スタンフォード大学

2012年5月 2日 (水)

公式?留学報告 : つながりたい思い、つなげたい願い。

医局の同窓会誌に掲載される予定ですが、少しあらたまった留学報告書を書きました。
ブログを(いつか)終えるにあたり、ここでも紹介したいと思います。

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留学報告  つながりたい思い、つなげたい願い。      アメリカ西海岸スタンフォード大学での4年間

留学からの帰国を半年後に控えたある日、書類を整理していると昔の自分が書いた一通の手紙のコピーが出て来ました。

“将来は留学や国際学会などに積極的にチャレンジし、世界の医師と協力しあい、世界的なレベルにおいても小児医学に貢献できるような働きをしたいと願っております。(1996年10月、医学部6年:○◯大小児科入局志望動機)”

わたしの国際学会デビューはその8年後でした。さらに2年後の学会で3回目のアメリカ国内での学会発表で後のボスとなるA先生との出会いがあり、電話インタビューとラボ訪問を経てStanford University School of MedicineのDepartment of Neurology and Neurological Sciencesのポスドク(博士研究員)として4年間 (2007年9月〜2011年8月)、研究留学をすることになりました。アメリカ西海岸の名門大学で、自分が持ち込んだ院生時代のプロジェクトを発展させた研究テーマ、年俸も約束されて、すべての希望が叶った形での留学となりました。

スタンフォード大学は米国カリフォルニア州のサンフランシスコ市郊外にあるハイテクIT産業のメッカであるシリコンバレーと呼ばれる地域にあります。気候は過ごしやすく治安も良い分、物価はハンパなく高いのですが、地域には日本人(日系アメリカ人も含めて)が多く、暮らしやすい場所でした。スタンフォード大は自由でオープンな雰囲気の中に世界のトップ、そして最先端であることを目指すという“明るいハングリー精神”があります。スタンフォード大学の卒業式でアップルの元CEOの故スティーブ・ジョブズ氏が訴えかけた”Stay hungry, Stay foolish”の精神が息づいているようです。スタンフォード大だからトップを走っているのではなく、トップを走り続けているからスタンフォード大なのだと思わされます。

このように恵まれた環境の中でしたが、最も困ったのは先述した物価の高さ(とくに家賃と教育費)でした。ツーベッドルームの家賃が2500ドル/月という地域でしたので、ポスドクの給料だけでは追いつかず、毎月が「特大」赤字。渡米当時は1ドル=120円の時代でしたから、毎月の収支を見ながら、これではもたないと焦る日々でした。そういう困窮状態のために、フェローシップ(給与に当てられる研究助成)を獲得するために火のついたように申請書を書き続けました。幸い渡米後4ヶ月後にDean's Fellowshipから、さらに半年後にはAmerican Heart Associationから、そして翌年はStanford University Child Health Research Institute からの助成を獲得し、ついでに、低所得者向け家賃補助プログラムにもあたってなんとか生活を続けることができました。

スタンフォード大では、様々な国や地域からの多くの人たちとつながることが出来ましたし、研究に関するディスカッションも大いにしました。ラボではミーティングのオーガナイザーや、二人の大学院生と学部学生の教育係を任され、他のラボのポスドクとの交流も盛んでした。また、Journal of Visualized Experimentに依頼されて作成した新生児HIEモデルの実験方法の動画は掲載後半年くらいで視聴が1万回を突破し(2012年4月現在の視聴回数は3万回)、世界各地から多くの質問や相談がよせられました。また、学会でも口頭発表(1回)やポスター発表(3回)だけでなくHIE研究のパイオニアであるV教授から共同座長を依頼されるなど、同じ分野の研究をしている仲間に加えていただきました。

それと同じくらい大きな収穫だったのは、異国での日本人どうしのつながりです。いろんなことで助けあうのはもちろんですが、アメリカだと、ただ日本人であるというだけでお互いにつながりたいと思うのが新しい発見でした。それは東日本大震災のときには顕著でした。多くの日本人が協力しあって、チャリティイベントが震災後、継続的に行われ、寄付金を集めていました。それは祖国のために協力しあっているマイナリティである日本人たちをアメリカ人たちが応援してくれるという麗しい構図でもありました。私たちも海の向こうで起きている悲劇に際して、日本国内で祖国を心配している人たちにどう寄り添えるのか。そこから国際交流が始まるような気がします。なので、日本人どうしがちゃんとつながりあうことなしに海外の人たちと手を結びあうというのは無理な話だし、日本にいる外国人に親切にすることなしに海外に手を差し伸べるというのも不自然なことなのかもしれません。普段からそういう意識をもっていること、それが国際感覚というものではないでしょうか。私が四年間、太平洋の向こう岸に立ってみてわかったことは、この偉大な太平洋はここから始まって日本につながっている、日本からはじまってここに繋がっているということでした。同じように、世界へと通ずるつながりとかネットワークというものは、本当に身近なところからはじまるのだと思うのです。

留学中の仕事の一部を発表した論文をもとにした研究計画は幸いにも帰国後に科研(基盤C)をいただくことができました。これからも臨床のバックグラウンドを生かした研究を続けていきたいと思っていますし、できれば後輩の皆さんがさらに発展させていってくださるような新しいこともチャレンジしていきたいとも思っています。そういう願いとか研究そのものというものは、ある意味、灯火(ともしび)のように喩えられるかもしれません。わたしが持っている灯火は、小さなものではあっても指導いただいた先輩方やしんどい思いをした赤ちゃんやご家族からいただいた大切な灯火です。そして、HIEの後遺症とともにある子どもたちやご家族にとっては、“小さくてもそこにある光“なのかもしれないです。その大切な灯火をさらに大きくさせること、そしてその灯火を絶やすことなく、同じように重荷を持って下さる方々へとつなげていくことで、病気の子どもたちを先に見据えた研究をさらに発展させていきたいと願っています。

謝辞:本報告にあたり、この留学を支えてくださったK教授、M教授、副センター長のK先生をはじめ○◯大小児科の皆様にあらためて感謝致します。そして海の向こうにまでついて来てくれた妻と二人の娘たちに心からの感謝を送ります。

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2011年8月26日 (金)

四年間のカリフォルニア

カリフォルニアで最もよかったのは出会った人々です。カリフォルニアで得たものといえば、友。そして、カリフォルニアで学んだことは自分の人としてのあり方を立ち止まって考えることの大切さ。

こういう経験はふだんでも、またカリフォルニアまで行かなくてもできることです。でも、私たちは日常の生活のなかで「あたりまえ」と思っていることがらのもつ素晴らしさに目を閉ざされているのだと思います。わたしは太平洋を渡ることで、人と向き合い、神と向き合い、そして自分自身と向き合うことができました。

これまでの「あたりまえ」があたりまえでなくなったとき、それは何かを発見するよいチャンスです。それは帰国後の私にとっても、震災に直面した日本の方々にとってもそうなのだと思います。

さて、私には誰にも持ち去ることができない素晴らしい宝があります。

その宝は、誰ともシェアできるし、手渡すことさえ出来ます。それでもその宝はわたしのものです。

それはキリストに表された神の愛。御子を通して与えられた永遠のいのち。
それはキリストゆえに私たちが仕える人々や場所。
それはキリストにある神の家族の交わり、一緒に過ごした時間。
神が下さる宝はこのようなもの。誰にでもシェアできるのに、誰にも奪えない。神は実にそのひとり子イエスを私たちに与えて下さった。このお方こそ、王の王、主の主。

私たちは目を開いてこのような宝に目を止めるべきです。それを取って、肌身離さずにすべきです。そして、キリストに結び合わされてそれらを抱きしめるべきなのです。

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2011年8月 2日 (火)

Big Sur Lodgeにて(8/2/2011)

Big Sur Lodgeにて(8/2/2011)

カリフォルニアで過ごす最後の夏の思い出に3泊4日でMt.HermonBig Surにやってきた。

一日目。Bible101のBBQのあと:
Mt.HermonにやってきてFernando Ortegaのコンサート。
二日目。緑に囲まれたチャペルで礼拝をし、午後はRedwoodの森林を散策。
カーメルでシーフードを食べてBig Surに来た。
三日目の午前がPfeifer SPの散歩、プール。午後はPfeifer State Beach、滝、灯台などを回った。

Big Surから青く、どこまでも続く太平洋を見ていると、神の偉大さ、自分の小ささが見えてくる。
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自分は小さい。人生は短い。
神は偉大。その王国は永遠に続く。

自分がこの先、どうすればよいのかということより、
今、自分は神に従っているか、
自分の人生を神にゆだねているか
そのことが大切に思えてきた。

そして、この四年間、本当にたくさんの素晴らしい経験をさせて下さったことを主に感謝した。

まだまだ人生やりたいことはたくさんあるけれども、いつ死んでもいいくらい幸せな日々を送らせていただいた。

”いつ死んでもいい”

そう思うことはネガティブなイメージがあるけれど、私はそう思える経験をしたことで、どんな困難にも立ち向かって行けるような気がしてきた。

つらいことがあったら、カリフォルニアの日々を思い出そう。
美しいスタンフォードのキャンパスと、そこで働いた仲間たち。
Peninsula Bible Churchの礼拝、メンズバイブルスタディ、そしてBible 101 in Japanese (日本語の聖書の学び会)。
アラスカ、ヨセミテ、グランドサークル、イエローストーン。
カリフォルニアの青い空と美しい海岸、どこまでも広い太平洋。

”あの時はよかった。戻りたい”ではなく、
”あの時はよかった。だから今がんばろう”と思いたい。

今、Big Sur Lodgeのキャビンにある暖炉の火を見ている。
昔はこうやって薪を割って、暖炉に焼べて、そして、灰を肥料にして畑にまいていたのだ。日々生きていくための営みにじっくり時間をかけていたのだ。でも、今は、生きていくために必要なもの以上の”何か”を求めて、効率や便利さを求め、そして生きていくためには不要な何かを得て、人生を生きた気になっている。

私もすでに40歳になったから、これができないといけないとか、これを持っていないといけないとか、そういうことを考えて不安になっている。

もともと短い人生、何を急いでいるのか。

自分が考えている40歳の自分じゃないなら、自分を30歳と思えばよい。
40歳と30歳、何の違いもありはしない。

暖炉の焚き木は面白い。
火をつけるとき、二つくらいを並べておく。
この二つに火がついたら、それに垂直に薪を置く。
すると、もともと燃えていた木がさらに燃える。

新しいクリスチャンに信仰を燃やされるクリスチャンみたいだ。

また、火が弱くなったときには、木の配置を変えたり、息をふきかけると、再び強くなる。

人の信仰も同じようにちょっとした人との関わりが神様によって導かれたり、神様から息を吹きかけられたりして、再び信仰の炎を燃え上がらせる。

そして、燃えて光と熱を発するということには二つの意味がある。
ひとつは、他の薪に火を移らせること。これは、信仰の伝搬であり、信仰の継承といえる。
そしてもうひとつは、自分自身がどんどん小さくなること。
信仰の炎が強くなるにつれて、人は炎を見て木を見なくなる。
私も誰かが私を見るときに、
”この人をこのようにさせている神とはどういうお方なのだろう”という思いを与えられるように自分を小さく、神を大きくしたい。

そして、炭となってくだけたものにも役割がある。
それは、燃えさかる木の炎を下から支える役割。

リタイヤしても祈りで支えることができるということだ。

今、暖炉の火はほとんど消えた。
ものごとにはいつか終わりが来る。
カリフォルニアの日々も終わるし、
自分の人生も終わる。
そして、この世界もいつかは終わる。

しかし、神には終わりがない。
そして、私はこの神に生かされて今を生きている。

2:02AM

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2011年6月13日 (月)

東日本大震災のためのチャリティランチョン:神様の算数

5月22日(日曜日)、わたしたちPeninsula Bible Church(PBC)で行う東日本大震災のチャリティイベントの第二弾目として、ランチョンを企画しました。(第一回目のチャリティベイクセールの様子はこちら

日本では多くの被災地の教会が、それぞれの地域の人々のお世話を行っています。
その活動をバックアップしているキリスト教系の団体のひとつがCRASH Japanというところです。
今回のイベントも前回に引き続き、この団体にPBCとして支援金を送る為に企画しました。
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(各テーブルにはこのように資料を置いて、この団体について説明しました)

このイベントは、わたしたち夫婦が企画して、わたしは教会の責任者や奉仕者と連携をとって会場や物品の確保、イベントの告知などをし、そして妻のnori-tanがお友達を中心に協力を呼びかけて、食事の準備の陣頭指揮をとりました。その結果、教会の多くの人々の協力に加えて、日本人の女性が40名が協力してくださいました。
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そして当日は、予想というか目標の150名をはるかに越える200名ほどの参加者がありました。
はじめは、「もしあまり人が集まらなかったらどうしよう・・・」と心配して祈っていました。
そして会場を開けるとそこには長蛇の列がありました。そして教会学校を終えて、子どもたちをピックアップしてきた家族が続々とやってきました。
今度は「食事が十分に足りますように!」という祈りに変わりました。
当日は10数名の日本人の方々が次から次へとビュッフェ形式の料理を入れ替えて、最後のひとりに至るまで満足していただけることができました。

そして総額4000ドル以上の義援金が集まりました!
前回のベイクセールでの6000ドル近いものと合わせるとPBCとしては10,000ドルもの額を寄付することになりそうで、本当に感謝でした。

ご協力いただいた皆様、お祈りで支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。
善を生み出すのはクリスチャンでもノンクリスチャンでもなく神様
私はこの企画をするにあたって、こういうことを考えていました。

今回はクリスチャンである私たちが神様から思いを与えられて、クリスチャンが行っている人道支援を支えるのだ、神の子どもとされた私たちが希望の光となって善を行うのだ、と。

確かに、この働きはクリスチャンが多く関わっています。企画もそうだし、その団体もクリスチャンです。しかし、蓋を開けてみればどうでしょう。料理を準備するために協力してくださった方々のほとんどはノンクリスチャンの方々なのです。

わたしは思いました。自分は高ぶっていた、と。
神はノンクリスチャンの方々の中に思いを与えて行動を起こすようにしてくださるお方であることを。

だから、善を行うのは、クリスチャンもノンクリスチャンも関係なく誰でも行うことができるのだということに行き着く人も多いでしょう。たしかにそういう考えもできます。
しかしクリスチャンでも、ノンクリスチャンでもないのだ。究極的な意味では善を行うことがおできになるのは神おひとりなのだと思うのです。これが神様が行ってくださったことを特に示すのは次の理由からです。

わたしたちは人手を150人、そしてひとり5ドルほどの寄付を募るつもりでした。
事前には「ひとり5ドルをお願いしたいですが、お金にお困りの方は、無料ランチをお楽しみください」とアナウンスをしていただきました。なので、全部で1000ドル集まれば、材料費や労力に見合った寄付がいただけてひとまずは成功と思っていました。しかし、わたしはクリスチャン。神様のされることだから予想の倍の2000ドルくらいになるかもしれない、なればすごい!と思っていました。
ところが蓋を開けてみれば4000ドル以上だったのです。

これは、人間の業ではないと即座に思いました。
そして、神様は算数がわかっていない!とも(笑)。

いえいえ、実は、わたしたちが神様が教えてくださる「信仰算数」を学んでいなかったのです。
神様はわたしたちの想像を超えて働かれるお方なのです。本当に感謝です。

わたしはこのように二つのことを教えていただきました。

ひとつは、神様は信仰の有無に関わらず人を用いて善を生み出すお方であること。そして神のみが善の源であるということ。
ふたつめは、神様の算数と人間の算数は違うこと。わたしたちは神様の算数を学ぶことを求められていること。

そして、わたしの祈りは主に次の三つです。
ひとつは、これらの義援金が、人々の苦しみを和らげ、慰めと力を与えるために用いられること。神様の愛が被災された方々に支援の形で伝わること。
ふたつめは、今回の働きに参加してくださった方々が神様の愛を実感し、そして個人的に天地を造られ、わたしたちひとりひとりのために御子をくださった神を知ることができるようになることです。
そして、みっつめは、今回、関わってくれたPeninsula Bible Churchの人々が祝福を受けるように。そして日本のことを祈りに覚えてくれるように。

わたしたち夫婦は、本当にこのような神様に仕えることを喜びとすると同時に、このように素晴らしい日本人の方々に囲まれていることを誇りに思っています。そしてどうしても、どうしてもこの素晴らしい神様とこの素敵な人々を取り持つような働きをしたいとますます思わされています。


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2011年3月12日 (土)

日本はわたしの国、そこに住む人々は私の同胞です

「海外に住むと、日本の良さがわかる」
これはよく聞くことですが、わたしもそれを実感しているものの一人です。

とても恥ずかしい話ですが、インドネシアの津波でも、ハイチの大地震でも、多くの人々が被害にあっているのを気の毒に思いながらも、痛みを感じることはあまりありませんでした。どこか現実離れしたできごとを見ているような気がしていました。でも、今回の大地震と大津波が日本を襲う映像を見て、私は自分の国がこのような目にあっている、私の同胞たちが苦しんでいる、苦しんでいる中で助け合っているというのが伝わってきて目頭と胸が熱くなる気がしました。

この国はわたしの国だ、この人々はわたしの同胞だと実感しました。

今回の東北大地震の災害で被害にあわれた方の皆様に心からお見舞いの意を表したいと思います。

状況に目を向けることは大切です。それ以上に大切なのは、とくにクリスチャンであるならば、状況をコントロールできる御方の御前で静まることだと思います。その御方の語られることばに耳をかたむけることだと思います。被災されたクリスチャンの方々のことを覚えて祈っていますが、ぜひ聖書を手に取り、神の語りかけから慰めと力を得ていただきたいと願っています。

主は神の子とされた者たちの祈りに耳を傾けておられます。
余震を止めて下さいと祈りましょう。
神が津波を叱りつけて治めてくださるように祈りましょう。
いのちの危険に晒されている方々が助けられるように祈り、そして動きましょう。

イエスが嵐の中で翻弄されている弟子たちの船に歩いてやって来られて乗り込んだところで嵐はやみました。主イエスよ、どうか日本という船に乗り込んで下さい。そして日本をこの嵐から救いだして下さい。

これが、わたしの祈りです。

私が日本人ということで、たくさんの方々がわたしの家族の安否をフェイスブックやメールや携帯電話で訊いて来てくれます。本当に多くの人々が日本のことを心配しています。世界中の祈りが日本のために捧げられています。

これほどまでに多くの人々が日本の国のために祈っている時はないと思います。
そして、クリスチャンでない人もまだ出会ったことのない神に祈っておられると思います。

これが私の祈りです。自然災害はなぜ起きるのか?神はなぜそれを防がないのか?
神を信じる人も信じない人も、そのように神に問うておられると思います。

日本は神に見捨てられたのか?

そうではありません。もしそうならば、これだけ多くの人々の心を動かして日本のために多くの祈りが捧げられることはありません。経済大国と呼ばれる日本のために義援金を募ろうという思いも生じないはずです。神はこれらの人々の思いを通じて、また多くの日本人がお互いを思いやり一緒に立ち上がろうとする思いを通して、神はご自身の思いを表しておられると思います。

太平洋を隔てたところにいる私にできることは、祈ること、サポートを送ることですが、神のみことばを開いて、神の思いをお送りすることもできます。日本やアメリカ、世界各地でおられるわたしの同胞である日本人のみなさまにひとつでも慰めとなる聖書の言葉がありましたら幸いです。

"神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。 それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。 たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。(詩篇46:1-3)"

"主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。(詩篇18:2)

"神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられれる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)"

"何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ4:6-7)"

"今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現れを待ち望んでいるのです。(ローマ8:18-19)"

"それは、被造物が虚無に服したのが自分の意思ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。(ローマ8:20-21)"

"私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。(ローマ8:20-21)"

"主がその民の傷を包み、その打たれた傷をいやされる日に、月の光は日の光のようになり、日の光は七倍になって、七つの日の光のようになる。(イザヤ30:26)"

"神よ。私をあわれんでください。私をあわれんでください。私のたましいはあなたに身を避けていますから。まことに、滅びが過ぎ去るまで、私は御翼の陰に身を避けます。私はいと高き方、神に呼ばわります。私のために、すべてを成し遂げてくださる神に。(詩篇57:1-2 #seisho)"

"「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたし(キリスト)を信じなさい。」(ヨハネ14:1)"

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(スタンフォードの日系の学生が義援金を募る為にこのようなチラシを作ってくれました。)

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2011年1月21日 (金)

ラボでの公用語と日本人の感覚

昨日、スタンフォードメディカルスクールが主催の職場環境や人間関係についてのセミナー(出席が義務づけられている)に出ました。トラブルのケースは雇用者対雇用主という関係が多いようですが、この点は私のボスはよくできていると思いました。少なくとも私はボスを(大筋で)信頼していて、お互いに率直に意見を交換しあいながらこれまでやってきました。

さて、このセミナーのグループディスカッションで職場で英語以外の言語でしゃべりまくる同僚に悩まされているケースが例に挙げられていました。Img_7192

それって、まさに僕のことだけれど、「話してる内容がわからないから、無駄話なのか仕事の話なのかわからないから注意できない。」という意見が出ていました。

実は私にとってはそれはどっちでもいいのですが、ずっと隣で中国語を喋り続けられると気遣いがないと思ったりします。でもそういう風に思うのは日本人の感覚なのかもしれないです。中国人にとってはそういう気遣いは無用ということで失礼にあたらないのかもしれない。
いっぽうで、日本人がこちらの職場でまったく日本語を話さないのかというとそういうことでもなさそうです。私のラボには日本人はいませんが、日本人の友達が遊びに来たり、実験の相談に来たりしたときには日本語で会話します。ただ、話が長くなりそうで日本語で雑談したいというときなどは廊下に出たりします。

ネイティブでない者どうしが会話をするときに正確に意思疎通出来る言語を使うのも容認するべきものなのだといのも賛成です。そういうのは微妙なのですが、程度と心がけのバランスなんだと思います。たしかに「郷に入れば郷に従え」というのお一理ありますが、よりよい世界をつくるためには良いものは外からでも取り入れるというのもいいのではないかと思います。そういう意味で日本人的な微妙な気遣いは、国際的にも受け入れられる感覚ではないでしょうか。

ちなみにこのケースに関する私の中国人の同僚たちの意見は「だったら、このラボは中国語も公用語にするべきだ」でした。なんとも予想通りでアメリカ人の院生のnickと私は苦笑してしまいました。

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2010年10月15日 (金)

ダライ・ラマ14世、スタンフォードで「思いやり」を語る

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以前、「思いやりを科学する?」という内容のブログ記事で紹介しましたが、スタンフォード大学はダライ・ラマ14世から寄付を受けて、思いやり科学研究センターのようなものを立ち上げています。それで、今回、ダライラマ氏がスタンフォードに講演に来るということで、チケットを入手して行ってきました。

〜〜〜〜〜【ダライラマ14世の講演の抜粋】〜〜〜〜〜〜〜〜
1:自己中心は、正直な心も信頼出来るような人格も生み出しません。
2:自分が幸せになるために、他人の利益になるようなことを心がけるべきです。
3:人間はほ乳類。母の愛を受けて育ちます。私(ダライラマ氏)もこれが他者への愛のモデルになっているのです。
4:「私が」「私の」「私に」を多用する自己中心の人は心の扉を閉ざします。そしてコミュニケーション不足になってしまいます。そうなると血圧があがり、心筋梗塞になっって死んでしまうのです。
5:科学技術は人々の生活を豊かにしてきました。これからは脳科学を通じて宗教がこれまで演じてきた役割を研究すべきです。
6:仏教は創造主を認めません。自分が自分の創造主であるので自己創造のすべを探求します。なにかを探求するという点では、仏教も科学も同じなのです。
7:自分が傷みを覚える時も、他者の傷みに同調するときも、脳で発火する箇所は同じ。脳って意外と馬鹿なんじゃないかと思ったりします。
8:脳は原因によってアウトプットを変えません。泣いても笑っても涙が出ます。泣く時は左目、笑う時は右目から涙を出すような指令は送りません。
9:誰かの態度に自分の態度を影響させてはなりません。「私は幸せになる権利があり、この人も幸せになりたいはず」と思うと敵にも思いやりを示すことができるのです。
10:不正を持ってあなたを支配しようとする者は、やがてはその責めを自ら背負わないといけないのです。
11:動機は大切です。人をだますための微笑みは暴力。逆に愛に基づく厳しい言葉や態度は尊いものです。
12:思いやりを教育するのには、かつては家庭や宗教に役割があったが、今の時代は世俗的な教育機関が担う役割が重要になってきています。(→注:これは、正直、耳を疑ったのですが。スタンフォード大学へのリップサービスと取りましょう。)
13:力で身体を縛っても、心は縛れません。人の心を変えるのは思いやりです。
14:違う考えをもつ人を尊敬すべきです。
15:自分にできることをやり、手の及ばないことは祈ることです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以上のような内容でした。
集まった聴衆は、ほれぼれとした面持ちで氏を見つめて熱心に聞きいっていました。
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私としては、上の太字の部分のように(文章全体ではない)同意できる内容もあったのですが、やはり聖書の価値観とはかなり異なります。私としては、宗教には共通点が多いとはとてもいえないように思いました。少なくともアメリカ人と日本人くらい違います。

氏が「思いやり」を語るのを聴きながら、その話のあとに心に冷たさを感じたのは私だけではないかもしれません。いや、とくに私の場合はその冷たさを余計に感じ取ったのかもしれないです。それはダライ・ラマ14世が冷たいというのではなくて、彼の説いている教えにある種の限界があるからだと思います。

その理由は、二つあると思います。

【理由1:愛という出発点が語られていない】
クリスチャンは自分は創造主なる神に愛されている、こんなにも愛されている、そういうところをスタート地点になっています。それは、二千年前にキリストがわたしのために十字架についてくださったという過去形で終わるものではなく、今もキリストは生きて、聖霊がともにいて下さるということを日々確認しながら生きています。自分が幸せになるために、とか、自分が愛されるためにとかいうのではなく、自分が幸せだから、自分は愛されているから他者を愛したいと思うのがクリスチャンの利他的な行動に結びついているのです。
ダライラマ14世も実は、そういう愛の必要性を知っているように思います。そのスタート地点を母から受けた愛に求め、今も母から受けた愛をしっかり握りしめることで自分を保っておられるようです。

【理由2:ではどうすれば?という問いに答えていない】

思いやりの心を感じても、行動に移せないことがある。
それは思いやりが足りないのか?
または別の何かが必要なのか?

こういう質問が出ていました。
その答えは上記の15の「やれることをやればよい」でした。司会者(スタンフォード大学 思いやりの科学研究センター長)も最後にそのように締めくくっていました。
おそらく聴衆は「こういうことは誰でも知っている、でもできない。どうすればいい?」という問いに答えを与えられずに、「ほおっておかれた感」をもったかもしれません。

聖書にはこのようなことを使徒パウロが書いています。

私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。 ・・・・私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。(ローマ人への手紙7:19-24)

同じ質問をもし、イエスにぶつけたら、どのように答えるでしょうか?
まずイエスは、このように「思いやりを行動に移したいけれど、やはり自己中心の心があって行動に移せない」と苦しむ私たちにこのように声をかけてくださいます。

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。(マタイの福音書11:28-29)

また、そんなに難しいのなら誰が天の御国に入れるのでしょう?という弟子たちの問いに対して、

それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです。(マルコの福音書10:27)

とも言っています。つまり、神ご自身が、私たちを通して事を行ってくださるのだということです。
私たちクリスチャンの内に宿ってくださっている聖霊が、私たちを通して他の人を愛するにまかせることです。神の御言葉に聞き、祈り、そして日々神とともに歩む生活をするなかで、神が私たちを通して働かれるのをゆるすこと、それが私たちにできる最善な方法なのです。

だから、上記のような叫びに続いて使徒パウロはこのように続けています。

私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。(ローマ人への手紙7:25)

だから、「どうすればいい?」という質問をイエスに持って行くとこのように答えてくださるはずです。

”私にまかせなさい。ただ、あなたが私を迎え入れ、私があなたを通して働くことができるように心を開いて私をあなたの主として従いなさい。”

この答えを聴いていない人は世界の中でも非常に多いのです。
今日の講演に来ていた聴衆の多くは世界トップレベルのスタンフォード大学の学生だったり、シリコンバレーに住む富裕層だったりするのです。しかし、そのような何千人もの聴衆が歩いて会場を後にする中を歩きながら、彼らの心に喜びはなく、本当にみんなが羊飼いのいない羊のように彷徨っているように思いました。

この羊の群れを愛し、緑の牧場へと憩わせてくださる羊飼いなるキリストが本当に必要なのだと思いました。

わたし(キリスト)は、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。(ヨハネの福音書10:11)
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2010年8月 1日 (日)

自称タイガーマスク、スタンフォード/サンノゼを急襲!

昨日、テレビ制作関係者と名乗る、ある方からメールが。
(このブログでは、スタンフォード近郊情報やを知りたい方や聖書にご興味のある方の個人的な連絡の為にメアドを公開しています。)
内容は、先日のお笑い企画で私hide-tanのこと知り、米国出張を利用して詳しくいろんな話をしたいとのこと。

ということで、本日スタンフォードのキャンパス内で会うことに。

お会いした尾尾尾さんは、次なる番組企画を練るために、アメリカにやってきて情報とアイデアを集めているとのこと。いろいろ話しているうちにいきなり、

『それで、もしかったら一緒に世界中を回る旅をしませんか?』

・・・なんだ、なんだ?この人は、わたしを巻き込もうとしているのか?coldsweats02 いえいえ、私は本業(一応、研究者であることをお忘れなく・・・)があるので無理無理!(心の声)

どこかでテレビカメラが回っているのではとドギマギしながらカフェに入ってランチを注文しようとすると、そこに現れたのはなんと、タイガーマスク!(あくまで自称タイガーマスクなので、以下、「自タイ」)

この人、はちこさんのブログで見たことある・・・でも、この「レスラー」スペイン語しか話さず、尾尾尾さんの通訳でしか話さない。しかも、尾尾尾さんはカメラを構えて写真を撮りまくり。

『お金がないから、ここでレスリングのパフォーマンスをしたいので、相手になってほしい』と。

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(スタンフォード大学を正体を見せた悪徳マネージャー尾尾尾氏と自タイから守るべく戦うhide-tan)

実は、その正体はクリスチャン寿司シェフ格闘家の道姓(どうせい)さん。岸和田出身。パルナス製菓のCMに出演していた赤ちゃん。(YouTubeはこちら
マスクはおもちゃではなく、なんと故三沢光晴氏から譲り受けた本物。(もうひとつの自タイの正体についてはこちら

そして、私を騙しておびき寄せ、自タイと戦わせた、この悪徳マネージャー尾尾尾氏は全米を股にかけて活躍するクリスチャンのスポーツジャーナリスト。(実は当ブログのこの記事にhachi-tanと名乗り、急襲予告をしていたのです。)

とりあえず私と尾尾尾氏で我が家に向かい、(ニセの)自己紹介を妻nori-tanに行ったところで虎が乱入!nori-tanは口から泡を吹かんばかりに驚く一方で(ゴメンね)、子どもたちは大喜び!

長女minoriは勇敢に虎退治!
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脳天チョップでトドメをさして、虎は気絶。
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復活した虎は、今度は遊びに来ていた友人のご長男に攻撃。
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子どもたちが束になって再び虎を成敗。
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これに懲りない、虎(自タイ)と悪徳マネージャー尾尾尾氏、今度はサンノゼの友人宅で行っていた日本語バイブルスタディのBBQパーティに乱入してきました。そもそもこのお二人はこのようにキリストの名のもとに集まっているアメリカ在住の日本人をターゲットに乱入事件をくりかえしているようです。(「被害」に遭われたお一人たしんさんの証言はこちら


はじめは、びっくりしていたパーティの参加者の皆さんも、持ち込んだ日本のお菓子で気遣いを見せた尾尾尾氏と、子どもたちにやり込められてすっかり腰が低くなった自タイに心をゆるし、仲良く楽しくこのパーティを過ごしました。

尾尾尾氏のお仕事が近くであったとはいえ、遠路はるばるLAからやって来られたところにちょうどいいタイミングでバイブルスタディの交わりに参加した、ちょっと風変わりなクリスチャンのお二人。不思議な方法で導かれ、よい交わりを持つことができてとても感謝でした。

これを読んでいるあなた!私も東海岸やシカゴでの出来事と他人事でしたが、このお二人は、もしかしたら明日、あなたの住んでいる家に、あなたの教会に乱入してくるかもしれません。
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おまけ:ニューヨークタイムズに掲載された記事を手に記念撮影している自タイ。
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2010年7月20日 (火)

笑うに笑えぬ「防犯対策」

どうも週末に同じフロアのラボで窃盗事件があったようです。

なにが盗まれたかというと、それは『精密重量計』。
ミリグラム単位で正確に試薬の重量を量る機器で、確かに高価なのは高価なのですが、こんなものは研究者とか薬剤師とかでないと使わないんじゃないの?と思うのですが、実はこれがコンピュータに並んで、研究室から最も頻繁に盗まれるものらしいです。

というのは、ドラッグディーラーが使うかららしいです。さすがアメリカ・・・。

私たちのラボの実験助手によると、今日(月曜日)の朝に最初にラボに来た時にすでに片方の扉が解錠されていたらしいのです。それで日曜日の夜には大学院生がちゃんと施錠したこと、週末や夜間はカードキーがないと建物には入れないので、たぶん鍵を手に入れた(あるいはピッキングの達人の)何者かが月曜日の早朝にカードキーのロックが解除されたときに忍び込んだのだと思います。

でも私たちの精密重量計は盗まれていませんでした。

なんでやろ?

よく見ると、うちの機器は錆び付いているだけではなく、試薬もこぼれまくって汚いのです。
これでは、泥棒も盗む気にならないわけです。自然に「防犯対策」をしていたわけです。

秤の周りにこぼれた試薬をちゃんときれい拭いておくように、という基本ルールを守らなかったこと、機器が古くて汚いことが防犯に役立つなんて・・・。

*今後の防犯のために私たちが得た結論*
精密重量計には「CAUTION! TOXIC! Radioactive! Biohazard! (注意!毒物!放射性物質!病原生物!」とかいうラベルを貼っておく。

・・・もうちょっと真面目に考えないといけませんね。
というのはドラッグディーラーと関わりのあるような人がラボに出入りしたと考えるとちょっと物騒なできごとです。

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2010年7月 6日 (火)

由緒正し木 El Palo Alto

このところ長女がしきりにEl Palo Alto(高い木という意味らしい)の木を見に行きたいとせがむので、三連休の最終日の今日は、その木のあるところまで散歩に出掛けました。

場所はパロアルト市とメンロパーク市の境目にある線路のそばです。グーグルマップで検索すると一発。scissors

この鉄橋のそばにあるのがEl Palo Alto
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Palo Alto市の由来となりスタンフォード大学の象徴ともなっている木だそうです(長女が学校で習って来ました)。普通のRedwoodですが、昔はもっと高かったようで、スペイン統治時代の調査団がサンフランシスコ湾を発見した際に最後のキャンプ地として集合の目印にしたものらしく歴史的重要文化財みたいな扱いを受けています。1900年代に入ってからの水不足で木の先端が枯れ落ち、二つあった幹もひとつになってしまったようです。しかし、この歴史の象徴になるような木を守ろうと治水を行って保存しようとしているそうです。

3年近くもパロアルトに住み、スタンフォードのロゴもいつも目にしているのに、その由来となった木を見ることができてよかったです。周りには、昔の写真とともに説明書きもあります。お近くにお住まいの方はぜひ一度見に行かれてはいかがでしょうか。

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(写真:メンロパーク市内の住宅地に咲いた紫陽花)

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