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2009年9月11日 (金)

マルコの福音書(3):洗礼者ヨハネについて

マルコの福音書(3):洗礼者ヨハネについて

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洗礼者ヨハネについて (マルコの福音書1章2節-8節)
洗礼者ヨハネは、4つある福音書のどれもに登場する重要人物です。
そして彼は、イエス・キリストの公生涯のはじまりに大きく関わった人物なのです。
この洗礼者ヨハネとはいったいどのような人物だったのでしょうか?

聖書箇所: 預言者イザヤの書にこう書いてある。

「見よ。わたしは使いをあなたの前に遣わし、あなたの道を整えさせよう。荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。』」

そのとおりに、バプテスマのヨハネが荒野に現われて、罪が赦されるための悔い改めのバプテスマを説いた。
そこでユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところへ行き、自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。
ヨハネは、ラクダの毛で織った物を着て、腰に皮の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。
彼は宣べ伝えて言った。

「私よりもさらに力のある方が、あとからおいでになります。私には、かがんでその方のくつのひもを解く値うちもありません。私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、その方は、あなたがたに聖霊のバプテスマをお授けになります。」
(マルコ1:2-8)

洗礼者ヨハネは、イエスキリストの公生涯のまえに遣わされた預言者です。

(1) それは400年ぶりに現れた預言者でした。
そのまえは、神に逆らい続けていたユダヤ人の指導者達は神からメッセージをいただいた預言者を次々と殺していたのでした。神はついに400年間も沈黙を守りますが、いよいよ時が熟して遣わされた預言者、それが洗礼者ヨハネだったのです。

(2) イエスのいとこでした(ルカ1章36節)

(3) イザヤ40:3 マラキ3:1で預言されていた『エリヤ』でした。(マラキ4:6)
旧約聖書に出てくる代表的な預言者がエリヤです。彼は、死を経験すること無く火の車で天にあげられたと書かれています(第2列王記2:11)。神は王となられるキリストが来られるまえにエリヤを遣わすと言っておられたのですが、そのエリヤが洗礼者ヨハネだというのです。
本人にはその自覚はなく否定しているのですが、そのエリヤの再来である、とキリストは言っています(マタイ17:12-13)。ちなみに、面白いことに洗礼者ヨハネの格好は、旧約聖書に書かれているエリヤそっくりなのです。

「毛衣を着て、腰に革帯をしめた人でした」(第2列王記1:8)

(4) ヨハネも自分自身を荒野で叫んでいる者の声であると言った(ヨハネ1:23)

(5) キリストは洗礼者ヨハネを預言者よりすぐれた者と言った(ルカ7:26-28)

(6) 洗礼者ヨハネが遣わされた目的
① 罪の悔い改めにより、王の王をお迎えする心を整えるため(1章4節)
当時、王が通られる道は、きれいに整えることが常でした。今でも、外国からどこかの国王が来ればそうしますよね。ヨハネは,人々の心に王の王であるキリストをお迎えすることができるように、自分自身、神のまえに罪がある存在であることを知り、神の御前に悔い改め(自分の罪を認めて、罪から離れる決心をする)のしるしとしてのバプテスマ(洗礼)を授けていました。
バプテスマは、それまではユダヤ人でないひとが、ユダヤ教の神を信じる為に受ける儀式だったのですが、ユダヤ人に対して行った点で新しいものでした。また、聖職者たちがしていた浄めの儀式とも意味合いが異なっています。
預言から、キリストが来られる日が近いことを人々が感じていたと思われ,一部の人はヨハネこそ、その人だと思っていましたので、多くの人々がヨハネの教えを支持していたのです。ユダヤ人の宗教指導者たちも、心ではヨハネの言うことを聞き入れていないのに人々からよく思われたいという思いでヨハネのもとにやってきました。それをヨハネは諌めています(マタイの福音書3:7-8)。
ヨハネは民衆の心を神にむけさせ、「来るべきお方」に備えさせたる役目をしたのです。

② イエスが神の御子であり、来るべき救い主であることを指し示すため(ヨハネ1:29-31)
神の霊に満たされた力強い預言者である洗礼者ヨハネのもうひとつの目的は、ナザレ地方からやってくるイエスこそが、「来るべきお方」であると示すことでした。王がやってくるのに、それを告げ知らせる旗をもって先行する家来のような役目だったのです。イエスがキリストであることは、様々な旧約聖書の預言の成就から明らかなのですが、当時の人々には、それを指し示す指が必要だったのです。

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ヨハネのメッセージは今も、私たちの時代にも響いています。

この方こそ、あなたが待ち望むべきお方。この方こそ、あなたを罪によって遮断された、あなたの造り主である神との関係を回復してくださるお方。この方を受け入れるために、心の中にある様々な欲深い心、自己顕示欲、自分こそ正しいものである、自分こそ良い人間だという高ぶった心を取り除き、王の王であるキリストを心にお迎えするように心を平らにしなさい、とそのように今も響き渡っているのです。

荒野で叫ぶ声。それは、もしかしたらあなたも気付いていない、あなたの心の中にある荒野でもきっと響き渡っているはずなのです。

(つづく)

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コメント

MOさん
有り難うございます。最近は神様に用いていただくためには、Kneeling Christianでなければならないと「やっと」気づき始めてきました。みことば、(不謹慎ながら笑ってしまいましたが)ありがたく頂戴いたします。

投稿: hide-tan (MOさんへ) | 2009年9月22日 (火) 16時28分

アクセス8万件超え おめでとうございます。
これは、すごいことです! これからも 主の器として 大胆に 用いられてください。

「そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。」マタイ2:13

投稿: MO | 2009年9月22日 (火) 10時08分

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