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2011年2月 2日 (水)

ファミリーバイスタ(マルコの福音書6章-2-)種が岩地に落ちたとき

今日(2月1日)の家族での聖書の学びはマルコの福音書6章6-13節です。
子どもたちが英語で聖書を朗読して、そして私が説明をしています。

今日の箇所では、イエスが弟子たちが村々に行って神様のことを伝え、病気を癒し、悪霊を追い出すことが出来るように権威を与えて送り出したという箇所です。

イエスはここで、上記のことをするにあたり弟子たちに次のようなことを指示しています。

1:歩く助けになる杖の他はお金や荷物を持っていかないこと
2:歓迎してくれる家に滞在させてもらうこと
3:歓迎されない街からは足のちりを落として出て行くこと

イエスは弟子たちに自分の力ではなく神様にゆだねて歩むこと、神のみことばを教えることを訓練されたように思います。一方で、みことばを受け入れない人々がいれば、その責任は弟子たちにはないということを教えています。以前のバイブルスタディの箇所で種蒔きのたとえの話がありましたね(マルコ4章1-20節)。良い地に落ちた種は実をならすけれども、岩地や道端や、いばらの生えた地に落ちた種は実をならすことがないということを学びました。その土地とはなんのことでしょう。

子どもたち:「私たちのココロ!」

そうです。だから人によってはみことばを喜んで受け入れてそれが根を張っていく人もおれば、はねつけて受け入れない人もいます。それは種を蒔く人が悪いでしょうか?

子どもたち:「わるくな〜い」

そう、種を蒔く人は悪くない。そしたら、”この人は絶対に神様のことを話しても相手にされへんわ。岩地の心やわ。”と思える人にもみことばの種を蒔くべきでしょうか?

子どもたち:「う〜ん。」

蒔いたらいいのです。”神様は素晴らしいよ。私、イエス様を信じて、神様がいっしょにいてくださるってわかるし天国に行けることも知っていてうれしいよ。”って言えばいいのです。
私たちが岩地やと思っている心も、もしかしたら実際はそうとちゃうかもしれないし、本当に岩地でも神様に祈ったらいい。「神様、◯◯さんの岩地の心を砕いて、やわらかい土の心にしてください」と信じて祈ったらいいんです。

神様は岩地の心をも土の心に変えることのできるお方なのです。

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長女minoriの感想:「今日の話、よかった。岩地でも神様が砕いてくださる、と聞けてよかった。」

子どもたちは、お友達が天国に一緒に行けるようにと機会を見つけては話しているようです。
そういうときに受け入れてもらえないことを経験したこともたくさんあるみたいなのです。
なので、自分たちが神様のことを話してもムダにはならないということを知ったのが嬉しかったようです。

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