までいかないと行かないことを教えてもらい、たどり着きましたが、担当の先生は外出中で1時間後に戻るとのことで一旦ラボに戻り、 再度行くことにしました。なんだか久々のウォーキング?で足が疲れた私は、つい病院のカフェテリアで2㌦35㌣もするアイスを買ってしまいました。あーおいしかった!

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2008年1月 4日 (金)

火の玉フェローシップ!

今日はフェローシップの学内締め切り日ということもあって、私が午前4時にメールしたファイルをボスが朝の5時半に返信してくる、という凄まじいキャッチボールで夜が明けました。
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書類がややこしく、申請書の説明が50ページ近くあり、申請用紙が23ページに研究計画(本文6ページと参考文献は無制限、動物実験計画書1ページ)、自分の履歴書とキャリアディベロップメント計画(3ページ)について、そしてスポンサー(ボス)からの手紙を加えて、提出しないといけません。なので、合計 40ページくらいになりそうな感じなのです。これでフェローシップは4つめですが、今回のは、最も面倒なのです。採択率が3割と、この規模のフェローシップにしては割と高いようなのですが、これは途中で挫折するような人がいるからではないかと思ってしまいます。

他のラボメンバーからも同情の眼差しを向けられながら、半徹の二人が日中もメールを8往復させ、午後4時にやっと一通り終わり、最終チェックも済んだので、とりあえず学内の担当者に持って行こうと思ったら、ボスが一言。

『ところで、私が書かないといけない書類って、今から転送してくれる?』

”・・・・っえ?・・・・っへ?・・・・あ・・・ダウンロードしてなかったですか・・・・? ”(ホームページのリンクを送ったはずだけど)

『うん。持ってないから送ってくれたら今からやるわ。』

”・・・って今日が締め切りでは?”

『・・・て言うか、担当者にメールしても返事が無いから、きっと、いっぱいいっぱいなのよ。私はこれを書くから、あなたのは、ここをブラシュアップして、明日提出しましょう。』

せっかく間に合ったと思ったのに〜という気持ちと、本当は間に合ってなかったんだけどね・・・というほっとした気持ち半分でしたが、今日は机上の仕事とはいえ、”よく働いた〜”と夜な夜な1時間ほど培養細胞の実験で「息抜き」をして帰った私でした。

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2008年1月 3日 (木)

いつまでホリデイ?

今日、ラボで話題になったのは、スタンフォードはいつまでホリデイなのか?ということでした。
ラボのメンバーは二人が休んでいて、オフィスには秘書さんが誰もいない状況。なのにビルディングには昨日までと違い、カード無しで入館できたからです。

”2日から通常出勤のはず”説:スタンフォードの雇用者用のホームページをもとにした情報。
”3日までお休み”説:メディカルスクールのローカルホームページをもとにした情報より。
の二つに意見が割れました。

そして、意見が割れたことに対する意見も二つに分かれました。

"It doesn't matter with me."(どっちにしろ、自分には関係ない)・・・ここまではみんな同じなのですが、
"I have to work anyway."(どうせ、働かないといけないのだし:私とrhoda)
"I'll go home anyway."(どうせ、もう帰るし:jury,jin,chie,jane)

平和なお正月、午後3時の出来事でした。

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2008年1月 2日 (水)

Be Ready!

Be ready!(備えていよう!)

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします...ということで、新年の抱負は上のように決めました。
"Be ready!(備えている)'”であって、"Get ready(備えをする)"でないところが大事です。

何につけても”忙しさ”を理由に最後の最後でバタバタする私ですが、今年は何事にも対処できるように、いつも備えていたいと思います。

1: Be ready to respond Him.-いつも神様の召しに応えられるように。(毎日のデボーションー聖書を読んで祈ることーを大切にする)
2: Be ready to help others.-いつも家族や周りの人の必要に応じられるように。
3: Be ready to start new projects.-仕事においてもその他のことにおいても、常に先のことを考え、計画を立て準備しておく。

研修医3年目から4年目のころ、私は地域で最も忙しい病院で働いていました。担当患者さんも多かった私はいつもいつも帰りが遅くなるので、「できることは早め早めにやってしまおう」と思い、患者さんの退院前に退院サマリーを書き始め、退院処方と外来予約を入力し、新生児集中治療室に入らないといけない赤ちゃんが生まれそうなときはカルテと指示を書き始め、次の日の外来予約患者さんのカルテは前日に予習し、経過が順調と仮定した場合の薬の処方と次回の予約の入力をし...と事に先んじて準備しておくことにしました。すると最も受け持ち患者さんが多かった私が、夕方6時には帰宅の途に着けるようになりました。これは早く帰って奥さんに会いたい...というよりは(nori-tan残念!)、緊急事態で当直の先生からヘルプのコールがかかる確率が高いのは私だったから、早く帰って夕食とお風呂をすませて待機していたいという思いがあったからでした。

そんな生活からかけ離れた研究生活をしている私ですが、仕事、家族、社会において、もう少しピリッとしていたあの頃を思い出して、何事にも先んじる生活をして行きたいと思います。
そして、何より私はいつ帰って来られるかわからないイエスキリストに対して、備えをしていたいと思います。キリストもこのように命じておられます。

"You also must be ready, because the Son of Man will come at an hour when you do not expect him."(Luke 12:40)
『あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。 (ルカの福音書12章40節)』

キリストがいつ再臨されるか、私たちには予測することはできません。また、自分の命が終わってキリストに会う日がいつ来るのかもわかりません。どのような形でキリストに見(まみ)えるにしろ、最後の最後に私が地上で何をしていたのかということは永遠に取り戻すことはできないことがらです。なので、私はいつも備えていたいと思うのです。世の終わりを予言する黙示録には、キリストを信じるものが、「イエス様、来て下さい!」という箇所が書かれています。私は心のどこかで、「でも、もうちょっと待ってください。まだ準備ができていません。」と言い続けていたような気がします。心から「来て下さい」といえる心、それが備えられた心なのだと思います。

(以下は新約聖書ー黙示録22:12-21)

"Behold, I am coming soon! My reward is with me, and I will give to everyone according to what he has done. I am the Alpha and the Omega, the First and the Last, the Beginning and the End.

"Blessed are those who wash their robes, that they may have the right to the tree of life and may go through the gates into the city. Outside are the dogs, those who practice magic arts, the sexually immoral, the murderers, the idolaters and everyone who loves and practices falsehood.

"I, Jesus, have sent my angel to give you[a] this testimony for the churches. I am the Root and the Offspring of David, and the bright Morning Star."

The Spirit and the bride say, "Come!" And let him who hears say, "Come!" Whoever is thirsty, let him come; and whoever wishes, let him take the free gift of the water of life.

I warn everyone who hears the words of the prophecy of this book: If anyone adds anything to them, God will add to him the plagues described in this book. And if anyone takes words away from this book of prophecy, God will take away from him his share in the tree of life and in the holy city, which are described in this book.

He who testifies to these things says, "Yes, I am coming soon."
Amen. Come, Lord Jesus.

The grace of the Lord Jesus be with God's people. Amen."

「これらのことをあかしする方がこう言われる。『しかり。わたしはすぐに来る。』アーメン。主イエスよ、来てください。」黙示録22章20節


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2008年1月 1日 (火)

2007年を振り返って

私の2007年は、激動の年でした!
(写真:今年最後の日没。こんな夕焼けはこちらに来てはじめてです。)
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去年のスケジュールを確認すると、大晦日から正月2日までは3日連続で救急外来日直、3日の夜は新生児集中治療室で当直でした。そんな中、元旦の日記には、新年の抱負がちゃんと書かれていました。
2007年のテーマは『神様への従順』でした。”自分よりも私のことをよく知っておられ、すべてを支配されている神に自分の人生をコントロールしてもらうために日々、自分の人生の主導権を神にゆだねて歩んで行きたい”という思いを持っていました。どれだけ達成できたかどうかは??ですが、具体的な目標としては次の3点でした。
1:英語で聖書を通読する!(新約聖書は通読、旧約聖書は途中なので70点)
2:論文を4本掲載に持ち込む!(2本だけど、1本は良い雑誌だったので、これも70点)
3:留学先を確保する!(これは満点)
こう振り返ると、自分の努力が少し足りなかったという面と、よくやったと思う面とが入り交じった気持ちです。本音としては、せっかく神様やまわりの方々に助けてもらったり、よいチャンスを与えてもらったけれど、その機会を完全に生かしきれなかったのでは?と思うことが少しありました。

絶望と少しの希望との間で揺れ動いていた精神状態で肉体的にも疲弊していた今年のはじめでしたが、今こうして、家族とともに元気でカリフォルニアの地で夢を追いかける環境に身をおいていることを考えると、なんと祝福の多い1年だっただろうと思います。日本でお世話になり、今もお世話になっている皆様、カリフォルニアで出会って仲良くしてくださっている方々、このブログを読んで下さって陰で応援してくださっている皆様すべてに、そしてこの1年を導いて下さった神様に感謝したいと思います。
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(写真:こうやって夜な夜な帰る前に実験室でブログを書いたりすることもあります...。)

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