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2010年5月24日 (月)

わたしたちの本当の心の思い

今日は日曜日。いつものように礼拝に出席。

そこで、キリストの言葉に耳を傾ける。
こんなに崇高な教え。その正しさは空高く、その愛は海より深い。

今の自分に目を向ける。
なりたい自分になり得ていない自分。
神の正しさの基準を追い求める者としてはあってはならない言動。
神の愛を受けている者としてはあまりにも少ない自己犠牲。

これらの両極端に目を向けると、自分に失望するかというと、そうではない。
神の義と神の愛。それはあまりに高く、そして深い。
それにはあまりにもほど遠い自分。
でも、神の義を知る時に私の心を包むのは平安。神の愛を知る時に湧き上がるのは喜び。

そして、キリストの言葉に耳を傾ける。
ああ、自分もこのようになりたい。そのような思いが強くなる。
そして、それは畏れ多いことでもなく、実現不可能のようなものではないと思えてくる。
それは自信があるからではない。
ただ、この汚れた私を十字架の血潮で聖められていること、
そして、神の御霊が身を小さくして私の中に住まわって下さっていることを知っているだけなのだ。

天より高い神の義
海より深い神の愛

実は、これこそが私たち人間が追い求めているものではないだろうか。
しかし、人は罪深く、そのようなものに目を向けることができない。
神の義はどのようなものであるかに目を留めずに「私は正しい」と言うほかないのだ。
神の愛がどのようなものであるかを知り得ないので「私はどちらかというと憐れみ深い」と思うほかないのだ。

キリストの十字架を受け入れて、神の御霊が内に住んでくださったときにこそ、人ははじめてキリストの言葉に恐れなく対峙することができ、そこから慰めと喜びを得ることができるのだ。

『それは多くの人の心の思いが現れるためです。(ルカ2:35)』

幼子イエスを見たシメオンは、イエスについての預言をこのように締めくくった。
アーメン。
私たちの本当の心の思いは、神の義を知って、その中に生きること。
神の愛で満たされて、その愛を他に流すことなのだ。

こんなことを思いめぐらせていると、説教の終盤にS牧師がこういった。

”神がなされることのみが永遠に続くのです。
その神が働かれる場所は、私たちの心です。
神は私たちをイエスのようなものにされようとしておられます。
これこそが、神の大きなプロジェクトなのです。”

アーメン。ハレルヤ。

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コメント

聖ちゃんへ

アメありです!(ツイッター用語で、”アーメンって言ってくれてありがとう”です。)

投稿: hide-tan | 2010年5月27日 (木) 04時37分

Amen!

投稿: 聖ちゃん | 2010年5月27日 (木) 02時10分

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