« だまんな!? | トップページ | 科学英会話>日常英会話 »

2008年2月 6日 (水)

Stanfordで科学と信仰を考える

以前このブログで紹介した講演会に出席しましたが、今日はスーパーチュースデイにも関わらず、大盛況でした。(写真:開演前の会場。10分前でも1階席には座れませんでした。)
6612

”God and Genome”という題名とヒトゲノム解読プロジェクトのリーダーでクリスチャンという題名から、ヒトのゲノムを詳しく解析すると、こんなに素晴らしく、神の創造の指先の跡が随所に残されている・・・というような内容を期待していましたが、実際はちょっと違って、
「クリスチャンで科学者である理由について」
「自分が信仰をもったきっかけについて」
「進化論をクリスチャンとしてどう扱うか」 という3点について話をされました。
Francis Collins博士は、その地位にも関わらず、とてもユーモアのあふれるトークをしてくれて、The Colbert Showに出演した際の爆笑な裏話や、Richard Dawkinsとの対談で、彼が神の存在を示唆するような発言をしたことなども話されていました。

まとめると
1:科学と信仰は敵対するものでなく、科学は神の創造の業をひも解いて行く行為である。ただし、科学だけでは次のような大切な質問の答えは導き出せない。
a. 何も無いところから何かが出来たのはなぜか?
b. なぜ私はここに存在しているのか?
c. 死んだ後はどうなるのか?
d. 神はいるのか?
2:あるクリスチャンの患者さんとのやりとりから、神を信じない理由を科学的に見つけ出そうとしたが、どうしても出来ず、かえって神が存在しない状態でこの世界に人間が生まれたことや人の心に良心というものが存在する理由を説明するのには無理が生じた。そんなときに、自然の中で過ごす機会を得て、神の前に頭を垂れた。
3:旧約聖書の1〜2章については象徴的に書かれている可能性がある。創造者なる神は、13億年前に宇宙を作り、何百年もかけて目的をもって生物を進化させた。そして、進化の頂点としての人間の脳に住まうようになった。

スタンフォードの学生からのキレのある質問として・・・
・キリストが処女から生まれたのなら、彼のY染色体はどこから来たのか?
・死の後のいのちの仕組みもサイエンスで解明できるのか?
・アダムとイブが罪を冒す前から死はあったのではないか?
・なぜ神は科学の手の届かないところにいるのか?
・聖書をどれくらい「文字通り」信じるべきか?
・・・などが出され、博士も困っていました。

という具合で、よかったことは良かったのですが、はじめに書いたように、題名と内容が一致していないように思ったことと、3の結論が私がクリスチャンになりたての高校生のときの解釈なので、世界のトップに立つサイエンティストから、そのような安易な結論が導き出されたことが残念でした。
その理由は、
1:そのように考えることのできる根拠がまだまだ乏しいのに「これが最もリーズナブル」みたいな結論をしていること
2:聖書の一部をシンボルと解釈すると、シンボルとして読むべきところと事実として読むべき所の線引きが各個人で異なり、よもすれば『キリストは存在しなかった』という”クリスチャン”が現れかねない。確かに、科学が今ほど発達していなかった時代の人々の混乱を避ける為にわかりやすいことばで象徴的に聖書が書かれた部分がある可能性は否定できないのですが、「ここは象徴的に書いた。実はこういうことを意味していた」というタネ明かしは天国に行ってからで十分なのです。聖書は文脈や背景に注意さえすれば、文字通り解釈して良いように書かれたと思うのです。

前のブログにも書きましたが、進化論のことにしても聖書をどのように解釈するかということにしても、現時点では確固たる結論を導くだけの証拠がないというのが、クリスチャンであれ、ノンクリスチャンであれ、科学者として真摯にとるべき立場ではないかと思っています。

(写真:夜のClark Center)
6616

なお、講演の内容はウェブサイトで公開されるようですので、こちらを時々チェックしてみてください。


|

« だまんな!? | トップページ | 科学英会話>日常英会話 »

スタンフォード大学」カテゴリの記事

研究」カテゴリの記事

聖書・教会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« だまんな!? | トップページ | 科学英会話>日常英会話 »