渡米準備

2009年2月12日 (木)

アメリカではじめての健康診断

こちらでかけているBlue Cross HMOではかかりつけ医を登録しておく必要があります。

それで、この保険をかけている人は、かかりつけ医で健康診断を受けておくことで、病気になったときの受診が少しはスムーズになると思います。私はそれをせずに3週間後の予約となり、このドクターとは病気が治った後の受診になりました。っで、今回は大変遅まきながら、こちらに来てはじめての健康診断を受けてきました。

今回は、血液検査、尿検査(ここまでは2日前までにしておく)、体重&身長測定、問診、診察をし、破傷風ワクチンを接種し、ツベルクリン反応をしてもらいました。すべて特に異常なしでよかったのですが、善玉コレステロール(HDL)が低めで、運動不足でしょーと指摘を受けました。

前回の問診で、過去に2回の入院歴があったこと、心臓検査で異常を指摘された経歴、日本では臨床医で、スタンフォードで神経の研究をしていることなど、カルテを見ずとも覚えてくれていました。

「たくさん患者さんがいるのによく覚えているね」

と言うと、”ここまで、ユニークな経歴(病歴)をもった人は珍しいからね”と言われました。

仕事柄、たくさんの病気の子ども達を診察して来たので、大人になるまで一度も大きな病気や怪我をせず、異常を指摘されたこともなかったこと自体が珍しいと思っていたので、入院した時には、『これでやっと普通になった』っぽくとらえていました。もちろん、医者になるまえまでは、健康で当たり前と思っていたので、立場が変われば見方も変わるものだと思いました。

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2007年8月21日 (火)

住み慣れた地を発って

「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい」(創世記12:1)

とうとう、住み慣れた大阪を発つ日がやってきました。
午前中に、再び不要物品の廃棄に出かけ、郵便局とスーパー、業者の方にエアコンを引き取ってもらい、午後にはマンション管理会社の人が来て、敷金の返還額の交渉を行いました。はじめ提示された返還額はたった5万円ほどだったのですが、ここは敷金裁判で勝った経験を生かし、やんわりと厳しい指摘をしながら、二人で粘って交渉し、18万円ほど返してもらうことになりました。
交渉が終わると、マンションをいよいよ退去です。マンションの奥さん方が集合してくれ、記念写真を撮りました。(もちろん、私がシャッター係)車をゆっくり発進させると、”バイバーイ”という妻のnori-tanの明るい声が次第に涙声に変わっていきました。車は教会のメンバーの方が、購入してくれたので、教会に持って行くと、二人の牧師先生と米国人宣教師Pさんの3人が祈ってくれ、霊的にも備えられました。

さて、新大阪では、妻の両親が子ども達を連れて来てくれました。考えうるすべてのことをサポートしてくださった妻の両親。このお二人のサポート無しにはこんなにスムーズに留学の準備が進むことはありませんでした。新幹線の待ち合いで室で、心を合わせて祈り、ayumiと義母は涙を流し、名残惜しい別れをしました。

私たちは今、名古屋で明日のフライトを待つ静かな夜を過ごしています。私たちの準備はどうであろうとも時は
どんどん進んで行きます。神が私たちに与えてくださっている計画はどんなものかは具体的にはわかりません。しかし、唯一言えるのは、私たちをこの世に誕生させてくださった神は私たちに限られた時間を託し、その中にあって、神の計画をなしていくようにと、私たち一人一人を召しているということです。だから私はすべての面において、神の存在を認めつつ、留学期間を実りの多いものにしたいと思っています。

”わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。—主の御告げ—それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。”
(エレミヤ29:11 )

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2007年8月20日 (月)

いつものように・・・

今日は、午前中、昨日まとめた不要ゴミをリサイクルセンターに運び込みました。午後、サカイ引っ越しセンターに家財道具をすべて妻の実家に引き上げてもらいました。トラックが出発するのを見送ったとき、大切な友人とのしばしの別れのような気がしました。

夕方、お世話になった共同研究者の教室に挨拶に行き、実験サンプルの整理を行い、引き継ぎをした時点で、私の大学での仕事は事実上??終えました。そのあと、私の研究と臨床を指導していただいたM先生、kwada先生、I先生、そして大学院の1年後輩のT先生、大学院志望のY先生との飲み会でした。普通の居酒屋で、普通に語り合って、普通にお別れしたいという私の希望もあって、大学の近くの居酒屋に集合しました。

私の指導医であった3人の先生方は、いずれもアメリカ留学の経験があり、3人とも、「アメリカ留学中で嫌な思い出はなく、楽しい事ばかりだった。楽しんでおいで。」と元気づけて下さいました。本当は、今後の研究についてちょいまじめに語り合う壮行会だったはずなのですが、気の合いすぎるメンバーだったので、話題はつきず、閉店後に店員さんに追い出されてしまいました。・・・とにかく、”いつものような飲み会”という私の希望は成就したのでよかったです。分野は違うけれども同じく留学を志しているT先生とは励ましあうことが出来、近い将来、私の研究を引き継いでくれるかもしれないY先生には、同じゴールを目指してくれる仲間ができたことを嬉しく思いました。

夜中、布団も何も無いマンションに帰ると、同じく友だちのお家でお呼ばれ(おしかけ?)していた妻が暗がりで、お別れメールをうちまくっていました。妻nori-tanは私と違い、社交的で世話好きで、明るいので、友だちも多いようです。アメリカでは言語や文化の壁はありますが、その中でも、現地の米国人、外国人、日本人の皆さんとnori-tanらしさを生かして良い交流を持てるようにサポートしたいと思います。

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2007年8月 6日 (月)

銀行のセットアップなど

当直明けで、午前中で仕事は切り上げ、大阪市内のCITI BANKでアメリカ専用の別口座の開設、冬眠口座の復旧、ドル定期預金への変換、住所変更届け、トラベラーズチェックの購入をしました。ついでにMTUFJ銀行からそれなりの額をCITIに移しました。これらもドルに変換して、アメリカ専用口座に入れ直しておけば、向こうで普通にドルで引き出せます。円預金からもドルで引き出せますが、その都度為替手数料を採られますので・・・。

そのあと、お茶をしながらアパートの書類を確認すると不備が判明、郵便局によることはできず、minoriの教科書をもらい、少し買い物をして、夕食を摂って帰宅。アパートの書類の再調整と明日からのサマーキャンプの準備などで忙しい夜でした。

他、詳しい出来事は妻nori-tanのブログでどうぞ。

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2007年8月 3日 (金)

入居アパート決定!

本日、Stanford West Apartmentsから連絡があり、2 Bed Roomが空いて、8月14日以降の入居ができるとの連絡がありました!!ラボの皆様も心配してくれて、あちこち見に行ってくれたりしていましたが、(感謝!) これで、セットアップの半分くらいの労力は省けたのではないかと思います。子どもの学校も申請できるし、追加の荷物も送れますし、何より、ホテル滞在の出費が無くて済みます。(それでも、着いた当日のセットアップは子ども達もしんどいので1泊くらいはしようかと考えていますが・・・。) 家賃は他と変わらず高いのですが、Stanford大学が運営していますので安心ですし(ホテルのフロントのような事務所も敷地内にあります。4月に訪れたときは「ここってポスドクみたいな貧乏人が住んでもよいのでしょうか?」と尋ねてしまいました。)、それなりのオマケ(ジム、バーベキューサイト、公園、プールなど)もありますし、1年以上住めばディスカウントの可能性もあるようです。

とりあえず、住むところが事前に決まって、精神的にはさらに楽になりました。あとは車選びですが、これに関しては3年だけの買い物なので、妻が私のわがままを聞いてくれることになりました。「SUVでも、なんでもいいよ。せっかくアメリカに行くんだから、好きなんにし〜。ほとんど私が運転するけど。」というので、インターネットで売りに出ている車の写真を妻に見せると、”この色はあかん”。

・・・・どうやら、”私(妻)が気に入る範囲で、好きなんにし〜。”という意味みたいです。
ま、私も妻が嫌がる車を買いたいとは思わないので、ちょっとは口をはさんで欲しいので、それはそれでいいのです。
(写真:Stanford West Apartmentsの一部)
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2007年7月30日 (月)

荷物の発送、フェローシップ申請

今日は当直明けで、大学の研究室で眠い目をこすりつつ、フェローシップの申請の最終調整をして、国際速達便で送付しました。毎年100名くらいの応募があり、4〜5名しか選ばれないそうですので、当たる確率は少ないのですが、選考基準からは研究の趣旨や、私の立場(小児科医としての経験があり、雇用されて間もないポスドク研究員)こそがファンド対象のような気がするので、ちょっと期待しています。

お昼、うなぎ専門店でうな丼を買って(今日は土用の丑)、いったん家に戻り、引っ越し。海外に送るための段ボールが次々と持って行かれるのを見て、これらの18箱を今度見るのはカリフォルニアだと思うと、いよいよ秒読みだな、という気がしてきました。残りの荷物や日本に置いておく家具の引っ越しは、妻が値切って値切った上で、引っ越しのサカイにお願いすることになりました。

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2007年7月28日 (土)

出発日の変更

先日のブログに書きましたように、フライトをキャンセルするはめになり、途方に暮れていましたが、幸い2日ずらせば、同じフライトを確保することができました。20日のキャンセル待ちもしていましたが、こちらは確保できなかったので、本日の日付で8/22の渡米が確定しましたので、引っ越しも20日にずらすことにしました。大学への勤務は15日までなので、少し余裕ができました。

私はクリスチャンとして、私のために罪の無い人生を送り、十字架にまでかかって下さったような愛の神様を信じているので、何か、自分の前の扉が閉ざされたようなときは(それが、あきらかに自分の責任でないかぎり・・・今回は私の責任ですが。)、きっと神様がもっと良い別の扉を用意して下さっているのだと思っています。
ここで言う「良い扉」というのは決して、人間の目から見た「良い」(たとえば、出世するとか、お金を儲けるとか)ものではなく、もしかしたら、つらい、嫌なものかもしれないけれど、それは私の上にある神様の計画にとって「良い」ものです。自分のために命を投げ出して下さった神は他にいないし、そのような神が私を大事に思っていないはずはなく、私に良いものを与えてくださるはずだと信じています。(ローマ8:32)
キリストは”一羽の雀も神のゆるし無しには地に落ちることがない”(マタイ10:29)と説かれました。これは、クリスチャンが「地に落ちる」ような経験をしないということを言っているのではなく、どのようなことであっても神のゆるしのもとで起きているということを教えられていると思います。

だから、この予期せぬ出発日変更、しかも変更せずに行ける方法を模索してもダメだった変更ということで、これも神がゆるされたこと、計画されたことと思います。ノアの箱船も、その扉を閉めて大雨を降り始めさせたのは神でした。すべての生き物を載せ終えた後も、ノアは本当にこれでよかったのか、これが神の計画なのか、もう扉を閉じてもよいのか迷っていたのだと思います。そこで、神がこの計画が自分からのものであり、神の責任においてなされることであることを示すために箱船の扉を自ら閉められたのだと思うのです。

だから今回のことも、なぜか、自分の渡米に関して神様の介入があったような気がして少し嬉しく思っています。

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2007年7月25日 (水)

フライトのキャンセル!?

フライトのキャンセル!?

8月20日の出発に向けて、引っ越し準備を取り仕切ってくれている妻、nori-tan。
今日は、彼女の指示を受けて、引っ越し業者に提出するパスポートやVisaのコピー、旅程票のプリントアウトをしました。そして、はじめて気づいたのです。
nori-tanがnari-tanになっていることに!!!
名前が一字でも違っていたら、搭乗できないので、あわてて、○天トラベルに電話すると、無愛想な対応で、「全員分、キャンセルするしかないです。キャンセル待ちになります。」とのこと・・・。
他の旅行会社の時は、名前の訂正が出来たのだけど・・・と思いながらも、言われるままキャンセルに。

他の旅行会社も含めて、調べ上げ、日程を1日ずらしても、一番良いルートは名古屋→サンフランシスコ直行便のキャンセル待ちだろうということで、再度、同じ飛行機の予約を取り直すことになりました。
とりあえずは7月29日までキャンセル待ちになり、それ以後になれば、私が単身で先に渡米することも含めて計画を練り直す必要がありそうです。

引っ越しの荷物を明日送る予定にしていたのも急遽取りやめになり(フライトの予約確認ができない限り送れないとのこと)、せっかく頑張ってくれたnari-tan×→nori-tanに申し訳ないことをしました。
それにしても、OとAを間違えるなんて・・・しかもそれに気づかないなんて・・・。基本的なことに不注意だった私に大いに反省。

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2007年7月23日 (月)

国際免許証を取りました。

アメリカでのとりあえずの自動車の運転のために門真運転免許試験場まで、国際免許証を所得してきました。
大阪府の場合、手続きに以下のものが必要です。

運転免許証
パスポート
写真1枚(6か月以内に撮影した無帽・正面・上三分身・無背景のもの、大きさは、縦5センチメートル×横4センチメートル)
黒又は青のボールペン
手数料 2,650円

今日は、平日ということもあり、空いていて、申請まで15分くらい、30分で交付されました。
とりあえず、小さな一歩前進。

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2007年7月18日 (水)

J1-Visa 面接(無事終了)

昨日列挙した書類を持って、アメリカ総領事館(大阪)にJ1-Visa の面接を受けに行ってきました。長女は学校、次女は保育所に預け、妻と二人で4人分のビザ申請をしてきて無事に受理されました。
大阪の総領事館は交通量の多い、梅田と淀屋橋の幹線道路沿いにあるビルで、警護車両のようなものがいつも駐車されているので、すぐにわかります。(この道は車でよく通るのですが、つい最近までは裁判所と思っていました。)
予約の30分前に到着する(近隣には有料駐車場400~500円/時間が結構あります)と、ガードマンのような制服を着たおじさんたちが入館に際しての説明しており、「どうぞ順番にお座り下さい。」と言って、植え込みの縁に座らされました。常に10数名がこの植え込みに腰掛けていて、玄関前に数名待機しているという混み具合でした。(入館までに20分)
飛行機に乗るときのようなボディチェックを受け、3階へ(ここは5分程度)。 
ここで、簡単に職員からのチェックを受け、私たちは2〜3の署名漏れを指摘され、列から外れてサインをし、10名くらい後ろのところへ並び直しました。(待ち時間30分)
そこには、新幹線の切符売り場のようなブースがあり、日本人職員から書類が揃っているかどうかチェックを受けました。不備があると隣のテーブルで書き直し、再び元のブースに戻るようなことをしている人が2、3人いました。私は滞在目的の欄の一カ所が抜けていたので、その場でResearchと書いて、給与の出所を聞かれ、3年の滞在予定なのにDS-2019の有効期限が1年であることを聞かれました。スタンフォード大の方針で1年ごとの発行しかしないそうですが、そのことを伝えると、「面接でも聞かれたらそのように答えて下さい。」と言われました。(この審査は4人分で10分弱)

次に階段で2階に下りて、おなじようなブースで面接と指紋の採取がありました。ここには30名くらい順番待ちをしていました。(待ち時間45分:私たちは本を読みながら並んでいました。)

やっと、面接でしたが、税関のような制服を着たおじさんがいると思いきや、どのブースもクールビズみたいな軽装の感じの良いアメリカ人スタッフばかりでした。面接は人によって英語であったり日本語であったりしましたが、私のときは英語でした。何をしにいくのか?どんな研究をするのか?と先程の書類審査での質問と同じ質問がありました。「スタンフォード大のポスドク? いいね〜。娘さん達、かわいいね〜。」みたいなフレンドリーな会話をしながら、昨日心配していた成績証明書のことも言及されず、面接じたいは2、3分で終了しました。

1階で預けていた携帯やiPodを返してもらい、ほっとして、退館しました。

ということで、全体の所要時間は2時間ちょっとでした。立ちっぱなしで少し疲れるのと空調の関係で喉が渇いても飲食物持ち込み禁なので、入館前に水分を摂っていて正解でした。トイレは3階の書類審査の会場にありますので2階で待たされる前にすませておいた方が無難です。

書類審査で、書き直しを命じられ、なんとか取り繕って書類審査で面接への許可が下りても、そこで却下される人もいましたので(私が見たかぎりでは2名なので、20人に一人くらい不許可になっていたように思います。)、面接に下りれたからOKというわけではなさそうです。まあ、少なくとも、今シーズンに関しては、横柄な職員もおらず、気持ちよく面接を終えることができました。子どものパスポート申請から、いろいろ協力してくれた妻に感謝です。

7月21日記載:
本日(3日後)、速達で私のJ1-VISAと家族のJ2-VISAがパスポートに貼付されて送られてきました。顔写真入りのお札のような複製できないような立派なものでした。(申請費用の100ドルも仕方ないなと思いました。)
DS-2019、 財政証明、Offer Letter、No patient care letter、学位証明などの書類も一緒に送りかえされてきました。DS-156,DS-157,DS-158, I-901はあちらで保管されるようです。

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2007年7月17日 (火)

J1-Visa: 間に合わなかった書類・・・

いよいよ、J1-Visaの面接が明日に迫りました。なんとか一通りの書類を揃えました。アメリカ総領事館のホームページを参考に書類をそろえましたが、私の分として用意したのは以下のとおり。

1.パスポート
2.DS-156オンライン入力式ビザ申請書
3.カラー写真: 5cm x 5cm。背景は白で、最近6ヶ月以内に撮影されたカラー写真1枚
4. ビザ申請料金(100ドルを日本円で)支払済のATM領収書
5.DS-157「非移民ビザ補足申請書」
6.返信用封筒として宛先を記入したエクスパック 500 (EXPACK 500)
7.クリアファイル
8.DS-158「連絡先および職歴書」
9.DS-2019
10. I-901 SEVIS費確認書
11.財政証明(給料が出るので不要かも?)/Offer letter(給与の証明書の代わり?)
12.学位証明書(成績証明書がまにあわなかったため)
13.No patient care letter(受け入れ先のボスの手紙)
14.面接の予約票

財政証明は念のためのものですが、これを得るのに近所の銀行の姉妹店では即日発行は無理!と言われ、口座がある銀行まで車を30分以上走らせるはめに・・・。
もう一方の財政証明は即日発行してくれたものの、なぜか日付が未来日になっていたとの連絡が入り、忙しそうな病棟(NICU)を横目に見つつ、夕方に再び改訂版をもらいに行ったり・・・あっちこっち動き回っていました。

さて、心配なのは12.成績証明です。私は卒後11年目なので、10年以内の成績証明は関係ないと思っていましたが、よく考えると大学院は今年、卒業でした・・・。先週末にそれに気づきましたが、大学院はテストも授業もないし、成績もクソもないだろうとタカをくくっていましたが、今日、念のため教務掛に問い合わせると、大学院にも成績証明はあるそうで、日本語なら翌日、英語なら1週間で発行されるようです。どちらにしても、明日には間に合いませんので、苦肉の策として、代わりに以前もらっていた博士修得証明書をpdfにしてあったので、プリントアウトしておきました。これでゆるされることを期待して明日、面接に行きます・・・・明日の報告(失敗談?)を楽しみにしてください。

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2007年7月11日 (水)

セントレアから出発!?

留学した先輩方からは、「それはやめとけ」とよく言われることですが、家族でえいやっ!で渡米することになりましたので、昨日、1ヶ月以上も前ですが、航空券の予約をしました。夏休みということで、関空からサンフランシスコ行きは満席、成田は前回、乗り継ぎにかなり待たされるので新幹線を使ってひどい目にあったことから、考えあぐねていたところ、実は名古屋からサンフランシスコ直行便が出ていることがわかりました。それなら大阪から新幹線で1時間+名鉄で38分なので、関空に前日に宿泊するのも、名古屋に宿泊するのもさほど変わらないことがわかりました。

ということで、私たちは意外や意外、中部国際空港セントレアからの出発となりました。今から前日の夜は、みそ煮込みうどんか、名古屋コーチンか、ひつまぶしか・・・大いに迷っています!

成田からの出発であれば、免税店の電化製品屋さんで炊飯器を買って(これがまた安いのです!)積み込んで行こう、と思っていましたが名古屋の免税店は小さいようで、タバコとお酒と化粧品くらいしか売っておらず、この計画は潰れてしまいました。炊飯器は向こうで何とかするとして、電子レンジでお米が炊ける容器でしばらく過ごそうと思っています。
さて、7月もそろそろ後半に入り、これから、本格的に引っ越しの準備です。

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2007年7月 3日 (火)

ビザ申請(その2)

詳細は妻のブログに譲りますが、何とかJ1-ビザの面接予約までこぎつけました。DS-2019を受け入れ先から発行してもらい、DS-156なるものをオンラインで作成し、そこから得られた番号をもとに駐大阪・神戸アメリカ総領事館のウェブサイトから予約を入れるというやり方でした。開いているところに予約を入れようとすると「いっぱいになりました。他で予約を取り直してください。」と表示されましたので、結構みなさん、どんどん予約を入れられているようです。3時間待ちとかいう話も聞くので、予約を入れた7月18日は一日仕事になりそうです。

面接さえパスすれば出発日を固定できるので、一気に準備が進むはずです。それまでに財産証明(私の場合、向こうで給料をもらえるので不要ですが、念のため。)やNo Patient Care Letter (医師でもある私が、今回の渡航では臨床に携わらないことを約束する手紙〜受け入れ側が発行:スタンフォード側は要らないんじゃないかと言っていますが、要るような気がします。でも出さないで済んだドクターもいるようです。)も準備しておこうと思います。

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2007年6月23日 (土)

ビザ申請(その1)

ビザ申請に必要なDS-2019が出来上がったようです。あとはこれがStanfordの所属ラボでの確認を受けてこちらに送られてくることになります。ということで、あと1〜2週間で手元に届けば7月中に総領事館で面接し、J1-Visaが発行される見通しです。Visaが無いと、もちろん渡米できないのもありますが、荷物も事前に送ることができません。

最近の留学経験者の先輩方の話によると大学が一番の律速段階になるので、しつこいくらいDS-2019を要求するようにとのことでした。これで、第1関門を突破ということになります。まずは、ほっとしました。

また、嬉しいことに年間約900万円で3年間の研究助成も、第1選考を通過したみたいなので、これからそのグラント申請も向こうのボスとやりとりしながら進めていきます。また私のフェローシップもボスが学振やHFSPより高額の、いいのを見つけてきてくれたので、それも同時進行です。頑張らないと!


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2007年6月20日 (水)

渡米前の点検(検診)

渡米前の点検のために20年ぶりくらいに歯医者に行きました。汚い話で恐縮ですが、かなり頑固な歯石を本当にきれいに取り除いてくれました。自分でもトライしたことがありますが、なかなか取れず、「これは一生無理やな。」と思っていたのですが、プロの手にかかると20分くらいで完全にピカピカになりました。
自分の力ではどうしようもないことも、適切な人に助けを求めれば解決の糸口が見つかるものだと思いました。これからは生活面でも、研究面でも、臨床面でも、自分の努力ではどうしようもないと思ったら、適切な人に助けを求めることを心がけたいと思います。そもそも、クリスチャンっていうのは自分の努力では神の基準に見合う罪も汚れもない存在になりえないということを認め、自分の罪の代価がキリストの十字架によって支払われたことを感謝している人です。だから、人に頼ることは得意なはずなのですが・・・。
ところで、逆に私には誰かが困っているときに助けてあげられるような能力があるだろうか・・・と思います。
あ〜!一個だけあります!でもこれは現時点では極秘情報なので、6月30日か7月1日に公表します。

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2007年6月12日 (火)

愛車ナディアの行方

留学に向けて7年間乗った愛車を手放すことになりました。車検を5月にしたばかりの7年落ちで、内装とかまだ奇麗なので、とても惜しいのですが、3年間維持しておくことができないのでディーラーの見積もりでは数万円にしかなりませんが売却することになりました。ですから車検では部品の交換はほとんど行わずでした。それで、もしかしたら車がすねているのか、最近、心なしか加速がいつものように延びないような気がしています。先日の夢では、アクセルを踏みまくっても全然スピードが上がらず、右車線からどんどん追い越されて行く経験をしました。
思えば、この車は、長女minoriが妻のお腹に宿されたときに購入したもので、「もしかしたら、この車を乗っている間に留学するかもしれない。でも帰って来てまた使って、minoriが小学4年生くらいまでは乗るよね。家族が増えても5人乗りだから大丈夫。」と言っていたのを思い出します。以前乗っていたAE92トレノとは違い、静かで乗り心地が良く、妻のつわりも軽減されましたし、子どもの夜泣きもおさめてくれましたし、2回の出産と1回の流産の時にも私たちを運んでくれました。そんな想い出の詰まった愛車なので、寂しい限りですが、最近、教会でお世話になっているご家族が車を探しているとのことで、引き取ってくれることになりました。・・・ということで、多分、帰国して再会はできそうです!
そういえば、私たち家族は毎年写真屋さんで家族写真を撮っているのですが、「家族と車」という写真はありません。近々撮っておこうと思います。

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2007年6月 6日 (水)

積み残しを作らぬように・・・

出発(予定)の日が2ヶ月あまりのところまで迫って来ていますが、渡米前にあのデータも論文にしないといけない、この助成金も申請しないといけない、引き継ぐ人のための実験環境(実験の継続申請など)も最低限でも整えないといけない、バイトに行って少しでも引っ越し費用を稼ぎたいけど、そんなことをしている場合でもない。一方では、日本の料理を楽しんでおきたいし、もう一度訪れておきたい風景もあるし、会っておきたい人もいる。日本の歌のCDを借りておいたり、日本の映画もDVDで見ておきたい(せめて”明日の記憶””博士の愛した数式”や男たちの大和”くらいは・・・。)Skypeも使い方を試しておきたい。3年間(おそらく)の留学となると、このように研究面、臨床面(は今はNICU勤務で主治医とかはあまりないので言うほどでは無いけれど)、生活面などの「締め切り」が一気にやってくるのだな〜と思いました。ある意味で留学は生活すべてをリセットするという感じで、人生の一つの区切りになることは確かです。
ところで、今NICU当直の最中ですが、落ち着いてるから申し送ること無し!みたいな申し送りをうけて、論文か助成金の書類かをしようと思いきや、二人入院、重症の赤ちゃんのバイタル(心拍数や呼吸状態など)の変動に悩まされ、今日も眠れませ〜ん。




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2007年5月31日 (木)

アメリカに密航する野郎ども

写真は、私たちとともに渡米するために競争を勝ち抜き選び出された、ぬいぐるみたちである。リーダーは奥から3番目のテディベア、スミソン(元スミソニアン博物館研究員)。
渡米に先立ち、彼らは様々な訓練を受けている。この日彼らは洗濯機で身を浄められ、物干し竿の上で腕立て伏せの訓練を受けた。そして、同時に下から敵の攻撃がないかどうかを見張っているのである。彼らはこれから段ボールに身を潜めて渡米を果たし、9月には私たちとカリフォルニアにて合流するのである。Dscf0491

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