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2008年3月21日 (金)

最後の晩餐について

ダ・ヴィンチ・コードに登場して来る絵で一躍有名になった「最後の晩餐」ですが、今日がキリストが十字架にかかった前日ですので、最後の晩餐をした日にあたります。

この日は、過ぎ越しの祭にあたり、その食事を弟子達とともにとったのものが最後の晩餐だったのでした。キリストが自分が十字架にかからないといけないことを明らかにし、自分が人類の罪を清算するためにささげられる肉体と十字架上で流す血とを象徴してパンとぶどう酒と弟子達に与えました。

しかし、この過ぎ越しの食事がどのようなものであったか、実はクリスチャンである私も詳しくしりませんでしたが、昨日、教会でユダヤ人のクリスチャンの方(Jews for Jesusのスタッフ)にいろいろ教えていただきました。(このビデオのような感じ。)

これは聖書を一通り読んだ人は知っていることですが、そもそも「過ぎ越し」とはエジプトで奴隷であったユダヤ民族が、エジプトを出る際に、モーセという指導者を通じてエジプトの王、パロに出エジプトを申し出て、断られ続け、そのたびごとに神がモーセを通して奇跡を行ったり、災害をもたらして説得しようとしていました。しかし、パロはかたくなにユダヤ人がエジプトを出ることを拒み、さらにユダヤ人を迫害したために、神がエジプトにいるすべての初子を打つ(死なせる)ということをしたのでした。神が天使を下して、そのことを行う時に、ユダヤ民族に羊の血を玄関の柱に塗りたくり、目印にするように命じたのでした。そうすることで、天使はユダヤ人の前を通り過ぎ、わざわいがおよばないようにしたのでした。
この災いを最後にエジプトはユダヤ民族の移住をゆるし、エジプトを脱出できるようになったということをお祝いするのが過ぎ越しの祭りなのです。

このときに食べるもののいくつかをあげると、
1:種無しのパン:これは3枚がそれぞれ別々だけどひとつの袋にはいるようなものの中に入れます。
そして、パンの半分を「のちに来られる方」のために別のリネンに巻いて置いておくそうです。これは、三位一体の神と、キリストの来臨とキリストが十字架のあとリネンに巻かれて葬られることを暗示しているようです。もちろん、旧約聖書の時代には、このような三位一体の概念やキリストの十字架などを知らずにこのようなことを行っていたのです。
2:たまご:これを食べるためにたまごの殻を割るべく、たまごを叩き付けます。これは神殿が打ち壊されるということを暗示しており、旧約聖書時代の後半には、そういった歴史を思い出しながら食べていたことでしょう。さらに、神の本当の神殿であるキリストが処刑されたということも暗示しています。
3:苦いハーブを甘いソースにつけて食べる:これはユダヤ民族が辿った苦難の歴史を思い出すとともに、そのようなときにいつも神の下さるあわれみの甘さを思い出す。
4:羊の骨:過ぎ越しの際に羊がささげられ、それによりユダヤ民族が救われたことを現しています。またこれはキリストが「神の小羊」として私たちの罪の身代わりとされたことを暗示しています。

昔々、ユダヤ民族のあいだで行われていた神の救いを記念する祭りの中にこのようにキリストの十字架を暗示することがらが様々に散りばめられており、そして、この過ぎ越しの食事というのはまさにキリストが行った最後の晩餐において完成されたのではと思いました。
キリストは「神の国が来るまでは、過ぎ越しの食事をすることはない」と言われる一方で、「神の国で、救われた人々とともに食事をする」とも言われています。私たちが教会で聖餐式をしてパンとブドウジュースをいただく時に、キリストの十字架を思い出すとともに、天国でキリストとともに食事をするようすを思い描きたいと思いました。

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