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2011年2月 5日 (土)

ファミリーバイスタ(マルコの福音書6章-4-)無限の価値の一万円

2月4日の家族での聖書の学びから。
聖書箇所:マルコの福音書6:30-43
イエスが5000人を5つのパンと2匹の魚で養うという奇跡を行う箇所です。

1:イエスはわたしたちの羊飼いです。
ここで、イエスは彼のところに集まって来る群衆を「羊飼いのいない羊のように」思って憐れんだとあります。羊飼いのいない羊とはつねに命の危険に晒されている状態です。近眼で危ないところに行って崖から落ちるかもしれないし、食べるものがある場所から離れても自分で戻って来れないし、外的からも無防備です。イエスは私たちの羊飼いとなり、
ー歩むべき道を教え
ー私たちのいのちを守り、救い出し
ー私たちを養って下さいます

2:イエスはいのちのパンです。
イエスはご自身のことを「いのちのパン」であると言われました。
イエスは私たちのために十字架でご自身を私たちのために裂き、与えてくださったのです。
そしてそれは5000人の群衆の最後のひとりに至るまで届いたように、遠い時代に生きていて、遠い国に住んでいるような私たちにも届いたのです。そして、この「いのちのパン」を食べるもの、すなわちイエスさまを信じる人は永遠に生きることができるのです。

3:神様は私たちが捧げたものをその価値以上のものにして用いて下さる。
このパンと魚をささげた人は、それらを惜しいと思わなかったでしょうか?少しは思ったかもしれません。でも捧げたのです。そして神様はその捧げられたパンと魚を増やして人々を養いました。
私たちも神様のために捧げます。教会で時間を捧げ、労力を捧げ、そして献金もします。

わたしたちはそれを神様に捧げるという気持ちでいるでしょうか?
神様がそれを幾重にも増やしてくださると信じているでしょうか?

たとえば、私たちにとって1万円は大きなお金です。
それを神様にお捧げして、それを通して誰かがイエス様に導かれるために用いられて、その誰かが永遠のいのちを得ることになったらその1万円はその価値のままでしょうか?
10万円くらいの価値があったといえるでしょうか?いえ、それ以上です。
100万円くらいでしょうか?そんなちっぽけな価値ではありません。
その一万円は無限の価値を生み出す為に用いられたのです。

献金をするときに、私たちは「教会の建物の維持のため、牧師が食べていけるために使われるのだろう」と思ってしまいます。それは正しくて、同時に間違っています。それは表面上のことで、本当の意味はそうではありません。それは、その建物に集う人々のもとに誰かが身を寄せることができるためであり、そこでみことばが語られて誰かがいのちのパンに辿り着くことができるようになるためなのです。

そのような無限の価値のために私たちのものを用いて下さる神様に感謝しましょう。

Img_2189
(写真:クリント・イーストウッド氏が経営しているお店, Hog's Breath Innで食べたランチ)

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コメント

ライツ洋子さん、そうですね。happy01私もそうします。

投稿: hide-tan | 2011年3月 1日 (火) 15時08分

present無限の価値。献金の時、この言葉をおぼえてささげたいと思います。

投稿: ライツ洋子 | 2011年2月27日 (日) 20時46分

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