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2009年10月

2009年10月31日 (土)

ポスドクのメーリス、再び炎上。

今朝、2時間に渡るボスとのミーティングを終えると、同じ件名のメールが山ほど来ていました。

以前にも紹介したスタンフォード大学のポスドクのメーリングリストで、ある提案が物議を醸し出していたのです。大体の流れはこんな感じ。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

私たち、実験のラボじゃないから試薬とか検体とかを譲ってくれとか言うリクエストが来るメーリスから外してほしいんだけど。gawk
    ↓
そうそう、私もそうしてほしいgawk
    ↓
私は、実験は関係ないけど、医学部の人間と関わりがあるから一緒にしないでほしいgawk
(外さないでほしい)
    ↓
Yes/Noをメールで言い合わずに、投票のサイトを作ったから、ここで決めよう。bleah
    ↓
なにこれ?馬鹿げた投票サイトねthink
    ↓
このことは以前にも話題になったけど、結局、メーリスはこのままの状態で行こうと決めたんだよ。
投票は勝手にしてもらっていいけど。happy01
    ↓
っていうか、もうこんなメール次から次へと送って来ないでくれる?angry
    ↓
この一週間の統計をみると、このメーリスで試薬や検体のやりとりに関するメールは43%でした。confident
    ↓
このへんで、象を貸してくれるところは?catface
(以前、インド風の結婚式のために象を探しているというウソのメールで、メーリスが炎上したことがあったのです。詳しくはこちら。)
    ↓
まあ、ハロウィンだし、みんな楽しくやろうよ!smile
僕、女性のハロウィンのセクシーコスチューム大好きなんだけど、男もセクシーにすべきかな?
    ↓
この変なメールを送って来た変な名前のBって誰?gawk
    ↓
まあ、ハロウィンだし、こんなやりとりも許してよね。smile

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

今日は完全に、2ちゃんねる化した、ポスドクのメーリス。
60件以上にもわたるこのようなやりとりは、午後5時を過ぎてピタッと止みました。
日中に暇を持て余し、仮装とメールを楽しんでいたポスドク(うちのラボでは大学院生がデーモン小暮みたいになっていました。)がハロウィンウェークエンドの夜の町に繰り出したからでしょう。

一方で、ハロウィン前日にも関わらず、多くのスタンフォードの生命科学系の日本人研究者はまじめにLSJセミナーに集まっていたのでした。日本のスナックを食べながらの、アカデミックなのに雑談っぽい、いい感じのディスカッションでした。

炎上したメーリスよりも、こっちの方が楽しめました。

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2009年10月30日 (金)

教師の観察 vs 母の観察

今週は、長女minori(小学3年)と次女ayumi(キンダー)の通う小学校でconference(保護者面談)がありました。

実は、日本ではminoriが小学校1年生のときにアメリカに来たので、日本での面談のことは知らないのですが、まあよく似た感じなんでしょうね。

学習面はいいとして、minoriの面談で意外だったのは、「よく気付いて、よく手助けをする」との評価。
家では、気乗りするときは、よく気がついて動くこともあるけれど、どちらかというとayumiの方が世話好きな感じがするのですが、学校では態度が違うんでしょうか。

でも、よく考えると、学年が上がりクラス替えで友達が減った時に、
「みんなminoriが嫌いで友達が出来ないんじゃなくて、minoriのことを知らないし、まだ存在に気がついていないからだと思うよ。授業で手を挙げたり、困っている友達がいないか注意して、積極的に関わったら?」
というアドバイスをしたので、そのように努めているのかもしれません。
今は友達も増えて、楽しく通っています・・・っていうかマイペースなので、友達がいなくても楽しめる子なのですが。

次女のクラスの担任の先生は、学習指導の面で評判がいいのですが、事務的な連絡とかが苦手な感じみたいです。今日も勝手に面談の時間が変更になっていたのに連絡もなく、他のアポイントメントとの関係でちょっとヒヤヒヤしました。
ayumiはまだキンダーなので、絵を描いたり、単語にならない単語を書いたりしているだけの報告でしたが、数と親しむアクティビティをやっています、という細かい説明を受け、

「ほら、ここに自分でアクティビティをやった子は自分で名前を書いていますが、していない子には私が一対一でついてあげて、終わったら私が名前を書いて、かならず全員が毎週学べるようにしています・・・ayumiの名前がどれかわからないけど、彼女はいつも自分でやっています。」

と誇らしげに話す先生。

『でも、こんな数のアクティビティをしていることを一度も聞いたことがないんだけど』

と妻nori-tan。

”でも先生がやっていると言ってるんだし、やってるんだろう、だから50足す50は100とかパッと答えを出せるんじゃないの?”

と私が言うと、

「そう。計算が出来るということより、数に親しんで、深い理解が得られるようにさせています。」

とやはり誇らしげな先生。

それで帰りにayumiに数のアクティビティについて聞くと、「一度もやったことがない」とのこと。
それにしても、2ヶ月も通っていて一度もしたことがないことを「彼女は毎週やっている」と言い切ってしまう先生って、一体・・・。
Img_0501_2
妻の母としての観察力の方がすぐれているとは言えないけれど、少なくとも母の観察は信用出来ること、面談は子どもの評価がなされる場であると同時に、先生が自分たちの子をどれだけちゃんと観察してくれているのかということを親が伺い知ることのできる機会だと実感しました。


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2009年10月28日 (水)

減少?スタンフォードの日本人。

先日、スタンフォード日本人協会のウェルカムパーティに行って来ました。

去年までは、人がたくさんでごった返していて、食べ物に辿り着くにもひと苦労だったのですが、今年はガラガラでした。私たちのまわりでは企業からスタンフォードに来ている人たちがどんどん帰国の辞令が出て、急遽帰国になったり、企業から大学院に派遣されていた人の後続が来なかったりしています。

ついでに、娘が通う日本語学校でも駐在で来ていた日本人家族がどんどん帰国しているようです。
とくにシリコンバレーに入っている企業の方々が多く住まうクパチーノでの日本人人口の減少は結構あるとのこと。(妻nori-tanからのママさん情報による)

いずれにせよ、不況の影響で日本の企業も、海外派遣を打ち切り、引き上げさせているような状況です。
海外に派遣するということ、企業が社員に海外の大学で学ばせるという余裕が無くなって来ているのは理解出来るのですが、日本の企業や官僚、様々な研究機関から多くの日本人が集まって全米屈指の名門であるスタンフォードでいろいろ見聞を広める機会を減らしている状況を見ていると、日本の国力が低下するのではないかと不安です・・・。

海外に出て活躍する日本人が、減っているんでしょうか?
こんなに減らして、国際的な視野をもった日本人を減らしてしまうというリスクをとってしまってもいいものなのでしょうか?

自分みたいなポスドクがこんなことを心配しても仕方ないけど、日本という国の先行きをちょっと案じてしまいます。

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2009年10月25日 (日)

マルコの福音書(7):ガリラヤ湖のほとり(その1)

hide-tanと読むマルコの福音書(7):ガリラヤ湖のほとり

*これまでのhide-tanと読む「マルコの福音書」シリーズはこちら

聖書箇所:マルコの福音書1章16〜20節

ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。
イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」
すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。
また少し行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネをご覧になった。彼らも舟の中で網を繕っていた。
すぐに、イエスがお呼びになった。すると彼らは父ゼベダイを雇い人たちといっしょに舟に残して、イエスについて行った。

この福音書の記者マルコはここで、イエスがまず4人の弟子たちを招いたことを記しています。
このうちアンデレとシモンは洗礼者ヨハネを通じて以前イエスに会っています(ヨハネ1:35-42)。
またヤコブとヨハネも洗礼者ヨハネの弟子たちであり、一説には、イエスといとこ関係であったとも言われています。なので、この4人は以前からイエスのことを少しは知っていたのです。

さて、そんな彼らですが、彼らはイエスに呼ばれたときに、ガリラヤ湖のほとりで漁師としての仕事をしていました。自分がなすべき大事な仕事をしている最中に彼らはイエスに呼ばれました。

”人間をとる漁師にしてあげよう。”

それは、人々が神に立ち返り、神の家族として永遠を過ごすことができるようにさせるイエスの働きに加わるということの招きでした。イエスは、彼らが最も大事にし、時間を割いていた営みである漁師ということばを用いて彼らを招きました。それは、
あなたの最優先順位を、時間を、神のために人間を獲得することに使いなさいという招きだったのです。

その言葉に対してとった彼らの行動は、正直、少しびっくりです。
”彼らは網を捨て置いて従った。”
”父ゼベダイを雇い人たちといっしょに舟に残して、イエスについて行った。”

これまで、もっとも大事にしていたものをその場で捨てて従ったというのです。

普通に考えれば、びっくりですが、もしかしたら、彼らはすでにイエス・キリストのことについてかなりのことを知っていたからではないかと思います。先ほどのべたヨハネの福音書1章では、アンデレがシモン(ペテロ)に”私たちはメシヤ(キリスト)に会った”と報告しています。
イエスが行った奇跡や、教えのすばらしさ、多くの人々の関心をかっていたことも知っていたことでしょう。彼らは、この人こそ、ユダヤ人を(ローマの圧政から)救い出すメシヤであると思っていたのではないかと考えられます。

それはいわば、選挙戦を有利に進めている選挙活動中のアメリカ大統領候補から声をかけられたようなものです。

”ホワイトハウスで一緒に国づくりをしないか”

と言われるようなものかもしれません。

このイエスからの招きの言葉は、イエス・キリストを信じたクリスチャンにとっては真剣に向き合うべき言葉です。私たちクリスチャンは、アメリカ大統領よりもずっと偉大なお方から声をかけられているのです。

”ちょっとこの仕事が片付いたら”とか、”自分の目標を達成したら、もう少し従順なクリスチャンになります”とかは言えないはずなのです。でも、私も含めて、多くのクリスチャンは実は、そのような偉大なお方からそのような召しを受けているような生き方をしていない、それが現状です。
自分のやりたいことを優先させたい、人気者でいたい、欲しいものはすべて手に入れたいという思いが、自分に声をかけて下さっている神がどのようなお方なのかに目を留められなくし、その声から耳を塞いでいるのです。

アメリカ大統領と一緒に仕事をしたいかどうかは別にして、キリストというお方は、私たちが考えるどのような人物よりも、魅力的な人物であり、エキサイティングな仕事をされるお方であることに違いはありません。本当は、彼らのように網を捨て、家族や仕事仲間も置き去りにしてしまうほどに気持ちが高揚するような召しなのです。

もちろん、すべてのクリスチャンが牧師や宣教師のような仕事をしないといけないということではありません。職業はそのままでも、神に召されているがゆえに、喜んで人に仕えるように仕事をする、または勉学に励むということを求められているのだと思います。でも、前にも書いたように、今、クリスチャンと自称する人々の中に、そのように生きている人は少ないのが現状です。

自分のためだけに生き、他者を顧みない。
品行方正である自分の「徳」をひけらかし、他者を裁く。
だらしない生活やふしだらな生活を”自由”であると主張する。

もし、クリスチャンがこのようであれば、神は生きておられ、あなたを愛しておられるというメッセージが誰に届くでしょう?誰がイエス・キリストを人生の師と仰ぎたいと思うでしょう?

でも、クリスチャンの中にもこのような人は、正直・・・多いと思います。
そのようなクリスチャンにイエスはこのように言っています。

わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者がはいるのです。

その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』

しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』

(マタイの福音書7章21~23節)

私たちクリスチャンは、どのようなお方に、どのような召しを受けているのかを日々考えたいものです。キリストは、私たちが喜びにあふれて、神と人とに喜ばれる生き方をするためにわたしたちを召して下さっているのです。

(つづく)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
私たちのためにいのち捨てることさえ厭わないほどに愛して下さっている神様。
私たちは、いつもあなたから召されていることの光栄や、重大さを忘れてしまうものです。
どうか、いつもあなたの”人間をとる漁師にしてあげよう”という言葉を覚えて生きることができますように。アーメン。
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2009年10月23日 (金)

ボスが学会から帰って来た

ので、非常にエキサイティングして、病み上がりの私を捕まえていろいろ実験の指示を出すものと思っていたのですが、かなり体力的にしんどそうで、今日はあまりディスカッションという雰囲気でもなさそうでした。

私のポスターのところにも4時間の枠のうち1時間弱ほどしかいれなかったようで、同じ研究分野の人の訪問も少なかったようでした。ちょっとガッカリ。

同じく学会から帰ったポスドクも、
「疲れた。何が疲れたかって、会場広すぎ!この講演聞きたいと思って会場内を移動しはじめたら、その部屋に辿り着いたら終わっていた。」
「ポスター会場も広すぎて、ベンダーのブースでお土産をもらえなかった」
とか、ぶーぶー言っていました。

それよりも、このポスドク仲間は、出張先で前のボスとクレジットカードを取り違えてしまったらしいのです。しかも、お互い気がつかずにホテル代を支払い、帰りの空港でやっと気がついたそうです。
二人ともクレジットカードの裏面に署名をしていなかったのも原因のひとつでしょう。

お互いに信用出来る相手だったのが不幸中の幸い。
お互いのカードを廃棄して新しく作り直すことにしたようです。

でも、これで、クレジットカードって危ないことがわかりました。
裏面の署名はもちろんですが(といても、これも真似される恐れがないわけではないです。私は日本語で署名しているので、こちらでは真似されにくいと思いますが)、クレジットカードを使う時にIDを見せろと言われてうっとしく思っていた(のは、なぜかというと、住所とか生年月日とかが免許書には書かれているので。)ことも犯罪や間違いの防止の為には必要なのかもと思いました。

クレジットカードって、本当に安全なのは、
裏面に署名する/しない
IDカードも見せる/見せない
どうするのが一番良いのでしょうか?

ちなみにIDを見せることには義務はないそうですが裏面の署名は必要だそうです。(こちらを参照)

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2009年10月22日 (木)

礼儀正しい不信仰クリスチャン

少しまえの話ですが、先日、いつものように『Men's Bible Study/Prayer Meeting』に参加してきました。 この集まりでは、2週間に1回、リーダー役lewisの家に5-6人の30-40代の男どもが夜な夜な上がり込んで聖書を学んだり、祈り合ったりするクリスチャンの集まりです。

いつもは、”子どもが学校に早くなじめるように”  ”妻と早く仲直りができるように”  ”旅行が楽しいものになるように”とかいう、具体的な祈りをするのですが、そのときは”家族や教会のことについて、神様しか変えることができないと思うこと”を祈りの課題に出そうということになりました。

以前、私のクリスチャンの友人が
”あの父がイエス様を救い主として受け入れるのは、たぶん無理。”
とがっかりした表情で語っていたのを思い出し、自分にとっても「たぶん無理」と思っていることがらについて話しました。あるメンバーからは、もっと複雑で難しい家族の人間関係、なかなか修復できない夫婦の思いのすれ違いなどがシェアされました。

これらの話を聞いて、

”あなたは、このような問題を解決するのは神にも不可能だと言うのか?”
”不可能に思えるようなことが、可能になるからこそ、神がされたことだと言えるのではないのか?”
”問題が大きければ大きいほど、難しければ難しいほど、解決をもたらされる神の栄光が大きく輝き出るでるのではないか?”

という御霊の語りかけを受けたように思いました。

聖書にはこう書かれています。
「神にとって不可能なことは一つもありません。」 ルカ 1:37

「人にはできないことが、神にはできるのです。」ルカ 18:27

また、子どもを直してほしいとイエスに願う父とイエス・キリストとのやりとりにこのようなものがあります。

...ただ、もし、おできになるものなら、私たちをあわれんで、お助けください。」

するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」

するとすぐに、その子の父は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助けください。」

マルコ9:23-24

このあと、子どもの問題はキリストによって解決されました。
この父は、子どもを縛り付けている問題を自分の信仰の問題としてとらえ直し、不可能を可能にする神を信じたのです。私も自分の身の回りに起きている問題を解決できる神を本当に信じているのかと問われている気がしました。

このように、いろんな絶望的な問題が出されて、はじめはちょっとため息混じりの祈り会でしたが、

神には不可能なことはない

とう希望をいただくと同時に、自分たちの信仰を見つめ直し、”神はどのようなお方なのか”ということに目を向けることのできた感謝なひとときでした。

教会でも、他のクリスチャンの集まりでも、難しい問題や大きな問題が祈りの課題にあがると、

”それは、大変だな。一応祈ってみようか”的な態度で祈るようなこともしばしばあったのではないかと思わされました。
そんなときの祈りは、 ”ただ、もしおできになるものなら”と「礼儀正しく」、なんとも失礼で不信仰な、祈りの仕方ではあったのではないかと思います。

あなたには解決不能に思える問題はありますか?
もうあきらめて、ずいぶん前に心の引き出しの奥にしまっている問題はないでしょうか?

そのような問題を少し勇気をもって神の前に、私たちのためにいのちさえ惜しまなかった主イエス・キリストの十字架の下に持って来ませんか?

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神は不可能を可能にできるということ、それを信じる信仰をお与えください。アーメン。
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*上の記事は新約聖書からの引用です。アクセス数8万件突破記念、新約聖書無料プレゼントは継続中です。ご希望の方は私までメールをどうぞ。

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2009年10月21日 (水)

読書感想文:「道ありき」

三浦綾子文学のファンでありながら、著者の自伝小説であるこの本を読んだことはありませんでした。

最近、ひょんなことから高校生のときに読んだ「光あるうちに」を再購入して読みました。
再び感動しながらも、三浦綾子さんの歩みを知ってみたいと思い、実家から送ってもらいました。
折しもこの10月12日は三浦綾子さんの没後10周年だそうです。百万人の福音という雑誌の特集号も一緒に送って下さいました。

この小説は、三浦綾子さんが敗戦の失望から自暴自棄になり、生きる意味を失い、二重婚約、自殺未遂、そして肺結核、脊椎カリエスと戦う中で前川正氏と出会い、キリストを信じるようになるという心の葛藤を赤裸々に描いています。苦しみや悲しみが大半を占める小説なのに決して心を暗くさせられることはなく、雨上がりの朝のきらめきのような読後感が残る小説です。

単なる自伝でもなく、普通の小説でもない「自伝小説」という形をとった書物であるゆえでしょうか?

読み進めるに従って、主人公である著者の人生に寄り添って歩んでいる自分に気がつきました。それは、主人公自身を少し離れたところから振り返る著者の視点がそうさせたのかもしれません。または、そのような著者の記述の背後に主人公を愛し、導いた神の見えざる手が見え隠れしたからなのかもしれません。前川正氏の生き方、愛し方は、「私もそのように生きたい」と思うことさえ恐れ多く、神妙に自分の醜い心と正直に向き合う機会となりました。著者の精神的苦難、身体的苦難とそれを周りから支えた人々の思い、著者と前川正氏の心の交流が直接、私の心に語りかけて来ました。

「生きることは苦しく、謎に満ちています」という前川氏の遺書の言葉どおり、人生にはどのような光も届かないと思われる暗闇や、なにものも力づけることができないような絶望感、そして一歩先には何が起きるかわからないという得体の知れない不安があります。著者はそのような中で、暗闇に光を照らし、絶望を希望に変え、将来に安心を与える神と出会ったのです。

この小説がもたらす感動はただ単に感情を動かされる感動でありません。心を揺さぶられ、その心の周りに絡み付いているいろいろなものを振り落とし、自分の心のありのままの姿と対峙させれるような感動です。そのような深い感動を味わい、自分の人生を自分の心をとらえ直すことで見つめ直したい方におすすめの一冊です。

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新型インフルエンザ〜私の症状〜/旅行キャンセルの顛末

新型インフルエンザと思わしき病気になってしまった私ですが、なんとか山場をこえたようです。
タミフルを安易に処方してもらえないアメリカで、タミフルなしで過ごすとこんな経過を辿るという参考になれば・・・

10月15日(木)咽頭痛と軽い咳、37℃
(葛根湯内服)
10月16日(金)咽頭痛と軽い頭痛、38℃
(解熱鎮痛剤2回)
10月17日(土)頭痛と上気道炎症状、39℃
(解熱鎮痛剤2回)
10月18日(日)頭痛と胸部痛(胸膜が痛む感じ?)、38℃
(解熱鎮痛剤1回)
10月19日(月)頭痛、軽い腹痛、副鼻腔炎の症状、37℃
(抗生物質内服、解熱鎮痛剤1回)
10月20日(火)副鼻腔炎の症状、36℃後半

他の人たちを見ていると、最後は咳こんでウィルスをばらまいて終わりというパターンですが、私には珍しく咳は少しだけです。かわりに副鼻腔炎による痛みが少しあります。

日曜日に熱が下がれば、

今日(火曜日)にでもシカゴに向かって、水曜日午前中のポスター発表だけして帰る

という強行スケジュールも考えましたが無理でした・・・。
まだふらふらするので、今日も仕事を休んでいます。

さて、同じような研究をしている人たちとのディスカッションや、偉い人たちの講演、大学時代の後輩たちとの再会、大学院時代の指導教官との飲み会、スタンフォードで同じフロアにいる人たちとのお楽しみ会、そしてシカゴ美術館など楽しみにしていた学会が行けずに残念でしたが、Expediaからのキャンセルのペナルティが当日キャンセルの割には、思いのほか少なく済んだのでよかったです。

とはいっても、38℃の熱で何度も旅行会社に電話をするのは辛かったです。
とくにはじめの担当者の態度、理解力、説明が悪く、一度はキャンセルせずに全額を自分がかぶるつもりで電話を切りました。
「それなら、相部屋している知り合いに部屋を提供しよう」とホテルに電話を入れたことから、再度Expediaに連絡を取ることになり、別の担当者が私のしんどそうな声に同情して2度もホテルに掛け合ってくれた結果、ホテルのキャンセル料はゼロで返金してくれることになりました。

4ヶ月ほどまえに取ったサンフランシスコからシカゴまでの往復、4つ星評価のホテルに5泊で税込み、1500㌦ほどのうち、1200㌦の返金、そして300㌦の航空券クレジットが返って来ました。旅行会社への手数料はこの300㌦クレジットを使用する時に150㌦差し引かれるということでした。

それにしても、Expediaという会社に対する印象が担当者の応対で180度変わりました。

私も、家族を代表していたり、ラボを代表していたり、スタンフォードを代表していたり、教会を代表していたり、いろんなところでいろんな代表をしているのだと思いました。クリスチャンとしては、私のちょっとした行動がキリストに対する評価につながる可能性もあり、その評価が、その評価を下す人の永遠の行き先に影響を与えることもあるのだと考えさせられもしました。

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2009年10月18日 (日)

学会をキャンセルです。

今週、実は次女ayumiと妻nori-tanが発熱し、ラボと家と、日本語学校、そして今週末からの学会ポスター準備/印刷と走り回っていたのですが、とうとう学会出発前日の夕方になって、いや〜な喉の痛みと軽い咳、そして微妙な微熱が出てきました。

それで、出発当日(10月16日)になって38度をこえる発熱。wobbly
楽しみにしていた学会をキャンセルすることになりました。down

幸いポスターは大学院生のsamが持って行ってくれることになり、発表はボスにお願いしました。
ポスターは直前になって、私の希望通り、最近のデータを入れることができたので、ボスと他の研究者との間で良いディスカッションが生まれることを期待しています。

今も39度近い熱で、ちょっとつらいので、今日はこのあたりで。

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2009年10月15日 (木)

板についた?Boss's Day

今日のラボミーティングは、年に一回の特別なものでした。

それは、今週の金曜日はNational Boss's Dayだからです。(一昨年去年もお祝いしました)
ミーティングのオーガナイザーであるので、昨日からラボのみんなにBoss's Dayのカードに寄せ書きをしてもらい、ケーキを買ってきました。
Img_0490

最初は、みんな照れくさい感じでしたが、3回目にもなると、新入りの二人以外はみんな乗り気でした。

「では、今から僕たちは"Happy Boss's day”の歌を歌うので、ボスはケーキを切ってみんなにふるまって下さい。」

といって、みんなでハッピーボスズデイトゥーユー〜♪とか歌いました。
去年はみんないやがって歌わなかったのに、今日はいい感じの合唱でした。
ケーキもちゃんとボスに切りわけてもらいました。
ボスの日にボスをこき使うなんて・・・とお思いの方もおられるかもしれませんが、ボスの日だからこそ!というユーモアを交えてのリクエストです。

聖書にも、

”あなたがたのうちの一番偉大な者は、あなたがたに仕える人でなければなりません。(キリスト:新約聖書 マタイ23:11)”

という言葉がありますし、まあいいでしょう。

さて、今年のカードには、私はこんなことを書きました。

This is not just an another Hallmark holiday. この日は単なるカード会社のための祝日ではありません。 This is not just an another opportunity to have cakes together...or may be? この機会は単に集まってケーキを食べる口実を見つけるだけのものではありません。 ・・・もしかして、そうかも? This is the day for giving thanks to a wonderful boss like you この日は、あなたのような素晴らしいボスに感謝の気持ちを表す日、 and reminding ourselves how fortunate we are to work with you! そして、そんなあなたと一緒に働けるとは、なんて幸せ者なんだということを私たちが思い出すための日でもあります!

私にとって、上司というのは、単なる縁とか、偶然の巡り合わせで出会った人ではなく、神様が私のために立てて下さった人であると思っています。そういう意味で、このカード会社が作ったかもしれないBoss's dayは私にとっては、一番上のボスであり、私たちにいつも仕えるように面倒を見て下さっている神様に感謝を表す日でもあります。そういう意味では、私の為に働いてくれている妻nori-tanもボスのような存在といえるかもしれません。coldsweats01

まっ、いろんな意味で、
Happy Boss's Day!

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2009年10月13日 (火)

ベイエリアの嵐

今日は、サンフランシスコ・ベイエリアで台風級のストームが吹き荒れました。

どしゃぶりの雨にびしょぬれになり、傘の骨は風で折られました。
思えば、日本では年に何回も台風に見舞われるわけで、これくらいの嵐は珍しくもないのですが、なんとこちらでは50年ぶりの大嵐とのことでした。

たいしたことではないのですが、渡米してはじめてのことということでちょっと新鮮でした。

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2009年10月12日 (月)

Hymn Sing & Dinner (Oct. 11th, 2009)

日曜日の夕方は、教会で私の所属しているクワイアー(聖歌隊)主催の音楽イベントがありました。
Img_9382

といっても、みんなで賛美歌を歌い、クワイアーが一曲披露し、そのあと持ち寄りのディナーを食べるというシンプルな催しですが、100人弱くらいの人たちが来ていました。このイベントのいいところは、若い人だけでなく、賛美歌になじみのある年配の方も楽しめるということ、カリフォルニア現地の教会なので、国際色豊かなポトラックパーティを楽しめるというところです。
Img_9383

私たちも、今夜は少々食べ過ぎになりつつも、教会のメンバーの方々と夕食を楽しみました。

ちなみに今日みんなで歌った曲目はこんな感じ。

1 Joyful, Joyful, We Adore Thee
2 Praise My Soul the King of Heaven
3 How Great Thou Art
4 A Mighty Fortress Is Our God
5 Children of the Heavenly Father
6 The lord's my shepherd
7 O God Our Help in Ages Past
8 All Creatures of Our God and King
9 O for a Thousand Tongues
10 Love divine, All Loves Excelling
11 All Glory Laud and Honor
12 Hosanna Loud Hosanna
13 Crown Him with Many Crowns
14 I Love Thy Kingdom, Lord
15 We are God's People
16 My Jesus, I Love Thee
17 What a Friend We Have in Jesus
18 O Master, Let Me Walk with Thee
19 Lead on O King Eternal
20 Come, Ye Thankful People, Come

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日曜礼拝シリーズ:選ばれた者として

聖書箇所:ペテロの手紙第一 1章1〜5節

”イエス・キリストの使徒ペテロから、ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、ビテニヤに散って寄留している、選ばれた人々、すなわち、
父なる神の予知に従い、御霊のきよめによって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人々へ。
どうか、恵みと平安が、あなたがたの上にますます豊かにされますように。
私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自身の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにされました。
また朽ちることも、消えて行くことのない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。
あなたがたも信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現されるように用意されている救いをいただくのです。”

<礼拝説教要旨>

ペテロは、イエスにもっとも近かった弟子として、初期のキリスト教会でもっとも影響力のある人物でした。

使徒たちによる多くの書簡は、教会内での諸問題(教義的な不一致や、争い、罪の問題など)を解決するために書かれていますが、この書簡(ペテロの手紙第一)は、混沌とする社会の中で、クリスチャンがどのように生きていくべきかということに焦点が置かれています。

手紙は送り主の名前と送り先の名前から始めるものです(注:アメリカの手紙ではそうです)。この手紙の序盤で、ペテロは自分自身をキリストの使徒であると紹介したうえで、送り先の人々がどのような人たちであるのかを述べています。

ペテロは送り先の人々のことを「選ばれた人々」と呼んでいます。
そうです。私たちは、多かれ少なかれ、選ばれることを求めて生きているのではないでしょうか?しかし、クリスチャンはすでに選ばれたもの、しかも神によって選ばれたものであるというのです。

神はご自身で何でもできるお方であり、ご自分の計画をすすめるために誰の助けも必要とされないのに私たちを選ばれたのです。私たちには一方的な恵みによって神に愛され、とても神に選ばれるようなものではないのに選ばれたのです。
私たちは、自分自身をそのような存在であると捉えるべきです。

私たちは神に選ばれた者として、キリストとともに人生をやり直すことができるのです。あなたは今は苦しみの中にいるのかもしれない。そのような事実がわかっていれば、その中でも喜ぶことができる、それがクリスチャンなのです。

ペテロは、ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、ピテニヤとそれぞれの地名をあげて人々に呼びかけています。それは、選ばれたものたちが、その場所に置かれていることの大切さを重視しているからです。

私たちも、今、神によって置かれているその場所で、周りの人々に対して神の祝福の源となるべきです。私たちは自分の人生の目的を果たす為に、あちらへ、こちらへと場所を移っていきますが、ときには自分がここに置かれているのだと目を留めることも重要です。

だから私たちは、見返りを求めることなく、自分の置かれているその場所で、周りの人々に仕えましょう。そうすることで私たちは神の祝福となることができるのです。

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神様。あなたに選ばれたものとして、あなたに置いていただいた(導いていただいた)この場所で人々に仕え、あなたの祝福を伝えて行くものとさせてください。アーメン。
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2009年10月11日 (日)

Fleet Week SF 2009(後半:大迫力の航空ショー)

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今日のメインイベントの航空ショーに向かいました。

Ferry Buildingからは歩いて15分ほどですが、歩き出すとすでに飛行機のショーは始まっていて、急降下と急上昇を繰り返す飛行機を見ながらPier 39に向かいました。

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超低空飛行のジャンボ機。実際は、この写真よりも大きくもっと迫力がありました。
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轟音とともにPatriotsが登場!
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アメリカ国旗の色であるレッド、ブルー、ホワイトの煙をはいて、大空に模様を描きます。
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四機のうちの二機が急上昇し、二手に別れると・・・
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急降下の後で交差し、ハートを描き、そこを矢のように3機目がハートの中心を射抜くという曲芸を披露してくれました。動画は、次女ayumiの歓声つき。

NavyのFat Albert Airlinesがゆったりとアルカトラズ島の上を飛行し・・・
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いよいよ、この航空ショーの主役、Blue Angelsで、爆音とともに登場!!
Patriotsよりもさらに度肝を抜かれる程の大迫力に感動!
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・・・と思ったら、2、3回飛来したのみで、帰って行ってしまいました。
どうやら霧が濃すぎたためにプログラムを途中で切り上げたようです。残念。
私たちのいたPier 39にはそういったアナウンスはなく、戻り始めたころにスピーカーで「本日のBlue Angelは中止です」と呼びかけていました。
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でも、Patriotsの演技のおかげで今日は随分と楽しめました。
今回はBlue Angelsも中途半端だったし、シップパレードも見逃したので、また来年の楽しみにしたいと思います。


(おまけ)
夜は、”ファミリー居酒屋”と化した日本人の友達のお宅で、同じ大学からスタンフォードに来ている3家族で夜遅くまで語らい、楽しく過ごしました。

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Fleet Week SF 2009(前半:SF Ferry Building Market Place)

去年は用があって行けなかったFleet Week SF 2009に行って来ました。こちらでは、去年、ヘリコプターのショーを見ましたが、飛行機の本格的なショーは初めてです。
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航空ショーは午後からですが、今日は混雑が予想されるので、朝からFerry Buildingに行き、とりあえずその近辺の駐車場を確保。アートフェスティバルのようなものと、ファーマーズマーケットが開催されていました。ここは、先日帰国されたこうめさんのブログにたびたび登場していて、サンフランシスコに来た帰り道は必ずこの前を通るのですが、来たのははじめてでした。
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ファーマーズマーケットの規模が大きく、いろんな種類のものがあって、楽しめました。
飛ぶように売れていたカラフルな、野菜。今回も妻の反対に遭うも、お店のひとにオリーブオイル&ガーリックでソテーにしたら旨いということを聞いて、購入。
-->後日、食べましたが、灰汁のない、濃い味のほうれん草にセロリっぽい香りもほのかにする、なんともいえないほど美味しかったです。

このうち、赤いものは、よくこちらのスーパーで売っているSpring Mixとかいうサラダのセットに入っていて、Red Chardと呼ばれることが判明。日本名ではフタバソウ。黄色いものも、Chard(一般名は、Swiss Chardまたはセイヨウフダンソウ、大阪ではウマイナ)だそうです。
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先日、トマト狩りでトマトをたくさん食べたのに、またまたその甘さにまけてしまい、再びトマトも購入。
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ビルディング内のキノコの専門店では、椎茸と同じ値段で売られていたMatsutakeも購入。(これは、今晩、友達の家でソテーにして食べました)このキノコ専門店、キノコのものなら何でも売ります!という意気込みが、この商品を見てビンビン伝わってきました!happy02・・・こんなところに感心してしまう私です。

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生ガキも立ち食いしたり、いろんなフルーツを試食して、ストリートミュージックを聞きながら、キノコ卵炒めと、持参したおにぎりでランチにしました。サンフランシスコに来るときは、ファーマーズマーケットの日時に合わせて、また立ち寄りたいところです。(前半おわり)

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2009年10月10日 (土)

ノーベル平和促進奨励賞?

オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したとのこと。
早すぎる・・・というのが率直な感想。

”なにもしていない人にあげてもいいのか?”
”理想とか理念を賞賛してもらえるのなら、誰でも貰えるのでは?”

というのが、私たちのラボでも全員一致の意見。

ブッシュ元大統領にたいする当てつけであるとか、平和主義の象徴として担ぎ上げるとか、平和賞をアメリカの軍事行動の抑止力につなげるためとか、いろいろ言われていますが、そのような理由であればなおさら、ノーベル平和賞は単なる政治的な目的に使うプロパガンダのようななものにしかなりえないと思います。
なかには、ムハマド・ユヌスさんとかワンガリ・マータイさんとか本当に値するような受賞者がいるだけに今回のノーベル平和賞は受賞した人というより、そのタイミングに残念さが残りました。

”これで、ノーベル平和賞がたいした賞ではないことが証明されたわ”
同じラボのチャイニーズポスドクのjuryの感想。
彼女が、ダライ・ラマ14世がこの賞を受賞したのを今も怒っていることを差し引いても、そう言わざるをえないと思いました。

受賞のきっかけとなった、オバマ大統領のプラハでの”核廃絶スピーチ”ですが、前のブログにも書いたように本当に行動に移す気があるのであれば、ヒロシマ・ナガサキで献花をし、アメリカ大統領として核使用の誤りを認めるところから出発してほしいです。

でないと、飲酒運転ひき逃げから逃げている警官が交通事故撲滅運動をしているようなものではないでしょうか。

オバマ大統領のヒロシマ・ナガサキ訪問。来月の訪日で叶えばいいですが。
(以下は、昨日たまたまサンノゼの紀伊国屋書店で見つけた本。メッセージが秀逸です。)

オバマ大統領がヒロシマに献花する日 (小学館101新書)Bookオバマ大統領がヒロシマに献花する日 (小学館101新書)

著者:松尾 文夫
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2009年10月 8日 (木)

アボガドの食べ方が示す教訓

今日、同じラボのポスドクと、自分は食わず嫌いかどうかという話になり、二人とも、とりあえず試してみることが好きだということがわかりました。それは研究者としてはい良いことかもしれません。

それで、二人とも、
「始めてアボガドを食べた時は、まだ固いときに、しかも何もつけずに食べてまずかった」
という同じ失敗をしていたことが判明。

よく考えると、研究もそんなものかもしれません。
はじめての実験をしたり、はじめて見る現象を試したりする場合、予想に反した結果がでたときには、
1:予想が事実と違っていた
2:実験のやり方がまずかった

のどちらかです。

なので、アボガドの食べ方と同じように、実験もよくリサーチしてやり方を吟味して始めないといけないね、と当たり前のことを確認しました。アボガドの食べ方から、新しいことを始める時の教訓を得た午後のひとときでした。

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2009年10月 6日 (火)

パロアルトで本物の寿司

を食べようと思えば、ここ!

・・・とヒトにはおすすめするのに、値段に足踏みをしてこれまで行っていなかった陣匠(JINSHO)

今日は子どもたちが学校に行っている合間に妻とランチに出掛けました。

妻は定食、わたしはSushi Lunchを注文。
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こちらに来て、はじめて本物の寿司を食べたと思います。

グルメでないので、ただ単に美味しかった!としか言えませんが、値段も予想ほどではなく、いい感じで収まりましたので、大満足でした。また行くと思います。

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2009年10月 5日 (月)

日曜礼拝シリーズ:苦しみの中で希望を与える神の約束

先週に引き続き、今週もバビロン捕囚のときの預言者エレミヤに与えられた神の御言葉から学びました。(メッセージ全体は 聞けます)

<日曜礼拝メッセージ要旨>

聖書箇所1:
イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。
「エルサレムからバビロンへわたしが引いて行かせたすべての捕囚の民に。
家を建てて住みつき、畑を作って、その実を食べよ。
妻をめとって、息子、娘を生み、あなたがたの息子には妻をめとり、娘には夫を与えて、息子、娘を生ませ、そこでふえよ。減ってはならない。
わたしがあなたがたを引いて行ったその町の繁栄を求め、そのために主に祈れ。そこの繁栄は、あなたがたの繁栄になるのだから。」(エレミヤ28:4-7)

当時は、エルサレムがまだ残っている状態で、民は「もしかしたら、すぐにでもエルサレムに帰ることができるのではないか」という希望を抱いていました。私たちも、今ある苦しみからすぐにでも逃げ出せるのではないかという希望を抱きます。しかし、エレミヤ書のこの箇所からは、神はときに、苦しみの中で耐え忍ぶことを教えられるのです。

私たちも、この世にあっては捕囚の身なのです。
世界には悪の力がはびこり、私たちは神の国の民として、神の神殿を建て上げるような生活ができない、そのような不自由な状態に置かれています。

そして、聖書というのは、

神が住まい(エデンの園)を用意された → その住まいから民は連れ出された → その住まいに戻る約束を与えられた → いつの日にか住まいに戻して下さる

ということを記した書物です。とくに福音書(イエス・キリストの生涯が書かれた書物)には、その住まいを取り戻すために、私たちのために神が払われた犠牲が描かれ、あとに続く使徒たちの書簡には、どのように約束を待ち望むべきかが述べられ、新約聖書の最後尾の書、黙示録には、神の民が、神の住まいに戻される様子が書かれています。

そうです。私たちは今、捕囚の身なのです。

捕囚の中にあって、神の民らしく生きた人がいます。それは、預言者ダニエルです。
彼は異国の地で、囚われの身でありながら、神に従い続け、苦しみの中を通らされつつも最後まで神への従順を貫いた人です。私たちもこのダニエルのように生きるべきなのです。
私たちは、この捕囚から逃げ出すことをのぞみ続けるのではなく、耐え忍ぶために召されているのです。クリスチャンは、この世との関わりを絶って、クリスチャン同士の交わりのみに逃げ込むべきではない。クリスチャンの交わり(教会)に理想の都を求めすぎては失望するのみです。クリスチャンとて、この世に生きる罪のある人間なのですから。

そうです。私たちは捕囚の身を耐え忍ぶべきなのです。

神は、その捕囚の地で「家を建てて、畑を耕せ」と言われます。
どういうことでしょう?
私たちが、この世で神の民として増え続けるということは?

この本にすべてが書かれているとか、この説教を聞けばいいとかそんな簡単な方法はありません。
私たちは、生活の中で、日々、神の国でないこの世で生きることを忍びながら、毎日を神に信頼し、神を求めて過ごすことなのです。

『あなたの結婚生活の中で、ここさえ変われば幸せになるだろうと思うことは何ですか?』

こんなことを質問されたら、私たちは配偶者のここを直してほしいとか、あそこを直してほしいとか言うでしょう。しかし、このように私たちが捕囚の身であることを知っている結婚カウンセラーならこのように尋ねることでしょう。

『何も変えられないという状況で、私たちはどのようにして幸せな結婚生活を過ごせるでしょうか?』

私たちは、忍耐を選ぶ時に、痛みや苦しみから逃げることは不要となります。
その中から、生きる意味を、喜びを見いだすことができるようになります。

聖書箇所2: まことに、主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。ー主の御告げーそれは、わざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためにものだ。 あなたがたが、わたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。 もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。 わたしはあなたがたに見つけられる。ー主の御告げーわたしは、あなたがたの繁栄を元どおりにし、わたしがあなたがたを追い散らした先のすべての国々と、すべての場所から、あなたがたを集める。ー主の御告げーわたしはああなたがたを引いて行った先から、あなたがたをもとの所へ帰らせる。」(エレミヤ29:10-14)
私たちは、神の住まいをおおいに待ち望むべきです。

神は、民をその不従順のゆえに苦しみの中を通されますが、そこから救い出されるお方です。
神は民を住まいへと戻されるのです。いま、歴史はまさにそのような終わりにむかって進んでいます。

果たして,神は預言通りに民を七十年の捕囚ののちにエルサレムに帰されました。(ちなみに、それはエレミヤの死後です)しかし、彼らは本当の意味で捕囚から戻されたというわけではありませんでした。そして、今も私たちは捕囚の民として神の国へ帰る日を待ち望んでいるのです。私たちは、このような世界にあって、神の約束の中に生きているのです。『主の祈り』の中で、私たちは”御国を来らせたまえ”と祈ると同時に、”日々の糧を与えたまえ”と忍耐する力をも与えて下さるように祈ります。

このような神の約束をしっかり握りながら、忍耐と希望をもって祈るのです。

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。ー主の御告げーそれは、わざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためにものだ。

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神様。どのような苦しみの中にあっても、あなたから力をいただいて忍耐をし、あなたの約束をもとに希望を持って生きていけますように。私たちに与えられた神の約束を成就してくださる御子キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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2009年10月 4日 (日)

All Church Retreat 2009

去年に引き続いて今年も、All Church Retreatに参加してきました。
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この乾季の時期にあっても緑がたくさんある、サンタクルズ近くのキャンプ場のキャビンに泊まって、いろんなアクティビティや聖書の学びを共にするというものです。

私たちは金曜日から日曜日までのプログラムのうち、土曜日の日帰りにしました。
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午前はOREOクッキーを使って、もっともインプレッシブな展示物を作るのを競うゲーム。
各々のグループが、知恵をふりしぼっていろんなものを作っていました。

中にはOREOを完全に破壊して、スノーマンを作るグループも。
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食べ物をこんな風に粗末にするのは、日本人の感覚ととしては忍びなく、見ているだけでしたが、アメリカでは学校でもよくこんなことをします。

朝の集会のあと、グループごとに分かれて、人に親切にしたことやされたこと、世代間を越えたコミュニケーションについて話し合いました。私は先日、教会で会ったお年寄りの方との会話について話すと結構ウケました。牧師も「それはイイね!」と言っていました。いつか礼拝説教で使ってくれるかもしれません。
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お昼は芝生でピクニックランチ。そして、去年も行ったトレイルに家族で登ってきました。
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展望台の景色も、木々の緑も、落ちているマツボックリもゆっくり楽しみながらのハイキングでした。

夕食の後、夜の集会があり、夜の17号線をハラハラしながら帰宅しました。
楽しい一日でした。
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2009年10月 3日 (土)

リオデジャネイロ 2016

昨日は夜更かしして、IOC総会での日本の最終プレゼンをインターネットのライブ中継で観ました。

それなりに準備をして、練習した様子が伺われましたが、なにかインパクトに欠けるプレゼンにちょっと心配ながら就寝。

今朝起きて仕事に行く前に、投票結果の発表がありました。

シカゴが落選。

シカゴとの一騎打ちと思っていたので、もしかしたらと期待していたら、次に呼ばれた落選都市は「東京」。

あっけにとられて、観ていると、投票結果はリオデジャネイロに決定とのことでした。
サッカーの神様ペレをはじめ、ブラジルの人々が驚喜のうちに飛び上がり、抱き合い、そして涙する姿に東京の落選も納得出来るほど熱いモノが伝わってきました。

南米で初のオリンピックということで、リオはそういう意味では有意義なものだと思います。
はじめてのオリンピックの開催でいろいろなことがあると思いますが、地域の特色を生かした素晴らしいオリンピックになることを願っています。

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2009年10月 1日 (木)

ニュース「遅」報。あるブログの休止を巡って。

ちょっと前のことで、書きそびれていたのですが、実はスタンフォード大学のブログ界でちょっとした衝撃が走っています。

それは、お笑い脳科学者ブロガーポリさんがブログ活動の休止(約1年間)を宣言したからです。

ポリさんは公式なコメントとして、”なごんだから”ブログを休止すると発表していますが、ブログ休止の具体的な理由については様々な憶測が飛び交っており、スタンフォードの日本人ブログ関係者および日米の生命科学ブロガーの間では、少なからず”ポリ節お笑い欠乏症”に陥っている患者が、発生しつつある模様です。

ポリさんが、精神的な理由以外に具体的なコメントをブログに載せていないことの裏には、読者とブロガー仲間への影響を考えての配慮があると見られ、当ブログとしては、「休止」と言うことばを信じて、再開を静かに待ちたいと思っています。

ところで、スタンフォードにはたくさんの日本人が留学していて、ミクシイのコミュにも数多くの人がいますが、なぜか、このようにパブリックなブログを書いている暇なアクティブなブロガーが少ないように思います。

”スタンフォード ブログ”などで検索をかけても、あまり多くはヒットして来ず、私のブログに簡単に辿り着いてがっかりして去って行く方も多いのではと思います。実はシリコンバレー/ベイエリアに在住の人のブログはそこそこあるようですが、”スタンフォード”をうたっているブログが少ないです。スタンフォード留学にあたっていろいろ必要だったこととか、渡米準備セットアップなど、このブログでもアップしていますが、だんだん情報が古くなっているのではとちょっと心配になっています。
また私は趣味も少ないので話題も狭いので、スタンフォード留学中の方々が楽しんであるであろうスポーツの話題(ゴルフ、テニス、自転車、サッカーなど)やグルメ情報などをこのブログはあまりカバーしていません。

スタンフォードに留学中または留学予定の皆様。
もしよかったら、留学の記録のため、周りの人への報告のため、そして、留学での経験をシェアして、留学前の誰かの不安な気持ちを和らげるためにもブログを立ち上げてみてはいかがでしょう?

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