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2008年6月

2008年6月30日 (月)

日曜礼拝シリーズ:約束による贈りもの

聖書箇所:旧約聖書2サムエル9章

『恐れることはない。私は、あなたの父ヨナタンのために、あなたに恵みを施したい。』 (2サムエル9:7)

<この聖書箇所の話とあらすじ>
イスラエルのダビデ王は、王位を固めた時に、自分をかつて苦しめていたサウル王の息子である親友ヨナタン(彼は、父サウルの意に反する形でダビデ王をサウルから逃したが、後にサウル王とともに戦死)との約束を果たすためにヨナタンの息子を呼び寄せて、サウル王の元所有地をヨナタンの息子メフィボシェテにあたえ、王の食卓で食事をすることをゆるしました。

礼拝説教要約:
ダビデ王が前任の王であったサウルの息子ヨナタンの親族を探し出して、このように恵みを与えることにはリスクがつきまとっていました。その親族が彼のことを敵視している可能性がないわけではないからです。私達にとっても愛するという行為には、リスクが伴うこともあります。しかし、私達は愛すのです。それは正しいことだからです。

ダビデがここで言っている「恵み(God's kindness)」とは神の愛の現れです。神の恵みにはこれらの特徴があります。
1:あなたが自分では出来ないと思っていることを神ご自身がなして下さる。
2:あなたに対して常に誠実である。
3:その恵みを与えるべきあなたを探しておられる。

さて、ダビデ王に呼び出されたヨナタンの子は両足が不自由でした。ヨナタンのような勇姿はなく、王に殺されるのではないかと怯えて身を隠さねばならないみじめな存在だったのです。私達もそのような存在なのかもしれません。そして、私達は自分や他人のみじめな姿を見る時にそれを自分自身やその人自身に責任があるかのように考えがちです。イエスの弟子達は生まれつき、目が見えない人を見て、誰の罪によってこのようになったのかを質問しましたが、イエスは「誰の罪によるのでもなく、神のわざがこの人に現れるためである」と答えて、目が見えるようにしました。(ヨハネの福音書9章)
このときみじめな状態にあるメフィボシェテに慈悲を与えることで、ダビデは神の栄光を現したのです。メフィボシェテはダビデとヨナタンとの約束を知らなかったために、怯えていたのでした。

『サウルの家の者で、まだ生き残っている者はいないか。私はヨナタンのためにその者に恵みを施したい』(2サムエル9:1)

もしかしたらあなたは、(イエスキリストの十字架と復活によってもたらされた)神の約束を知らずに怯えて生きているかもしれません。しかし、恐れる必要はありません。神はあなたに恵みを受け取ってほしいと探し求めておられるのです。

メフィボシェテという名前には”恥さらし”という意味があるそうです。
彼は自分の姿を恥じ、自分のことを「この死んだ犬のような私」と言っています。恥は恐れをさらに増していたのです。一方でダビデはそのようなメフィボシェテの姿に関わらず、彼のすべての必要に応え、さらに良い物を分け与えました。そして、この章の最後は、このように締めくくっています。

"メフィボシェテはエルサレムに住み、いつも王の食卓で食事をした。彼は両足が共になえていた。" (2サムエル9:13)
私達も神の前にメフィボシェテのような存在です。自分の力では神の食卓につくことはできない、両足のなえたような存在です。しかし、ヨナタンのゆえに恵みに預かったメフィボシェテのように私達も御子イエスキリストのゆえに神の恵みをいただけるのです。感謝して受け取りましょう。


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2008年6月26日 (木)

One after another

chrisが旅立った今日、サンフランシスコでアルツハイマー病の学会があり、ボスをはじめ多くのラボメンバーがそちらのほうに行ってしまいました。残ったのは、私の他に研究助手のchieと研究員のjinと私だけ。chieとjinは夫婦なので、中国語でふにゃふにゃ喋り、ちょっと時々、孤独感・・・。

chrisが旅立った今、私とよく似た仕事をしているのは、jinと私だけになり、少し寂しいような。
それでいて、やっと院生がいなくなった今、もう少しひとり気ままにいきたいような・・・。

でも来月から、スタンフォードでもオールAで来ているような優秀な学生が私につくことになりました。
夏休みは一息抜いて・・・と思っていましたが、どうも彼女は『夏休みはクラスがないので毎日来ます!!』とやる気満々みたいです。

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2008年6月25日 (水)

さよならchris!

一緒に仕事をしてきた院生のchrisがドイツに帰国することになりました。
こちらに来て数ヶ月は、午前11時前にやってきて、ランチに抜けて、コーヒータイムに抜けて、5時前に帰る生活をしていて、クリスマスには1ヶ月近く帰国したりしていて、週末の細胞の世話を頼まれたりした時には、

「いったい何しにきたねん!」

と言いそうになりましたが、さすがに最後の2-3ヶ月は気合いを入れて頑張っていました。
彼の中でも前半遊んで、後半頑張るというのがあったかもしれません。
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ついでにもう一人の院生nickの誕生日だったので(それでウチの妻がケーキを焼いてくれました)、ラボの一年の締めくくりと彼の誕生日、壮行会を兼ねてのパーティがありました。今回は初のボスの家です。Stanfordの敷地内にある、おそらくVIPしか住めないような地区にある素敵な邸宅で、ご長男がピアノを奏で、ショートヘアーコリーがプールサイドを駆け回る、優雅な雰囲気でした。
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ボスの手料理と、旦那さん(彼の方が研究者としては有名)のホスピタリティのもとで楽しいひとときでした。ウチの娘達は、ワンちゃんを触ったり、ピアノに聞き入ったり(長女は見入っていたようです)して、それなりに楽しかったようです。ついこの間の日曜日もパーティがあったし(妻のブログ参照)、最近パーティ続きですが、いろんなアメリカ人のいろんなお宅が拝見出来て、家族は上機嫌です。

さて、主役のchrisは、みんなからのお土産をもらい、「ありがとう。特に引っ越しの手伝いをしてくれたnick。」と言うだけの、あっさりしたスピーチをしました。まだ若いし、そのうちにすぐに遊びに来るよね。


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Fire Drill !?

今日、培養室で実験をしていたら、いきなり警報が響き渡りました。火災報知器が何かに反応したようです。30秒くらいしても鳴り止まないので、ゴム手袋を外してしぶしぶ内廊下に出ると、なんだか煙臭い感じがしました。ラボに行くと、誰もいず、外廊下からぞろぞろとみんな出て行きます。

「避難訓練(fire drill)かあ。知らなかったけど。」
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と思いながらしぶしぶ出て行くと、かなりの人が自分の持ち物やラップトップコンピュータを抱えて出てきています。どうやら本当に何かに反応したみたいです。財布等を置いてきたことを気にかけながら、仲間とようすを見ていると、10分程して消防車が到着。その後10分後くらいに再入館をゆるされました。
結局、外もちょっと煙たかったので、どこかの山火事の煙を吸い込み排出できていなかったためにサイレンがなったようです。ビルの空調設備の不十分さによるものでした。

それにしても意外な形で同じビルで働いている人達が表に集合しました。比較的小さめの研究棟と思っていましたが、2-300人はいるのではないでしょうか。毎日同じビルに居ても、なかなかこのように一同に会することはないので、なんだか新鮮でした。

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2008年6月24日 (火)

ここは、非勉強系研究者ブログです。

知り合いになったばかりの日本人研究者ポリさんのブログを見つけました。(本人の了承を得て紹介)
軽快なタッチの文章で楽しいブログですが、他のブログへのリンクの分類分けが面白いです。

お勉強系研究者ブログ
非勉強系研究者ブログ
お勉強系非研究者ブログ
非勉強系非研究者ブログ
特殊情報系サイト

私のこのブログは、「非勉強系研究者ブログ」の範疇に入ると思いますが、私みたいに非勉強系記事ばかりだと「ポスドク留学記」というタイトルから研究留学の記事を期待して訪れた方(左下のアンケートからは半数以上)を裏切ることになりますので、ラボのようすカテゴリーとか研究カテゴリーなどを入れてます。

ところで、「今日も脳天気」と銘打ったこのブログにはやはり研究者の方からのアクセスが多いのでしょうか?

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2008年6月23日 (月)

日曜礼拝シリーズ:神のやり方?私のやり方?

聖書箇所:2サムエル6章
説教要約:ユダヤの王ダビデは、取り返した契約の箱をエルサレムに運んでいました。
お祝いをしながら運んでいる途中で、Uzzahという人が体勢を崩した契約の箱に触ってしまいます。

「契約の箱を触ったものは死ぬ」

という聖書の言葉の通り、彼は死んでしまいました。
ダビデはこのことで神に対して怒りと同時に恐れというふたつの感情をさせました。

ダビデはこれまで戦いのたびに神にお伺いを立てて、神の方法によって戦いを進めて来ました。
しかし、ダビデは神に対する礼拝を神の方法によって行うということをしていなかったのです。
「これは自分でできる」
と思い、神の契約の箱を運び礼拝を捧げるという重要なことをするのに神にお伺いを立てていなかったのです。そこで、神はUzzahへの裁きを通して、ご自身の言葉は絶対で、神の裁きは常に正しいのだということを示しました。

ダビデは、3ヶ月の間、契約の箱をObed-Edomに預けます。すると、神はObed-Edomを祝福し始めたのです。神の怒りは、ずっと続くものではなく神はあやまちを冒した私たちをもまたゆるし、祝福されるのです。

それで3ヶ月の間、ダビデは聖なる神に対する畏れと神の愛の普遍性を学び、生け贄を捧げることで、神の聖さを告白し、神の恵み深さを、それこそ裸になって踊って祝ったのです。これをみたダビデの妻Michalは、そんな彼を蔑みます。彼女は神のことを思わず、自分の立場と体裁を重視していたからです。神と私の関係は誰から他の人からどのように見られるかということを気にしながら築くものではありません。神は、神ののぞまれる形であなたに礼拝を捧げてほしいと召し出しておられるのです。

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Classic Car Show

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日曜日の午後、私と子ども達をだけでスタンフォード敷地内の広場で開催されている42nd Annual Palo Alto Concours D'Elegance at Stanfordというクラシックカーの展示に行ってきました。
ライオンズクラブが主催するチェリティーイベントで大人の入場料は25ドル、子どもは無料でした。
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教会に行く前の8時ごろから、人だかりが出来、昼過ぎに行ったときもかなりの人混みで、それなりに大きなイベントです。昔の箱形の車から、エレガントなクラッシックカー、内装の凝ったトレーラーハウス、スポーツカーやレーシングカーに至るまで広い会場に多数集められていていました。
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それぞれがピカピカshineに綺麗にリストアされていて、車というよりは、走る芸術品といった感じでした。私達が会場にいたころにちょうど表彰式が行われていて、子ども達と一緒に次から次へと表彰台にのぼっては走り去る車をうっとりと眺めていました。(動画 by hide-tan。)

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2008年6月22日 (日)

Vertical Challenge 2008

12099たまたま拾い上げたPalo Alto Dailyから、情報を得て、ヘリコプターショー、Vertical Challenge 2008に行ってきました。11943

Hiller Aviation Museumという博物館のある空港で、こんな近くにこんなところがあるとは、まだまだ知らないことだらけです。
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私としては、かなりドキドキハラハラのアクロバットを期待していたので、子ども達が怖がって行きたがらなくなるといけないと思い、内緒で連れて行ったのですが、アクロバットショー自体は、一機だけで、他は救出作業のデモンストレーションや、レーシングカーとの競走や、スカイダイビングなど、比較的おとなしめのショーでした。あと、ラジコンも飛ばしていましたよ。

子ども達としては、いろんな飛行機やヘリコプターの展示があり、キッズコーナーもあり、屋台もありでとても楽しかったようです。ライト兄弟に興味がありありの長女minoriは、ディスプレイに見入っていたので、Wright Flyerの模型をお土産に買ってあげました。「いらん」と言っていたminoriもよほど気に入ったらしく、帰宅後、早速組み立てていました。


ところで、ヘリコプタ−といえば、私は以下の機関車トーマスに出て来るハロルドが好きです。
主役ではないのだけれど、なんか涼しい顔をしてピンチの時に颯爽と現れるところが「男やなー」と思うのです。
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ついでに私が好きな「ソドー島の歌」も貼っておこうーっと。


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2008年6月21日 (土)

研究で同じプロジェクトをシェアすると、

効果的に仕事ができるのはもちろんですが、論文を書く時になると、誰が筆頭著者になるのかという葛藤が生じます。私がボスから「これはhide-tanが論文にすればいい」と言われていたテーマがこのプロジェクトを手伝ってくれていた他のラボメンバーの方が多くのデータに貢献したという結論になり、その人が筆頭著者になることになってしまいました。

これはデリケートな問題ですが、研究や研究留学を考えている人がブログを読んで下さっているかもしれないのでちょっと恥を偲んで書きます。

で、そのプロジェクトは私ともう一人のラボメンバーがパートを分け合ってしていたのですが、私がイニシアチブをとるパートは時間がかかる割に結果が出にくかったのでこのような結果になったわけです。とはいえ、その人のパートも、かなりの時間を私が割いたり、サンプル等も他の実験を犠牲にしてまでその人に提供したりしていました。

それは何より、自分が筆頭著者であるというボスの言葉を信じていた為でした。

ところが、何やら途中から、私のサンプルで行った実験結果を私に渡そうとしなくなったり、その人の行動が少し怪しくなりだしたのです。そしてある時にボスとの話の中で実験の多くを私がしていることを全く知らされていなかったことが判明。かなり政治的な動きを感じて嫌だったのですが、事実をボスに告げた上で、そのプロジェクトの為に必要な実験をその人とも協力しながら黙々と続けていました。一番肝となるデータは私が中心に行った実験から出しており、そしてこの論文をブラシュアップするデータも私に託されているのですが、結果的にFigure(論文に載せる図表)の数としてはその人が多く貢献したであろうとボスに判断されてしまったのです。

でも、どうやらボスも私とその人の両方に「これはあなたの論文になるから」と言っていたみたいなのです。それで、先日、ボスに『今後は自分が本当に筆頭著者であるプロジェクト、そしてフェローシップに書いたプロジェクトに焦点をしぼらせて欲しい。』と申し出たところ、その人と自分の両方が関わってきたもう一つのプロジェクトのうちで、大きい方のというかボスが最重要、最優先と思っているテーマでラボの研究のメインの柱になるようなプロジェクト(これも実はフェローシップと関係ないのですが)のリーダーにされました・・・。

海のものとも山のものともわからないものをつかまされて、ごまかされたのか、比較的小さなプロジェクトにこれ以上私に関わらせずにより重要なプロジェクトを任せたいと思ってくれている期待の現れなのかはわかりませんが、学術的に意義深い研究であることは確かなのでボスの真意を知る必要はなさそうです。

このテーマは数人が関わるようなビッグプロジェクトなので、同じようなconflictが生じる可能性もありますが、任せられたからには頑張るしかありません。光栄といえば光栄な役割なので、本来は喜ぶべきところですが、そのラボメンバーはともかく、信頼していたボスに対する不信感が生じてしまったことが正直、ちょっとだけ痛く、なんとか回復させたいところです。

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2008年6月20日 (金)

Jesus Fish

車のバンパーステッカーで魚のマークを貼っているのを見かけたことはありませんか?

これはJesus Fishと呼ばれているそうですが、これはイエスが神の子で救い主ということばの頭文字をとるとIXOUSという言葉になり、これはギリシャ語で”魚”という意味になるからです。また魚は新約聖書では、キリストが弟子と初めて出会われたのが漁をしているときであったこと、わずかな魚とパンを増やして何千人もの人々を満腹にさせた奇跡、復活されたときに弟子達とともに獲れた魚を食べた場面等たくさんの場面を連想させられます。

なので、自分のキリストへの信仰を表明するためにバンパーステッカーに貼っている人がいます。ちなみに私もクリスチャンですが、運転マナーに自信を持てない私はキリストの名誉の為に?貼っていません。smile

最近、私達のアパートでよくこんなステッカーをよく見かけます。
魚の向きが普段と逆向きで足が生えています。
そして、中にはDARWINと書かれています。
完全にキリスト信仰をちゃかして意識したものです。
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Jesus Fishのパロディなのか、私は聖書のような非科学的なものは信じていませんーという信条の表明なのか真意は定かではないのですが、私にはこのステッカーは興味深いです。

このステッカーはダーウィニズムをキリスト教に相反させる形で宗教と並列させています。
図らずも、このステッカーはダーウィニズムを宗教と同じく位置づけているのです。

私は進化論を信じていないというよりは
「なぜあんな非科学的な理論を科学的なエビデンスが不十分な中で、本当だと言い切って疑問を投げかけることをゆるしてもらえないのか」と不思議に思うことがあります。
サイエンティフィックな考えをする科学者でさえ、狂信的、盲目的に進化論を"信じている"という点で一種の宗教を感じてしまうところがダーウィニズムとよばれるゆえんです。

私もダーウィニズムに反対する為ではなく、運転マナーを向上させるためにJesus Fishを貼ってみようかな?

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2008年6月16日 (月)

日曜礼拝シリーズ:神の御前での悲しみ

聖書箇所:2サムエル1章

*背景の解説 この箇所は旧約聖書に出てくる有名なユダヤの王であるダビデが、その前に王であったサウル王とその息子のヨナタンが戦死したことを受けてダビデが悲しんだ様子が書かれています。 ダビデはサウルに対して忠実な部下だったのですが、神がダビデを祝福し、彼に大きな働きをさせたためにサウルは彼に嫉妬し、その命を狙ったのでした。ダビデは、その後、親友のヨナタンとも別れて荒野に逃げなければなりませんでした。そのような状態でダビデはこの知らせを聞いたのでした。

要約(イタリック体はhide-tanによる補足)
戦場で自害しようとしているサウルにトドメを刺したアマレク人の兵士がその様子を報告しに来たときに、この兵士はダビデが喜ぶであろうことを期待し、もしかしたら褒美をもらえるかもしれないと思ったことでしょう。なにしろ、ダビデの命を追っていたサウルが死んだのです。しかし、ダビデの反応は違いました。ダビデはひどく悲しみ、神に油注がれた王に剣を立てたこの兵士を処刑したのでした。

ダビデは自分の立身出世のことよりも神が立てられた王が亡くなったことを深く悲しみ、家来たちとともに悲しみを現したのでした。サウルは神への不従順のために退かなければならなかったのですが、サウルが退くことは本当は神の御心ではなく、この行為は神の悲しみを自分の悲しみとした行為でした。ときに悲しみを現すことは、人生を前進することにとってマイナスに思えるかもしれませんが、このような行為は私たちが悲しみを正しく処理し、前に進むために必要なことです。

私たちクリスチャンも愛する人を亡くすときに悲しみます。亡くなった人がクリスチャンであり、天国で会えることが分かっていても、亡くなった人が今は天国にいて幸せであることを分かっていても、この世で会えないことを悲しむことはもっともなことです。悲しみを感じるとき、それを神の前で隠す必要はありません。それを健全に現すこと無く押し殺してしまえば、しばしば「怒り」となって現れてくることがあります。私たちが神のみこころにそった悲しみを経験するときに私たちは成長させられ、私たちは人生の軌道を取り直し新たな歩みをすることができるのです。

hide-tanの感想
私も大学生のときに兄の慕っていた教会のメンバーSさんが、激しい闘病生活の果てに亡くなることを経験しました。看護士として勤務していたSさんは、「同じく医療に携わるものとして神様とともに頑張ろう。楽しみにしてるで。」と、私の医学部入学を殊更に喜んでくれた一人でした。

彼が亡くなったという知らせを聞いたとき、昇天式に出席したとき、そして記念礼拝に出席したとき、私はそれこそ声をあげて泣きました。Sさんが今は苦しみも無くイエス様とともにいることも、いつか天国で会えることも、神様がS兄弟とその家族に良い計画をもってゆるされた出来事であることもわかっていたのですが、それでも、そのようなことを信じていることで悲しみが減るというものではありませんでした。しかし、その悲しみ方には違いがあります。

Sさんは、勤務態度でも神を証ししていて、勤務先の市民病院の院長からも一目を置かれている存在であったようです。そして、昇天式で、その病院長から、「私はS君を取られた神を憎む!」という涙ながらの叫びが聞かれたのです。キリスト教式の明るい照明と華やかな花束で飾られた式場の中にスーッと闇の雰囲気が忍び寄った一言でした。

同じように泣いている人でも神様に感謝を捧げながら希望に満ちて泣く人と、神を呪いながら絶望の淵で嘆く人がいるのだと気づかされました。私たちが生きているこの世界には光の中で生きている人と暗闇に伏している人がいること、この世には光と闇が存在することがはっきり示された瞬間でした。

一見、同じように悲しんでいてもある人たちは、絶望の中に悲しみ、他の人たちは希望の中に悲しんでいたのです。

私が今、彼のことを思い出すときの顔は、骨髄移植のあとで病気が再発し、病気との最後の戦いを前に「私の病気を治すためにいろんな人にお世話になり、多額の医療費が使われています。そして、こんな美しい奥さんとかわいい娘を残して死ねやしません。」とにこやかに話す輝いた笑顔です。自分の命が消えつつあることをわかっていながらもみんなを笑わせることができた、神の御霊に満たされて輝く笑顔です。

なにかでくじけそうになったとき、自分に失望しそうになったときには、神様は時折、志半ばで天に召された彼のことを思い出させてくださいます。そして、そうやなーSさんから「hide-tanクン。よー頑張ったな。僕、こっちで応援しとったで。」と言われたいなーと言う気持ちになったとき、Sさんの人生と自分の人生はつながっているのだと感じるのです。そうです。生きていようと死んでいようと私たちはキリストにあってつながっているのです。

神様の与えてくれる出会いとはこのようなものです。実は、今も彼のことを思い出すと、ふとポロリと来そうになることはあります。それでも『神様、なぜですか!』と嘆くことはなく、Sさんとの出会いを悲しみの中で喜び、そして感謝できるのです。

book「‥‥暗闇の中にすわっていた民は偉大な光を見、 死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。」 この時から、イエスは宣教を開始して言われた。 「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」 (新約聖書 マタイの福音書4:16-17)

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2008年6月15日 (日)

High Tea & Dinner

今日の午前中は、日本人のためのバイブルスタディがありました。この会は日本語で聖書の話ができるというだけでなく、参加者の方々からの鋭い指摘や興味深い質問があり、いつも楽しみにしています。参加者は多いときも少ないときもありますが、多いときはいろんな意見で盛り上がりますし、少ないときはじっくり学べるので、たくさん来て欲しいのはやまやまですが、少人数のときも楽しんでいます。今回はお二人(+お子様3名)が来て下さいました。

今回は『聖霊について』。聖書が教える三位一体の神様のうち、聖霊様とはどのようなお方なのか、何をして下さるお方なのかをお話しました。ちょっと難しめの内容でしたが、「なんとなくイメージが湧いた」とか言って下さりほっとしました。

午後から、教会のクワイアーの年度末の打ち上げパーティとして、指揮者のレスリー(仮名)宅で英国式High Teaパーティがありました。High TeaとAfternoon Teaの違いはこちらを参照

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このHigh Tea Party、いつも毒舌の(でも歌声は美しい)イギリス育ちのスッチーだったkateも太鼓判の素敵なパーティでした。
大きな邸宅に広い庭で大所帯のクワイアーも家族を連れてきてもゆったりした感じで、ふだん練習の時にはなかなかゆっくり話せないメンバーともお話ができてよかったです。11689

そのあとはまた同じく教会のメンバーのお家に日本人の友達のyukikukanさんご家族といっしょにディナーにお呼ばれに行きました。フレンドリーでユーモアのある夫に、しっかりとして抑え気味の奥さんという組み合わせに、アフリカのエイズ対策プロジェクトに携わろうとしている娘さんとともにお互いの仕事の話、家族の話、日本人の宗教観についてなど、いろいろお話をすることができました。
こちらでも子ども達は広い庭でキャーキャー走り回ったり、ママゴトをしたりして子ども達も楽しんでいました。
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2008年6月14日 (土)

きっとまた会える・・・

死がお互いを分つまで・・・という台詞は、結婚式ではよく聞きますが、今回は専門分野を超えたスタンフォードの日本人の集まりがあり、とくに企業派遣の大学院留学という形で来られている方々の多くが帰国されることもあって、いったんこの交流会は閉じることになりました。

そのときにこの会をずっと主催されていたKさんから「私達が生きるのはおそらく数十年と思うので、ここでの出会いの期間は短くても、日本に帰ってからもぜひ連絡をとり続けるようにしましょう」というスピーチをされていました。そんな温かい性格のKさんご夫婦のおかげで、とても良い会だったわけですが、この言葉を聞いて、
人が生きるのはたしかに数十年だけなんだなー。
またきっとまた会えると思っていても、それっきりってこともよくあるよなー。
それだけの出会いって、素晴らしい出会いであっても、寂しい感じがするなー。

と思いました。

それと対照的に、クリスチャンとの交わりはひとたび新しくクリスチャンと友達になるとその関係は永遠に続くのです。私達はカリフォルニアに来て、永遠に友達とよべるクリスチャンの友人が教会に行くことで、どんどん増やされていっています。他にも、これまで海外で出会ったクリスチャンの兄弟姉妹たちとは今後この世で会うことはなくても「きっとまた会える」希望と喜びがあります。

なので、クリスチャンにとっては、”生きている間は仲良くしましょう”ではなく、”ずっと永遠に仲良くしましょう”なのです。たしかにクリスチャン同士だからといって関係がいつも円満というわけではないですが、それでも同じ兄弟姉妹なんだから分かり合って仲良くしないと・・・という思いはクリスチャン同士、心の中にあるのです。

だから私の希望はこうです。

私と出会うすべての人々が、聖書に書いてある神の約束を信じて、「永遠の友」となることです。
そして、いつか地上で離ればなれになったとしても(そして誰しもいつかはそうなります)「きっとまた会える」という言葉が守られないかもしれない気休めの約束ではなく、天地を創られた神とそのゆるがない約束に基づいた本心からのあいさつとなることです。

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やっと届いた!カリフォルニア運転免許

渡米後すぐに所得したカリフォルニアの運転免許ですが、SSNを所得する前に強引に受けに行った為に移民手続きか何かの完了を待つ必要が生じて、免許証の送付が遅れていました。

仮の免許証の有効期限が切れる頃に一度DMV電話で問い合わせたところ、「仮の免許証を更新してもらい、しばらく待て。あなたに出来ることはそれだけ。」と言われたのですが、その更新した免許証も期限が切れたので、再度DMVに電話しました。
事情を話すと今度は、移民手続き関係のオフィスの電話番号を告げられ、VISAとパスポートと、DS-2019をFAXさせられました。

それで、待つこと2週間。

今日、渡米後10ヶ月にしてやっと本物の免許証が届きました。

これで、クレジットカードの支払いのときや銀行でお金を引き出すようなときにIDなんかを求められても、さらっと免許証を出せます。(普通のお店はスタンフォードのIDでOKですが、銀行では免許証が無い場合はパスポートを求められました。なんとか仮の免許証でゆるしてもらいましたが。)

なんだかやっとここの住民と認められたような気がしました。

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2008年6月10日 (火)

パリ観光2日目:ノートルダム寺院など

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パリ観光の二日目は、サクレ•クール寺院を観に行きました。外観も荘厳な感じですが、内部もかなり装飾などが凝っていました。ドームからステンドグラスを介して差し込んでくる光は天国からの光をイメージさせるようなものではないかと思いました。ところで、ウィキペディアではここを「教会」ではなく、「寺院」としていますが、聖母マリア像や聖人像などを祭り、その前にお賽銭箱を置いてあるのを見ると、仏教寺院とあまりかわらない印象があり、まさに「寺院」というのが正しいかもと思いました。11054

そのあとテルトル市場(写真)を訪れ、カフェの前で画家の皆さんの似顔絵を描いているという「これぞパリ」みたいな雰囲気を味わいました。ピカソが昔泊まっていた安アパートの近くにある小さなパン屋さんで店員のお姉さんの前で小銭と格闘しながらランチにするパンを買いました。チーズとブロッコリとサーモンが入ったデニッシュタルトが美味でした。
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そのあとはコンシェルジュリーとよばれる昔の牢獄を観に行きました。牢獄といえどももともとは王宮として建てられ、その後、議会場となり、裁判所兼牢獄となったようです。マリーアントワネットもギロチン刑にかけられるまでの2ヶ月半をここで過ごしたそうです。処刑されたのは私の今の年齢の37歳だったこともあり、ここでどのように人生を振り返っていたのだろうかと彼女がもっていたとされる十字架や最後の水を飲んだとされるピッチャーをみて考えてしまいました。
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このコンシェルジュリーから最高裁判所を挟んで、サント•シャペルがあります。ここはルイ9世によって建てられた会堂で、キリストの荊冠が納められていたそうです(革命のときに紛失)。ここはステンドグラスに囲まれた聖堂で、他の大聖堂とはちょっと違った趣がありました。
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そして、同じシテ島にあるノートルダム寺院にも足を伸ばしました。ここもゴシック建築の最高峰と呼ばれるだけあって荘厳でした。ただ、サクレ・クール寺院とは違い、修学旅行生や観光客ががやがやとうるさく落ち着きませんでした。
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そして最後は予定通り、ルーブル美術館をゆっくり(といっても数時間ですが)観て回ることにしました。11236フランス革命を導く自由の女神の絵や、モナリザや、11188
ミロのヴィーナス11256
サモトラケのニケ11234などの有名な作品が並ぶ中、光の魔術師レンブラントの「エマオの晩餐」(写真)がなんとも自然な感じで気に入りました。
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ナポレオン3世の居室もこれでもかーというほどの豪華さで驚きました。ヴェルサイユ宮殿に行った方はもっと驚かれたのではないかと思いますが、こちらはいつか妻と旅行に来たときのためにとっておこうと思います。
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今日は、いろいろ見て回り楽しかったですが、その分、ちょっと疲れました。

パリの2日間観光は、学会での興奮を冷めさせるほどの長居でもなく、そこそこ名所を見て回り納得出来てよかったです。学会には、1週間ほど観光したあとで学会に参加しているご夫婦もおられましたが、「旅の疲れをここで癒している、旅の余韻にひたりながらゆったりとサイエンスの話に花開かせ、今からカナダに帰る」と言っておられました。賢い方法ですが、私には学会前に遊びまくる余裕が出てくるにはまだまだ修行が必要です。

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2008年6月 8日 (日)

パリ観光その1:オルセー美術館などなど

チョット恥ずかしい表現ですが、街並を見てこんな風に”ときめいた”のは初めてでした。

(写真1)10662

今日、パリ市内の宿泊先からとりあえずコンコルド広場(写真1)というところまで地下鉄に乗って行きました。
駅から地上にあがった途端、右を見ても左を見ても、美しい建築物、橋の欄干に並ぶ立派な彫刻、彼方に見えるエッフェル塔、そしてよく見れば凱旋門も。
橋からエッフェル塔の写真を撮り、セーヌ川沿いに歩いてオルセー美術館(写真2)に辿り着きました。(写真2−1外観)
(写真2−2内部。オルレアン鉄道の駅を改築した名残がわかります。)10670
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印象派のゴッホルノワール、セザンヌ、モネ、マネ、ドガピサロ(←画家名をクリックすると私のお気に入りの絵にリンクしています。恥ずかしながらピサロのことは知りませんでしたが、私の一番のお気に入りでした。)などの有名な絵画が何気なく飾られていて(写真3−4)、なんとも贅沢な時間を過ごしました。(写真3:モネ)10684
(写真4:ルノワール)10692
(写真5:ドガ)10714
(贅沢ついでに、美術館内にある優雅なレストランで昼食も摂りました。普段ならこんなところには恐ろしくて入れない私ですが・・・。写真6)
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ルーブル美術館には入ると今日は出て来れなくなる恐れがあったので、外観だけ見てその美しさと壮大さにたじろいだあと(写真7)、近くのオランジェリー美術館でモネの「睡蓮」にぐるりと囲まれてほっと一息つきました。
(写真7:ルーブル宮)10844

夕方からは、ひとりで英語ガイドのツアーに参加し、ひとり寂しくエッフェル塔(写真8)にのぼりディナーを食し、ひとり寂しくセーヌ川クルーズ船に乗り込みました。
船が帰ってくる頃にはあたりは暗くなり、エッフェル塔も美しくライトアップされてとてもきれいでした。(写真8:夕方、写真9:夜中)10868
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そのあとオーストラリアから来ているご夫婦と一緒にイルミネーション鮮やかなパリの街並をツアーガイドの方にドライブしてもらい、パリを一周して、夜中の1時にホテルに戻りました。

ひとりでどこかに出かけたりするのは好きな方ですが、こんな素敵な街には本当は一人で来るものではなかったかなーとも思いつつ、いつか妻nori-tanを連れて来て一緒に感動したいと思える場所をひとつ見つけられてよかったと思いました。

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サイエンスが花開くとき

昨日はみんな夜中の1時まで踊り倒していたようで、今日の午前のセッションはさすがに世界のブレインたちのオツムも少々ローギア気味でした。

(写真:朝5時半、ちかくの池まで白鳥を観に行きました。)
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今日は臨床研究の話しが中心になって薦められ、今まで基礎研究の話に花を咲かせていた仲間が臨床研究についても、熱く語りはじめた場所にいて、あーやはり世界の他の地域でもおなじようなジレンマを抱えていたり、同じようなモチベーションを臨床から得て、あえて基礎研究に潜り込んでいる一面が伺い知れました。そんな中で、自分のしている研究がはたして花開くのだろうかという思いもあるのだと思います。

臨床医が研究をするときの「花開く」とは必ずしも一流雑誌に論文が掲載されることではなく、自分の研究が臨床の現場で生かされるようになることなのだと思います。(あくまで一般論ですが)
私も自分のしている研究が小さな命と彼らを取り巻く人たちの益となるような形で臨床にいかされるようになってほしいという思いがアクセルとなっています。それと同時に今捉えようとしている現象が臨床に用いられる、用いられないに関わらず「真実はなにか」を冷静につきとめたいというブレーキで適正なコントロールを保とうとしていると思うのです。

今日、あるリーダー的存在の先生が次のようなことをまとめているのを自分なりに解釈したらこんな感じになりました。

みんなが自分達の基礎研究の業績を臨床にもっていきたがるが、脳保護の分野でもたしかに数々の”脳保護薬”が開発された一方で、脳低温療法以外は成功したといえるものがない。臨床研究で結果が出せずに臨床に持ち込めないことは、労力、資金の無駄になるだけではなく、患者さんにとっても多大なデメリットである。だから『次に何を臨床試験にもちこむのか』ということはある熱心な誰かの「リーダーシップ」により進められるべきではなく、フェアに客観的な判断ができるような詳細な検討委員会において決定されるべきである。

私が研究しているテーマも狭い狭い狭い領域ですが、今回のカンファレンスを通して、このテーマが決して自分のためだけのものではなく、他のテーマで研究をしている方々の研究にヒントを与えるものなのだという実感が湧いてきました。たとえば違った関心をもって見ていても同じ現象が観察されたりします。それは科学的真理というものが”本来”、いくつも存在するものではなく一つの法則によって秩序立てられているからです。それは、神が精巧にこの世を創造され、保っておられる指先のあとを見る瞬間です。
クリスチャンの研究者である私はその神様の助けとゆるしを得ながら神が精巧に作られて維持しておられる生命現象のひとつひとつの糸を手繰りよせているのです。

だから、私は神のゆるしの範囲の中でこの研究を続けています。たとえ「花開かせる」のが私であってもなくても、いつかきっと得られるであろう「開花宣言(=私の場合は効果的な脳保護療法)」を早めるために世界中にいる同僚たちと励まし合いながら労苦したいです。サイエンスが子ども達の健康と幸せのために花を咲かせるときに私もそのことに貢献したと思えるならば、それが私にとっての宝になるのだと思います。

臨床では地域の子ども達に仕え、研究では世界の研究者と協力して小児医療に貢献が出来ればと願っています。 〜11年前に当時の小児科教授に宛てた入局志望動機の手紙から〜

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2008年6月 7日 (土)

この輪の中に・・・

本日、無事に口頭発表を終えました。
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私のセッションの座長(司会者)だったDale先生(仮名)はとても偉い方なのですが、同時にとても親切でした。"I am pleased to introduce Dr.hide-tan, who recently joined kason's Lab at Stanford University. He is going to present his thesis paper done in H University, the title is----------. hide-tanセンセイ, ヨウコソ."
という丁寧な紹介をして下さいました。
そこで私は、
"アリガトウゴザイマス、 Daleセンセイ。 ミナサン、コンニチワ。 Hello, everybody. Today, I am going to talk about...."
と、そのまま日本語であいさつを返すと、会場もなごみ、私も緊張をほぐさせてもらいプレゼンをはじめました。

さて会場からは、3人の大御所の先生から以下のような質問がありました。

Do先生(教科書の責任篇編集をしているようなアメリカの小児神経学のリーダー。前日にお会いしてラボに遊びに行かせてもらう約束をとれいつけていました。)
「治療に向けて次のステップを踏んでいるか?」
St先生(業績がすごいので、近寄り難いと思っていたら以外とフレンドリーでした。)
「ここで見た現象の細胞メカニズムをどのように推測しているか?」
Ro先生(この研究分野のパイオニア。今は引退されて伝説の人・・・だけど短パンにTシャツ。はじめはこのホテルの従業員と思っていました。smile
「この物質は他にもこんな働きがあるとの報告が出ているが、人間の赤ちゃんでもそうなのか?」

このような前向きで、意味のある質問、次の研究を期待するかのような質問になぜか、この人達は若い研究者を大事に育てようとしているという印象をもちました。

Su先生(Ro先生の奥様でこの会のオーガナイザー、この研究分野のリーダー中のリーダー)は、壇上から下りて席に戻る時に身を乗り出して「よかった。ありがとう。」と声をかけてくれました。

これで、この分野の研究仲間の輪の「縁」くらいには入れたのかなと思いました。
(写真:イギリスの有名な先生とピンポンをしました。)
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この分野の研究はアメリカ、イギリス、スウェーデン、オランダ、オーストラリアあたりがリードしています。しかし、本来優秀なはずの日本人の医師、研究者がもっと!もっと!!この輪の中に入ることで、日本がアジアを代表して研究のリーダーシップの一端を担えば、さらにこの分野の研究は進んで行くように思います。

そのために自分がなすべきことは何かとそんな大きなことを考えれば考える程、その目標は、「ラボに戻ったら、これとあれとあれとこれをして・・・をするぞ!」という、現実的で小さな目標に置き換わり、そういったことに心を燃やされているような気がします。でもそれは正しいのだと思います。
この研究でリーダーシップを発揮している先輩方を見ていると、自分の研究がまだまだ無に等しいことを確認するとともに、もっと地面を噛み締めながら進んで行くようなしっかりした研究がしたい。そして、こんな風にまじめに研究に取り組んでくれる仲間を得たい。と心から思いました。

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「はじめまして」に異和感

ところで、今回の合宿研究会では、以前からいろいろお世話になっているのに面識がなかったO先生にお会いすることができました。同業者のメーリスで知り合い、学問の話だけではなく、留学先を考えていた時にいろいろ相談にのってもらったり、励ましてもらったりしました。
ずいぶん仲良くしていただいている印象があったのに一度もお会いしたことがなかったことに気付き、会場ではじめて合った時の「はじめまして」にはちょっと異和感がありました。こんなときはどういうのでしょう?

それは翌日解明しました。
同じく、メールでやりとりはしたことがあるO先生の留学先の上司のN先生とお会いした時に"Finally! Nice to meet you!"と握手をすると同時につい口走りました。

こんなときは「やっとお会い出来ましたね。」とか言って、知っていたけれどもなかなか会えなかったことを述べる事で、会えた時のうれしさを表現できるかもと思いました。

(写真:朝からワッフルを焦がしてしまい、慌てている私。O先生の撮影)

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2008年6月 6日 (金)

頭にもご馳走

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優雅な朝ご飯の後、中が講堂のようになっている建物(写真)に100席余の椅子が並べられた会場で、いよいよ学会がはじまりました。

自分の興味のある疾患を自分がやっているような基礎研究で解析している演題が目白押しで、大きな学会で自分に関係のありそうなところを回るのとは違い、好物ばかりが次々に出て来るコース料理を頭の中に次々と放り込んでいるような気がしました。そう思っているのは私だけではないので、質疑応答も絶え間なく、予想どおり熱い研究会でした。(私も頑張って今日は4回程質問しました。)

午前と午後にコーヒーブレイクがありますが、そこで出されるスナックがまた手加減無く美味しく(アメリカだと間違いなく、マフィンとドーナッツとクッキーですが)、ついつい食べ過ぎてしまい、お腹が痛くなったりもして大変でした。
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『頭のためのご馳走が待っている時は、お腹に入れるご馳走は控えること』

これが今日、学ばされた教訓です。

この研究会は「合宿のような」と銘打っているだけあり、ポスターセッションは夕食後の夜11時まで続きました。

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2008年6月 5日 (木)

優雅に、ハードに、最先端

10467SFOから11時間のフライトでパリに着きました。エールフランスAF83便はボーイング747型の古いジャンボジェットで、テレビ画面も個人個人についていないようなものでしたが、おかげで、本を読んだり、隣りに座ったウェブデザイナーの兄ちゃんに企業用のプレゼンテーションを見せてもらったりできました。フライト自体もスムーズでした。

生まれて初めて大西洋越えをして、はじめてのフランスに感激したのもつかの間、どこもかしこもフランス語。空港の駅に着いたものの、チケットをここで買っても良いものか、インフォメーションセンターで聞こうとすると、そこにスタンフォードの研究仲間がいたので、合流させてもらいました。
フランス語がわからない3人で右往左往したものの、電車の乗り継ぎだけが心細かったので、助かりました!
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電車で1時間、タクシーで10分ほどのところに田園風景が広がり、そこにお城のようなお屋敷を改造したシャトーホテルが現れました。この分野の大御所のお二人とも早速挨拶をさせていただき(やっと自己紹介無しで、"Hi, Good to see you!"で通じるようになりました。)、いよいよ明日からの2日間と半日はこの優雅な環境の中で、缶詰にされて、否応無く、脳研究の最先端を学びます。


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2008年6月 3日 (火)

パリに学会出張です

明日からいよいよパリに学会出張しに行ってきます。

今日は朝から実験の申し送りをしたり、フェローシップの書類を提出したり、ドルをユーロに変えに行ったり、もうひとつ当たったフェローシップにお断りの手紙を書いたりして、ボスにスライドを見てもらったのは10分くらいでした。

はじめてのヨーロッパ、はじめてのパリ、はじめての海外一人旅、はじめての海外での口頭発表。

どれもちょっとずつ不安で、どれもちょっとずつ楽しみです。

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2008年6月 2日 (月)

Table for 6

ここのところ、年度末の打ち上げパーティや送別会が目白押しです。
(写真:ハンバーガー屋さんのシンボルの交差したヤシの木)
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ラボパーティはもちろんのこと、子ども達の教会のアクティビティでも、MOMS(教会の主婦達の集まり)のクラスも、そしてクワイアーでもあります。そこに加えて、教会のカップルズクラスでは、Mentors Couple's Dinnerという若い2-3組の夫婦が、年配の夫婦の経験談を聞くといった趣向のものや、カップルズクラスに集う3組が食事をともにするTable for 6と言ったものまであります。実は、妻と話し合った結果、私達はこのTable for 6のホストをすることになりました。ホストが日程を指定し、それに会う人が希望してきてくれるはずですが、誰が我が家に来てくれるか楽しみです。

そのうえ、また今日のカップルズクラスで、ある方から声をかけてもらいディナーに招待してもらいました。これで、教会員のお宅によばれるのは4回目(妻はもうちょっと多いです)で、もう一家族、教会に来て下さっているお友達がいますが、最近はとくに私達日本人家族の認知度もあがり、声をかけてくれる人が増えて、教会でも居心地がますます良くなってきました。

そろそろ私達家族も教会の中で、「お客さんメンバー」より「おもてなしメンバー」の割合が増えるようにして、誰かが居心地が良くなるようなことをしたいと思っているので、このTable for 6のホスティングがその役に立てば良いなーと思ったりしています。


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2008年6月 1日 (日)

ハッピーバースデーの奥義

今日、5月31日は私の誕生日でした。生まれてから37回目、イエス様に出会ってからは21回目、妻nori-tanと出会ってからは15回目です。

ちなみにキリストを信じてからはじめての誕生日は教会の高校生グループのバーベキューパーティでしたが、今朝も教会のイベントで公園で遊びました。午後はまるまるラボにつめて「なんで誕生日なのに実験してんの?」とか言われながらも、仕事をして、他にやり残していることも気になりながら帰宅しました。

なんで誕生日やのにこんなに忙しいねん!とか思う気持ちが湧いて来る一方で、誕生日に仕事が与えられていることは感謝、遅くなってもケーキを待っててくれている家族がいることに感謝、そして来年の誕生日までには論文を1本でも通したいと目標があることにも感謝と思いました。

バースデイケーキbirthdayのろうそくに照らされながら私にバースデイソングを歌ってくれている妻と二人の娘の笑顔をみていると、「この瞬間」shineというものが神様から与えられた素晴らしいプレゼントだと思い、神様に祝福されているような気がしました。

そのあと、興奮するして言うことを聞かない次女ayumiを叱りつけ、
「あのな。パパにとって嬉しいプレゼントは、あんたたちが賢くして、パパママの言うことをちゃんと聞くことやで。」と言ってしまいました。
同じことを神様も自分に対して思っているかもしれないな〜smileとか思いましたが、

よく考えると、確かに言うことを聞いてくれるにこしたことはないけれど、
”聞き分けは良いけれど誕生日を祝ってくれない子””聞き分けは悪いけれど誕生日を祝ってくれる子”のどちらがいいかと言われれば、やはり後者です。

だから、きっと神様も同じように不完全なご自分の子ども(クリスチャン)たちを見ているのだと思います。
たとえ不完全な信仰しかもっていなくても、聖い生活ができなくても、自分の罪深さや偽善に気がつかずに平気な顔で生活していたとしても、私はキリストの十字架によって、不従順という罪をゆるされ神の子どもとして神様に礼拝と賛美を捧げる時に、私達の至らなさにも関わらず、その賛美を喜んで受け入れて下さるのだと思います。

明日は、日曜日で礼拝があります。日曜日は”聞き分けの悪い子ども達”が世界中でいっせいに”ハッピーバースデー”を歌うような日なのだと思います。
この一週間も”聞き分けのない息子”であったことは、私が全知全能の偉大な神様に礼拝と賛美を捧げることの何ら障害にもなりません。そして、神様は私の捧げる礼拝を喜び、神様の御顔は輝き、それを見て”出来の悪い子ども”は満足するのです。
(写真:妻の手作りケーキ。こちらの味は"上出来"でした!)10434

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