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2010年12月17日 (金)

神の裁きとクリスマス

人生は短い。でも、それは永遠をどのように過ごすのかということにすごく関わってきます。
これは聖書の示す考えです。
聖書にはすべての人が神の裁きのもとにあるとあります。

そう思うことを嫌う人、そう思うことで救われる人の両方がいると思います。

それぞれの人生の終わりに、あるいはこの世の終わりに、神の正しい裁きがなされることを嫌う人と、それを望む人。そのどちらかを選ぶならどちらを選びますか。

裁きがあってほしくないと思う人は、どのように生きている人でしょうか?
裁きがあってほしいと願う人は、どのような人生を生きていると思いますか?

裁きがあってほしくないという願いの中にはどのような思いがあることでしょう?
”自分の好きなように生きたい。それはたとえ神であっても文句は言わせない・・・!”
そのような思いがあるのではないでしょうか。

一方で、神の裁きを待ち望む人はどのような人たちでしょうか。
悪い人に苦しめられて死ぬような目に遭いながら耐え忍んでいる方々。
または正しい人であり続けたいと努力している人々。
そのような人々ではないでしょうか。

でも、たとえ裁きがあってほしいと願う人であっても、その願いに応じた生き方をしている人であっても、”本当に”正しい裁きが自分になされたらどうなるのかを考えるとどのように思うでしょうか。
”自分も神の裁きのもとにある。この裁きに自分は耐えることができるのだろうか・・・”
そう思うと、心から神の裁きを待ち望むことに躊躇するのではないでしょうか。

しかし、神のみこころにそって生きていきたいと思う人のためにはすでに神の裁きからの逃れの道が用意されています。それが神の御子イエス・キリストです。
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心から神が正しく世を裁くことを願い、神の義がこの世においてだけではなく、自分自身においても完成することを待ち望むことができるようになったのがクリスマス。ベツレヘムという街で生まれたイエスがそれを可能にしてくださったのです。

かつての人々は、このようなベツレヘムの奇跡を待ち望んでいました。
イエスがベツレヘムからカルバリの十字架へ歩まれてオリーブ山で昇天したあとの私たちは、今度はこのイエスが再び戻って来て正しい裁きをなし、神の国を完成させるのを待ち望んでいるのです。

アドベント(待降節)はそういうことを考えるときなのです。


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