日記・コラム・つぶやき

2010年8月 2日 (月)

爆笑→ドキドキ→号泣:映画"Toy Story 3"

日本でも大好評公開中の映画"Toy Story 3"を観て来ました。実は、アメリカではじめての映画館。しかも3Dでした。

近くのMountain Viewの映画館では3Dでの上映は終わっていたので、今回はRedwood Cityという街の映画館のチケットをオンラインで購入して、礼拝のあとに行って来ました。

宣伝にあるように、Toy Story 3ではおもちゃの持ち主が大学生になり、そのおもちゃをどうするかというところで話が展開するのですが、映像のきれいさもさることながら、楽しく笑えるだけではなく、おもちゃそれぞれの「人生」が描かれ、困難にどう向かい合うか、人を信じるとはどういうことか、友情とはなにか・・・など、いろいろ考えさせられて、最後は泣かされました。

今回は次女ayumiにとってはじめての映画館でしたが、一番大声で笑い、ドキドキし、ベロベロに泣いていました。きっと思い出に残ると思います。いい感じに余韻が残る、非常によい映画でした。(☆☆☆☆☆)

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2010年7月 2日 (金)

お笑い企画とイエスさま

テレビ番組「進め電波少年」の土屋Pによる企画「人はつぶやきだけで生きていけるか in サンフランシスコ」という企画を通して我が家に二人の吉本お笑い芸人がやってきた話は以前のブログで書きましたが、スタッフの方々によってビデオが編集されてテレビ番組のような動画が、間寛平さんのアースマラソン関連のウェブサイトのこちらで公開されています。

これがことの始まり。ちょっとした緊張感の中に冒険の始まりが。

そして、ツイッターで情報を求めて私たちに辿りついたところ。

こちらが、空港から出られないお二人をスタンフォードからたまたま同じツイートを見ていたTakTakさんと一緒に「救出」に向かい、我が家に泊まってもらう場面です。いきなりカメラでちょっと緊張していました。

そしてスタンフォードでのお笑いライブ。
スタンフォード関係の日本人の方々が集まっていい雰囲気で応援してくれていて心温まります。
このときの私は司会進行係karaoke兼カメラマンmovie兼ディレクターslateと化しています(笑)。なので、主に声での登場です。


今後の展開についてはこちらで順次公開されていくと思いますので、寛平さんに辿り着くまでお楽しみください。

ところで、最後の別れは、本当に名残惜しいのと心配なのとで複雑でした。企画としての成功とお二人の安全とを考えた末の苦渋の決断がここでの別れでした。涙、涙の別れのあとに阿国ちゃんが「私たち何にもしてないのに・・・なんも関係ないのに・・・」と言われたのが驚きでそこまで感謝してくれていたのかと思い、また涙を誘われました。

そしてそれはよく考えると、それは私がイエスキリストが私のために十字架についてくださったことを思う時に発する言葉だと思いました。自分になにもしてくれたことがない、自分になにもこれからもしてくれるだろうとも思っていない、なのになぜそこまでしてくれる?ありえない・・・。

そう思われるのではないでしょうか?

私も正直言って自分の思いの中ではそのようなところもありました。でもキリストの十字架を知っているものとして、その愛を受けたものとして、その愛のたった何十分の一であっても自分とは無関係な人を愛するということをしたいと思ったのです。それは背中をそっと神様に押されたような感じで、ここの映像には収められていないたくさんのことも自分の思いで動いていたのではなく主イエスが私を通してふたりのお世話をしているといっても過言ではないような感じでした。イエス様にゆだねれば自分の思い、できる範囲を超えたことができると思わされました。

そうなんです。これらは主イエスがされたことなんだと私は思います。

主イエスがいなければ、私はこのように反応していなかっただろうことを確信できます。もともと私は自分中心で計算高い人間です。見返りのない仕事は引き受けない人間です。主イエスがいなければ、妻にもつらくあたることもあるだろうし、子どもに自分の夢を追わせてたたき続けるか、邪魔もの扱いしたりしたことでしょう。私の妻のりたんは本当に素晴らしい女性ですが、それでも神様に助けられているところをいつも発見しています。

だからやはりここでカメラを握っているのは主イエスだし、資金が集まって微笑んでいるのも主イエスだし、ピア39で涙して阿国ちゃんに抱きついている妻nori-tanも主イエスなんだと思います。

私たちは、食事のたびにコイちゃん、阿国ちゃんを交えて祈りました。
食事を与えて守って下さっていることの感謝を。
旅の安全と企画の成功を。
そして、それらの祈りがすべて聞かれるということを経験したのです。

また何人からもhide-tanが助けていなければ企画は成功していなかっただろうと言うことを言っていただきました。それは主イエスがいなければ企画は成功していなかっただろうということになるのだと思い、そのように言って下さる方に感謝しています。

お笑い芸人が出演する無茶な企画に主イエスがかんで来ることはない、と言えるでしょうか?
こんなところで神が働かれることはない、というそんな場所はないのです。
私たちひとりひとりを愛してやまない神は、どのような局面でもご自身を現そうとされておられるのです。声を聞き取ってもらえなくても、振り返られなくても、見返りがなくても、手を伸ばし続ける神がおられるのです。
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2009年10月21日 (水)

読書感想文:「道ありき」

三浦綾子文学のファンでありながら、著者の自伝小説であるこの本を読んだことはありませんでした。

最近、ひょんなことから高校生のときに読んだ「光あるうちに」を再購入して読みました。
再び感動しながらも、三浦綾子さんの歩みを知ってみたいと思い、実家から送ってもらいました。
折しもこの10月12日は三浦綾子さんの没後10周年だそうです。百万人の福音という雑誌の特集号も一緒に送って下さいました。

この小説は、三浦綾子さんが敗戦の失望から自暴自棄になり、生きる意味を失い、二重婚約、自殺未遂、そして肺結核、脊椎カリエスと戦う中で前川正氏と出会い、キリストを信じるようになるという心の葛藤を赤裸々に描いています。苦しみや悲しみが大半を占める小説なのに決して心を暗くさせられることはなく、雨上がりの朝のきらめきのような読後感が残る小説です。

単なる自伝でもなく、普通の小説でもない「自伝小説」という形をとった書物であるゆえでしょうか?

読み進めるに従って、主人公である著者の人生に寄り添って歩んでいる自分に気がつきました。それは、主人公自身を少し離れたところから振り返る著者の視点がそうさせたのかもしれません。または、そのような著者の記述の背後に主人公を愛し、導いた神の見えざる手が見え隠れしたからなのかもしれません。前川正氏の生き方、愛し方は、「私もそのように生きたい」と思うことさえ恐れ多く、神妙に自分の醜い心と正直に向き合う機会となりました。著者の精神的苦難、身体的苦難とそれを周りから支えた人々の思い、著者と前川正氏の心の交流が直接、私の心に語りかけて来ました。

「生きることは苦しく、謎に満ちています」という前川氏の遺書の言葉どおり、人生にはどのような光も届かないと思われる暗闇や、なにものも力づけることができないような絶望感、そして一歩先には何が起きるかわからないという得体の知れない不安があります。著者はそのような中で、暗闇に光を照らし、絶望を希望に変え、将来に安心を与える神と出会ったのです。

この小説がもたらす感動はただ単に感情を動かされる感動でありません。心を揺さぶられ、その心の周りに絡み付いているいろいろなものを振り落とし、自分の心のありのままの姿と対峙させれるような感動です。そのような深い感動を味わい、自分の人生を自分の心をとらえ直すことで見つめ直したい方におすすめの一冊です。

道ありき―青春編 (新潮文庫)道ありき―青春編 (新潮文庫)


著者:三浦 綾子

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2009年10月18日 (日)

学会をキャンセルです。

今週、実は次女ayumiと妻nori-tanが発熱し、ラボと家と、日本語学校、そして今週末からの学会ポスター準備/印刷と走り回っていたのですが、とうとう学会出発前日の夕方になって、いや〜な喉の痛みと軽い咳、そして微妙な微熱が出てきました。

それで、出発当日(10月16日)になって38度をこえる発熱。wobbly
楽しみにしていた学会をキャンセルすることになりました。down

幸いポスターは大学院生のsamが持って行ってくれることになり、発表はボスにお願いしました。
ポスターは直前になって、私の希望通り、最近のデータを入れることができたので、ボスと他の研究者との間で良いディスカッションが生まれることを期待しています。

今も39度近い熱で、ちょっとつらいので、今日はこのあたりで。

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2009年10月10日 (土)

ノーベル平和促進奨励賞?

オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したとのこと。
早すぎる・・・というのが率直な感想。

”なにもしていない人にあげてもいいのか?”
”理想とか理念を賞賛してもらえるのなら、誰でも貰えるのでは?”

というのが、私たちのラボでも全員一致の意見。

ブッシュ元大統領にたいする当てつけであるとか、平和主義の象徴として担ぎ上げるとか、平和賞をアメリカの軍事行動の抑止力につなげるためとか、いろいろ言われていますが、そのような理由であればなおさら、ノーベル平和賞は単なる政治的な目的に使うプロパガンダのようななものにしかなりえないと思います。
なかには、ムハマド・ユヌスさんとかワンガリ・マータイさんとか本当に値するような受賞者がいるだけに今回のノーベル平和賞は受賞した人というより、そのタイミングに残念さが残りました。

”これで、ノーベル平和賞がたいした賞ではないことが証明されたわ”
同じラボのチャイニーズポスドクのjuryの感想。
彼女が、ダライ・ラマ14世がこの賞を受賞したのを今も怒っていることを差し引いても、そう言わざるをえないと思いました。

受賞のきっかけとなった、オバマ大統領のプラハでの”核廃絶スピーチ”ですが、前のブログにも書いたように本当に行動に移す気があるのであれば、ヒロシマ・ナガサキで献花をし、アメリカ大統領として核使用の誤りを認めるところから出発してほしいです。

でないと、飲酒運転ひき逃げから逃げている警官が交通事故撲滅運動をしているようなものではないでしょうか。

オバマ大統領のヒロシマ・ナガサキ訪問。来月の訪日で叶えばいいですが。
(以下は、昨日たまたまサンノゼの紀伊国屋書店で見つけた本。メッセージが秀逸です。)

オバマ大統領がヒロシマに献花する日 (小学館101新書)Bookオバマ大統領がヒロシマに献花する日 (小学館101新書)

著者:松尾 文夫
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2009年10月 3日 (土)

リオデジャネイロ 2016

昨日は夜更かしして、IOC総会での日本の最終プレゼンをインターネットのライブ中継で観ました。

それなりに準備をして、練習した様子が伺われましたが、なにかインパクトに欠けるプレゼンにちょっと心配ながら就寝。

今朝起きて仕事に行く前に、投票結果の発表がありました。

シカゴが落選。

シカゴとの一騎打ちと思っていたので、もしかしたらと期待していたら、次に呼ばれた落選都市は「東京」。

あっけにとられて、観ていると、投票結果はリオデジャネイロに決定とのことでした。
サッカーの神様ペレをはじめ、ブラジルの人々が驚喜のうちに飛び上がり、抱き合い、そして涙する姿に東京の落選も納得出来るほど熱いモノが伝わってきました。

南米で初のオリンピックということで、リオはそういう意味では有意義なものだと思います。
はじめてのオリンピックの開催でいろいろなことがあると思いますが、地域の特色を生かした素晴らしいオリンピックになることを願っています。

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2009年8月10日 (月)

アメリカで聞くナガサキの声

昨夜遅く、長崎での平和記念式典のようすが、ここカリフォルニアでもテレビジャパンで放映されていました。

無念にも苦しみながら亡くなった多くの人々に思いを馳せ、礼儀正しく儀式を執り行うようすに身を正されました。この一部始終を通して、二人のスピーチが心に残りました。

ひとりは被爆者代表の奥村アヤ子さん
多くの友達を一瞬にして失い、唯一生き残った弟も二ヶ月間、痛みと苦しみに耐えたあとに天に召されるという、堪え難い苦しみを経験されたことをわかちあって下さいました。

私は思いました。

日本人のほとんどは、この戦争はアジアへの侵略戦争ではなく、アジアを欧米から解放するためのものであると信じていた、ある意味”善良な”市民であったのです。そうした考えは間違っていたのかもしれない。でも、そのように考えていた市民が犠牲にされたのです。
広島も、長崎も確かに軍事の拠点であったにしろ、爆弾は工場や基地ではなく、あきらかにこのような市民をターゲットにされたのです。そして、今わたしが住んでいるアメリカという国は、原爆投下を正当化する考えがまだ根強くあるのです。

もし、このスタンフォードに原爆が投下されたらどうだろう?
サンフランシスコや、サンノゼが火の海にされたら?

とても、恐ろしいです。想像しただけでも身震いがします。

プラハで行ったオバマ大統領の核廃絶を目指すという演説が、単なるパフォーマンスでなく、実行に移されることを祈ると同時に、このようなあさはかな認識しか持っていない国に”核廃絶”という大きな使命を任せてはいられないのでは?と長崎市長、長崎県知事、麻生首相の演説を聴いて思いました。

次に、国連総会のデスコト議長
彼はひとりのカトリック信者として、カトリック教会がその責任の一端を担っていると述べ謝罪したのでした。
アメリカのキリスト教会も、もしかしたら、原爆投下を支持したという歴史はないだろうか?
もしあったとしたら、それを悔い、謝罪するような気持ちがあるだろうか?

実は、日本においても、日本キリスト教団というプロテスタントの教会の群れが、戦争を支持したという経緯があります。日本の教会は、その歴史を理解し、悔い改めています。

アメリカ=キリスト教国
アメリカ=正義の名の下に原爆を投下する国
ゆえに、
キリスト教=正義の名の下なら原爆を投下を容認する教え

という図式がなんとなく日本人の中に形づくられてしまっているのではないかと私はひとりのクリスチャンとして心配になってきました。それはクリスチャンとしての自分がそのような人間に見られるのではないかという心配ではなく、そのことで、聖書に書かれている神、イエス・キリストのイメージが歪められているのではないかという心配です。

だから、そのようなつまづきの石は取り除くべきです。
アメリカの教会は、アメリカの教会として、公式に、日本人に目に見える形で、過去の原爆投下をこのように謝罪すべきだと思います。

被爆者の人たちの嘆きに、加害者の人たちの謝罪の叫びが共鳴することでこそ、ヒロシマ・ナガサキの声は世界の隅々にまで届くのだと思います。そして、人類史上最大の犯罪を冒した人たちをゆるすことができたときにこそ、悲劇を二度と繰り返さないという世界ができるのではないでしょうか?

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2009年7月28日 (火)

じゃ!また日本で!

こちらに来て、こういう挨拶を何度も交わしてきましたが、今回のそれはちょっと特別な意味がありました。

それは、私とひょんなことから渡米の前に知り合いになり、ビザの所得について相談し合ったり、まったく同じころにこちらにやって来て、同じようなことで悩みながら、相談し合いながらやってきたyukikukanさんが帰国するからです。

今日が車の売却、部屋の引き払いということで、yukikukanさんのお手伝いをさせてもらったのですが、いろいろ一緒に走り回りながら、アメリカ生活を振り返ったり、今後のことについての期待や不安、子育てのことなど、体は忙しく動き回りながらもなんだか久しぶりにゆっくり話ができました。
妻も奥さんと子どもたちを家に招いて、ほぼ一日中、一緒にご飯を作って、食べて、遊んで、楽しく過ごしたようでした。

私のアメリカ生活の前半部分を一緒に走って来たyukikukanさん家族ですが、その名前の示すごとく、私の”行き区間”を伴に走ってくれていたような気がします。今ちょうど折り返しに来て、彼らを見送り、あーなんだか留学生活におけるひとつの時代が終わったなあと思いました。

これからは”帰り区間”と思って気持ちを新たにし、まわりにいてくれる人たちに感謝しながら私も笑ってフィニッシュしたいです。

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2009年7月 6日 (月)

21年の時を経て・・・

高校生1年生のときに1年間を過ごしたピッツバーグに帰って来ました!
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たった1年間だけしか住んでいないところなのですが、多感な時期を過ごした異国の地ということで、どこか格別な思い入れがあったようで、学会でアメリカに来たときにも何度か立ち寄ろうかと考えたものでした。そして、今回、シカゴで学会があったことと、ワシントンDCに行ってみたいという長女minoriの希望もあって、シカゴからピッツバーグ経由でワシントンDCという旅行を企画したのでした。
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まず立ち寄ったのが、ダウンタウンにあるFirst Lutheran Church。私がイエス・キリストを信じたのは、アメリカに来る直前だったのですが、ここで毎週、ついて行けない賛美歌とまったく聞き取れない説教の中に身を置き、それでも自分が信じている聖書の神様を信じている親切な方々がいることでほっとしたのでした。

次に、毎日通ったSchenley High School。トライアングルな校舎で、歩いていると一周出来るようになっています。おかげで方向が定まらず、はじめは苦労しました。
本当は住んでいた地区に州で3番目に優秀な高校があったのですが、そこはESL (English as a Second Language)がなかったので、ピッツバーグ大学キャンパスに近くて、少しはインターナショナルなこの高校に入ったのでした。この地区はアフリカ系アメリカ人の居住区で、アフリカ系アメリカ人が6割くらい、白人が2割、あとは中国人かベトナム人という感じでした。

生徒たちはラップを歌いながら歩くか、アベックが廊下や階段で抱き合っているか、喧嘩しているかという騒がしい学校でした。

仲の悪いアフリカ系と中国系の争いに巻き込まれないかビクビクしていました。

カフェテリアでは、発砲事件があったり、毎日のように昼食のおかずやデザートを見知らぬ誰かにねだられたりしました。

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でも、先生や友達はよかったので、この学校は結構好きでした。
そんな学校の写真を撮っていると、正面玄関になにやら掲示が。

"当校は移転しました”・・・・へっ?coldsweats02

聞くところによると実はアスベストの問題があり、ピッツバーグ大学医学部の建物にされ、高校自体は近くの中学校に移り、その中学校が廃校になったようです。(学校を減らしたのは資金の問題かららしいです)
高校の建物は評判がよいので、残してほしいという要望も多いようですが、アスベストを取り除くにはそれ相応の費用がかかるので取り壊されるのではないかと危惧していました。

そして、近くでお花を買って、昔住んでいた家に到着。(つづく)

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(この赤茶色のレンガの家の向かって右半分がかつての家。)

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2009年5月14日 (木)

大好物なのだけど・・・




コネタマ参加中: 思わずフタをしたくなったお弁当は?

それは、私が幼稚園の年長組さんのときのことです。

みなしごハッチのアルミ弁当箱をあけると、脊髄反射的に即座にふたを閉めてしまったことがあります。

弁当箱いっぱいにギチギチにあんぱんが押し込められていたのです。shock

母もその日は時間がなく、お米も炊いていなかったから好物のあんぱんを入れたのだと思います。
でも、弁当箱に詰め込まれたあんぱんは、いつもパツンパツンのあんぱんとしての威厳を失い、なんとも情けなさそうなフニャフニャ顔で、鎮座していたのです。

一度ふたを閉めた私。周りにショックを与えないように、予告をしてから再びあけて、
”恥ずかしいやんけ・・・・でも、おいしかった。”

と苦情にならない苦情を母上に申し上げたのでした。


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