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2008年1月27日 (日)

Men's Retreat (2日目朝):律法の役目とは?

ああ愚かなガラテヤ人。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前にあんなにはっきり示されたのに、だれがあなたがたを迷わせたのですか。(ガラテヤ3:1-2)

Men's Retreat 二日目午前のメッセージ要約:
悔い改めてクリスチャンになったからといって、すぐさま罪からまったく自由になるということはありません。クリスチャンとして十字架の恵みを知った上で同じ罪を冒してしまったとき、人はその罪悪感から「あれもしてはいけない、これもしてはいけない」という律法主義に陥ってしまう可能性があります。
そもそも旧約聖書のひとつの柱となっている律法とは、私たちが本来到達すべき基盤を示したものです。それは、私たちの罪深さを映し出す曇りのない鏡のようなものであり、誰も神の基準に到達しえないことを示す役割があります。つまり、律法は良いものですが、私たちを良くするものではないということです。

それでは、なぜ、律法があるのでしょう?それは、私たちが律法を全うすることで救いを得ることは不可能であることを教えるものであり、私たちをキリストに導くチューターのような役目があるのです。律法は、キリストのもとにひれ伏すことで全うされるのです。

キリストに出会った今、わたしたちクリスチャンは再びこの導き手である律法に頼る必要はありません。キリストは『完了した』と十字架上で言われたように、神の救いは完了し、キリスト・イエスにおける信仰によって律法(=あなたが満たすべき神の到達基準)は成就したのです。

あなたがたはみな、キリスト・イエスを信じる信仰によって神の子どもです。(ガラテヤ3:26)


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