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2011年3月29日 (火)

震災復興のための募金の呼びかけ

昨日の日曜日(3月27日)にPeninsula Bible Churchの礼拝(1回の礼拝が数百人規模で2回礼拝しています)で日本のためのお祈りのリクエストと募金のアピールをさせてもらうことになりました。募金箱を設けてベークセール(手作りのお菓子などを販売)を行い、同時に子ども達に折り鶴やカードを作ってもらい、ひとつにつき$1をわたしが募金しました。
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妻nori-tanのお友達が前日と当日にたくさんやってきて、多くのケーキやクッキーを捧げてくれました。
また、日本語のバイブルスタディに参加してくれるようになった韓国系アメリカ人のmattさん(仮名)が料理学校で古代小麦粉(Kamut)を使ったパンを大量に焼いて来て下さいました。あまりの多さと、車で30分ほど走らせて届けに来てくれたことで涙が出そうになるくらいの感激でした。
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妻nori-tanは、朝から夜中まで走り回り、歩き回り、わたしは原稿に取り組みながら子どもたちのアクティビティの準備をしました。

結果は大成功で、多くの人が募金ブースに列をなして(とくに募金ブースを開いた直後)いきました。
クッキーやケーキにつき2-3ドルの寄付をいただければ・・・と思っていましたが、それ以上に捧げてくれる人や、「商品を節約するために」と言ってお金を入れるだけの人、そして100ドル札が投げ込まれたり、ドル3桁が書かれた小切手が次々と集められました。募金は教会を通じてキリスト教系慈善団体に振り込まれる予定で、教会の会計に集計してもらっているところです(わたしの予想では100万円越えてもおかしくないほど)。

礼拝で数百人の前で日本への祈りとサポートを呼びかけるためにスピーチ原稿を英語で書きました。
このときに心がけたことは以下のことでした。

1:日本で起きていることを正確にわかりやすく伝えること。
2:意図的に人の感情や良心に訴えかけるような内容にはしないこと。
3:聖書の原則に照らして語ること。
4:かといって、説教っぽくならないこと。
5:時間内にちゃんと収めること。(これは無理でした・・・)
6:御霊に導かれて書いた原稿であること。
7:できるだけ感情を抑えてしっかりと語ること。
8:語りかける人々への思いやりに満ちたものであること。

実は、このような原稿を書くのはわたしの中でかなりの葛藤がありました。
というのは、わたしが感じるだけならいいのですが、少なくとも私の周りではクリスチャンより、ノンクリスチャンの方が日本を助けようという反応が早くて熱心だという気がしていました。それはたぶんこちらのクリスチャンがこう考えているからだと思っていました。

「日本人は金持ちで、それゆえかどうか知らないけれど高ぶって神を信じようとしない。そんな人たちに労力や資金を割くよりも、貧しくて神を素直に受け入れる国々をサポートした方がよい」

日本人は金持ちで不信仰というイメージと『市場原理』がアメリカの教会を支配しているのではないだろうか。そういう損得勘定のようなもので宣教の業が動いてもいいのかという複雑な心境だったのです。もちろん、わたしの友人の多くは心配していろいろ聞いて来てくれたりしましたが、わたしの家族や友人が大丈夫だと聞いた瞬間から経済への影響だとか放射能の影響だとかいうことに話がいくことが多かったのです。そういう「冷たさ」というようなものを少し感じていたのです。

だから、ついアツくなってしまいそうな気持ちを抑えながら原稿を書くのに神様の助けを必要としました。そして合計十数時間、3日間かけて祈りながら書きました。原文は以下にダウンロードできるように貼っておきます。自宅で録音した音声はこちらです。辿々しい英語に耐えられる方はどうぞお聞き下さい。

「3.27読み原稿@PBC.pdf」をダウンロード

スピーチの内容はだいたいこうです。

日本は未曾有の災害に見舞われているが、日本人は尊厳を保って謙虚に希望を追い求めていること 日本のクリスチャンや教会も苦しんでいること この近辺に住んでいる日本人も心情的に苦しんでいること

海外で仕事も無くなにもできないと思っていた日本人の主婦達が頑張って捧げる道を見いだそうとしていること(今日はそのような思いをもった彼女達の作ったものを持って来ていること)
そして、子どもたちもチャリティ活動を企画していること(今日は子どもたちにも「なにかできる」という企画を用意していること)

教会はキリストの体と言われるが、日本にいるわたしたちの兄弟姉妹であるクリスチャンが苦しんでいること、そしてこの教会にいるわたし自身が悲しみの中で苦しんでいること
だからキリストの体である教会が手を差し伸べるということに大きな意味があること

日本は自分の力で立ち上がり、自分の力を誇るのではなく、日本人が立ち上がる過程で神を見いだして、神の力によって歩むことをわたしが切に願っているのだということ

私のスピーチがどれだけ通じたか、心に届いたのかわかりません。
日本人によるベークセールもいろいろ行われていますが、今回の募金のされかたは尋常ではありません。当日に来て下さった多くの日本人の方々がこの札束の多さに驚いていましたが、その他に小切手をチェックしたわたしはもっと衝撃を受けています。この祝福は本当に津波のようです。

たしかにこのような大震災があると、

「神よなぜですか?」

と問うてしまいます。スピーチでも言いましたが、神はなんらかの理由があって答えられません。
しかし、神は日本に住んでいる人々への愛の大きさを、キリストの体である教会のこのようなリアクションを通じて表してくださったような気がします。

神のなさることは本当に時にかなっていて美しいです。

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