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2009年4月19日 (日)

Bible study 101: エマオの途上にて

第1、3土曜日の午前は、日本人で集まってする聖書の学びがあります。
(どなたでも歓迎です。参加希望者はこちらまで)

今日はイースターの次の週にあたるので、二人のキリストの弟子が十字架刑のあとで復活されたイエスに出会う話から学びをしました。(リビングバイブルを一部改変して、解説を加えることで、子ども向けにお話を構成しました。)
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cloverclover心の目が開かれてcloverclover
聖書箇所:ルカの福音書24章13-32節

「私たちの心はうちに燃えていたではないか。」(ルカ24:32)

それはイエス様が十字架にかかってから3日目の日曜日のことです。 二人のイエス様の弟子が、エルサレムから十一キロほど離れたエマオという村へ急いでいました。二人は歩きながら、イエス様のことを話していました。
「ああ、それにしても、私たちはどうすればよいのだろう。あの方にすべてののぞみをかけていたのに、神はあのお方を守って下さると信じていたのにあんなことになってしまった。」
「そうだよ。しかも、今日女の人たちがお葬式のためにお墓に行くと、イエス様の死んだお体が消えているというではありませんか。誰がなんの目的に取り去ったのかわからないけれど、彼女達は、天使から『イエス様は復活して生きている』と聞いたと言うんだ。とても信じられない話だけど、いつもおとなしい彼女達なのに今回ばかりは、『本当だ』の一点張り。まあよくわからないけど、葬式もさせてもらえないほどの扱いを受けるなんて、イスラエルの国もひどい国になったものだ」

二人はこのように悲しみと不安と恐れでいっぱいでした。慕っていたイエス様はひどい殺され方をし、これからどうしたらよいのかわからず、そしてイエス様を殺した人たちが自分達をも殺しにくるかもしれないのです。

そこへ突然、そのイエス様が近づき、彼らと連れ立って歩き始めました。しかし二人には、イエス様だとはわかりません。 それは神がそうなさったのです。

もしかしたら、この弟子達は自分達をとりまく問題、悲しいこと、不安なこと、怖いと思っていることで頭がいっぱいで、復活されたイエス様と出会う準備ができていないと思われたからかもしれません。でも、神様はそのような私たちによりそって歩んで下さるお方なのです。
神様が自分のことを気にかけておられないと思ったことがありますか?
神様は私のこんな気持ちをわかっていないと思ったことはありませんか?
神様は、実はね。みんなのことをひとりひとりがどんなことを考えてどのような気持ちでいるのかをご存知なのですよ。神様は見ることができないですが、気がついていてもいなくても、いつも一緒にいてくださいます。そして、いつかこの目で神様を見ることができるようになると聖書は言っています。

『神様はいっしょにいてくださる』これが今日の大切なお話の一番目です。

さて、お話に戻りましょう。

そこでイエス様がお尋ねになりました。 「何やら熱心にお話しのようですね。 いったい何が、そんなに問題なのですか。」すると二人は、急に顔をくもらせ、思わず足を止めました。
クレオパというほうの弟子が、あきれたように、「エルサレムにいながら、先週起こった、あんな恐ろしい出来事を知らないなんて……、そんな人は、あなたぐらいのものでしょう」と言いました。
「そうですか。 で、どんなことでしょうか?」
「ナザレ出身のイエス様のことをご存じないのですか。 この方は、信じられないような奇蹟を幾つもなさった預言者で、すばらしい先生でもあられたんですよ。 そんなわけで、神様からも人からも、重んじられていたんですが、 イスラエルの偉い先生たちが、無理矢理この方をつかまえて、ローマの国に引き渡し、なんと、十字架につけてしまったんですよ。私たちは、この方こそ栄光に輝くメシヤで、イスラエルを救うために来られたに違いない、とまあ、こんなふうに考えていたんですがね……。ところが、話はそれで終わらないんですよ。 弟子仲間の婦人たちが、なんとも奇妙なことを言いだしたんです。 その処刑があった日から、今日で三日目になるんですがね、今朝がた早く、その婦人たちが墓へ行ったところ、イエス様のお体は影も形もないと言うじゃありませんか。 しかもその場に御使いが現われて、イエス様は生きておられると語ったとか何とか……。 その話を聞いて、仲間のある者たちが墓へ駆けつけて確認したのですがね、彼らも口をそろえて、墓は空っぽだったと言ってるんですよ。」
「ああ、どうしてそんなに、ものわかりが悪いのですか。 預言者たちが聖書に書いていることを信じられないのですか。 (預言者とは、神様のことばを伝える特別な役目をもった人たちのことです。)キリストは、栄光の時を迎える前に、必ずこのような苦しみを受けるはずだと、預言者たちは、はっきり予告したではありませんか。」
それからイエス様は、聖書のはじめの方から順番に、聖書(旧約)全体にわたって次から次へと預言者のことばを引用しては、救い主についての教えを説き明かしました。

ちょっと難しいお話かもしれませんね。でもイエス様はご自分が、このようにひどい目に遭うことをわかっていて私たち人間の世界に来て下さった救い主であり神様ご自身なのです。
もし◯◯ちゃんや、△△くんが、そこに行けばひどい目に遭うとわかっていたら行きますか?行きませんよね。でも、イエス様は、わかっていたのです。私たち人間はけっして「ウソをつかずにいつも正直にいる」「悪口を言わず、お友達の良いところばかりを探す」「私が先!と言わずにお友達に物や順番をゆずる」「お友達をいじめず仲良くする」と言うようなことをいつもいつもできないこと、このままでは死んだ後に地獄という怖いところに行かなければならないということをしっていたのです。なのであえてひどい目にあうことをわかっていながら◯◯ちゃんや△△くんが、天国にいけるように道を用意するためにこの世界に来て下さったのがイエス様なのです。
神様は◯◯ちゃんや、△△くんのことが好きでしょうか?
大好きなんです!
それは、イエス様が来て下さったこと、すべてのことをがまんして死んで復活して下さったことからはっきりしています。

『神様は私たちをこんなにいっぱい愛して下さっている』
これが今日の大切なお話の二番目です。

そうこうするうち、そろそろエマオに近づきましたが、イエス様は、まだ旅を続ける様子です。二人は、じきに暗くなるから、今晩はここで、いっしょに泊まってくださいと熱心に頼みました。 それで、イエスもいっしょに家に入りました。 一同が食卓に着くと、イエス様はパンを取り、神に祝福を祈り求め、ちぎって、二人に渡しました。 その瞬間、二人の目が開かれ、その人がイエスだとわかりました。と同時に、イエスの姿はかき消すように見えなくなりました。
二人はあっけにとられながらも、「そう言えば、あの方が歩きながら語りかけてくださった時も、聖書のことばを説明してくださった時も、不思議なほど心が燃えたなあ」と言い合いました。

聖書のことを教えてもらった弟子達は、ふとお話していたお方がイエス様ご自身であるとわかりました。神様は聖書のお話を通して目を開いてくださったのです。弟子達はイエス様をその目で見ていたのに、本当のイエス様の姿を見ていなかったのです。

そして弟子達が言ったことは、復活されたイエス様がどんなだったかということより、イエス様がお話してくださった“聖書のお話を聞いていて心があったたかくなった”と言ったのです。神様が聖書の中に書かれてあることは本当なのだ。神様は本当におられて私たちのために素晴らしいことをしてくださったし、これからもしてくださるお方なのだとわかったのです。
神様は聖書のお話を通して心の目を開いてくださり、いつも一緒におられる神様が私たちのことを愛して下さっているということをわかるようになるのです。そうすれば私たちの心もポカポカになるのです。
これからも聖書のお話をいっしょに学んでいきましょうね。

『神様は聖書を通して私たちが神様のことがわかるようにしてくださる』
これが今日の大切なお話の三番目です。

復習 『神様はいっしょにいてくださる』 『神様は私たちをいっぱい愛して下さっている』 『神様は聖書を通して私たちが神様のことがわかるようにしてくださる』
Img_0126 お祈りconfident 神様、今日はエマオに向かう弟子達の話を通して『神様はいっしょにいてくださる』『神様は私たちをいっぱい愛して下さっている』『神様は聖書を通して私たちが神様のことがわかるようにしてくださる』ということを教えてくださってありがとうございます。素晴らしい神様のことをもっとわかるようにしてください。アーメン。 20620

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