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2008年8月 3日 (日)

Bible Study 101:地の塩、世の光

今日は月2回の日本語での聖書の勉強会をしました。
今回はイエスキリストが行った「山上の垂訓」から。
(写真:Foothill Parkで見かけた鹿の親子)
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聖書箇所book:マタイの福音書5:13-16

あなたがたは地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。
あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。
また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。
このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

この箇所は、イエスがご自分に聞き従う人(クリスチャン)にあてて言ったものです。
塩は味をつけるものであると同時に、生命にとって欠かせないものです。しかも代用のきかないものです。そして、塩というものは腐敗を防ぐという役目もあります。なので、クリスチャンである私達は地にまかれた神のいのち、そのものであるともいえるのではないでしょうか。いのちをもたらすと同時に、罪や汚れの渦巻く世の中にあって、人々が腐敗の中で自分を失い、滅びて行くのを防ぐ役割があたえられているのだと思います。

ヨハネの福音書のはじめには、
光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(1章5節)

と書かれています。真っ暗な部屋の中で灯した小さな1本のろうそくが部屋全体を照らすともはやそこは暗闇とはよべなくなるように神の光は悪の闇に必ず打ち勝つものです。私達クリスチャンは神の光をうちにもち、神の栄光を反映させるためにそれぞれの場所に遣わされています。
光を反映させるようなクリスチャンの生き方が、もしかしたら人の罪を照らし出すかもしれません。うとましく思われることもある一方で、苦しみの中にある人々にとってはまた別の生き方があるのだということに目が開かれることもあるかもしれません。
光を輝かせるとは、自分の善行をいい広めることではなく、自分の周りにいる人々とコンタクトをとり、そのような人々のことを気遣うこと、自分に与えられた責任をきっちり果たすことによって神の真実を証しすることです。

今日はこんなメッセージを学びました。

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