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2009年7月

2009年7月28日 (火)

じゃ!また日本で!

こちらに来て、こういう挨拶を何度も交わしてきましたが、今回のそれはちょっと特別な意味がありました。

それは、私とひょんなことから渡米の前に知り合いになり、ビザの所得について相談し合ったり、まったく同じころにこちらにやって来て、同じようなことで悩みながら、相談し合いながらやってきたyukikukanさんが帰国するからです。

今日が車の売却、部屋の引き払いということで、yukikukanさんのお手伝いをさせてもらったのですが、いろいろ一緒に走り回りながら、アメリカ生活を振り返ったり、今後のことについての期待や不安、子育てのことなど、体は忙しく動き回りながらもなんだか久しぶりにゆっくり話ができました。
妻も奥さんと子どもたちを家に招いて、ほぼ一日中、一緒にご飯を作って、食べて、遊んで、楽しく過ごしたようでした。

私のアメリカ生活の前半部分を一緒に走って来たyukikukanさん家族ですが、その名前の示すごとく、私の”行き区間”を伴に走ってくれていたような気がします。今ちょうど折り返しに来て、彼らを見送り、あーなんだか留学生活におけるひとつの時代が終わったなあと思いました。

これからは”帰り区間”と思って気持ちを新たにし、まわりにいてくれる人たちに感謝しながら私も笑ってフィニッシュしたいです。

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2009年7月26日 (日)

たこ、タコあがれ!

日本の凧もあがるということで、Berkeley Kite Festivalを観に行って来ました。

日本はわざわざ浜松から凧を揚げに来てくれていたようです。

美しい日本画の凧を期待していたのですが、午後3時半ごろまで粘って私たちが観たのはキッコーマンのマークの凧だけでした。これはそれほど大きくもないし、本命のものがあるのだろうと見に行くと、他のものも同じような大きさで「和」「天」と書いた凧がふたつ。しかも美しい書体でなく、デザイン文字でした。正直ちょっとガッカリ。でもキッコーマンの凧は強い風をうけて優雅に浮かんでいましたし、他の凧もたくさんあって迫力満点でした。

(写真:凧と蛸をかけているのか、世界一の大タコらしいです。)

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このお祭りにはいろいろな出店もあって、豆腐バーガーとかカバブとかを買って食べたり、子どもたちや妻も南米産の手作りの服を買ったりしました。長女minoriはペルーのファンなので、ペルー産のセータージャケットにご機嫌でした。
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2009年7月22日 (水)

iPhoneで絵文字

iPhoneでtwitterを見ていたら、iPhoneを使って絵文字を使っている人がいたので、iEmojiというソフトを試しにダウンロードしてみました。

なかなか良いのですが、iPhoneで絵文字を使って記事をアップすると、パソコンでは見ることができませんでした。どうやら、iPhoneでのみ有効なものみたいですね。

アップデートで、なんとかしてもらえるものか、コンピュータとか詳しくないのでよくわかりません。

ちょっと久々にiPhoneネタでした。

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2009年7月21日 (火)

Am I lucky? No, I am blessed!

Gラボのjackから朝にいきなりのメール。

「デジカメcamera当たったよ。おめでとう!」

私には当選の知らせがないのになんのこっちゃ?と思っていると、シカゴの学会で訪れたブースで応募したデジカメの当選者bellがウェブサイトに掲載されているとのメールがその会社から送られてきました。当選者のトップに私の名前が。なんと一等賞が当たったようなのです。

隣のポスドクjury(中国人)に言うと、しきりに

『hide-tan。いつもラッキーだね。宝くじ買ったらどう?』happy01

その『いつも』って何?
それは、フェローシップ申請の4勝2敗もラッキーっていうこと?

自分の実力だとは思っていない点では一致しているのですが、ラッキーではない。

私の身に起きて来ることはすべて神様の導きあるいはゆるしのもとに起きてきていると考えているので、なるべくラッキーという言葉は避けたいと最近思い始めています。
そういう言葉を使うと、すべてが「運」に導かれていると言っていることになり、私のためにそのようにしてくださった神様にとても失礼だからです。

" ありがとう。でもラッキーだとは思っていないよ。(神に)祝福されているだけ。”happy01

(後日談)
このデジカメはまさにその学会で友達にデジカメをなくされたjackに持って行きましたが、すでにその友達が弁償したようでした。ラボに置いておいて、実験用に使うことにしました。

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2009年7月19日 (日)

ちょいワル小児科医の会(第5回)

今日は待ちに待った第5回ちょいワル小児科医の会をしました。

前回は日本からのゲストも入ってのことで、それからだいぶ空いてしまいましたが、それはメンバーにおめでたいことが重なったからでした。
さて、今回はStanford West Apartmentのプールサイドに集まってのポトラックパーティでした。
3家族+ゲスト1名で、大人は世間話、子どもはプールで水遊びと楽しい時間を過ごしました。

今回はなぜか新型インフルエンザの話題以外に医療関係の話は出ず、まして小児科関係の話題もあまりなく普通のポトラックって感じでした。よく考えれば、日本でいるときには飲みに行くのはほとんど小児科医どうしというパターンが多かったので、仕事の話も多かったのですが、そういった同業者の飲み会とかはめっきり減りました。こういう機会を通じて同じ背景を持った人たちで集まるのも結構楽しいですね。

今度は秋に同じ大学からスタンフォードに留学に来ている人たちで集まる予定で、こちらもまた楽しみです。

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2009年7月18日 (土)

夏休み後の1週間は、

毎日、実験の連続でした。と言っても、ポスドクだからあたりまえで、これが本来の姿。

とくにこの3ヶ月はレンタル($1800/month)している実験機材があるので、できるだけ多くのデータを取るためにこの1週間はラボとは別の実験室にこもりきりでした。よってラボの人たちとの会話も少なめでしたし、帰りも毎日遅かったのであまり家族ネタもなく、ブログのアップもおさぼりです。

今週はとりあえず、その機材がそこそこ使えるものであることが判明したということが収穫でした。

来週からはブログにもアップ出来るような「収穫」も期待しながら週末は少しお休みしたいと思います。
(写真:我が家のFamily Traditionのひとつは、旅先でオーナメントを買ってくるということです。そう書くと聞こえはオシャレですが、よく昔、友達の家でペナントやら提灯やらを飾っていたようなあんなノリです。今回はたくさんのところを訪れたのでオーナメントもたくさんゲットしました。)
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2009年7月13日 (月)

みんな知っているhide-tanの事情。

プロフィールのところなんかにもリンクを貼っていますが、遅ればせながら私もFacebookを始めました。(以下FB)

FBのいいところは、ブログのように起承転結みたいな文章を書かなくてもいいということです。
ちょっとした出来事を書いたり、思ったことをちょっと書いてみて友達に意見を聞くとかそんなことができます。

”こんな本を読んだ。彼は本気で世界を変えることを考えているみたいだ。”とか、
”娘がはじめて補助輪なしで自転車に乗れた”とか、
”1歳の息子のうんちから長い髪の毛が見つかったわ”とか。

mixiのようにあしあとはつきませんし、コメントも文章でもいいし、単に"Like"のところをクリックして「いいね!」と意思表示するだけで済ますことも、あえてコメントせずにいることも可能です。

もうひとつ良い点は、iPhone用のアプリケーションがあることです。
これは思った以上に便利で、旅先でiPhoneで撮った写真をすぐにアップロードして記事を書くことができます。たとえば、フィラデルフィアのIndependence Hallで内部見学ツアーの順番待ちをしながら、建物の外観をアップロードすると、ツアーを終えた頃には友人からコメントが入っていたりするわけです。

さらに良いのは、こっち(カリフォルニア)の知り合いの大半がFBのアカウントを持っていることです。FBには、友人の記事が次々と現れて来るように仕掛けられているので、私の記事は私のページを覗きにこなくてもその人のページにどんどんアップされます。いまのところ私のFB friendsは大半が教会のメンバーなので、旅を終えて、今日も教会に行くと

「えらい長旅してたんだね。おつかれさん。」とか
「そうそう、僕もLiberty Bellをみたときに同じことを思ったよ」とか

相手の近況を知っておくことで、会話の切り口が見つかって、楽しいなと思いました。


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2009年7月12日 (日)

アメリカ初代大統領ゆかりの地

長い旅の最終日の今日。

アメリカ人の心のふるさと(と勝手に私が思っている)Mount Vernonにやってきました。
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ここは、アメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンが育ち、管理し、そして息を引き取った家があります。

ここに来るのはなんと、3回目です。はじめは日本から周産期医療の先生方とのツアーに紛れ込んで。
2回目は別の学会で来たときに同行した妻を連れて。そして今回は家族で。
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前回来たときには建設中だった博物館もビジターセンターもすっかり充実し、ついでにフードコートまで出来ていました。はじめに映画を見て、1時間程並んで邸宅に入りました。そこでの説明は、各部屋にガイドが立って説明してくれていました。撮影は禁止。部屋に入るのも禁止ですが、唯一触りまくってもいいものがあります。それは階段の手すり。

きれいにカーブした木製のてすりですが、ここをジョージ・ワシントンだけでなく、たとえばトーマス・ジェファーソン(3代大統領)やジョン・アダムス(2代大統領)と言ったアメリカ建国に関わった人たちも招かれたときに手をかけてであろう手すりなのです。ちなみにジョン・アダムスはトーマス・ジェファーソンとまったく同じ日、しかも独立記念日の日に亡くなったそうですが、亡くなる前の最後の言葉が(2,3時間前に亡くなった)「トーマス・ジェファーソン・・・」だったそうです。『一緒に天国に行こう』と迎えに来たのでしょうか、不思議な話です。
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さて、次に厳粛な気持ちになるのは,ジョージ・ワシントンがまさにその上で息を引き取ったベッドです。喉頭蓋炎になった彼は、ひたすら瀉血をする友人であり医師でもあった James Craikに感謝の言葉を述べて亡くなったそうです。

最後には、基本的にゲストでさえも入ることがゆるされなかった大統領の書斎。彼はここで大統領としての執務を行ったり(当時ホワイトハウスはなかった)、いろいろな人に手紙を書いたりしたそうです。

神に従い、人々のために尽くし、自分に権力を求めるのでなく,自由と平和の国を築こうとした偉大な信仰の先輩が実際に住んだ家。その家族の息づかいまでもがよみがえってくるような屋敷なのです。

今回は博物館で、ゆっくりと彼の人生を辿り、不思議な気持ちになってこの旅は終わりました。

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2009年7月11日 (土)

アメリカの歴史の表舞台、ワシントンDC

昨日は夕方からフィラデルフィアからワシントンDCへと移動。
US Capitol(国会議事堂)から徒歩5分のところにあるホテルに宿泊しました。
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ワシントンDCは、私は4回目(1回目ピッツバーグ滞在時で1987年,2回目は新生児学のシンポジウムで2004年,そして2005年は神経科学学会)ですが、何回見てもUS Capitolの風格と美しさには圧倒されます。
(実は、hide-tanは国会議事堂を見たことがないので、比較は出来ないのですが・・・)
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ツアーもそれなりによかったのですが、議事堂の中の博物館にあるリンカーンの手紙や、議事堂とともに歩んできたアメリカ合衆国の歴史の展示が興味深かったです。(ここは撮影禁止でした)

長女minoriに、アメリカの民主主義政治の基盤となった三権分立を説明したうえで、最高裁判所内のツアーに参加しました。ホワイトハウスは遠くから見ただけでしたが。
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そして、スミソニアンを見学した後は、minoriが好きなリンカーン大統領。

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そして今回の旅の最後の夜は、ワシントン市内を夜景ドライブしました。

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2009年7月10日 (金)

アメリカ誕生の地、フィラデルフィア

ペンシルバニア横断旅行の締めくくりは、アメリカ誕生の地、フィラデルフィア。
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Lancasterでゆっくり過ごしたので、駆け足でしたがIndependence HallとLiberty Bellを見学しました。

Independence Hallは、アメリカ独立宣言の採択と合衆国憲法の制定というアメリカという国が誕生し、歩みを始めた場所です。またこの建物は、はじめは最高裁判所も入っていたそうです。今立っているこの場所で、初期のアメリカのリーダー達が議論し、自分たちの国を建てるための決断をし、そして様々な地域がひとつの国家として歩んで行く為の礎を築いたのです。
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まさにアメリカの歴史を肌で感じることができました。
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長女minoriは、Liberty Bellがindependence Hallに吊り下げられていなかったということで、展示されている鐘を「偽物」呼ばわり。説得するのに苦労しました。coldsweats01

私にとっては、Christ Church in PhiladelphiaでGeorge WashingtonやBenjamin Franklinが礼拝を守った椅子に腰をかけることができたのがよかったです。
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「口動かさんと手動かせ」(関西弁訳)
Benjamin Franklinの言葉とおしゃべりな次女ayumi。

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チョコとプレッツェル。

今日も、豪華な朝食と動物とのふれあいの後で、B&Bのホストファミリーとお別れ。

ここは、ネットでも評判が良かったのですが、期待を上回る住居&周囲環境とおもてなしに感動しました。Lancaster市内から少し離れたところにあって、のどかでとても良いところでした。

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さて、Lancaster訪問の締めくくりは、Wilbur Chocolateの工場(というより博物館)見学。
歴史のあるチョコレート工場だけあって骨董品が陳列されていました。また、チョコレートの歴史とともに、チョコレート(だけ)が虫歯の原因ではない、健康食品だと訴えるビデオも。smile

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次は、アメリカではじめて固いプレッツェルを造った工場で、プレッツェル作りを体験。
ところで、このプレッツェルは、お祈りをするために腕を組んでいる姿から来ているそうで、また3つの穴は三位一体の神様を表しているそうです。

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(写真はhide-tan作のプレッツェル)
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このあたりは、まだまだ見るところやすることがあるのですが、時間がないので次の目的地に出発。

旅をするときはやり残したこと、見そこねたものを残しておくのも良いのです。
そうすれば、その地に対して「もうええわ」ではなく「またやってきたい」というポジティブな気持ちが残るからです。

旅行記ばかりで申し訳ないですが、まだまだ続きます。rvcar

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2009年7月 8日 (水)

心身ともに安らぎました

Lancaster countyのB&Bで目覚める朝。
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コーヒーを片手に、庭に出て、ポニーや山羊たちに挨拶に行きました。
朝ご飯は、一緒に宿泊している二家族で、オーナー夫妻の手料理をいただきました。
そのあと、子ども達はポニーライド、卵摘み、山羊さんへの餌やりなどをしました。
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こんな風にゆったりと過ごす朝は久しぶり。
ペンシルバニアの豊かな緑と、動物達にすっかり癒されました。

今日は、Lancaster市内に入り、Lancaster Quilt & Textile Museumに行って、まずはAmish Quiltのお勉強。
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アーミッシュの人々が作るキルトが、Amish Quiltというわけではなく、縁が太いとか、一定のパターンの模様があるとか、それなりの基準があるようです。この博物館は、かつて(世界恐慌も経験したほどの昔)は銀行だったらしく、金庫の中に展示物があったり、手で引っ張って水を落とす昔のトイレもありました。最近トイレの歴史に凝っている長女minoriは興味津々でした。

そのあと、いろいろ観光して(詳しくは妻nori-tanのブログを参照)B&Bのオーナーの奥さんに予約してもらったAmishのご家庭での夕食に行きました。(写真はそのお家から見た風景。)Amishの人は写真を嫌う場合があるので、写真は撮りませんでしたが、家族全員が」Amishの格好。子ども達も配膳を手伝ってくれたりしました。

チップの代わりにと思い、日本の小物を我が家の子ども達からその子ども達へプレゼントさせると、手作りポーチが返ってきました。これもよい旅のお土産になることでしょう。
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頭の悪くなりそうな遊園地!

ペンシルバニア州Hersheyで迎える朝。

宿泊先のHershey Lodgeの中でもキャラクターが来たり、子ども向けのプログラムもあったようですが、私たちはBreakfast at Hersheyparkというものを注文し、早々にチェックアウトしてHershey Parkに向かいました。
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ここでは、チョコレートも交えた朝ご飯を食べながら、ギターのお兄さん(おじさん)とキャラクターとの記念撮影をしました。そこそこの料金なので、もう少しマシな音楽やショーがあると思っていたのですが、私としては期待はずれでしたが、子ども達は料金のことなど気にしていないので、特別な朝食に大満足でした。Img_6948
そのあと、すぐにはParkには入らず、Chocolate Worldに向かい、工場見学ツアーへ。Img_6970
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といっても、チョコレート工場の製造過程をわかりやすく解説したライドアトラクションでした(無料)。結構楽しく、わかりやすいツアーでした。この建物内には他にもいろいろ有料アトラクション、お土産屋さん、カフェがありました。

Hershey Parkそのものは、かなり広大です。これでもか!というほど、アトラクションがあります。
大抵は「回る系」「落ちる系」のもので、遊園地の目玉になりそうな巨大なジェットコースターが4機もあります。つまり、普通の遊園地を4つほどくっつけて、プールをつけて、小さめの動物園(Zoo America)をつけたというアミューズメントパークです。

少し頭の悪そうな(失礼!)作りなのですが、アメリカ人の心をつかむでしょう。
夏休みとはいえ、平日に大入りでした。私は、グルグル回らされて頭はフラフラ、気分も悪くなりました。
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へとへとになるまで遊んだ後は、Lancaster CountyにあるWorking farmのB&B (Bed & breakfast)へ。のどかな田園地帯にある大きな邸宅でした。
ここには他にも一家族(4人家族+おじいさんとおばあさん)が来ていました。他の宿泊客と挨拶を交わしたりするところは、小学生のころに泊まった民宿を思い出しました。

子ども達は早速、ホストファミリーの四男くんと遊んだり、他の家族の娘さんと一緒にヤギや羊のところに直行したりしていました。

部屋もゴージャスで、ホストファミリーの奥さんに電話予約を入れたときに「1日じゃとても回りきれないし、楽しいことが盛りだくさんだから最低でも2泊していって!」と言われて従ったのですが、ここなら3-4泊してもいいかも!と思わせる程の素敵な邸宅でした。

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2009年7月 7日 (火)

世界一スウィートな交差点?

今日は、午前中は大学のクラブの後輩夫婦(部員同士で結婚♡)のお宅にお邪魔しました。

日曜日の夜までの旅行のあとの月曜日の朝というのに、食事を用意してくれて、久々に会う後輩夫婦と懐かしい話やら、ピッツバーグでの生活の苦労話やらを聞きました。やはり、西海岸と東海岸は、気候だけでなく人種も文化も違うので、違う国っていう感じがします。

そういえば、確かにアジア人としては、西海岸の方が住みやすいということを当時も聞いたことがありました。高校生の私としては比べるものがないので、ただ単に異国でいろいろ苦労しているとしか思っていませんでしたが、スタンフォードは、もしかしたら日本人が住み良い地域としては全米一なのかもしれません(物価の高さを除いては)。

お昼は、妹の友達で連絡を取り続けている人のお宅にお邪魔し、レモネードを飲みつつ、
「そうそう、レモネードを作って家の前で売って、お小遣いをもうけていたよね〜」なんて言いながら、家族の話や当時の話をしました。

ピッツバーグは、はじめて訪れる妻も大変気に入ったようでした。それもそのはずで、ここは、全米で最も住みたい都市のベスト10に入っているのです。さて、そんなピッツバーグもそこまでにして、まずはペンシルバニア州の州都、Harrisburgに行きました。

この時期のペンシルバニアは緑が豊かでハイウェイを走っていても気持ちがいいです。
3時間ちょっとでHarrisburgに到着。
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ここは、歴史を感じさせる街で、まわりには古い教会堂が建ち並んでいました。

そして今日の目的地Hersheyに向かいました。Hersheyといえば、そう、あのHershey Chocolateの街です。
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Chocolate Ave.はチョコレート色に舗装され、Cocoa Ave.との交差点は、世界で一番スウィートな(名前の)交差点かもしれません。Hersheyが運営する宿泊施設には、豪華なHershey Hotel、カジュアルなHershey Lodge、そして、キャンプ場がありますが、私たちはHershey Lodge宿泊。
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チェックイン時にはチョコレートを渡され、部屋に入るとチョコレート色のクッション、石鹸もチョコレート石鹸でした。明日は、一日Hershey Parkで過ごします。
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2009年7月 6日 (月)

なつかしの面々。

いよいよ、念願かなってピッツバーグのかつての我が家にやって来ました。
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左隣には、ludia&steve夫妻と次女と三女、右隣にはrare&watson夫妻と長男と三男joeが暮らしていました。残念なことに、steveとrareは他界してしまっていて、会えませんでしたが、長男をのぞいて他の皆さんには会えたのはよかったです。
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watsonは奥さんをなくしたあとに、セントルイスから孫が居候しにきて、しかも三男は近くに住んでいるのですが、それでも寂しげでした。家に迎え入れられてすぐに、母からメールで託された花の鉢植えを渡すと涙をうかべて「お墓に持って行くよ」と言ってくれました。watson自身は元気そうですが、やはり精神的には参っているようでした。

一方のludiaは、脳梗塞を患った後遺症があるようで、話し方も歩き方も不自由そうでしたが、気は若くていろんなことを知っていて、車も自分で運転するとのことでした。

watsonの家には、上記の家族の他に新しい家族や、新しいご近所さんも加わって、にぎやかな会となりました。子ども達は、watsonやludiaの孫達と遊んだり、プールに入ったりしている間に私たち夫婦は2時間くらい博物館&美術館に行って、懐かしい絵画や彫刻、化石の展示等を見て回りました。シカゴで大きな博物館を巡って来たあとでしたが、ここはここで、いいものが丁寧に陳列されていて妻nori-tanも満足していました。
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もういちど、watsonの家に戻り、日本の家族の最近の写真を見せたり、近況を話したりして、最後に記念写真を撮りました。それぞれが年をとりましたが、本当に家や、近辺の様子、そしてピッツバーグの街並まで、そのままでしたので、なにかフラッシュバックしたような、不思議な感覚にとらわれました。

帰り際に握手やhugを交わしながら、なんとか私の家族と彼らを会わしてあげたいと思い、joeも同じように思ってくれたようで、二人でカリフォルニアに集合というのはどうかと話し合いました。
実現するといいのですが・・・。
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21年の時を経て・・・

高校生1年生のときに1年間を過ごしたピッツバーグに帰って来ました!
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たった1年間だけしか住んでいないところなのですが、多感な時期を過ごした異国の地ということで、どこか格別な思い入れがあったようで、学会でアメリカに来たときにも何度か立ち寄ろうかと考えたものでした。そして、今回、シカゴで学会があったことと、ワシントンDCに行ってみたいという長女minoriの希望もあって、シカゴからピッツバーグ経由でワシントンDCという旅行を企画したのでした。
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まず立ち寄ったのが、ダウンタウンにあるFirst Lutheran Church。私がイエス・キリストを信じたのは、アメリカに来る直前だったのですが、ここで毎週、ついて行けない賛美歌とまったく聞き取れない説教の中に身を置き、それでも自分が信じている聖書の神様を信じている親切な方々がいることでほっとしたのでした。

次に、毎日通ったSchenley High School。トライアングルな校舎で、歩いていると一周出来るようになっています。おかげで方向が定まらず、はじめは苦労しました。
本当は住んでいた地区に州で3番目に優秀な高校があったのですが、そこはESL (English as a Second Language)がなかったので、ピッツバーグ大学キャンパスに近くて、少しはインターナショナルなこの高校に入ったのでした。この地区はアフリカ系アメリカ人の居住区で、アフリカ系アメリカ人が6割くらい、白人が2割、あとは中国人かベトナム人という感じでした。

生徒たちはラップを歌いながら歩くか、アベックが廊下や階段で抱き合っているか、喧嘩しているかという騒がしい学校でした。

仲の悪いアフリカ系と中国系の争いに巻き込まれないかビクビクしていました。

カフェテリアでは、発砲事件があったり、毎日のように昼食のおかずやデザートを見知らぬ誰かにねだられたりしました。

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でも、先生や友達はよかったので、この学校は結構好きでした。
そんな学校の写真を撮っていると、正面玄関になにやら掲示が。

"当校は移転しました”・・・・へっ?coldsweats02

聞くところによると実はアスベストの問題があり、ピッツバーグ大学医学部の建物にされ、高校自体は近くの中学校に移り、その中学校が廃校になったようです。(学校を減らしたのは資金の問題かららしいです)
高校の建物は評判がよいので、残してほしいという要望も多いようですが、アスベストを取り除くにはそれ相応の費用がかかるので取り壊されるのではないかと危惧していました。

そして、近くでお花を買って、昔住んでいた家に到着。(つづく)

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(この赤茶色のレンガの家の向かって右半分がかつての家。)

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寝台特急(シカゴ→ピッツバーグ)

シカゴの学会のあとは、1週間の休暇をとって東海岸に向かいました。

まず最初の目的地は、私が高校1年生のころに家族で過ごしたピッツバーグ。
そこまでの交通手段にAmtrakを利用しました。
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家族4人でピッツバーグまで9時間半ほどの距離ですが、AAA割引で運賃は150ドルほどで、Family Room(ディナー付きrestaurant)を230ドルほどで追加しました。ちょっと贅沢ですが、これだけの距離を移動して、食事がついて、一泊できるなら(バスタオルつき、共同シャワー)と思い切って予約しました。

このようにRoomを予約していると、出発前はラウンジでドリンクを飲んだりしてゆったりと電車を待ち、始発なので出発の1時間前から乗車が始まり、出発前からダイニングが始まりました。
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私たちは動き始めてから30分程のところを予約したので、景色を見ながらゆらりゆらりしながらの優雅なディナーでした。
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この列車はワシントンDC行きですが、私たちは早朝に下りるので、早めにベッドメイキングしてもらって就寝。飛行機でもいまいち眠れない私は、さらにうるさく、さらに揺れる車内はなかなか寝付けませんでいた。(そんなことを気にも留めない妻と次女はグッスリで、ご機嫌でした)

でも、このような列車の旅は、とても楽しかったですし、また乗ってみたいです。


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2009年7月 5日 (日)

潜水艦U-505&宇宙船アポロ

今日はシカゴで過ごす、4th of July (アメリカ独立記念日)でしたが、あいにくの雨でした。

学会は昨日で終わりでしたが、ちょっとプランがあって、今日はお昼過ぎまで、City Passの残りのチケットで、Museum of science and Industry(科学産業博物館)を見学しました。

そこで、一番の呼び物は、U-505でした。U-505を拘束するまでの経緯とともに、本物のU-505が展示されていてスゴい迫力でした。

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私としては、高校生のときに「宇宙からの帰還」(立花隆著)を読んで以来、大好きな月探査宇宙船アポロを見れて嬉しかったのですが、わたしの娘たちには、いまいち興味無しみたいでした。
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知り合いのNASA職員によると、巷で報道されているNASAによる月への有人飛行計画は、本当に進められているらしいです。でも、それを本当に40年前に成し遂げていたとは、本当にスゴいことです。

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2009年7月 4日 (土)

一生の宝もの・・・かもしれない

と思えるような貴重な経験をしました。
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学会の最終日である今日、新生児脳虚血のセッションで、この分野のパイオニア的存在であり、現在もこの分野の研究をリードしているV教授とともに座長を務めさせてもらったのです。

国内の学会でもしたことのない座長を、こんな偉大な先生といっしょにさせてもらえるとは、このうえない光栄です。セッションの始まる前に、何名かの発表者と挨拶をかわし、緊張している若い研究者には、

「なにか質問してほしいことある?」
「じゃあ、抄録を読んで、ここの説明をしてほしいと思ったので、用意しておいてください」

とか、偉そうに裏工作をしたりしました。
(ところがどっこい、この研究者、めちゃくちゃプレゼンがうまくて脱帽でした。)

セッションは6演題だったので、最初の前半を私が担当し、後半をV教授が担当して閉めてもらうことになりました。私は、演者と演題の紹介や、フロアからの質問がない場合に備えての質問の用意で精一杯だったので、タイムキーパーはもっぱらV教授におまかせでした・・・。

こういったV教授に「おんぶに抱っこ」の状態で、なんとか役目を果たし終えました。

そのあと、これが縁で、このセッションに参加してくれていたT教授とも知り合いになり、新しい動物モデルのことなどを熱く語り合ったりもして、この学会は終わりました。

全体を通して思ったのは、成人領域の研究の方が進んでいたと思っていた距離が小児科領域の追い上げで縮まったのではないかということでした。同じ分野の研究が進んでいることを頼もしく思う一方で、少し焦りも覚えた学会でした。

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2009年7月 3日 (金)

ポスター発表(シカゴ2009)

私のポスター発表は最終日の午後という最悪の時間帯にセットされていたのですが、今回の学会はアメリカ神経科学学会とは違い、2日間もポスターを貼り出しておけるので、そこそこの人たちに見てもらうことができました。とくに同じモデルを使っている人たちや、同じような分子に着目している人たち(そのうちの一人はかつて留学先の候補としてアプローチしたことのある教授)に見てもらえたのが収穫でした。
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ところで、はじめの2-3回の国際学会では、数秒でも足を止めた人も逃すまいと必死に声をかけて声がかれるほどにプレゼンをしていたのですが、そのうちに、ポスターにへばりついていると同じ時間帯にやっている同じ分野の研究データをのぞきに行けないと悟り、他の人のポスターに行ったり、戻ってみたりを繰り返すようになりました。

ポスター発表は訪問する側としても、される側としても、いろんな人たち(同じようなことに興味をもっている人たちや、将来の留学先となる人たち)と出会えるチャンスなので、とくに将来、研究留学を考えている人は国際学会を多いに利用されることをおすすめします。

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ディープディッシュピザ

あまりグルメではない私なのですが、シカゴは結構グルメな街らしいので外食を楽しむようにしました。
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私たちがシカゴで食べたものの中では、ディープディッシュピザがユニークで美味しかったです。

私たちが選んだお店は、招待講演を終えてご機嫌のボスから紹介してもらったGino's East(地球の歩き方にも載っています)。(なんて忠実なポスドク・・・smile)普通の、カジュアルな感じのアメリカのレストラン(どちらかというと、ダイナーって感じ)で、長女minoriは、椅子や壁の一面に描かれてあるたくさんの落書きがゆるせないようでした。coldsweats01(写真:落書きを見て怒るminoriと、どんなこと書いてるのか興味津々の次女ayumi)
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話のネタに・・・と思って、味には期待せずにいたのですが、チーズ&ほうれんそうのディープディッシュピザが非常に美味しかったです。やわらかくよくのびるチーズ(たぶんモッツァレッラ)は、ほうれんそうとの相性もよく、ピザの生地は予想に反してクリスピーで、卵の風味がたっぷりで、ちょっとこげてカチコチになったところと少しふやけた部分を一緒に食べるとちょうどいい感じでした。見た目は豪快ですが、全体的に思ったよりあっさり、おとなしめだけれど、しっかりした味が気に入りました。

ここのピザは有名なようで、インターネットでも買えるようですが、レストランの雰囲気もなかなか楽しかったので、10月の学会(またまたシカゴ)の際にまた誰かとやって来たいところです。

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