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2010年9月25日 (土)

「キリスト流」エラい人のススメ

〜♪ 明日からの僕はもうまるで別人みたいに
   コツコツとスケジュールこなし
   誰からも手放しでほめられる
   えらい人になってしまおう
   立派になってしまおう 〜♪

  「えらい人になってしまおう」(ロクセンチ)


多くの人は”偉くなりたい”と思っていると思うのですが、なぜ人は偉くなりたいと思うのでしょうか?聖書にも弟子たちが「誰が一番偉いか?」を議論する場面が出てきます。あのイエス・キリストの弟子たちが!です。あきれた話だとは思いませんか?(マルコの福音書9章34節)

”偉くなりたい=金持ちになりたい”というわけではないでしょう。誰かに影響を与えたい、後世に残る功績を残したい、とかそういうことが多いのではないでしょうか。なにか生きた証しを残したいとか。

「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者になりなさい。」(マルコの福音書9:35)
イエス・キリストがこのように言うときに、なんだかむしろ、”人の先に立つこと”を奨励しているようにも思えます。少なくともそのような動機を批判していない。そしてなによりイエスご自身が人に仕えることで、すべての人の上に立つ栄光を神から与えられたということが聖書に描かれているのです。
「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまで従われました。 それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって...すべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。(ピリピ人への手紙2:6-11)」

キリストが提案する「偉くなりかた」は、自分の身を低くすることによって、他者の利益を優先させることによって、神が褒めたたえられることをゴールにするものなのです。それは、いずれ過ぎ去るこの世界に生きた証しを残すことではなく、永遠に生きておられる神の心に私たちの働きが刻まれるという、とても光栄なことなのです。

私の心には”キリストがなにをして下さったか”がすでに刻まれています。そのキリストの心に”hide-tanが何をしてくれたか”を刻んでくださるのです。人生の終わりにその心と心を重ね合わせることができることができれば、これほどの幸せはありません。

だから、皆様には「キリスト流」エラい人のススメをここに提案したいと思います。

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