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2009年12月24日 (木)

クリスマスメッセージ(2):イエス・キリストの誕生

前回の続きです。

マタイの福音書 1章18-25節

18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリアはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
22 このすべての出来事は、主の預言者を通して言われた事が成就するためであった。
23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。

1. マリヤの戸惑い、ヨセフの苦悩(胎児キリストに迫る危機)
婚約者が自分の知らない妊娠していたーそれを知ったヨセフはさぞかし苦しんだことでしょう。当時の風習としては、婚約者とは結婚しているも同然だったので、このようなことがあれば、不貞の罪で石打ちの死刑にされることもあったようです。マリヤを公につきだしてそのような目に遭わせるならば、ヨセフは自分の名誉を守ることができたのですが、そうはしませんでした。おそらく、ヨセフはマリヤから、彼女が身ごもったのは聖霊(神の霊)による超自然的なことがらであると告げられていたと思います。普通はそんな話、信じられません。でも、ヨセフはマリヤへの信頼と愛をもとに単なるルールに従うのではなく、神の目に正しいと思えることを考えたうえでの行動をとろうとしたのです。そして、ヨセフに神からのお告げがあったのは、その決断のあとでした。

なぜ、そのようなタイミングなのでしょうか?マリヤが妊娠する前にお告げがあれば、ヨセフはこのように苦しまなくても済んだはずです。なぜ神はヨセフにこのように、一見余計とも思える試練をヨセフに与えたのでしょうか?

ヨセフの試練は、アブラハムの試練のように苦渋の決断を神への信仰のゆえに下すことでした。
神はヨセフが正しい判断をすることをご存知でした。しかし、神はヨセフ自身にこのことを気付かせたかったのだと思うのです。神の御子を家族に迎え、自分の血が入っていない「我が子」が、神のご計画どおりに歩むことができるように支えていくためにヨセフには神を信頼する心を確かにする必要があったのです。
神は試練を通して、ヨセフが神に信頼をする心をすでに持っていることを浮かび上がらせ、御子イエスを迎えるにあたって、心を備えさせられたのでした。

2. イエスが来られた目的はなにか?
(1) 罪からの救いをもたらすため
「イエス」という名前は”神はわが救い”という意味です。天使もその目的を“罪からの救い”(マタイ1:22)であると述べています。

(2) 神がわたしたち人間とともにいるため
「インマヌエル」という名前には”神ともにいます”という意味があります。キリストは「わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしません」(ヨハネ14:18)といい、このマタイの福音書の最後では復活されたイエスはこのように言っています。

「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)


(ウ) ユダヤ人の王となるため
イエスは、王として生まれ(マタイ2:2)王であるゆえに十字架にかけられ(マタイ27:11)王として神の裁きを身に受けた(マタイ28:37)ました。王として生まれたがゆえにいのちを狙われ、そして、裁きのときに見いだした唯一の罪状が「ユダヤ人の王」であることを本人が認めたということでした。
しかし、このことには大きな意味があったのです。イエス・キリストは王として罪人の側に立って下さり、王として、罪とその報酬である死に対して戦いを挑み、そして勝利されたからです。
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イエスは罪なき神の御子であったのですが、私たちを罪から救い出すために人となられました。そして罪人の家系に連なる王として、民を代表する形で十字架で死なれ、死を打ち破って復活したのです。それは、わたしたちがもはやひとりぼっちで生きるのではなく、とこしえに生きる神とともに人生を歩むためです。それは王たるキリストに連なる勝利の凱旋を歩む人生なのです。(2コリント2:14)

(つづく)
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