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2009年12月

2009年12月30日 (水)

一時帰国でやりたいこと

12月28日〜1月15日まで、一時帰国することになりました。

今回の一時帰国の主な目的は、

  1. ビザ更新(大晦日)
  2. わたしたち夫婦の両親や兄弟、友人に会う
  3. 同期の新年会、所属医局のパーティに出席する
  4. 所属している医局で教授との面談、もと職場の大学病院NICUを訪問
  5. 共同研究者への挨拶と打ち合わせ
  6. 研究室のサンプルの整理
  7. minoriの体験登校(1日のみ)
  8. 日本の美味しいものを食べる(ふぐ、寿司、おせち料理など)
  9. 温泉旅行
  10. 衣類や書籍(子どもの参考書と信仰書)の買い物
  11. nori-tanとわたしの母教会、そして所属している吹田聖書福音教会の礼拝に出席する

といういろいろな理由からでした。まあ言ってみれば、留学が予定より一年延びたし、おじいちゃん&おばあちゃんに孫の成長を見てほしいし、留学からの帰りを待っていてくれているであろう皆様にちょっと中間報告とご挨拶をしたい。
そのついでに美味しいものをたくさん食べて、買い物もして帰って来ようというもの。restaurantdelicious

インフルエンザをもらわないか、時差ぼけで倒れないかが心配でしたがとりあえず帰って来ました。ニッポン!しかも、関西!


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2009年12月26日 (土)

クリスマスメッセージ(3):しかし、世はこの方を受け入れなかった

キリストの誕生のあと、幼少期に起きたことで福音書記者マタイが記しているのは、

  1. 東方の博士たちの来訪
  2. ヘロデ大王の暴虐
  3. エジプトへの逃避
  4. ガリラヤへの定住

以上の4つです。

  1. 東方の博士たちの来訪

聖書箇所:マタイの福音書2:1−12

イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」
それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。
そこで、王は、民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。
彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。」
『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』
そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、彼らから星の出現の時間を突き止めた。
そして、こう言って彼らをベツレヘムへ送った。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」
彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。
その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
そしてその家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。
それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。

ここに登場する東方の博士たちは、もしかすると旧約聖書に記述されているバビロン捕囚の後、エルサレムに戻らずにバビロンに残っていたユダヤ人であるかもしれないと言われています。そうではないかもしれませんが、ユダヤ人にメシアが生まれるということを調べ待ち望んでいた人々であるということは確かです。
そして、彼らが、高価な宝物を携えて危険を伴う大旅行をしてきたことから、護衛をする人をも含めた隊列をなしてきたものと思われます。クリスマスの絵本には三人の博士と描かれていますが、「三人」という数字は三種類の宝物が送られたことから出た推測で、当時の治安の悪さから考えると三人だけでの旅行は考えにくい、おそらくは数百人規模のものであったと考える方がよいのではないかと言われています。エルサレム中の人々が恐れ惑ったという記述はそのような考えをサポートしています。(ついでに彼らが星を観測してから旅をしてきたことから、彼らはおそらくはイエスの誕生の数ヶ月後に訪れたのではないかと思われています。ということは、マリヤとヨセフは親戚の多いベツレヘムにしばらく留まっていたことになり、結果的には里帰り出産みたいな形になったのでしょう)そして、彼らはヘロデ大王に謁見していますから、それ相応の地位であったことは確か、しかもおそらくは彼らの国の王の許可とサポートを得て旅して来たもことでしょう。そしてそれを可能とする為には、最新の知見に基づいた確かな証拠を示すことが必要だったに違いません。つまり、大きな星の出現とユダヤ人の王の誕生は当時の最高の学問によって裏付けられたことだったのです。

そして、この記事はそのような王の庇護を受ける程の学者たちが神の御子のまえにひれ伏したと書いています。世を代表する知性が、この小さな赤ちゃんの前にひれ伏したのです。そして彼らが贈った宝物である金、没薬、乳香は、のちにイエスの家族がエジプトへ逃れるための旅費、滞在費となりました。また、没薬と乳香は死者の葬りのために腐敗を防ぐもの、臭いを隠すものとして使われたものです。これらは、イエスがまさに人々の罪のために死に渡されるということの予見と見ることもできます。

    2. ヘロデ大王の暴虐
    3. エジプトへの逃避

 

聖書箇所:マタイの福音書2:13-18

13 彼らが帰って行ったとき、見よ、主の使いが夢でヨセフに現れて言った。「立って、幼子とその母を連れ、エジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。」

14 そこで、ヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに立ちのき、

15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。これは、主が預言者を通して、「わたしがエジプトから、わたしの子を呼び出した」と言われた事が成就するためであった。

16 その後、ヘロデは、博士たちにだまされたことがわかると、非常におこって、人をやって、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させた。その年齢は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである。
そのとき、預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。
「ラマで声がする。泣き、そして嘆き叫ぶ声。ラケルがその子らのために泣いている。ラケルは慰められることを拒んだ。子らがもういないからだ。」
 

2. ヘロデ大王の暴虐

この博士たちの来訪は、自分の王座が脅かされることへの恐れを生じさせるほどの規模のものであったようで、博士たちの言い分もそれほど説得力があったのだと思います。ヘロデ大王は残忍狡猾、冷血漢であったそうです。自分が王位に就く為には親族をも殺すという恐ろしいことをする人でした。だからこのような強行におよんだのでした。

神に逆らうような人生を歩んで来た人が、神が私たちのためにやって来られたと聞いた時に、まず生じるのは恐れではないでしょうか?次には「それは嘘だ。ありえない」という否定、いよいよ否定できなくなると拒絶という反応を示すのが人間だと思います。それは、罪人として生まれる人間としては、ごく普通の反応です。

キリストがわたしたちのために赤ちゃんの姿をとって来た下さったのは、心が騒ぐ中にあって「恐れなくてもよい。わたしはあなたがたを裁く為ではなく、救う為に来たのだ。わたしは心優しくへりくだっているから、わたしのところに来なさい」(ヨハネ6:20; 12:47;  マタイ11:29)というメッセージの表れです。

キリストはわたしたちの心の中にあって無抵抗です。わたしたちがキリストを心の中で殺し去ろうとしても歯向かいませんが、殺されもしません。わたしたちが、神の言葉を聞いて心を開くそのときまで、あなたの攻撃から逃れて待っていてくださいます。もしかしたら、これをお読みの方で、聖書の話を聞いたことがあるけれどなんだか自分の生き方とは相容れないような気がして、とか、神を信じるなんて窮屈な感じがしてとか、自分の人生を自由に生きられない気がしてという、自分の王座が脅かされるかもしれないという恐れから、キリストを信じることを拒んだ人がいるかもしれません。しかし、イエスは死ぬことはありません。はじめて聖書の話を聞いたあの日、「キリストを信じてみませんか」という招きを受けたあの日と同じくあなたに受け入れられることを待っておられるのです。

3. エジプトへの逃避

この出来事は 預言の成就を通してたしかにこのイエスが来るべきメシヤであることを示す証拠を加えています。またこれはユダヤ人が辿った出エジプトの出来事を思い起こさせるものでした。

4. ガリラヤへの移住

聖書箇所:マタイの福音書2章19-23節

ヘロデが死ぬと、見よ、主の使いが、夢でエジプトにいるヨセフに現れて、言った。
「立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に行きなさい。幼子のいのちをつけねらっていた人たちは死にました。」
そこで、彼は立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に入った。
しかし、アケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞いたので、そこに行ってとどまることを恐れた。そして、夢で戒めを受けたので、ガリラヤ地方に立ちのいた。
そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して「この方はナザレ人と呼ばれる」と言われた事が成就するためであった。

4. ガリラヤへの移住

ヘロデ大王のあとヘロデ・アケラオがユダや地方を統治しました。彼は父に輪をかけて残虐な王であったので、ヨセフたちはガリラヤ地方へと移住することになりました。ここはユダヤの北に位置するところで、兄弟のヘロデ・アンティパスが治めていました。彼は後に洗礼者ヨハネを殺し、十字架裁判にかけられるイエスを嘲弄するようになります。ここで、イエスはナザレという街に住むことで預言が成就しますが、実はナザレというのは「枝」という意味があり、「ダビデの若枝」という預言も示唆することになります。(イザヤ11:1-2, 53:2,エレミヤ23:5-6)

5.  世は、この方を受け入れなかった

この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。
この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。

(ヨハネ1:10-11)

いのちの危険にさらされた幼子イエス
これらの聖書箇所からイエスは最低3回、いのちの危険にさらされています。

① 胎児のとき(マリヤの結婚前の妊娠)
これは、当時のユダヤ教、世間体を気にしたことからマリヤが胎児のイエスとともに殺されてしまう可能性がありました。わたしたちも神を信じているということがなんとなく格好悪い、弱々しく見えると思いがちです。 自分を立派に見せたいという思いがキリストを拒むのです。

② 乳児のとき(ヘロデ大王による暴虐)
権力や王座への執着が幼子イエスを殺そうとしました。わたしたちも「自分の人生における王は自分である」という思いがあると、王の王キリストを遠ざけることになるのです。

③ 幼児のとき(ヘロデ・アケラオによるひどい政治)
これは貪欲の思い、神を恐れない振る舞いが神を退けるということの例です。
これはどちらかというと社会的な成功を追い求め、自己実現に重きを置くクリスチャンにありがちですが「自分の人生を成功させるために神を利用してやろう」という思いがキリストを引きずり下ろすことがあります。

“しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった(ヨハネ1:11)“

キリストは、生まれるまえから拒絶され、生まれたあとも、拒絶され続け、ついには十字架につかれることになりました。そして歴史の中でもキリストはクリスチャンへの迫害ということを通して拒絶され続け続けています。

キリストは様々な危機をくぐり抜けて(その困難の行き着く先は、この世の権力の座ではなく)十字架の道へと辿り着きました。それは、わたしたちが神のみこころにそぐわない生き方をしてきたという罪の刑罰を身代わりとなるためでした。

キリストが生まれてから2000年を経た今、わたしたちにこのクリスマスの知らせは数々の困難をくぐり抜けてわたしたちのもとに届いたのです。
キリストは世の光として来られました。(ヨハネ8:12)そして、私たちの心の戸口に立っています。クリスマスのストーリーは、ここで終わるのではなく、あなたの心にキリストが生まれて来て、はじめて神の物語があなたの物語となり、新しい物語がそこから加えられていくのです。
インマヌエルとは、神ともにいますという意味です。このお方とともに世の終わりまで続く物語を、あなたを愛し一歩一歩導いてくださる主イエスともに歩んでみませんか?

もし、イエス・キリストというお方を自分を救って下さるお方として受け入れたいというお気持ちがありましたら次のようにお祈りしてみてください。

神さま。わたしはあなたを知らずにこれまで歩んできました。キリストの話は聞いたことがあっても自分とは関係ないと思っていました。しかし、今日、イエスキリストがわたしの罪の問題に解決をもたらし、神の子とされ天の御国に入れられるために十字架について死んで下さったことを知りました。わたしはそのことに感謝します。どうか、私のこれからの人生をお導き下さい。アーメン。

このお祈りをされた方は、聖書を読んだことがなくてもクリスチャンです。

ぜひお近くの教会に足をお運びになるかhide-tanまでご連絡ください。

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次女ayumiへのクリスマスプレゼント

今日はクリスマス。今年は我が家にはサンタは来ませんので、ひとり20㌦で子どもたちにクリスマスプレゼントを買ってあげました。長女minoriはLEGOのキャンピングカーのおもちゃを買いました。
これはなかなか秀逸。今年はキャンピングカーでの5泊6日グランドサークルの旅をしたので、その思い出の記念になります。(実は、minoriが買わなかったら自分が買うつもりでした・・・これは内緒。smile

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それで、次女ayumiはムービングセールで買った中古自転車。20㌦。
6歳になったばかりですが、これまで自転車に乗ったことがなく、いきなり補助輪なしで挑戦。
昨日の練習では、弱音を吐いて、「もう自転車捨てる」weepとか言っていたのですが、
「捨てたら来年からクリスマスプレゼントなしや!もうさんざん支えて走ったから、次は倒れても5回こげえ!」angryと関西弁のスパルタ指導をアパートの駐車場に響かせながら練習しました。

それで、昨日はなんとか数メートルまで自力でこげるようになりました。

そして、クリスマスの今日。

昨日の勘を忘れないように、今日もいやがるayumiの首根っこをつかまえて指導。
今日は、スタンフォード構内のガラガラの広い駐車場まで長女minoriと三人で出掛けました。
「前を見てこぎ続けて、10回こけたら、11回目には絶対乗れるようになる!」
といって、転倒すること3−4回。はじめだけサポートしてあげるとここまで乗れるようになりました。

最終的には、直線なら100mくらいまで乗れるようになり、本人も大はしゃぎでした。
これはこれで、一生忘れられない日になったので、サンタさんは来なくても、以外と素敵なプレゼントになったようです。ちなみにおかげで、わたしは筋肉痛のプレゼントをもらいました・・・。sweat02

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(Mission accomplished!)

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2009年12月25日 (金)

メリークリスマス!hide-tanからのクリスマスカード(2009)

今日はクリスマスイブです。このところ我が家は年末年始の一時帰国に備えて、体力温存中。
今週からはクリスマス休暇で年明けまで仕事は休みなので、わたしも今週は月曜日〜水曜日まで半日ずつ働いてあとは家で過ごしています。

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今日はPeninsula Bible Churchでイヴ礼拝があり、そこに参加していただいた二家族と一緒にクリスマスパーティをしました。妻nori-tanもはりきってチョコレートのブッシュ・ド・ノエルを作りました。
チョコレートを使ったケーキは2回目とまだまだ初心者なnori-tanですが、味はなかなかいけました。
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わたしがサラダを準備し、パスタとパンプキンスープグラタン?でおもてなし。来ていただいた二家族からもごちそうが追加されて、豪華なディナーとなりました。
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今年もこのようにして、Carol Sing & Dinner、日本語バイブルスタディのクリスマス会、そしてイブ礼拝&ディナーとたくさんの日本人のお友達が教会でのクリスマスを楽しんでいただきました。

クリスマス=雰囲気がロマンチック=恋人と過ごす

と日本のクリスマスにはそのような図式が出来上がっているようですが、キリストの誕生を祝う日であるクリスマスの意味に思いを馳せる中で、家族や友達と楽しく語らい、おいしいものを食べて、心もお腹も満足する、そんなクリスマスを過ごせたことはとても感謝でした。

ところで、この一年を振り返って、写真をまとめてクリスマスカードを作ってみました。
今年も本ブログをフォローして下さった読者のみなさまに心より感謝します。来年も引き続きご愛読いただけると幸いです。またスタンフォードに来る予定の方で、ブログを発見したという人は、生活情報などお役に立てることがあれば、わたしまでお気軽にメール(hide-tan@rg7.so-net.ne.jp)をしてください。

Merry_christmas_from_hidetan

来年もみなさまにとって幸せで実り多い年となりますように!
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2009年12月24日 (木)

クリスマスメッセージ(2):イエス・キリストの誕生

前回の続きです。

マタイの福音書 1章18-25節

18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリアはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
22 このすべての出来事は、主の預言者を通して言われた事が成就するためであった。
23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。

1. マリヤの戸惑い、ヨセフの苦悩(胎児キリストに迫る危機)
婚約者が自分の知らない妊娠していたーそれを知ったヨセフはさぞかし苦しんだことでしょう。当時の風習としては、婚約者とは結婚しているも同然だったので、このようなことがあれば、不貞の罪で石打ちの死刑にされることもあったようです。マリヤを公につきだしてそのような目に遭わせるならば、ヨセフは自分の名誉を守ることができたのですが、そうはしませんでした。おそらく、ヨセフはマリヤから、彼女が身ごもったのは聖霊(神の霊)による超自然的なことがらであると告げられていたと思います。普通はそんな話、信じられません。でも、ヨセフはマリヤへの信頼と愛をもとに単なるルールに従うのではなく、神の目に正しいと思えることを考えたうえでの行動をとろうとしたのです。そして、ヨセフに神からのお告げがあったのは、その決断のあとでした。

なぜ、そのようなタイミングなのでしょうか?マリヤが妊娠する前にお告げがあれば、ヨセフはこのように苦しまなくても済んだはずです。なぜ神はヨセフにこのように、一見余計とも思える試練をヨセフに与えたのでしょうか?

ヨセフの試練は、アブラハムの試練のように苦渋の決断を神への信仰のゆえに下すことでした。
神はヨセフが正しい判断をすることをご存知でした。しかし、神はヨセフ自身にこのことを気付かせたかったのだと思うのです。神の御子を家族に迎え、自分の血が入っていない「我が子」が、神のご計画どおりに歩むことができるように支えていくためにヨセフには神を信頼する心を確かにする必要があったのです。
神は試練を通して、ヨセフが神に信頼をする心をすでに持っていることを浮かび上がらせ、御子イエスを迎えるにあたって、心を備えさせられたのでした。

2. イエスが来られた目的はなにか?
(1) 罪からの救いをもたらすため
「イエス」という名前は”神はわが救い”という意味です。天使もその目的を“罪からの救い”(マタイ1:22)であると述べています。

(2) 神がわたしたち人間とともにいるため
「インマヌエル」という名前には”神ともにいます”という意味があります。キリストは「わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしません」(ヨハネ14:18)といい、このマタイの福音書の最後では復活されたイエスはこのように言っています。

「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)


(ウ) ユダヤ人の王となるため
イエスは、王として生まれ(マタイ2:2)王であるゆえに十字架にかけられ(マタイ27:11)王として神の裁きを身に受けた(マタイ28:37)ました。王として生まれたがゆえにいのちを狙われ、そして、裁きのときに見いだした唯一の罪状が「ユダヤ人の王」であることを本人が認めたということでした。
しかし、このことには大きな意味があったのです。イエス・キリストは王として罪人の側に立って下さり、王として、罪とその報酬である死に対して戦いを挑み、そして勝利されたからです。
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イエスは罪なき神の御子であったのですが、私たちを罪から救い出すために人となられました。そして罪人の家系に連なる王として、民を代表する形で十字架で死なれ、死を打ち破って復活したのです。それは、わたしたちがもはやひとりぼっちで生きるのではなく、とこしえに生きる神とともに人生を歩むためです。それは王たるキリストに連なる勝利の凱旋を歩む人生なのです。(2コリント2:14)

(つづく)
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2009年12月23日 (水)

人生の意味ーある中学生との問答

先日、ある知り合いに頼まれて、「人生の意味」についてのインタビューを受けることになりました。
カトリック系の学校に通うSくん(アメリカで育った日本人)の神学クラスの宿題だそうです。

英語で質問されて、日本語で答え、それをSくんが英語に訳してレポートにして学校に提出。
彼は、仏教徒のアメリカ人とクリスチャンの日本人という、その国民にしてはマイナーな信仰を持つ二人にインタビューしたようです。

では、わたしがお話した内容を紹介したいと思います。

質問1:人生の意味とはなんでしょうか?
>What is the meaning of life?

人生に意味というものがあるのでしょうか?

もし神がおられず、いのちの誕生や様々な人々との出会いが偶然によって起きていたら、人はどのように人生に意味を見いだすことができるでしょうか?旧約聖書にはすべては空(くう)であり、労苦には意味がないと言っています。(伝道者の書1章2-3節)しかし、この作者は最後に気付いてこういうのです。

あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、 また「何の喜びもない」という年月が近づく前に。(伝道者の書12章1節)

わたしは神がおられると思いますし、それゆえにわたしの人生には大きな意味があると思っています。
私にとって人生とは、私をお作りになった神の目的にかなったことをすることです。この世の人々を愛してやまない神が私を通して行いたいと願っておられることをすることです。
そして、その第一が神を知らずに、ひとりぼっちで人生を歩んでいる人たちに神様のことを紹介することです。

質問2:道徳や価値観はどこから来るものでしょうか?
>Where do morals and values originate?

道徳は、究極的には神から生じていると思います。どこの国でも殺人は犯罪ですし、他の人のものを盗んだり 、他の人の奥さんを勝手に自分の奥さんにするとかは認められません。なので、その社会で培ったルールであると言う考えは成り立たず、なにかユニバーサルな基準があるはずなのです。そしてそれは脳科学では証明できません。そのような心は神が人間の心に残した“神が人間をつくられた”という証拠だと思います。
価値観というのは、人それぞれの育った環境や信じていることがらにもよると思うのですが、わたしの価値観は、永遠に残るなにかというものを大切にするということです。自分の評判や名声のためにしたことは残りません。ただ神への愛ゆえにしたこと、神の前に捧げた何かに価値が生じると思います。イエスは「天に宝を積みなさい」と言われましたが、同時に「この小さなものにしたことは私にしたのです」とも「私のゆえに水いっぱいでも誰かに飲ませてあげるなら、それは神の前に覚えておかれる」とも言っています。


質問3:なぜ、この世にはなにもないのではなく、なにかが存在するのでしょうか?
>Why is there something and not nothing?

永遠の昔から存在する神が造られたからです。創世記1章には、“はじめに神は天と地を造られた”とあり、ヨハネの福音書1章には“はじめに言(ことば=神のみことば)があった。その言は神であった。この方によってすべてが出来た”と書かれてあります。また神はご自分の名前を“私はある=I AM”と述べています。神は永久(とこしえ)の昔からただ存在され、その神からすべてが生じたのです。それは、神がお造りになるものいにょってご自身の栄光を現し、造られたものが神の栄光を仰いで満ちたりるようになるためです。

神はご自身で、完結しておられたのですが、愛である神は、愛の対象として私たちを造り、そこに愛を現すこと、そして被造物が神との交わりに入ることを必要とするようにご自分をしむけられたのです。
そして、わたしたちも神との関係を保つことでその存在が満たされるのです。

「 まことに、水が海をおおうように、地は、主の栄光を知ることで満たされる」(ハバクク 2:14)

質問4:宇宙の彼方から、赤ちゃんの誕生に至るまで、世界がこのように複雑でかつ美しいのはなぜでしょうか?
> The universe- from the far reaches of space to the birth of a little baby - exhibits such complexity and beauty. Why is this so?

ケプラーは、天体の法則を見いだした時に、神の存在を確信したそうです。この世界が美しくコーディネイトされ、あらゆるものが秩序と法則によって存在し、今の人間の英知をもっても解明しえない様々なことがらが存在するのは、わたしたちの英知を越えたものの意志によって目的をもってこの世界が造られたのだと考えられます。

質問5:なぜこの世には多くの宗教が存在するのでしょうか?
> Why do so many different religions exist on earth?

“神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められる(ローマ1:18)”
自分たちが造った覚えのない、また人間が作り出すことのできない世界を見る時に人は自分たちの能力、英知を越えた神の存在を考えるようになったのだと思います。人は神によって造られたので、神を否定することや嫌悪することはできても、まったく考えずに行きて行くことは不可能なのだと思います。
それで、それぞれの地域で、自分たちの理解に合うような神というものを考えだしたのが多くの宗教だと思いますが、新旧約聖書に書かれている三位一体の神は、神の方からの語りかけであり、人間の悟りによらないこと、聖書の書かれ方、書かれている内容がそれをサポートしていること、そして、それが当時の世界の中心ともいえる文明の発達したメソポタミアやエジプト、そしてローマ帝国といった地域をも舞台にして起きたという点でユニークです。

質問6:あなたの信仰心(あるいは無信仰)は、あなたの世界観にどのような影響を与えていますか?
> How does your faith or no faith inform your view of the world?

偶然のうえに成り立っているわけではなく、自然環境も世界情勢も、神の主権のもとに動いていると考えます。わたしたちは自然環境を大切にすることも、社会的秩序に従うことも神への愛ゆえに大切なことだと思います。


質問7:あなたにとって、どのようなものが美しく、どのようなものが醜いと考えますか?
> What determines something as beautiful and something as ugly?

どのように貧しく、また病気に冒されて働けない人でも、神の前に砕かれた心は美しいと思います。いっぽうで、どれほど素晴らしい社会貢献をしていても自分が自分の人生の神であるとするような高ぶった心、自分こそが知者だと思う愚かさは醜いものだと思います。イエスも、貧しいやもめを褒め、当時の宗教学者たちをその心の高ぶりゆえに非難しました。

質問8:人生の意味についての考えを変えたできごとは何ですか?
> What experience had influenced/changed your meaning of life?

神を信じるようになったことです。


質問9:これまで人生観を変えられたことは何回ありますか?
> How many times have you changed your meaning of life? If you haven't
changed it before, have you been tempted?

2回あります。幼い頃に信仰を捨てた時。そして高校生のときに再び神を信じるようになったときです。神を信じていなかったときは、生きて行くことが不安で、死ぬのがコワいと思いました。


質問10:あなたの信仰はあなたの人生にとって助けになっていますか?それとも重荷になっていますか?
> Has your belief of the meaning of life helped you in your life, or has it been more of a burden?

大いに助けられています。自分が目的をもって生きるためにこの世に生まれ、その目的をなしていくときにともに歩んで下さる神様がいてくださることは大きな喜びです。

質問11:人は、究極的には善であると思いますか、悪であると思いますか?
> Do you think that men are ultimately good or bad? Why or why not?

たしかに人間には神から与えられた道徳心のようなものはあるのですが、残念ながら、後者であると思います。人は悪いこと(嘘をつく、人のものを取るなど)は小さな子どもでも自然に身につけますが、よいことをするためには、教育やルールが必要です。聖書にも、「人の心は陰険である」とか「義人はいない」と言っています。神の要求する正しさには到達できないので、イエスの十字架が必要だったのです。
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<感想>
質問をはじめて渡されたときには、こんな質問に答えられるだろうかと不安でした。
でもインタビューを受けてみて、多くの日本人から見ればかなり偏った考えに見えるかもしれないけれど、自分なりに答えをもっているということがわかりました。そして、それは神様なしでは語られないであろうということも。これらの質問と自分の答えを読み返してみると、わたしの存在というのは、神様なしでは考えられない、もし神が自分の人生にいないのであれば、わたしの人生は空虚なものであると考えざるを得ないのでした。だからわたしの出した答えはこれです。

Lord, I am nothing without You.
主よ。あなたがいなければ、私の存在には意味がありません。

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2009年12月22日 (火)

クリスマスメッセージ(1):イエス・キリストの系図

クリスマスメッセージ(1):イエス・キリストの系図

クリスマスはイエス・キリストの誕生をお祝いする日です。
新約聖書の最初のページは実は無味乾燥に思える系図からはじまっているのですが、これがなかなか味わい深い側面があるので、いっしょに見ていきましょう。

マタイの福音書1章1-17節

1 アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。
2 アブラハムにイサクが生まれ、イサクにヤコブが生まれ、ヤコブにユダとその兄弟たちが生まれ、
3 ユダに、タマルによってパレスとザラが生まれ、パレスにエスロンが生まれ、エスロンにアラムが生まれ、
4 アラムにアミナダブが生まれ、アミナダブにナアソンが生まれ、ナアソンにサルモンが生まれ、
5 サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、
6 エッサイにダビデ王が生まれた。ダビデに、ウリヤの妻によってソロモンが生まれ、
7 ソロモンにレハブアムが生まれ、レハブアムにアビヤが生まれ、アビヤにアサが生まれた。
8 アサにヨサパテが生まれ、ヨサパテにヨラムが生まれ、ヨラムにウジヤが生まれ、
9 ウジヤにヨタムが生まれ、ヨタムにアハズが生まれ、アハズにヒゼキヤが生まれ、
10 ヒゼキヤにマナセが生まれ、マナセにアモンが生まれ、アモンにヨシヤが生まれ、
11 ヨシヤにバビロン移住のころエコニヤとその兄弟たちが生まれた。
12 バビロン移住の後、エコニヤにサラテルが生まれ、サラテルにゾロバベルが生まれ、
13 ゾロバベルにアビウデが生まれ、アビウデにエリヤキムが生まれ、エリヤキムにアゾルが生まれ、
14 アゾルにサドクが生まれ、サドクにアキムが生まれ、アキムにエリウデが生まれ、
15 エリウデにエレアザルが生まれ、エレアザルにマタンが生まれ、マタンにヤコブが生まれ、
16 ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤからお生まれになった。
17 それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる。

(注:太字はhide-tanによる)

最初から最後まで飛ばさすに読んでいただけましたでしょうか?happy01

さて、マタイの福音書の記者マタイは、元取税人でした。取税人というのは、当時パレスチナ地方を統治していたローマ帝国の手先となって、税金を取り立てて、莫大な利益を得ていた人たちでみんなからの嫌われ者でした。そんなマタイはイエス・キリストに声をかけられて、その生き方をあらためて従ったのです。彼は自分をのけ者にしていた同胞のユダヤ人たちに福音を告げ知らせようと、ユダヤ人のなじみのある旧約聖書の預言を多く引用しながら、丁寧にキリストの生涯を記述しました。

そのマタイが、キリストの生涯を書くにあたって最初に記したのがイエス・キリストの系図でした。
それには、このナザレ人イエスこそが、来るべきメシヤ(救い主)とされていたお方であるということを示すためでした。


さて、イエス・キリストの系図を見ていきましょう。
これは、ふたつの福音書に記されていて、

マタイによる系図:ヨセフの家系(合法的な子孫)
ルカによる系図:マリアの家系(生物学的な子孫)

というように、イエスが法的にも血統的にもアブラハムの子孫、ダビデの血筋ということが証明されています。これは、イエスがメシヤであるということをサポートするひとつの要点になっています。

さて、マタイの福音書では、アブラハムからだけですが、ルカの福音書ではアダムまでさかのぼって書かれています。すごいことです。イエスの家系というのは、4000年にわたって保たれて来た家系なのです。日本の天皇の家系が2600年前までということも(いろいろ説はあるようですが)世界的に見てもすごいことではあるのですが、なんといっても4000年です!

まとめると、
アダム----2000年----アブラハム--1000年(14代)--ダビデ王--400年(14代)--バビロン捕囚--600年(14代)--イエス・キリスト

ということになります。人類の父祖アダムからユダヤ人の父祖アブラハムまでが2000年、そしてアブラハムからユダヤ人の王、イエス・キリストまでが2000年でした。

イエスの誕生は、ヨセフとマリヤにとっては予期せぬできごとでしたが、神によって正確に計画されていたことでした。(ダニエル9:25-26)

さて、イエスの系図が書かれた目的は主に次のふたつです。

(1) イエスがアブラハムの子孫であるということ
それは、イエスがユダヤ人であることの証明です。ユダヤ人とは、アブラハム→イサク→ヤコブの子孫のことを言います。なぜわざわざそういうのかというと、アブラハムには奴隷の子どもがいて、彼は今のパレスチナ人の父祖となったからです。(今のパレスチナ問題は遠くそこに端を発するのです)
そして、それは、神がアブラハムへの契約の成就(創世記22:18)を意味します。

「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。(創世記22:18)」

ここでの子孫 "The Seed of Abraham"は単数系で、キリストのことを指しています。
このキリストから、ユダヤ人だけでなく、すべての国々(の人々)が祝福されると預言されているのです。キリストの誕生は、わたしたちへの祝福の約束の成就なのです。

(2) ダビデの王家の血筋であること
ユダヤ人にとって、王と言えばダビデ王であり、神がダビデに告げた契約の成就(2サムエル7:12-13)を待ち望んでいました。

あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。 (2サムエル7:12-13)

救い主がダビデの子孫であるということ、「ダビデの子」と呼ばれることはユダヤ人にとってはよく知られていたことでした。キリストの到来は、すなわち、永遠の王国という約束の成就だったのです。
そして、今もイエスは何十億という人々の心にその領地を広げ続けています。

イエス・キリストの家系に登場する5人の女性

マタイは、この家系図にかなりの覚悟と、熱い思いをもって5人の女性の名前を加えています。
(系図の太字を参照)

① タマル:売春婦となって義父の子を妊娠→神に選ばれた家系を次ぐことへの執着心があった。
② ラハブ:遊女(ヨシュア2:1, ヘブル11:31)→まだ見ぬ神への信仰によって、身の危険を冒しても敵であるユダヤ人を助けた。
③ ルツ:異邦人(ルツ記)→亡き夫の母に仕え、神に仕えた。
④ ウリヤの妻(バテ・シェバ):ダビデ王が姦淫と殺人によって得た妻(2サムエル11-12章)→ダビデ王は神の前にひれ伏してゆるしを乞うた。
⑤ マリヤ:結婚前、公にはできない妊娠。

聖書が、単に自分たちの宗教を守る為に書かれたものならば、イエス・キリストの系図に「傷がつく」ようなこのような人々の名前を入れないはずです。しかし、聖書はそのようにある宗教家たちの都合にあわせて書かれたものではなく、人間にとって都合の悪いことを含めることで、真実をありのままで書き記すことで、罪のある人間に対して神がどのように救いの手を差し伸ばしてくださっているのかを語っています。また、そのような内容が、聖書は勝者の為の歴史書ではなく、神が人々を通じて書かれた真実の神のことばと言えるものにしているのです。
これらの人々がイエスの家系に名を連ねるという光栄に預かっているということは、私たちが神に立ち返る時あるいは信じ続けた時に、神は私たちの人生のマイナスをプラスに変えてくださるということを表しています。

また、ここに外国人の名前が入っていることも意味があります。

救いはユダヤ人から出るのですが、ユダヤ人だけのものではないのです。ユダヤ人以外の女性がイエスの家系に連なることで、ユダヤ人に救い主が与えられたのです。救いは、ユダヤ人たちだけのものであるとは主張できないのです。

キリストの系図。そこには、神の確かな約束の成就。つまり神は約束を成就してくださるお方であるということ、そして、神は罪のある人々の名に連なってくださる、わたしたちが今どのような者であっても、神に立ち返るならば、イエス・キリストにあって栄誉ある役割を与えてくださるのだというメッセージが熱く語られているのです。

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2009年12月21日 (月)

Oyster, Oyster and Oyster!

クリスマス礼拝のあと、我が家は、こぐま杏さんが企画してくださった「Hogs Islandで牡蠣を食べる会」に行って来ました。ここは以前にも行ったことがあり、牡蠣の美味しさは知っていたので、非常に楽しみでした。今回は数家族が集まってワイワイとBBQをするのが目的。(BBQサイトは予約をおすすめします)

着くなり、わたしは牡蠣の殻をはがす係になって、最初は悪戦苦闘しながらもだんだんコツをつかんでいきました。小さい牡蠣は甘くて味が濃いので生食用。大きいものは牡蠣フライ用にしました。
またBBQもしたり、みんなで持ち寄ったサイドディッシュを食べたりして大人も子どもも楽しみました。

Img_0568

今日は、長女minoriの誕生日だったのですが、翌日がご主人のお誕生日ということもあって、ついでにminoriもお祝いしてもらいました。こぐま杏さんの美味しいケーキもいただけてラッキーでした。

Img_0578

牡蠣は大人17名+子どもたち?名で牡蠣400個平らげました。本当に美味しくて(しかも安くて)大満足でした。

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エキサイトした天使たち

いよいよ今日は、クリスマス礼拝。

聖歌隊が礼拝賛美をリードして、たくさんのクリスマスキャロルを歌いました。
牧師が、Come, Thou Long-Expected Jesusの歌詞にそってメッセージをして、礼拝の最後に司会者による祝祷のあと、聖歌隊からのサプライズとして、いきなり前奏もなくハレルヤコーラスを歌いました。
Img_0581
歌声を背にしてそのままチャペルを立ち去る人、立ち止まって聞く人、再び席に着いてじっくり聞く人、気にせず雑談をしている人など、思い思いのことをしている人を見ながらの賛美でした。

躍動感のあるハレルヤコーラスを途中まで歌ったところで、いきなりオルガンがドロップアウト。
苦虫をつぶしたような困った表情の指揮者がなんとか手を動かして、聖歌隊の歌声も元に戻りました。

なんとか最後まで歌い上げて、会衆から大きな拍手をいただき感謝でした。
ハレルヤコーラスにエキサイトした天使が、ついクワイアーの前を通り過ぎてしまったのでしょう。
こういったハプニングも含めて楽しめたクリスマス礼拝でした。

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ところで、今年の教会でのクリスマスイベント、残すところあとひとつです。

xmasbellxmasbellクリスマスイヴ礼拝xmasbellxmasbell
12月24日(木)5時~6時半
場所:Peninsula Bible Church
第一部(5時~5時45分):ファミリー向けの内容
第二部(5時50分~6時30分):子どもも参加できる礼拝
http://www.pbc.org/events/88927

どなたもウェルカムですので、教会ははじめてという方もどうぞお越し下さい。
詳細はhide-tanまで。

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2009年12月19日 (土)

クリスマストリビア

クリスマスはキリストの誕生をお祝いする日です。
そもそも、それは12月25日ではなく、この日付も、クリスマスツリーも、もともとは異教の祭りをもとにしたものです。だから、クリスマスはキリストの誕生日というわけではなく、『キリストの誕生をお祝いする日』なのです。

その他にも、一般にクリスマスの物語として語られてきたお話の中には、実はちょっと違うということも多々あるみたいです。トリビアみたいに楽しめるので下の動画を見てみて下さい。

ヨセフは身重になった婚約者マリヤをロバに乗せて、ベツレヘムに連れて行ったが、そこで宿屋には泊まる部屋がなかったので、馬小屋で(おそらく洞穴のようなところで)赤ちゃんを産み、赤子のイエスを飼い葉桶に寝かせた。羊飼いたちに天使が救い主の降誕を知らせ、彼らは行って礼拝した。また、その日の夜、大きな星を見て東方から三人の(おそらく大勢の)賢者たちがやってきて、黄金、没薬、乳香を捧げた。

と、こんな感じで訂正だらけになるのです。でも、大切なところは、神がご計画されたとおりの時と場所に神の御子キリストが人間の赤ちゃんとして、わたしたちのために生まれて来て下さったということです。

だから、もし誰かが、「神の御子キリストはわたしの救い主です。」と言える日が来たなら、その日がその人にとってのクリスマスなのです。神は家畜小屋のように汚い、臭いところでお生まれになることをよしてしてくださった神です。

あなたが、どのような思いで神のことを見ているにしても、どのように神に逆っているにしても、罪や汚れにまみれているとしても、悲しみの果てに誰とも接触したくない、神なんか私をどうも思ってはいないと涙しているにしても、主イエスはそのようなあなたの心にお生まれになりたいと願っておられるのです。

ヨセフとマリヤが長い険しい道のりを旅して、ベツレヘムに辿り着いたように、神もこの世の様々な、汚れ、罪、悲しみをかき分けてあなたのところに来て下さったのです。

「神様。わたしはあなたのことを知りませんでした。わたしの心は、あなたをお迎え入れするのにふさわしい場所ではないかもしれません。でも、イエスさま。もし、こんな心でもよければ私の心にお生まれになってください」

このクリスマス、静かにこのように祈ってみて下さい。
きっと、暗かった心にぽっと明かりが灯ったような、冷たくなった心が解かされるような、そんなあたたかな気持ちになるでしょう。そして、お近くの教会に足を運んでみて下さい。同じように心を暖かくされた人たちと挨拶を交わせば、きっとこの「クリスマス」は特別なものとなるでしょう。

xmasbellxmasbellクリスマスイヴ礼拝xmasbellxmasbell
12月24日(木)5時~6時半
場所:Peninsula Bible Church
第一部(5時~5時45分):ファミリー向けの内容
第二部(5時50分~6時30分):子どもも参加できる礼拝
http://www.pbc.org/events/88927

どなたもウェルカムですので、教会ははじめてという方もどうぞお越し下さい。
詳細はhide-tanまで。

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2009年12月18日 (金)

「生」クリスマスツリー

先週の土曜日のことですが、念願かなって、アメリカに来てはじめて本物のモミの木を買いました!
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日曜日の午後にクリスマスツリーを飾りました。買ったツリーを車の天井に括り着けて運び、ツリースタンドに立てて、水を入れるという作業もクリスマス気分を盛り上げてくれていい感じ。
Img_0474

実は、セットアップするまでに2〜3回倒れたりして大変だったのですが、それも楽しかったです。

我が家では、旅の記念にオーナメントを買うようにしているのですが、アメリカに来てからたくさん出掛けたので、結構な数のオーナメントを飾ることができました。

生のクリスマスツリーは立派で、しかも部屋にいいにおいが漂って癒されます。
Img_0471
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2009年12月17日 (木)

お気に入りクリスマスソング(Thou Didst Leave Thy Throne)

いよいよ今度の日曜日はクリスマス礼拝になりました。
今回は、はじめから終わりまで聖歌隊のリードでクリスマスの賛美歌を歌います。
クワイアーやカルテットの曲披露もありますので、スタンフォード近辺にお住まいの方でクリスマスに教会に行ってみたいと思われる方はぜひお越し下さい。

Peninsula Bible Church 3505 Middlefield Road Palo Alto, CA 94306-3695 (650) 494-3840

クリスマス礼拝 12月20日(日)午前8時30分/11時15分の二回。

さて、礼拝では、こんな素敵な賛美歌も歌います。
日本の教会ではあまり歌ったことがないのですが、とてもいい曲です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Thou Didst Leave Thy Throne
Thou didst leave Thy throne and Thy kingly crown,
When Thou camest to earth for me;
But in Bethlehem’s home was there found no room
For Thy holy nativity.

O come to my heart, Lord Jesus,
There is room in my heart for Thee.

主イエスよ。あなたはその王座を下り、冠を置いて私のために地に下って来て下さいました。
しかし、主よ。ベツレヘムにはあなたの聖なる降誕の夜にお迎えする宿がなかったのです。

ああ主イエスさま。わたしの心においで下さい。
あなたのためのお部屋をご用意しましたから。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

~日本語バイブルスタディのクリスマス会~
12月19日(土)10時半~13時
クリスマスにちなんだ聖書の学び
子ども達のプレゼント交換(お子さんひとりあたり3㌦までのプレゼントをお持ち下さい)
ポトラックランチ

~クリスマスイヴ礼拝~
12月24日(木)5時~6時半
第一部(5時~5時45分):ファミリー向けの内容
第二部(5時50分~6時30分):子どもも参加できる礼拝
http://www.pbc.org/events/88927

どなたもウェルカムですので、教会ははじめてという方もどうぞお越し下さい。
詳細はhide-tanまで。

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2009年12月14日 (月)

クリスマスキャロルのゆうべ

今日は、Peninsula BIble Churchでクリスマスキャロルnotexmasbellを歌って、そのあと一緒にごはんを食べるというイベントがありました。日本人のお友達も20名近く来て下さいました。感謝。感謝。happy02
Img_0453
なかには、クリスマスは旅行される方々もいますので、今回来て下さった人には、ちょっとしたクリスマスの雰囲気を味わっていただけたことと思います。来れなかった方は、今週土曜日の日本語バイブルスタディのクリスマス会、日曜日のクリスマス礼拝、来週のイブ礼拝もまだまだチャンスはあります。

この機会に教会をちょっとのぞいてみたいという方は、お気軽にhide-tanまでメール(hide-tan@rg7.so-net.ne.jp)をください。

さて、最近この教会によく来て下さっているSさんご家族。お嬢ちゃんたちが口々に「前で歌ってるの、見ていたよ。格好良かったよ!」と言ってくれて、ちょっと照れるわたし。帰り際に、Sさんも、「今日は格好良かったです!」。

・・・そう、私は聖歌隊の一員として、黒いスーツに赤いネクタイをしてキメていたのです。

でも、歌は? 歌はどうやったんやろ??coldsweats01

まあ、歌の良し悪しは二の次ですね。良いにこしたことはないですが、大切なのは、心をこめてイエスの降誕という素晴らしいプレゼントを下さった神様に感謝の心を捧げるということ。自分たちにとって最高と思えるパフォーマンスを捧げられたのなら、神様の耳には美しく響いていたことでしょう。happy01

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2009年12月13日 (日)

私にも最初のクリスマス

昨日に引き続き、今夜もクリスマスのイベントに参加して来ました。

サンタクララにあるバプテスト教会Bethlehem-Walk through the Christmas Storyというイベントで、ヨセフとマリアのもとに幼子イエスが生まれるところを当時の街並、衣装をまとった人々でベツレヘムという小さな街で起きたできごとを再現したものです。
Img_0385

観衆は、その街をヨセフとロバに乗ったマリアとともに旅しながら、イエスの誕生をともに喜びます。
Img_0326

上のYoutubeは少し古いですが、こんな感じでかなり本格的でした。赤ちゃんが目を開けているのを見た時、羊飼いや博士たちが礼拝をささげるのを見た時、神であるのにこのような姿をとって私たちのためにいのちを捨てるために来られたイエス様を心から礼拝したいと思いました。
この小さな村で起きた小さな出来事が、世界を変え、わたしを変える出来事だったのです。

Img_0375

歌のパフォーマンスも素晴らしかったですし、ローマ兵はコワいし、博士たちの訪問も迫力がありました。当時のユダヤ地方の暮らしをちょっとかいま見ることができるようなブースもたくさんありました。
Img_0386
Img_0383

帰り際には、スタッフの人が寝泊まりするトレーラーと動物用のトレーラーを見かけました。
このために多くの犠牲を払って、奉仕をしてくださっている人々の神に仕える姿に感動し、感謝しました。この方達に神様の祝福が豊かにありますように!・・・いいえ、この方たちの祝福はすでに天にたくさん蓄えられています。それよりももっと、この方たちの願いでもあることを祈りたいです。Img_0368_2

この幼子イエスを通して与えられた神の祝福を、多くの人が知り、そして受け入れることができますように。これを読んで下さっているあなたの心に神の愛が、このクリスマスに届きますように。

*このイベントは2009年12月14日(月)まで。

Santa Clara First Baptist Church

3111 Benton Street, Santa Clara


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2009年12月12日 (土)

Spectacular Christmas!!!

今夜、すばらしいクリスマスイベントに行って来ました。

サンノゼにあるアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の大きな教会、Bethel Church in San Joseで無料のミュージカル?コンサート?イベントがあるということをFacebookの友達(他の教会に通うアメリカ人)に教えてもらい行って来ました。アメリカにはメガチャーチがあるのは知っていたけれど、ここは本当に巨大な教会です。
Img_0271
私たちは開始20分前に着いたのですが、駐車場はいっぱいで臨時駐車場に留めて、5分以上あるいて到着。フロントポーチからして高級ホテル、フロントロビーみたいなホールがあって、コンサート会場のような礼拝堂でした。二階席も含めると何千人(もしかして1万人?)も収容できます。

はじまったショーははじめから最後まで釘付け、感涙を抑えていたら、笑わされ、また感動し、そして、うっとりしてしまうという感じで、まさに天国とはこんな感じじゃないかと思わされました。

本格的なオーケストラと大迫力の聖歌隊、次から次へと現れる歌い手、すべてプロ級。
ダンスも大人から子どもまでを巻き込んでよく練習したことが伺えるようなそんな素晴らしい内容でした。まさに息もつかせぬほどの迫力&盛りだくさんのショーでした。
Img_0284
会場献金(するかどうかは自由)はありますが、入場無料です。
間に合う方は、ウェブサイト参考のうえ、観に行かれたらよいと思います。

でも、日曜日の夜はこちらのイベントも忘れないでくださいね。

~xmasnotesCarol Sing and Dinnerxmasnotes~

日時:12月13日(日)5時~7時半
場所:Peninsula Bible Church
3505 Middlefield Rd, CA 94306

note聖歌隊のリードとオルガンの伴奏でクリスマスキャロルをチャペルでみんなで歌ったり、聖書朗読や聖歌隊の歌を聴いたりして、クリスマスの雰囲気を楽しむイベントです。そのあと、ディナーが出ます(3ドル)。
どなたでも参加できます。アメリカの教会でクリスマスの雰囲気を楽しみたい方はどうぞお気軽にご参加ください。

詳細はわたし、hide-tanまでメールまたは下記ウェブサイトまで。note
メールmailtohide-tan@rg7.so-net.ne.jp
pchttp://www.pbc.org/events/82608

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2009年12月 9日 (水)

はじめて食べた、西海岸の味。(Dungeness Crab)

近所にお住まいのYさんがブログで紹介されていたDungeness Crab

早速、妻にたのんで買って来てもらいました。今日は1パイ7㌦ほど。特売日だったそうでラッキーでした。Img_0233

かなり強面のカニさん。妻は完全にびびってしまい、わたしが生きたままのカニを洗い、鍋に入れました。蒸すこと約20分。見事にゆであがり、夫婦で夜食にいただきました。

結構たくさん身が詰まっていて、甘くて美味しかったのです。Img_0239

「意外と」美味しかったというべきか。
日本のズワイガニやタラバガニの方がもう少し上品な気もします。日本のカニはもう3年近く食べていないから、ひょっとしたら幻想を抱いているだけかもしれないですが、これは日本に一時帰国したときに確かめるとしましょう。
Img_0241

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2009年12月 6日 (日)

Westfield Valley Fair Mall / Christmas in the Park (サンノゼ)

今日は、渡米後はじめてWestfield Valley Fair Mallに行って来ました。
Img_0548 Stanford Shopping CenterやGilroy Outletのように屋外型のモールが多い中、このモールは屋内型です。日本のイオンなどの大型ショッピングモールを思わせるような作りですが、規模は2倍以上でしょうか。しかも、高級ブランドショップが並んでいます。

どちらかというと、サンノゼ版のUnion Squareという感じ。nori-tanは日本へのお土産用にBody and Bath Worksでいくつか品物を買ったりしました。高級ブランドのお店は外から眺めるだけでしたが・・・coldsweats01

そのあとは、San Jose市内の公園でのクリスマスイルミネーションを観に行きました。
Img_0155
ここは毎年Christmas in the Parkと題したイベントが行われています。2年前のクリスマス前に来たときは、あいにく準備中でしたので、今回はじめて来ました。たくさんのディスプレイやクリスマスツリーがあり、屋台もあって楽しめました。
Img_0168
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今年は12月27日まで展示中。
入場も無料ですし、シリコンバレーにお住まいの方にはおすすめのイベントです。

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2009年12月 5日 (土)

ドレスコードをめぐって・・・

先日ごあんないしましたが、12月13日(日曜日)の夕方には私の通っている教会でCarol Singというイベントがあります。

それで、クワイアー(聖歌隊)のメーリングリストでは、当日の衣装をどうするか?というディスカッションが飛び交っています。

指揮者の奥さんのjoyの「男性の衣装は、黒っぽいスーツに赤のネクタイということだけど、女性は結局決まっていなかったようだけどどうしますか?」というよびかけました。

”昔やったようにシルバーみたいなキラキラした服にパープルのスカーフはどう?下は黒で統一して。”
・・・というメールを皮切りにいろんな意見が飛び交いました。大抵は「わたし、そんなものは持ってない」とか「あまり派手にして会衆が自分たちに注目すると歌に集中できない」とか。

途中で、「男性からの意見はないけど、この格好でいいということ?」と振られたので、男性クワイアーを代表して、わたしがメールを返しました。

hide-tan: "男たちはそれでいいと思います。赤シャツに白ネクタイにしたいと思っているだろうstanley以外は・・・(*^-^)。”
joy: ”stanley、今回は残念ね。また次回、ソロで歌う時にしたらどうかしら。”
stanley: "仰るとおりでございます。ただ妥協案として、赤い顔に白シャツというのはいかがでしょう?”

笑っちゃいましたが、サラッと流されて話題は再び女性の服装へ。
そして、結論:「来週のリハーサルで話し合いましょう!」
女性にとっての衣装の問題・・・これは、沖縄の普天間基地問題のように着陸点が見つけにくそうです。

といっても、本番まであと一週間。
願わくば、それまでにキリストにある一致が与えられますように!アーメン!confident
・・・っなんちゃって。smile

~xmasnotesCarol Sing and Dinnerxmasnotes~

日時:12月13日(日)5時~7時半
場所:Peninsula Bible Church
3505 Middlefield Rd, CA 94306

note聖歌隊のリードとオルガンの伴奏でクリスマスキャロルをチャペルでみんなで歌ったり、聖書朗読や聖歌隊の歌を聴いたりして、クリスマスの雰囲気を楽しむイベントです。そのあと、ディナーが出ます(3ドル)。
どなたでも参加できます。アメリカの教会でクリスマスの雰囲気を楽しみたい方はどうぞお気軽にご参加ください。

詳細はわたし、hide-tanまでメールまたは下記ウェブサイトまで。note
メールmailtohide-tan@rg7.so-net.ne.jp
pchttp://www.pbc.org/events/82608

Img_0046

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2009年12月 4日 (金)

ayumi、6歳の誕生日

今日、次女のayumiが6歳になりました。Img_0108
日本だともう来年は小学校です。早いものです。

親の言うことなんか気にしちゃあいないっていう感じの自由奔放な生き方のayumi。
よく考えると、生まれて来たときからそうでした。

まず、大学院生だった私が夜中まで続く実験の予定を入れていた37週4日に生まれて来たこと。
長女minoriのときはリクエストどおり、38週4日にちゃんと生まれて来て今でも聞き分けがよいのとは対照的に、ayumiは「この日だけはあかん!」という日に生まれて来たのでした。

なので、その日は生まれたあとで、仕事に戻らないといけなかったので、妻の実家の母に来ていただいてminoriの世話をしていただいたのでした。

ayumiは、誕生日となると何がもらえるかということよりも、自分が注目され、祝福されることに幸せを感じるようです。今日は大好物の海老フライとママの手作りケーキでお祝いしました。(デコレーションはご近所のお友達からの借り物です)

では、誕生日パーティのようすをちょっとだけどうぞ。

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2009年12月 3日 (木)

日本語バイブルスタディ&クリスマスイベントのおしらせ

スタンフォード近辺にお住まいの方にお知らせです!

book日本語バイブルスタディのおしらせbook

今週は土曜日にPeninsula Bible Church(PBC)バイブルスタディがあります。
今回はマルコの福音書2章13-22節(新約聖書)から学びをしたいと思います。
聖書がはじめての方も気軽に参加してください。
はじめて参加の方はhide-tanまで。
Img_9999

xmassnowクリスマスイベントのおしらせxmassnow

早いもので、もうクリスマスが近づいて来ました。
今年もまたPeninsula Bible Church(PBC)で、クリスマスのイベントがあります。

場所はすべてPBC 住所:3505 Middlefield Rd, CA 94306です。

~Carol Sing and Dinner~
12月13日(日)5時~7時半
聖歌隊のリードとオルガンの伴奏でクリスマスキャロルをチャペルでみんなで歌ったり、聖書朗読や聖歌隊の歌を聴いたりして、クリスマスの雰囲気を楽しむイベントです。そのあと、ディナーが出ます(3ドル)。
http://www.pbc.org/events/82608

~日本語バイブルスタディのクリスマス会~
12月19日(土)10時半~13時
クリスマスにちなんだ聖書の学び
子ども達のプレゼント交換(お子さんひとりあたり3㌦までのプレゼントをお持ち下さい)
ポトラックランチ

~クリスマスイヴ礼拝~
12月24日(木)5時~6時半
第一部(5時~5時45分):ファミリー向けの内容
第二部(5時50分~6時30分):子どもも参加できる礼拝
http://www.pbc.org/events/88927

どなたもウェルカムですので、教会ははじめてという方もどうぞお越し下さい。
詳細はhide-tanまで。

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2009年12月 1日 (火)

もちあげパーティ?

今夜は、スタンフォード大学の小児病院(Lucile Packard Children's Hospita)の基金(the Lucile Packard Foundation for Children's Health)が主催するパーティに招待されました。

私の役目は、寄付を受けてフェローシップ(研究助成)をいただいてポスドクとしてのトレーニングを受けている立場として、そのフェローシップ受賞のお祝いを受けることとスポンサーに感謝を表すことです。

ここからフェローシップを受けているポスドクの知り合いはおらず、偉い先生方(学部長や部門長レベルの人たち)&スポンサー(会社のCEOなど)が出席するパーティ。
しかも、英語(あたりまえですが)。ついでに招待状も銀色でピカピカ。会場は、ダウンタウンを歩くたびに豪華なホテルだなあと眺めていたGarden Court Hotel。行く前はちょっと気が重く「熱でもでないかな〜(出たら休めるのに)」とか思いながら会場へ。10分前につくと、なんと一番乗りでした。
(ラテン)大阪人の私は、『そうか、そらイヤやな〜って、どんだけ楽しみにしてるねん!』ひとりボケ、ひとり突っ込みをしてしまいそうな状況でした。

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開始時刻になってようやく人が集まり始めて、ドリンクとオードブルを肴に、数人の人と軽く会話していると、私のフェローシップを出してくれているご夫妻(夫はシリコンバレーにある有名企業の元CEO)のうち奥様だけが見えられて、感謝の挨拶と雑談をして一緒に写真を撮ってもらいました。(元CEOのJ氏はあとで来場し挨拶をしました)わたしの隣に座られたのは、スタンフォードの教授を雇用する権限のある部門長。スピーチをしに壇上にあがってる間に、学長がヨッ!とか言いながらドカンと座りに来たりしました。

話をしたり、配られた資料を見ていると、サポートを受けている人も優秀そうな人たちばかり。
ディナーでのスピーチも、彼らがいかに優秀でどのようなことをしているのかをずらずら述べていました。この人にウソをつかせてはいけない、自分のふがいなさで、寄付が減らされて後輩に迷惑をかけてはいけないというメッセージとして受け取りました。

帰りには、フェローシップ受賞の証明書みたいなものをもらいました。
司会者の先生が、「これを壁にかけて時おり眺めてください。そしていつか、あのときにこのようなフェローシップを受けたからこそ今の自分があるんだと感謝したり、励まされたりすることもあるでしょう」と言っていました。自分もいつかそのような日がくればいいなと思いつつ壁に掛けてみました。
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はじめは、スポンサーを持ち上げ、受賞者を持ち上げて基金を募るためのものと理解していましたが、私に取ってはモチベーションもあげていただいた気がしました。

それにしても、いろんな意味で刺激を受けた機会でした。happy01

妻:あんたいつも行く前はブツブツ言ってるけど、結局ごきげんで帰ってくるやん。┐(´д`)┌ヤレヤレ

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