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2008年2月11日 (月)

日曜礼拝シリーズ:起きて歩きなさい

(写真:パロアルト市内の朝焼け。AM 7:15)
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(音声ファイル:"The Last Supper" 礼拝の聖餐式では、私達クワイアーが賛美しました。)
「last_supper.WAV」をダウンロード

聖書箇所:マルコの福音書2章1~12節

数日たって、イエスがカペナウムにまた来られると、家におられることが知れ渡った。 それで多くの人が集まったため、戸口のところまですきまもないほどになった。この人たちに、イエスはみことばを話しておられた。 そのとき、ひとりの中風の人が四人の人にかつがれて、みもとに連れて来られた。 群衆のためにイエスに近づくことができなかったので、その人々はイエスのおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままその床をつり降ろした。 イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました。」と言われた。 ところが、その場に律法学者が数人すわっていて、心の中で理屈を言った。 「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。」 彼らが心の中でこのように理屈を言っているのを、イエスはすぐにご自分の霊で見抜いて、こう言われた。「なぜ、あなたがたは心の中でそんな理屈を言っているのか。 中風の人に、『あなたの罪は赦された。』と言うのと、『起きて、寝床をたたんで歩け。』と言うのと、どちらがやさしいか。 人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言ってから、中風の人に、 「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われた。 すると彼は起き上がり、すぐに床を取り上げて、みなの見ている前を出て行った。それでみなの者がすっかり驚いて、「こういうことは、かつて見たことがない。」と言って神をあがめた。

説教要約:
罪を自覚し、そのゆるしを神様から受け取るという行為は信仰の基盤をなすことがらです。
しかし、私達はしばしばこのゆるしのメッセージを神から十分に聞き取れていないのではないでしょうか?
さて、この箇所では、中風を患う人の(おそらく)友達が、建造物を壊してまでイエスのもとにこの人を連れて来るという行為を行いました。それは、彼らにとって非常にリスクを伴う行為だったのです。彼らは癒しを期待していたのであって、罪のゆるしを期待していたわけではありませんでした。しかし、イエスはこの人の表面的なニーズだけでなく、本当のニーズを見て取って、「あなたの罪はゆるされました」と仰ったのです。そして、イエスの癒しの奇跡や悪霊を追い出すという行為はイエスが神の子であり、罪をゆるす権威を持っていることの証明でした。
かくして、中風の人は、罪のゆるしの確証として、病を癒されました。
私達も、霊的に不自由なところはないでしょうか?罪の感覚が麻痺したりしていないでしょうか?
イエスはこの聖書の話を通して、私達にも「聖霊にあって新しい人生を歩みなさい」と言って下さっています。

hide-tanより:
この箇所を読んで以下のことを考えてみて下さい。絶対という答えはありませんが、いろいろ想像して、聖書に書かれている記事を自分の置かれている状況と比べてみて下さい。

1:罪をゆるすのと起きて歩けというのはどちらがやさしいと思いますか?
2:屋根を壊した人たちの思いはどのようなものだったでしょうか?
3:麻痺の人はどのような思いで吊り下げてもらったのでしょうか?
4:「罪がゆるされました」と言われたとき、麻痺の人はどう思ったでしょうか?屋根を壊した友人たちは?
5:なぜイエスは自分には罪をゆるす権威があると言っているのでしょうか?
6:この話の中に登場する人たちの中に自分がいるとしたら誰でしょうか?
7:この話の登場人物のその後の人生はこの出来事を通してどのように変えられたでしょうか?

1番目の質問は難しいかもしれません。

私はいろいろ考えたあげく、今のところは、「罪がゆるされました」と「起きて歩きなさい」は同じくらい難しいのだと思います。こういったことは神でないと行い得ないことを言われたのではないかと思います。加えて、私には神様がこのように言って下さっているように聞こえます。
「子よ。私はあなたの罪をすべてゆるした。起き上がって、私とともに人生を歩みなさい。」
この記事では起きて歩いて行きなさいというニュアンスですが、イエスが復活して、キリストの霊である聖霊なる神がともにいてくださる今では、”歩きなさい”というのは、”私と一緒に歩きましょう”という意味になるのではと思うのです。
そして、もう一つの意味合いとして、これは来る世、神の国への招きの挨拶でもあると思います。
「子よ。あなたの罪はゆるされました。起きて(復活して)、神の国に足を踏み入れなさい。」

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