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2008年1月 7日 (月)

日曜礼拝シリーズ:荒野で叫ぶ声がする

聖書箇所:マルコの福音書1章1〜8節

”神の子イエス・キリストの福音のはじめ。
預言者イザヤの書にこう書いてある。
「見よ。わたしは使いをあなたの前に遣わし、
あなたの道を整えさせよう。
荒野で叫ぶ声がする。
『主の道を用意し、
主の通られる道をまっすぐにせよ。』

そのとおりに、
バプテスマ(=洗礼)のヨハネが荒野に現れて、罪の赦しのための悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。”

礼拝説教の内容:
ヨハネはキリストの来臨に備えるために現れました。
彼は、そのための手段としてバプテスマ(悔い改めの印として、水に浸かる儀式をすること)を受けることを薦めました。洗礼はもともとは異邦人が聖別されるために必要なものであり、ユダヤ人には必要はないとされていました。しかし、ヨハネは、ユダヤ人であるからと言って自動的に神の民と呼ばれるのではなく、たとえユダヤ人であっても神に立ち返る必要があるのだということを伝えたかったのでした。
しかし、このようなことを宣べ伝えることは、当時のユダヤ寺院の権威に逆らうことでありました。それだけでなく、バプテスマを受ける人々にもリスクが伴うことでした。しかし、ユダヤ全土から人々が訪れました。当時、人々はそれほどまでに神の言葉に飢え渇いていたのです。そして、確かに今日でも、信仰を持つことにはリスクが伴います。世間から家族からの反対にあうこともあるかもしれない。それは、この世の法則に逆らうかもしれないからです。しかし、私達もこのユダヤの民と同じように神の言葉に飢え渇き、聖書に書かれてある神の声に聞き従うべきなのです。

ヨハネは人々の心を新しくするために現れました。それは、さらに良い世界の知らせを伝えるためでした。当時はローマの圧政から逃れたいとの一心で、メシア待望の機運が高まっていました。しかし、それは今を生きる私達の間でも、メシアのような人が現れることを期待していないでしょうか?映画のヒーローなどが救い主のように描かれているのはそういった人々の思いの現れではないでしょうか?

そして、私達は自分の人生の問題における”メシア”を期待しているのではないでしょうか?

人生の問題を解決するためには、社会的な成功を成し遂げたとしても、それだけでは十分でないことが多いのです。私達は、自分の周りに問題があることを認識しても、自分自身がその問題の一部であることを知らないことが多いのです。私達にはメシアが必要であり、私達は自分の問題のもとになっている罪の問題から救っていただく必要があるのです。

ナルニア国物語の作者であるC.S.ルイスは、”人々は自分の人生が権威あるものに干渉されるのを嫌う、これは自分の問題だ、ほっといてくれ、と言う傾向がある”と述べています。自分の人生は自分で支配したい、自分の人生の王は自分でありたいと思っているのです。

ここで描かれているバプテスマという行為ほど自分を低くして、神の前に立ち返ることを象徴するものはありません。バプテスマによって救われるというものではないのですが、それは本当に象徴的なものです。

私達は今日も、洗礼者ヨハネの荒野で叫ぶ声を聞いています。悔い改めとは、神の前に自分の罪の荷を下ろすことです。そのような悔い改めには痛みが伴うかもしれません。深い悔い改めは、心の奥深いところにある傷にキリストが届いてくださることを可能とします。罪の問題を解決してもらい、癒していただきましょう。

そして、神はあなたを目的をもって作られたということを認識しましょう。
そして、そのような神に対して「私は準備できています。あなたの目的の為に私を用いて下さい。」と申し上げましょう。

黙想:私達も荒野の声に聞き、悔い改め、神の王国を私の心に築いていただきましょう。
”もし私達が自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私達をきよめて下さいます。(ヨハネの手紙第一 1章9節)”

hide-tanの感想:
今日のメッセージは、私の新年のテーマ”Be Ready!"(1月1日記事参照)にも対応するものだったように思いました。今を生きるクリスチャンにとっては、キリストの再臨に備えるために自分の心を神の言葉に向けておくこと、それが、『道をまっすぐにする』ということなのだと実感し、帰宅後すぐに聖書に向かった単純な私でした。

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