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2009年10月12日 (月)

日曜礼拝シリーズ:選ばれた者として

聖書箇所:ペテロの手紙第一 1章1〜5節

”イエス・キリストの使徒ペテロから、ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、ビテニヤに散って寄留している、選ばれた人々、すなわち、
父なる神の予知に従い、御霊のきよめによって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人々へ。
どうか、恵みと平安が、あなたがたの上にますます豊かにされますように。
私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自身の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにされました。
また朽ちることも、消えて行くことのない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。
あなたがたも信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現されるように用意されている救いをいただくのです。”

<礼拝説教要旨>

ペテロは、イエスにもっとも近かった弟子として、初期のキリスト教会でもっとも影響力のある人物でした。

使徒たちによる多くの書簡は、教会内での諸問題(教義的な不一致や、争い、罪の問題など)を解決するために書かれていますが、この書簡(ペテロの手紙第一)は、混沌とする社会の中で、クリスチャンがどのように生きていくべきかということに焦点が置かれています。

手紙は送り主の名前と送り先の名前から始めるものです(注:アメリカの手紙ではそうです)。この手紙の序盤で、ペテロは自分自身をキリストの使徒であると紹介したうえで、送り先の人々がどのような人たちであるのかを述べています。

ペテロは送り先の人々のことを「選ばれた人々」と呼んでいます。
そうです。私たちは、多かれ少なかれ、選ばれることを求めて生きているのではないでしょうか?しかし、クリスチャンはすでに選ばれたもの、しかも神によって選ばれたものであるというのです。

神はご自身で何でもできるお方であり、ご自分の計画をすすめるために誰の助けも必要とされないのに私たちを選ばれたのです。私たちには一方的な恵みによって神に愛され、とても神に選ばれるようなものではないのに選ばれたのです。
私たちは、自分自身をそのような存在であると捉えるべきです。

私たちは神に選ばれた者として、キリストとともに人生をやり直すことができるのです。あなたは今は苦しみの中にいるのかもしれない。そのような事実がわかっていれば、その中でも喜ぶことができる、それがクリスチャンなのです。

ペテロは、ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、ピテニヤとそれぞれの地名をあげて人々に呼びかけています。それは、選ばれたものたちが、その場所に置かれていることの大切さを重視しているからです。

私たちも、今、神によって置かれているその場所で、周りの人々に対して神の祝福の源となるべきです。私たちは自分の人生の目的を果たす為に、あちらへ、こちらへと場所を移っていきますが、ときには自分がここに置かれているのだと目を留めることも重要です。

だから私たちは、見返りを求めることなく、自分の置かれているその場所で、周りの人々に仕えましょう。そうすることで私たちは神の祝福となることができるのです。

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神様。あなたに選ばれたものとして、あなたに置いていただいた(導いていただいた)この場所で人々に仕え、あなたの祝福を伝えて行くものとさせてください。アーメン。
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