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2011年4月

2011年4月23日 (土)

神にしたい二つの質問、神がしてほしい一つの質問

地震が続く日本。sad

中国人ポスドクのjuryは世界の終わりについて以前からひどく気にしていて、日本のことについてのニュースでますます世の終わりが近いんじゃないかと気をもんでいます。

jury "hide-tan, 世界は終わるのかな?これって神のさばき?”

神のさばきとかじゃない。人類に罪が入ってからずっと被造物は苦しんでいるんだ。いろんな悲しいこと、つらいことが起きるのはそのため。神が裁きを下しているのではないけれど、罪の結果生じる様々なことがらがある人に、ある地域に起きることを神はおゆるしになっていることはたしか。
僕らが罪を冒してしまうのも赦してるでしょ?神は人が罪を冒すことも「今は」裁かない。

jury "神がいるなら、なぜ「今」裁かないの?”(質問1)

いいの!?そしたら、僕もjuryもみんな全員、数分でいなくなっちゃうよ!coldsweats02

jury"えっ・・・・?”coldsweats02

僕なんか、2分で消えちゃうよ。もしjaneが今、「よし!いいデータが出た!」って喜んで、「なんで僕ちゃうねん。まあ、次はjane(スウェーデン人ポスドク)がネガティブデータで、僕のがポジティブになるわい」とか心の中で言ったら、その時点で神の裁きが下っちゃうんだよ。

神の基準とはそれくらいのものなんだよ。
だから、もし「神よ、今すぐ裁きを下してみよ」なんて言うのはとんでもないことだよ。

jury "ああ、言ってることわかったわ・・・。”

jane "でも、hide-tan。一生の間にして来た良いことと悪いことを比べて、良いことが多いと天国に行けるというのならばいいんじゃないの?”(質問2)

多くの人がそう考えるよね。もし仮にそうだったとしようよ。
科学者らしく、注意深く自分の行動や思っていることをすべてもれなく書き出してみたらわかるよ。

たとえば、僕が教会に行くとき。
日曜日の朝、起きたのはいいけれど、ちょっとダラダラすごして遅れそうになる。
悪いのは自分とわかっていて、妻に「いつまで眉毛書いてんねん!」子どもに「そんなもん持っていかんでええ!そんなことしてるから遅れるねん!」と遅れそうなのを人のせいにする。
車を発進させてしばらくして割り込んで来た前の車に「あほかこいつ!」と叫ぶ。
そして横断歩道を走る美しい女性に目を奪われる。

ほら、教会に行くという崇高なことをしようとしているときでさえ、三つの罪をすでに犯すしちゃうんだよ。こんな人間が天国に行けると思う?

jane”たしかに無理ね(苦笑)”

だから、神の裁きに自分たちで堪えることも、良い行いで埋め合わせることも無理なんだよ。

彼女たちは私がクリスチャンと知っていて、十字架のことも何度も話しているので、私の意味していることはすでにわかっています。

この二人に、そしてこれら二つの質問をする人に共通していることはなんでしょうか?

それは、「世の中には悪い人がいて、その人は地獄に行くべきだけど、自分はいい人間だから天国に入るべき」という考えです。

今日(2011年4月22日)は、Good Fridayといって、イエスが十字架にかかったことを記念する日です。このイエス・キリストは、この地上を歩まれた時に悪人とか罪人を責めたような記事はありません。かえって飲み食いを共にして「あなたがたを救うために来た」とまで言ったのです。だから、私たちが「あんなやつらは地獄に落ちろ」と思ってしまう人であっても滅びることは神のみこころではないのです。

イエスが厳しい言葉で責めたのは「自分を正しいとして神の御前で悔い改めず、他の人々を心の中で裁いている人」でした。そのような人は、上のふたつの質問をする傾向があると思いませんか?

だったら、神がわたしたちにしてほしい質問はなんでしょうか?

私はこれだと思います。

「神様。このような私でも救われるでしょうか?」

この質問をあなたが心から発したら、神はあなたに駆け寄り、抱きしめてこう言われるはずです。

「おかえり。わたしの子よ。あなたのことをずっと待っていたんだよ。」

抱きしめられたらあなたの次の質問はきっとこうでしょう。

「なぜ赦していただけるのですか?なぜこのように受け入れて下さるのですか?」

その答えは十字架にあります。聖書にあります。
いっしょに探したいと思われる方はメールまたはtwitter (@_hidetoshi_) までご連絡ください。

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2011年4月18日 (月)

イースターイベントのご案内(2011)

いよいよ次の日曜日(4月24日)はイースターです。
私の通うPeninsula Bible Church(PBC)でも、イベントが行われます。
下記のイベントはすべてPBCで行われます。

Peninsula Bible Church
3505 Middlefield Rd.,
Palo Alto, CA 94306

お問い合わせはhide-tanまで。

4/20 (Wed) 19:00-20:30
Christ in Passover
キリストが十字架にかけられたときは丁度、過ぎ越しの祭りというユダヤ教の祭りのときでした。昔、ユダヤ人がエジプトで奴隷にされていたころに、モーセが神に命じられたとおりにユダヤ人をエジプトから脱出させるにあたって、神がエジプト王パロの心を変えさせる為にエジプトの初子を打ちました。そのときにユダヤ人は自分たちの子どもの身代わりに羊の血を扉のまわりに塗ることで、神が送った天の御使いが「過ぎ越した」というところから、エジプトの手から救い出してくれた神を覚えるためにはじめたのが過ぎ越しの祭りです。
イエスが十字架にかかる前の晩に行った最後の晩餐はそのときの祭りのときに食べる伝統の食事なのです。イエスが人々の身代わりの為に永遠の羊として血を流されることとリンクしています。このイベントはクリスチャンのユダヤ人の方が教会にやってきて当時の過ぎ越しの食事を再現し、その意味を丁寧に教えてくれます。
ヘブル語をつかってお祈りの言葉を捧げたりして、とても興味深いイベントです。
お子様も参加できるのでお気軽にどうぞ。

4/22 (Fri) 19:00-20:30
Good Friday Service
これはキリストの十字架の死に思いをよせるイベントです。
ヨハネの福音書からキリストが十字架で死ぬまでの箇所を辿ります。
最後は明かりが暗くなり、お互いに一言も交わしあうことなく、静かに礼拝堂をあとにしてイースターの朝を待ちます。

4/24 (Sun)
Easter Service (9:00~, 11:00~)
イースター礼拝です。一年間でもっとも喜びに溢れた礼拝で、イエスの復活をお祝いします。イエスの復活にちなんだメッセージ、賛美、そしてイエスを信じる決心をした人が信仰を表明するバプテスマ(洗礼)も行われます。
この日はふだん教会に来られていない方々もたくさん礼拝にやってきます。
教会ははじめてという方にもお薦めです。
9時からと11時からの二回の礼拝がありますのでご都合のつく方でどうぞ。

Easter Egg Hunt (10:30~)
イースター礼拝の間に子どもたちにとっての恒例のイベント、エッグハントがあります。タダでおもちゃやお菓子にありつけるチャンスです!
お子様連れでどうぞ。

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みことばカード(1コリント1:18):Santa Barbara, 教会の負の歴史。

子どもたちの春休みを利用して、Santa Barbaraというところまで行ってきました。下の写真はサンタバーバラのミッションですが、道中、いくつかのミッションめぐりをしてきました。

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カリフォルニアの小学4年生はスペインのカトリック宣教団がメキシコからカリフォルニアに建てたミッション(伝道所)についての課題が当てられます。長女もいろいろ調べてミッションに興味をもっていくつかを訪問しました。なにも知らずに行くと、神様のことを伝えようと先人たちは努力したと思って単純に感動します。でも実際はに起きたことはそんなに単純なことではないようです。

小学4年生のminoriが学んでいることは、原住民を無理矢理にカトリックに改宗させて、スペイン語を習得させ、奴隷のような労働を強要し、逃走すると兵隊が出動して捕らえていたという史実。そんな中でジュニペロ・セラ司祭は原住民に親切にしたので、彼らも逃走を図らなかったそうです。
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そこで、長女(10歳)の結論。
神様のことを伝えようとするのはいいけれど、信仰を強制するのはよくない。もしイエス様を信じることを断られたら、しばらく時間をおいてまた何度でも神様のことを伝えればよい。

わたしから長女への追加。「それが愛から出ている行為なのか」がとても大切だということ。

歴史で起きたことは起きたこと。教会に負の歴史があることも事実。それを隠すのではなくて、現実をしっかり見て、私たちはどうあるべきかを考えること、それが教育なのだと思います。

ただ、教会の負の歴史を語るときにとても大切なこと、それは、「教会が間違ったことをしてきた=聖書の教えが間違っている」ということではないということです。私たちには罪がある。これは真実。それには裁きがある。これも真実。しかし、神は愛であり、私たちの罪をあがなうためにその御子をお遣わしくださり、私たちの身代わりに十字架にかかり、わたしたちにいのちを得させる為に復活してくださった。このメッセージはわざわざここに書くまでもなく、なんども聞いていることだと思います。

私たちが人生を終えたときに、神の御前に立たされたときに、この十字架のメッセージを聞き入れたかどうかそれが訊かれます。そのときに”あのクリスチャンたちがあのようなことをしていたから私は信じませんでした。わたしが信じなかったのはあなたを信じているという人たちのせいです。つきつめて言えばそれはあなたのせいです”、と言うことはできないのです。

でも、だからといってクリスチャンも教会も自分たちの行動に責任はないのかというとそうではありません。だからこそ、クリスチャンは、そして教会は、このようなつまづきを生じさせることを極力裂けるように日々その行いとふるまいを正さないといけないのだと言えます。

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2011年4月10日 (日)

みことばカード(詩篇139:1-3,7-10、86:11)

みことばカードをコツコツ作っています。
写真を引っ張り出して来て、そこにあうみことばを探したり、引用したい聖書のみことばに合う写真を引っ張り出して来たり、けっこう楽しいです。

美しいタイミングを捕らえることができた水族館での一枚。
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長女minoriといっしょに選んだ詩篇のみことば。

主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。 あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。 あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。

私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。
たとい、私が天に上っても、そこにあなたはおられ、私がよみに床を設けても、そこにあなたはおられます。 私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕らえます。(詩篇139:1-3,7-10)新改訳


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昨日行って来たPoint Reyes National Seashoreでエルク鹿の群れに遭遇しました。その写真から思い浮かんだ聖句。

主よ。あなたの道を私に教えてください。 私はあなたの真理のうちを歩みます。 私の心を一つにしてください。 御名を恐れるように。 (詩篇86:11 新改訳)

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これはエルクという鹿です。Point Reyes というカリフォルニアの国立公園に保護区があって、野生のものが見れます。
写真には全部で11頭。1頭だけあっち向いています。
あと一頭おれば、十二弟子のうちのユダみたいな感じで撮れたのに残念です。
でも、あと一頭はカメラを持っているわたしなのかもしれないなあと思ったりしたのでした。

(以前やった心理テストで自分が自分自身を動物でたとえると鹿らしいのです)

こちらは英語バージョン(詩篇86:11)です。

Teach me your way, LORD, that I may rely on your faithfulness; Give me an undivided heart, that I may fear your name. (Psalm 86:11, NIV ©2011)
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英語の訳と日本語訳が微妙にニュアンスが違いますね。

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2011年4月 6日 (水)

みことばカード(イザヤ54:10、創世記1:4、1ヨハネ1:9)

クリスチャンのアーティスト、ここいろさんのみことばカードに触発されて、私もこれまで撮った写真に聖書の言葉をつけてみました。

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2011年4月 5日 (火)

救い出され、飼い主のもとへ戻ったワンちゃん

津波で流されて、3週間漂流して救助された犬が飼い主のもとに帰ったとのことです。
暗闇にまたひとつの小さな光が灯されたようなニュースです。このワンちゃんは飼い主さんにとって生きていく力となることと思います。

ビデオはこちら。(ANN ニュースより)

このニュースが人々を感動させるのは、いのちが救われたことだけでなく帰るべきところに帰ったというところではないでしょうか。

いのちが救われて、帰るべきところに帰る

これは、わたしたちが心から求めていることなのです。
この出来事は、わたしたちを死を待つだけの人生を漂っているわたしをキリストがやってきて抱きかかえ、父なる神のもとへと帰してくださったように思います。

このワンちゃんもはじめは上空から救助に来た自衛隊員を恐れて隠れていました。
しかし、海上からアプローチした海上保安員が上陸して手を差し伸べるとそれに応じて安心したように身をゆだねて、しっぽで喜びを表現していました。

わたしたちも死を恐れると同時に、神というものを恐れているのではないでしょうか。
そこで、キリストは赤ちゃんの姿をとってわたしたちのところに来て下さったのです。
そして”わたしだ。恐れることはない” (ヨハネ6:20)
とよびかけて下さるのだと思うのです。

わたしたちは、「多くの人々が大変な思いをしている中で、こんな犬のような小さな自分に神が気にかけているはずもない」と思ってしまうのではないでしょうか。

でも、そのような小さないのちのために来て下さる。
それがイエス・キリストというお方です。

わたしたちも死を待つだけの人生を漂っているのではなく、キリストに抱きかかえられ待っておられる天の御父なる神のもとに帰るべきなのです。


キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。
それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。
(1ペテロ2:22-25) 新改訳

このワンちゃんは飼い主に抱きしめられ、この犬のために(おそらく避難所から)被災した家に戻ると言ったそうです。

神のもとに帰ったときにわたしたちは聞くことでしょう。

”家に帰ろう。わたしはあなたを二度と離さない”と。

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2011年4月 2日 (土)

The Way to Support Japan

先日の教会でのベイクセールで配布したチラシです。

こちら(アメリカ)の人にどこに募金すればいいの?
どのような祈りの課題があるの?
とかいうリクエストがあれば、渡してください。

祈りのリクエストは東京の牧師さんが書いたものを簡潔にしました。
(ので、文法はめちゃくちゃです)

下からダウンロードしてください。
「the_way_to_support_japan.pdf」をダウンロード

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【おしらせ】 4/2(土)日本語バイブルスタディ

今週土曜日は日本語バイブルスタディがPeninsula Bible Churchにてあります。

現在の形でのバイブルスタディは残すところあと6回の予定となってしまいましたが、皆様のおかげで大変充実して楽しい学びと交わりができていることを感謝しています。
今回もマルコの福音書からイエス・キリストの生涯をたどって行きたいと思います。
日時:4月2日(土曜日)午前11時〜午後1時ごろ
場所:Peninsula Bible Church
3505 Middlefield Rd., Palo Alto, CA 94306
聖書箇所:マルコの福音書13章27-72節
はじめての方、久しぶりの方もどうぞご参加ください。
会費なし、お茶とお菓子をご用意しています。お子様連れも歓迎です。
それではお目にかかれるのをお待ちしております。

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