渡米準備

2009年2月13日 (金)

アメリカではじめての健康診断

こちらでかけているBlue Cross HMOではかかりつけ医を登録しておく必要があります。

それで、この保険をかけている人は、かかりつけ医で健康診断を受けておくことで、病気になったときの受診が少しはスムーズになると思います。私はそれをせずに3週間後の予約となり、このドクターとは病気が治った後の受診になりました。っで、今回は大変遅まきながら、こちらに来てはじめての健康診断を受けてきました。

今回は、血液検査、尿検査(ここまでは2日前までにしておく)、体重&身長測定、問診、診察をし、破傷風ワクチンを接種し、ツベルクリン反応をしてもらいました。すべて特に異常なしでよかったのですが、善玉コレステロール(HDL)が低めで、運動不足でしょーと指摘を受けました。

前回の問診で、過去に2回の入院歴があったこと、心臓検査で異常を指摘された経歴、日本では臨床医で、スタンフォードで神経の研究をしていることなど、カルテを見ずとも覚えてくれていました。

「たくさん患者さんがいるのによく覚えているね」

と言うと、”ここまで、ユニークな経歴(病歴)をもった人は珍しいからね”と言われました。

仕事柄、たくさんの病気の子ども達を診察して来たので、大人になるまで一度も大きな病気や怪我をせず、異常を指摘されたこともなかったこと自体が珍しいと思っていたので、入院した時には、『これでやっと普通になった』っぽくとらえていました。もちろん、医者になるまえまでは、健康で当たり前と思っていたので、立場が変われば見方も変わるものだと思いました。

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2007年8月21日 (火)

住み慣れた地を発って

「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい」(創世記12:1)

とうとう、住み慣れた大阪を発つ日がやってきました。
午前中に、再び不要物品の廃棄に出かけ、郵便局とスーパー、業者の方にエアコンを引き取ってもらい、午後にはマンション管理会社の人が来て、敷金の返還額の交渉を行いました。はじめ提示された返還額はたった5万円ほどだったのですが、ここは敷金裁判で勝った経験を生かし、やんわりと厳しい指摘をしながら、二人で粘って交渉し、18万円ほど返してもらうことになりました。
交渉が終わると、マンションをいよいよ退去です。マンションの奥さん方が集合してくれ、記念写真を撮りました。(もちろん、私がシャッター係)車をゆっくり発進させると、”バイバーイ”という妻のnori-tanの明るい声が次第に涙声に変わっていきました。車は教会のメンバーの方が、購入してくれたので、教会に持って行くと、二人の牧師先生と米国人宣教師Pさんの3人が祈ってくれ、霊的にも備えられました。

さて、新大阪では、妻の両親が子ども達を連れて来てくれました。考えうるすべてのことをサポートしてくださった妻の両親。このお二人のサポート無しにはこんなにスムーズに留学の準備が進むことはありませんでした。新幹線の待ち合いで室で、心を合わせて祈り、ayumiと義母は涙を流し、名残惜しい別れをしました。

私たちは今、名古屋で明日のフライトを待つ静かな夜を過ごしています。私たちの準備はどうであろうとも時は
どんどん進んで行きます。神が私たちに与えてくださっている計画はどんなものかは具体的にはわかりません。しかし、唯一言えるのは、私たちをこの世に誕生させてくださった神は私たちに限られた時間を託し、その中にあって、神の計画をなしていくようにと、私たち一人一人を召しているということです。だから私はすべての面において、神の存在を認めつつ、留学期間を実りの多いものにしたいと思っています。

”わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。—主の御告げ—それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。”
(エレミヤ29:11 )

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2007年8月20日 (月)

いつものように・・・

今日は、午前中、昨日まとめた不要ゴミをリサイクルセンターに運び込みました。午後、サカイ引っ越しセンターに家財道具をすべて妻の実家に引き上げてもらいました。トラックが出発するのを見送ったとき、大切な友人とのしばしの別れのような気がしました。

夕方、お世話になった共同研究者の教室に挨拶に行き、実験サンプルの整理を行い、引き継ぎをした時点で、私の大学での仕事は事実上??終えました。そのあと、私の研究と臨床を指導していただいたM先生、kwada先生、I先生、そして大学院の1年後輩のT先生、大学院志望のY先生との飲み会でした。普通の居酒屋で、普通に語り合って、普通にお別れしたいという私の希望もあって、大学の近くの居酒屋に集合しました。

私の指導医であった3人の先生方は、いずれもアメリカ留学の経験があり、3人とも、「アメリカ留学中で嫌な思い出はなく、楽しい事ばかりだった。楽しんでおいで。」と元気づけて下さいました。本当は、今後の研究についてちょいまじめに語り合う壮行会だったはずなのですが、気の合いすぎるメンバーだったので、話題はつきず、閉店後に店員さんに追い出されてしまいました。・・・とにかく、”いつものような飲み会”という私の希望は成就したのでよかったです。分野は違うけれども同じく留学を志しているT先生とは励ましあうことが出来、近い将来、私の研究を引き継いでくれるかもしれないY先生には、同じゴールを目指してくれる仲間ができたことを嬉しく思いました。

夜中、布団も何も無いマンションに帰ると、同じく友だちのお家でお呼ばれ(おしかけ?)していた妻が暗がりで、お別れメールをうちまくっていました。妻nori-tanは私と違い、社交的で世話好きで、明るいので、友だちも多いようです。アメリカでは言語や文化の壁はありますが、その中でも、現地の米国人、外国人、日本人の皆さんとnori-tanらしさを生かして良い交流を持てるようにサポートしたいと思います。

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2007年8月 6日 (月)

銀行のセットアップなど

当直明けで、午前中で仕事は切り上げ、大阪市内のCITI BANKでアメリカ専用の別口座の開設、冬眠口座の復旧、ドル定期預金への変換、住所変更届け、トラベラーズチェックの購入をしました。ついでにMTUFJ銀行からそれなりの額をCITIに移しました。これらもドルに変換して、アメリカ専用口座に入れ直しておけば、向こうで普通にドルで引き出せます。円預金からもドルで引き出せますが、その都度為替手数料を採られますので・・・。

そのあと、お茶をしながらアパートの書類を確認すると不備が判明、郵便局によることはできず、minoriの教科書をもらい、少し買い物をして、夕食を摂って帰宅。アパートの書類の再調整と明日からのサマーキャンプの準備などで忙しい夜でした。

他、詳しい出来事は妻nori-tanのブログでどうぞ。

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2007年8月 3日 (金)

入居アパート決定!

本日、Stanford West Apartmentsから連絡があり、2 Bed Roomが空いて、8月14日以降の入居ができるとの連絡がありました!!ラボの皆様も心配してくれて、あちこち見に行ってくれたりしていましたが、(感謝!) これで、セットアップの半分くらいの労力は省けたのではないかと思います。子どもの学校も申請できるし、追加の荷物も送れますし、何より、ホテル滞在の出費が無くて済みます。(それでも、着いた当日のセットアップは子ども達もしんどいので1泊くらいはしようかと考えていますが・・・。) 家賃は他と変わらず高いのですが、Stanford大学が運営していますので安心ですし(ホテルのフロントのような事務所も敷地内にあります。4月に訪れたときは「ここってポスドクみたいな貧乏人が住んでもよいのでしょうか?」と尋ねてしまいました。)、それなりのオマケ(ジム、バーベキューサイト、公園、プールなど)もありますし、1年以上住めばディスカウントの可能性もあるようです。

とりあえず、住むところが事前に決まって、精神的にはさらに楽になりました。あとは車選びですが、これに関しては3年だけの買い物なので、妻が私のわがままを聞いてくれることになりました。「SUVでも、なんでもいいよ。せっかくアメリカに行くんだから、好きなんにし〜。ほとんど私が運転するけど。」というので、インターネットで売りに出ている車の写真を妻に見せると、”この色はあかん”。

・・・・どうやら、”私(妻)が気に入る範囲で、好きなんにし〜。”という意味みたいです。
ま、私も妻が嫌がる車を買いたいとは思わないので、ちょっとは口をはさんで欲しいので、それはそれでいいのです。
(写真:Stanford West Apartmentsの一部)
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2007年7月30日 (月)

荷物の発送、フェローシップ申請

今日は当直明けで、大学の研究室で眠い目をこすりつつ、フェローシップの申請の最終調整をして、国際速達便で送付しました。毎年100名くらいの応募があり、4〜5名しか選ばれないそうですので、当たる確率は少ないのですが、選考基準からは研究の趣旨や、私の立場(小児科医としての経験があり、雇用されて間もないポスドク研究員)こそがファンド対象のような気がするので、ちょっと期待しています。

お昼、うなぎ専門店でうな丼を買って(今日は土用の丑)、いったん家に戻り、引っ越し。海外に送るための段ボールが次々と持って行かれるのを見て、これらの18箱を今度見るのはカリフォルニアだと思うと、いよいよ秒読みだな、という気がしてきました。残りの荷物や日本に置いておく家具の引っ越しは、妻が値切って値切った上で、引っ越しのサカイにお願いすることになりました。

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2007年7月29日 (日)

出発日の変更

先日のブログに書きましたように、フライトをキャンセルするはめになり、途方に暮れていましたが、幸い2日ずらせば、同じフライトを確保することができました。20日のキャンセル待ちもしていましたが、こちらは確保できなかったので、本日の日付で8/22の渡米が確定しましたので、引っ越しも20日にずらすことにしました。大学への勤務は15日までなので、少し余裕ができました。

私はクリスチャンとして、私のために罪の無い人生を送り、十字架にまでかかって下さったような愛の神様を信じているので、何か、自分の前の扉が閉ざされたようなときは(それが、あきらかに自分の責任でないかぎり・・・今回は私の責任ですが。)、きっと神様がもっと良い別の扉を用意して下さっているのだと思っています。
ここで言う「良い扉」というのは決して、人間の目から見た「良い」(たとえば、出世するとか、お金を儲けるとか)ものではなく、もしかしたら、つらい、嫌なものかもしれないけれど、それは私の上にある神様の計画にとって「良い」ものです。自分のために命を投げ出して下さった神は他にいないし、そのような神が私を大事に思っていないはずはなく、私に良いものを与えてくださるはずだと信じています。(ローマ8:32)
キリストは”一羽の雀も神のゆるし無しには地に落ちることがない”(マタイ10:29)と説かれました。これは、クリスチャンが「地に落ちる」ような経験をしないということを言っているのではなく、どのようなことであっても神のゆるしのもとで起きているということを教えられていると思います。

だから、この予期せぬ出発日変更、しかも変更せずに行ける方法を模索してもダメだった変更ということで、これも神がゆるされたこと、計画されたことと思います。ノアの箱船も、その扉を閉めて大雨を降り始めさせたのは神でした。すべての生き物を載せ終えた後も、ノアは本当にこれでよかったのか、これが神の計画なのか、もう扉を閉じてもよいのか迷っていたのだと思います。そこで、神がこの計画が自分からのものであり、神の責任においてなされることであることを示すために箱船の扉を自ら閉められたのだと思うのです。

だから今回のことも、なぜか、自分の渡米に関して神様の介入があったような気がして少し嬉しく思っています。

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2007年7月25日 (水)

フライトのキャンセル!?

フライトのキャンセル!?

8月20日の出発に向けて、引っ越し準備を取り仕切ってくれている妻、nori-tan。
今日は、彼女の指示を受けて、引っ越し業者に提出するパスポートやVisaのコピー、旅程票のプリントアウトをしました。そして、はじめて気づいたのです。
nori-tanがnari-tanになっていることに!!!
名前が一字でも違っていたら、搭乗できないので、あわてて、○天トラベルに電話すると、無愛想な対応で、「全員分、キャンセルするしかないです。キャンセル待ちになります。」とのこと・・・。
他の旅行会社の時は、名前の訂正が出来たのだけど・・・と思いながらも、言われるままキャンセルに。

他の旅行会社も含めて、調べ上げ、日程を1日ずらしても、一番良いルートは名古屋→サンフランシスコ直行便のキャンセル待ちだろうということで、再度、同じ飛行機の予約を取り直すことになりました。
とりあえずは7月29日までキャンセル待ちになり、それ以後になれば、私が単身で先に渡米することも含めて計画を練り直す必要がありそうです。

引っ越しの荷物を明日送る予定にしていたのも急遽取りやめになり(フライトの予約確認ができない限り送れないとのこと)、せっかく頑張ってくれたnari-tan×→nori-tanに申し訳ないことをしました。
それにしても、OとAを間違えるなんて・・・しかもそれに気づかないなんて・・・。基本的なことに不注意だった私に大いに反省。

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2007年7月23日 (月)

国際免許証を取りました。

アメリカでのとりあえずの自動車の運転のために門真運転免許試験場まで、国際免許証を所得してきました。
大阪府の場合、手続きに以下のものが必要です。

運転免許証
パスポート
写真1枚(6か月以内に撮影した無帽・正面・上三分身・無背景のもの、大きさは、縦5センチメートル×横4センチメートル)
黒又は青のボールペン
手数料 2,650円

今日は、平日ということもあり、空いていて、申請まで15分くらい、30分で交付されました。
とりあえず、小さな一歩前進。

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2007年7月18日 (水)

J1-Visa 面接(無事終了)

昨日列挙した書類を持って、アメリカ総領事館(大阪)にJ1-Visa の面接を受けに行ってきました。長女は学校、次女は保育所に預け、妻と二人で4人分のビザ申請をしてきて無事に受理されました。
大阪の総領事館は交通量の多い、梅田と淀屋橋の幹線道路沿いにあるビルで、警護車両のようなものがいつも駐車されているので、すぐにわかります。(この道は車でよく通るのですが、つい最近までは裁判所と思っていました。)
予約の30分前に到着する(近隣には有料駐車場400~500円/時間が結構あります)と、ガードマンのような制服を着たおじさんたちが入館に際しての説明しており、「どうぞ順番にお座り下さい。」と言って、植え込みの縁に座らされました。常に10数名がこの植え込みに腰掛けていて、玄関前に数名待機しているという混み具合でした。(入館までに20分)
飛行機に乗るときのようなボディチェックを受け、3階へ(ここは5分程度)。 
ここで、簡単に職員からのチェックを受け、私たちは2〜3の署名漏れを指摘され、列から外れてサインをし、10名くらい後ろのところへ並び直しました。(待ち時間30分)
そこには、新幹線の切符売り場のようなブースがあり、日本人職員から書類が揃っているかどうかチェックを受けました。不備があると隣のテーブルで書き直し、再び元のブースに戻るようなことをしている人が2、3人いました。私は滞在目的の欄の一カ所が抜けていたので、その場でResearchと書いて、給与の出所を聞かれ、3年の滞在予定なのにDS-2019の有効期限が1年であることを聞かれました。スタンフォード大の方針で1年ごとの発行しかしないそうですが、そのことを伝えると、「面接でも聞かれたらそのように答えて下さい。」と言われました。(この審査は4人分で10分弱)

次に階段で2階に下りて、おなじようなブースで面接と指紋の採取がありました。ここには30名くらい順番待ちをしていました。(待ち時間45分:私たちは本を読みながら並んでいました。)

やっと、面接でしたが、税関のような制服を着たおじさんがいると思いきや、どのブースもクールビズみたいな軽装の感じの良いアメリカ人スタッフばかりでした。面接は人によって英語であったり日本語であったりしましたが、私のときは英語でした。何をしにいくのか?どんな研究をするのか?と先程の書類審査での質問と同じ質問がありました。「スタンフォード大のポスドク? いいね〜。娘さん達、かわいいね〜。」みたいなフレンドリーな会話をしながら、昨日心配していた成績証明書のことも言及されず、面接じたいは2、3分で終了しました。

1階で預けていた携帯やiPodを返してもらい、ほっとして、退館しました。

ということで、全体の所要時間は2時間ちょっとでした。立ちっぱなしで少し疲れるのと空調の関係で喉が渇いても飲食物持ち込み禁なので、入館前に水分を摂っていて正解でした。トイレは3階の書類審査の会場にありますので2階で待たされる前にすませておいた方が無難です。

書類審査で、書き直しを命じられ、なんとか取り繕って書類審査で面接への許可が下りても、そこで却下される人もいましたので(私が見たかぎりでは2名なので、20人に一人くらい不許可になっていたように思います。)、面接に下りれたからOKというわけではなさそうです。まあ、少なくとも、今シーズンに関しては、横柄な職員もおらず、気持ちよく面接を終えることができました。子どものパスポート申請から、いろいろ協力してくれた妻に感謝です。

7月21日記載:
本日(3日後)、速達で私のJ1-VISAと家族のJ2-VISAがパスポートに貼付されて送られてきました。顔写真入りのお札のような複製できないような立派なものでした。(申請費用の100ドルも仕方ないなと思いました。)
DS-2019、 財政証明、Offer Letter、No patient care letter、学位証明などの書類も一緒に送りかえされてきました。DS-156,DS-157,DS-158, I-901はあちらで保管されるようです。

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