« The Cross on the Apple. ジョブズ氏の病気療養に思う | トップページ | ファミリーバイスタ(マルコの福音書6章-4-)無限の価値の一万円 »

2011年2月 4日 (金)

ファミリーバイスタ(マルコの福音書6章-3-)罪の風船と天国の風船

2月3日の家族での聖書の学びは、マルコの福音書6章14-29節でした。

これは子どもたちに教える時のをちょっと躊躇するところです。

イスラエルの王、ヘロデが兄弟の妻ヘロデヤを横取りし、それを非難した洗礼者のヨハネを捕らえて、そのあとヘロデヤの娘サロメに対して踊りのご褒美をやろうと言ったのがきっかけで、母の希望でヨハネの首を切り落とすことになるという記事です。

ここから学べることはたくさんありますが、今日のポイントは罪をそのままにしておくと神を拒絶することになる。神を拒絶することは自らの死を招く、ということです。ヘロデは、洗礼者ヨハネの口を塞ぐため、王としてのメンツを保つために彼を捕らえていましたが、その教えは喜んで聞いていたのです。しかし、ヨハネの度重なるすすめにも関わらず、彼はヘロデヤを妻とするという罪から離れられずに罪を握りしめていました。ヘロデは最初にヨハネの言うことを聞き入れていればよかたのですが、それを拒み、そのあと何度も拒み続けたのです。

自分の欲のほしいままにし、自分のメンツを保つことにのみ熱心であった結果、ヘロデは神のメッセンジャーであるヨハネを殺さねばならなくなったのです。神を拒絶したのです。その後、ヘロデは十字架にかけられる直前の神の御子を愚弄することになるのです。

あなたも握りしめて離さない罪はありませんか?

神様のことは好きだけど(クリスチャンだけど)、これだけは離すことができないという罪は私たちと神様の関係を壊していきます。

この罪から離れられないからキリストを信じることはできないと思っていませんか?罪から離れたらクリスチャンになれる資格ができるのではありません。罪から自由にされたい、それを可能にしてほしいという思いで十字架のみもとにくることが信仰のはじめです。

私たちは、罪と神の両方を握りしめたままではいられないのです。それは行く方向が違うからです。罪を握りしめているのならば、いつかは神の御手を離さなければならなくなるのです。

長女minori:「それってな。片方(罪)がしぼんだ風船で、もう片方(神様)がふくらんだ風船なんとちゃうん。神様の風船は天国に連れていってくれるけど、しぼんだ方を大事につかんでいる風船は天国に行けない」

とても、うまい表現です。そういうことだと思います。

また、何回も神のメッセージを聞いている、だけど今更信じるというのは格好がつかないしというのもメンツやプライドというしぼんだ風船をつかみ続けているのと同じです。他の人と比べて、品行方正で情に厚くても、イエス・キリストの域に達していないならばそれはやはり自分というしぼんだ風船を握っているのと同じです。行き先の違う風船を握りしめるのではなくて、両方の手で神の風船のほうをしっかりと握って歩んでいきましょう。Img_4520

|

« The Cross on the Apple. ジョブズ氏の病気療養に思う | トップページ | ファミリーバイスタ(マルコの福音書6章-4-)無限の価値の一万円 »

聖書・教会」カテゴリの記事

コメント

みちさん

コメントとお証し感謝です。忍耐強い神様に感謝ですね。

投稿: hide-tan | 2011年2月12日 (土) 17時59分

初めまして(^^
クリスチャン大学生のみちと申します。

>罪をそのままにしておくと神を拒絶することになる。神を拒絶することは自らの死を招く

その通りです。
私も以前自分の罪から目をそらし続けていたとき、
どんどん聖書が読めなくなりました。
心から主に祈ることができなくなりました。

そのときは、本当に本当に辛かったです。
イエスさまのもとに帰りたいという思いの一方、私は中途半端でした。

でも、イエスさまは私のことをあきらめなかったんですよね。そして今、自分が罪を握り続けていた分、イエスさまの愛の大きさを知っています。

投稿: みち | 2011年2月 8日 (火) 10時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« The Cross on the Apple. ジョブズ氏の病気療養に思う | トップページ | ファミリーバイスタ(マルコの福音書6章-4-)無限の価値の一万円 »