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2008年9月29日 (月)

本当に生きたい生き方。

良いコーチとは、あなたがしたくないと思っていることを、あなたが本当に達成したいと思っていることを達成するために、あなたにさせる人のことを言います。

これは、Insight for Livingというキリスト教のラジオ番組(あるいはポッドキャスト)でChuck Swindollが誰かの言葉を引用していたものです。
この言葉を聞いて以来、私はボスにしたくない実験をするように言われたとき、また自分で実験の計画を立てるときに思い出しています。

研究のことであれば、”本当に達成したいこと”は比較的スラスラ出てくると思うのですが、私の人生において本当に達成したいことは何かと聞かれれば、ちょっと言いにくいです。
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今日、All Church RetreatでMission Springsというところに行って、教会の牧師のひとりが言っていた言葉が引っかかっています。

”あなたが本当に歩みたい人生を神とともに歩みなさい”

私はクリスチャンとして、人生のコーチである神にどのように私の本当の願いを伝えたらよいでしょうか?
家庭円満で、健康が守られ、家計にほどほどの余裕があり、社会的にもそこそこ成功し、できる範囲で人に親切にし、神の前に正しく(注:これは聖書的視点からは厳密には不可能)、人に愛される人生。

自分自身を省みると、そんな人生を目標にしているような生き方をしているのではないかと思ってしまうのですが、実は、深いところで求めているのは”別の何か”のような気がします。

私はクリスチャンとして、神がどれほど確かに存在しているのかということを知っています。
私の両親よりも、妻よりも、そして私自身よりも、私のことを深く愛してくださっている神の愛を日々実感して生きています。神が造られた美しい世界を見て楽しみ、偶然に出来たとは決していえないほどの生命の仕組みの精巧さを職業として味わい、旧約聖書に描かれた、ユダヤ民族の歴史の中に神に反逆する私たち人間に救いをもたらすために神が忍耐強く、多くの犠牲を払って、救いの計画を進めようとした神の物語。新約聖書でこんなにもはっきりと、描き出されたキリストの十字架と復活。

自分のことを自分よりも深く知っておられ、自分よりも自分のことを大切に思って下さる神。
いつでも私のそばにおられ、誰よりも強く、しかも何でもお出来になる神。

そんな神に、自分が造られた目的に叶った人生を歩ませてもらいたい、自分の人生を完全に明け渡す人生を歩みたいというのが、本当の私の願いなのだと思うのです。しかし、神の視点での私にとって最善の人生を歩むためには、家族の身に何かが起こることかもしれないし、病気や怪我で苦しむことであることかもしれないし、明日の食べるものにも困るような生活をしいられるかもしれないし、誰からも尊敬されることもなく、社会的にも全然成功していない立場になるかもしれないのです。

私は、そういうことにまだ恐れを持っているのかもしれないのです。
これほどに素晴らしい神であることを知っているはずなのに・・・です。
神が、家族も、健康も、キャリアも、人生の何もかも、私のいのちさえも握っておられることを知っているのに・・・です。

だから、私はそのように神に申し上げることができないか、たとえしたとしてもトーンダウンしているのかもしれないです。神はそのような私の葛藤も知っていますが、それを責められることはありません。それをゆるし、私が自責の念に駆られることなく、神とともに歩む人生を心から喜ぶことができるように「そのままでいいんだよ」と言って下さるのが聖書が教える神なのです。

そして、今日も神は私の祈りを聞いて下さり、日々守って下さるお方であることを常に常に教えて下さり、忍耐強く、『私のその時』を、私が本当の願いを神の前にお捧げするというその時を待って下さっているのだと思います。15700

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