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2009年7月 6日 (月)

21年の時を経て・・・

高校生1年生のときに1年間を過ごしたピッツバーグに帰って来ました!
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たった1年間だけしか住んでいないところなのですが、多感な時期を過ごした異国の地ということで、どこか格別な思い入れがあったようで、学会でアメリカに来たときにも何度か立ち寄ろうかと考えたものでした。そして、今回、シカゴで学会があったことと、ワシントンDCに行ってみたいという長女minoriの希望もあって、シカゴからピッツバーグ経由でワシントンDCという旅行を企画したのでした。
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まず立ち寄ったのが、ダウンタウンにあるFirst Lutheran Church。私がイエス・キリストを信じたのは、アメリカに来る直前だったのですが、ここで毎週、ついて行けない賛美歌とまったく聞き取れない説教の中に身を置き、それでも自分が信じている聖書の神様を信じている親切な方々がいることでほっとしたのでした。

次に、毎日通ったSchenley High School。トライアングルな校舎で、歩いていると一周出来るようになっています。おかげで方向が定まらず、はじめは苦労しました。
本当は住んでいた地区に州で3番目に優秀な高校があったのですが、そこはESL (English as a Second Language)がなかったので、ピッツバーグ大学キャンパスに近くて、少しはインターナショナルなこの高校に入ったのでした。この地区はアフリカ系アメリカ人の居住区で、アフリカ系アメリカ人が6割くらい、白人が2割、あとは中国人かベトナム人という感じでした。

生徒たちはラップを歌いながら歩くか、アベックが廊下や階段で抱き合っているか、喧嘩しているかという騒がしい学校でした。

仲の悪いアフリカ系と中国系の争いに巻き込まれないかビクビクしていました。

カフェテリアでは、発砲事件があったり、毎日のように昼食のおかずやデザートを見知らぬ誰かにねだられたりしました。

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でも、先生や友達はよかったので、この学校は結構好きでした。
そんな学校の写真を撮っていると、正面玄関になにやら掲示が。

"当校は移転しました”・・・・へっ?coldsweats02

聞くところによると実はアスベストの問題があり、ピッツバーグ大学医学部の建物にされ、高校自体は近くの中学校に移り、その中学校が廃校になったようです。(学校を減らしたのは資金の問題かららしいです)
高校の建物は評判がよいので、残してほしいという要望も多いようですが、アスベストを取り除くにはそれ相応の費用がかかるので取り壊されるのではないかと危惧していました。

そして、近くでお花を買って、昔住んでいた家に到着。(つづく)

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(この赤茶色のレンガの家の向かって右半分がかつての家。)

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